皆様、今夜もグラスを傾けていますか?

 

私は今、心地よいアルコールの霧の中にいます。

 

かつての私――「まとも」な人生のレールを走っていた頃の私――から見れば、今の姿はさぞかし無様で、堕落しきった「負け犬」に見えることでしょう。 でも、不思議ですね。

 

今の私は、その無様さが愛おしくてたまらないのです。

「酔える私」になってしまった日々と、それでも今を選ぶ理由

 

  あの頃の私が見たら、きっと驚く

 

私は今、お酒に酔っている。
そして、気づけば毎日のようにお酒を飲めるようになった。

 

結婚していた頃の私には、想像もできない姿だと思う。


「堕落した」って言われたら、否定できない気もする。
だって、あの頃の私は“ちゃんとした私”だったから。

 

でも・・・不思議なことに。
今の私は、誰にも見せられないような生活をしているわけじゃない。

 

同僚や友人と楽しくお酒を酌み交わして、
ちゃんと笑って、ちゃんと楽しい時間を過ごせている。

 

・・・だから余計に、自分の中で言葉が揺れる。
「これは逃げ?」
「それとも、ただの新しい生き方?」

 

誤解しないでくださいね。

過去が苦しかったわけではないんです。 

ただ、「別の楽しみ方」を見つけてしまっただけ。 

たとえそれが、世間様から「現実逃避」と呼ばれようとも。

 

  過去が苦しかったわけじゃない。でも、今は今で魅力がある

 

誤解されたくないのは、ここ。

過去が地獄だったわけじゃない。
あの頃には、あの頃の幸せがあった。


守られていたし、整っていたし、制限の中にも安心があった。

 

もし、「あの頃に戻れるボタン」があったら? 

ええ、私は迷わず押すでしょう。

喜んで、あの不自由で、でも何かに守られていた日々に戻りたいと言うでしょう。

 

でも、戻れない。
やり直しなんて、ない。

 

だから今の私に残された自由は、
「今を楽しむこと」だけなんだと思う。

お酒に逃げているって言われたら、否定できない。


過去の私から見れば、今の私は「ありえない姿」。 

でも、今の私から見れば、過去の私は「二度と手に入らない、贅沢な苦しみ」の中にいた。

 失ったからこそ、あの頃の不自由さが、今では宝石のように眩しく見える。

 

なんて皮肉な話でしょう。


過去の私からしたらありえないだけで、
今の私は、ただ“今の人生”を生きているだけ。

 

  私は過去に縛られているんじゃない。過去に持てなかったものを、今持ってるだけ

 

私、思ったんだよね。

今の私は、過去に縛られているわけじゃなくて、
過去に手にできなかったものを、今手にしているだけなんだって。

 

人は皆、持っていないものに魅力を感じます。

隣の芝生はいつだって青いし、失った楽園はいつだって美しい。 

でも、私はもう、何も持てないし、何もできない身。

 

持てるのは、この手に収まる分だけ。 できるのは、今日をなんとか凌ぐことだけ。

だからこそ、過去の私から見たら、今の私は魅力的かもしれない。


・・・でも、今の私から見たら、
「制限の多い過去の私のほうが良かった」って思う時がある。

 

それって、失ったからこそ感じられる感情なんだと思う。
二度と戻れないからこそ、言えること。

 

人って、持っている時は当たり前で、
失った時にようやく“価値”が見える。

・・・これ、たぶん格言みたいに言うならこう。
「失ってから気づくのは、弱さじゃなくて人間らしさ」

 

だからこそ私は、今の私が持っているもの「今、手の中にあるもの」に、フォーカスしたい。


他人と比べて、誰かの何かを羨ましく思うのも自然。
無いものねだりって、誰だってやる。

 

でも私は、
持てるものは持てる分だけ。
できることはできることだけ。

 

だから・・・今あるものに、全力で“楽しさ”と“魅力”を詰め込む。
たまたまそれが、毎日お酒を飲めることだった。

 

・友人や同僚と、笑いながら食事ができること。

・毎日、お酒を飲んで「あぁ、楽しかった」と脳を誤魔化せること。

たったそれだけのこと。 

でも、かつての私が「正しさ」と引き換えに捨てていた、最高の非日常がここにあります。

 

過去にもできたかもしれない。
手に入れられたかもしれない。
・・・でも、できなかったことが今できる。

こんなに素敵なこと、ないと思う

  負け犬の遠吠えでもいい。私は今日も生きてる。それで十分だ

 

他の誰かから見たら、
「負け犬の遠吠え」って言われるかもしれない。
「敗北主義だ」って言われるかもしれない。

どうぞ、お好きなラベルを貼ってください。

 

私は今を生きられている。

明日も立派な「社畜」として社会の歯車になります。 

今の私には、それで十分。 いえ、それこそが「生きている」という最高の娯楽なのです。


・・・十分だ。

 

幸せとか魅力とか、必要なものって言い出したらキリがない。


でも、ひとつだけ確かなのは、

「あぁ楽しかった」って言える日を増やすには、
新しい目標や娯楽や魅力を探し続けるしかない」

 

私は今、その途中にいるだけ。

もしまた、人生のガラクタの中から「新しい魅力」を見つけたら、話すよ・・・

・・・シンプルフレーズは、こうなったら素敵だと思う。
「戻れない過去を美化するより、今の私に似合う楽しさを、ちゃんと選べる人でいたい。」

 

今夜は、このあたりで。 皆様も、どうか「今あるもの」だけで、最高に贅沢な夜をお過ごしください。

乾杯。