DAILY OF DIRTY BUG -8ページ目
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趣味の話


どぅも。 SIMPLE HEADです。




10月8日にめでたく誕生日を迎え

なんとも中途半端な歳になってしまいました。





まー心は18歳のままなので何の問題もありませんが。







プロフィールにあるとおり


ドラム、キーボードなどに軽く手を出している毎日だけど


最近はギターを弾くのが一番楽しい。




以前


バンドをやっていた時はボーカルギター担当だったので、歌に力を入れていたせいか
ギターと正面から向き合うことはなかった。

歌いながらコードを鳴らすので精一杯だった。


やがてバンドは解散となり、一人でギターに没頭する時間が増えた。



最近になって真剣にギターと向き合い、弾いてみると改めて自分のスキルの無さが浮き彫りに

なった。


これはイカン、と思い また一から基礎を固め直そうとギターの教材DVDを買った。









dvd



楽器屋でもよく売られてるやつ。本バージョンもあるね。








講師の模範プレイを参考にしながら徹底的に練習してみること一ヶ月・・・





自分でも驚いた。


新たな発見が次々と出てきて、長年の違和感が解消されたり、技術的に
確実に進歩したりと、ここのところ伸び悩んでいた自分にまた未知の可能性を
感じてきた。


ちょっと前までは


『いつまでたっても上手くならない。俺はギターに向かない。才能が無いんだ』


と思いながらやっていたが、実際はそれ以前の問題で基礎をおろそかにしていただけだった。


スラムダンクで、安西先生の白髪鬼時代にアメリカに渡米した矢沢君のように
しっかりと基礎練で土台を作ってなかったから、がむしゃらにやってても
期待するほどの成長を得られなかっただけの話だった。


今までなんとなくでやっていたハンマリングオン、プリングオフも
徹底的に練習することによって段々と自然にプレイの中に取り入れられるようになってきた。



「ああそうか」


「だから今まで上手くいかなかったんだ・・・」



絡まっていた糸が少しずつほどけるような心地よい感覚に包まれ
テンションも徐々に上がってくる。



結果、没頭する。



この素晴らしい良循環。







今まさに、







俺はギターにハマっている!(今更かよっ!)






自分が成長してると実感出来ている時が一番楽しい。

きっと今がその時なんだろうと思う。

いつもギターを手に取って二時間は軽く弾いてられるしね。




改めて左手の握力も鍛えだしたし、最近は小指の強化にも取り組んでいる。



弦楽器がまた好きになってきた。


RED HOT CHILI PEPPERSのフリーを見てると、ベースもやってみたくなる。

お金に余裕が出来たら、ベースも購入するつもり!







ああー最近やりたい事が増えすぎて全然時間が足りねぇ!

一分一秒だって無駄にはしたくねぇ!

停滞なんかしとられん!






また逢いましょう!



gt

                    『自分にとっての最高の遊び道具達』








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世界最強



今いろんな音楽を聴いたり自分でバンドをやってみたりして、改めてUKやUSの
音楽を聴き返すと、やっぱ本場はすげぇなって思う。


やっぱ向こうは、ルーツがしっかりしてるから、今の音楽のクオリティが
あるんだなって気付いた。



偉大な先駆者たちがミュージックシーンに革命を起こし、今のROCKの姿がある。


日本で例えるなら、それは手塚治虫から始まった漫画文化のように、
文化の土台をどっしりと置いてくれた先駆者がいて、そこに色んな才能を持った

継承者が集まり、さらにその人たちの漫画を見て育った子供が漫画家を志し
また新たな世界を切り開いていく。



それで世界に誇る(?)今のジャパニーズ・コミックシーンがあるように、

外国のミュージックシーンも同じような発展をしてきたんだと思う。



そもそも根底にあるものの偉大さが違うのだ。



日本の漫画で言えば手塚治虫のように、


イギリスの音楽で言えばビートルズのように。




外国の人が日本でウケる漫画を描けないように、


日本人も外国で本当に評価される音楽は作れないんだろうなぁ。



生まれた時からあんなヌルイJ-POPで塗り固められた音楽番組
を観て育ったんじゃあ日本に革命児が出てこないのも頷ける。


漫画『BECK』で
ラスト・フォー・ライフの社長が言った


「ぶっちゃけ日本の音楽は世界とは距離がある。
 日本人はアメリカやイギリスの音楽をパクって適当にやってりゃいいんです」


ってセリフを見たときに、昔は「どの口が言うんだコノヤロウ」なんて思ったけど
今は納得してしまう自分が寂しい。


もちろん日本にも凄いバンドは居るけどね。

でも結局は外国から流れてきたルーツを今になって辿ってるわけだから、
本場に認められるのは難しいんだろうなぁ。





いつか日本にも革命児が登場する事を願って。





俺にもっと音楽の才能と人徳があったらなぁ・・・(笑)








長い前置きになってしまった。







いまさらながら、レッチリにハマりだした。


まだノリ重視のバリバリメロコア少年だったころ、何が良いのか全然わからなくて

「なんでこいつらが世界最強のバンドって呼ばれてんだ?」

と疑問視していた。




たまに音楽雑誌などでレッチリの特集を読んだりして
「あ、こういうバンドなんだ」とにわか知識だけが増えていった。



有名な曲だけは一応聴いた。

under the bribge、give it away、suck my kiss・・・


その時は「ふうん・・ベースがヤバイな」ぐらいしか思わずに
そこから熱が上がることはなかった。



きっとそのときの自分の音楽のものさしでは端っこの方しか理解出来てなかったんだと思う。





月日は流れ




最近タワレコにぶらりと買い物に行ったときにふと目に入ったジャケット。




400





なんでこれをお金を出して買おうと思ったのか自分でもよく覚えていない。


TSUTAYAでレンタルでも十分だったかもしれないのに。


ただ、今まで聞いてきたレッチリの曲は90年代のちょっと昔の曲たちで、
「今の」レッチリの音は聴いた事が無かった。


デスノートのエンディングにもなってたし、ちょっと買ってみよう的な、
もろミーハーな気持ちだったかもしれない。




帰って聴いてみて驚いた。

どの曲もかなりカッコイイ。


二枚組だったんだけど、全体的に聴いてても全然飽きが来ないレパートリーで一気にハマった。



「えっ、こんなカッコイイ人等やったんや・・!」


自分の中のレッチリのイメージが一気に変わった。





昔の曲たちも、


今になって色んな音楽を知って聴いて、自分の中の音楽のものさしが大きくなり、

分度器やコンパスも手に入れた状態で改めて聴きなおすと凄く斬新な曲に聴こえて、

こんな時代からこんな音楽をやってたのか・・!と今更ながら度肝を抜かれた。


メンバーのエピソードやLIVE映像などを観るとどんどんバンドに惹かれていった。



今ではすかっりフェイバリット・バンドの一つである(笑)






そして今日、また新たにレッチリの過去を掘り下げるべく、一枚のアルバムを買った。


有名な、『BLOOD SUGER SEX MAGIK』である。



blood




今のところ聴いただけでも、かなりファンキーでイカす内容。




またしばらく、レッチリ漬けになりそうだ。

















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実家の梅干



今日少しだけ実家に戻りました。

その理由ってのが、       これ↓



ume



実家で作っている梅干を貰いに行ったのです。



この梅干作り、ばあちゃんの世代から今の母が受け継いだもので、僕が生まれた時から

食卓にある梅干はばあちゃん手作りのものでした。

写真を見てもわかると思いますが、凶悪な色してますw

口に入れると、メチャクチャしょっぱいです。
そして恐ろしく塩分濃度が高い!(ダメじゃんw)

でもこれを食べて育ってきたので僕の体にとってはこれが標準です。

市販のあの色あせた梅干じゃあ物足りないのです!第一しょっぱくねーしあんなん!


何故突然梅干なのかというと、最近謎の食欲不振が続いていて明らかに顔がやつれてきて

これはそろそろヤバイかなと思ったところ、梅干が健康にいいという事を思いだして

そういや家で梅干作ってたじゃん!と気づいたわけです。

久しぶりに実家の梅干も食べてみたいとも思ったし、丁度いいってんで、すぐに母親に電話して

用意しといてもらいました。



帰って早速二つほど食べたけど、相変わらず味は凶悪でしたw

しかも塩分濃度が高いので、一日一個を目安にしといたほうがいいなと。


でも心なしか、少し元気になったような気もします。

食欲も促されるしね。


やっぱり『母の味』って偉大やなぁと思いました。




このまま何とか体調を持ちなおせたら、と思います。






今日数ヶ月ぶりに家に帰ったら、実家の玄関をくぐった瞬間「人ん家の匂い」がしました・・・。

いや、違うな。「ばあちゃん家の匂い」だな。


冷静に見てみれば、両親もすっかりじいちゃんばあちゃんの風貌になって

姉の子供に(孫に)デレデレです。


なんだかちょっと切なくなりました。



また梅干を貰いに、まめに帰ろうと思います。













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只今超回復中



しかし最近ホントに運動してないな・・・

あまり眠れず、体のだるさが取れない今日この頃ですが、
もしかしてそれが原因なのかと思い始めました。


ここ一年くらい、気持ちいい汗をかいてないんですね。



めいっぱい体を動かすことによって体から滴り落ちる汗・・


激しい動悸と共に荒くなる呼吸・・・



それでもそんな事気にならないくらいプレイに夢中になってる。
(プレイってエロい意味じゃないよ。 ・・・いや、ある種そっちもアリか!?)




んで、楽しい!みたいな。

そんなスポーツを、久しぶりにやってみたいもんです。





とりあえず、今はバスケがやりたいなー。


でも何やるにしても問題となるのが人数と場所だよね。
バスケは3on3とかで6人は欲しいけど、社会人になった今、 同じ日に6人のメンツを集めようと思うと

至難の技です。


練習は一人ででも出来るし・・


やっぱ「試合形式」が燃えるんだよね!
高校の時の体育の授業はマジ熱かった!
一時間ぶっ通しでバスケしてても全然余裕やったしなぁ。



上手い下手は置いといて。


あのころは若かった・・。



まーいつか機会があればという事で。



ただ最近、冬のスノボに向けて筋トレを始めました。
やっぱ体作るなら三ヶ月前から始めといた方がベスト。
今から始めれば雪が降るまでには間に合うでしょう。

スクワットやら、ふくらはぎを鍛えるケンケン立ちなど
久しぶりにやってみたら、だーいぶ体が鈍ってる事がわかりました。

次の日の肉体疲労度は大丈夫か?などと心配だったのですが
案外体が動く事に俺もまだまだ若いジャンなどと安心していると、その次の日

二日遅れの筋肉痛に襲われました。

歩き方がじいちゃんみたいになっています(T_T)


まぁ徐々に慣れていけばいいのですが、それまで筋トレ習慣が 続くかな・・・いや、続ける!

このブログで誓うぜ!

しっかり冬までに体を作る!



今日は超回復を図るため筋トレはお休み。
しっかり筋肉を休ませることも重要。



あと睡眠もね!


というか前回の冬は一回も行けなかったので滑り方を体が覚えて
いるか心配です。



ま、それならそれでいいさ。




スポーツは楽しむことが重要なんだから!








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一つの夢



僕はある3ピースバンドでギターボーカルをやってました。



三年前に結成したそのバンドの名前は「CURTAIN CALL」


三人で色々バンド名の案を出した結果、僕の発案したこの名前に決まりました。



毎週日曜はスタジオ練習の日で、ハイスタや10-FEETのコピーから始まり、
とにかく楽しむ事を大前提に練習に励んでいました。

轟音をかき鳴らし、マイクに向かって全力で叫び、三人の息が合った瞬間が本当に気持ちいいのです。

演奏中みんな思わず笑顔になってしまうくらいに。

糞みたいな仕事の日々を忘れられる瞬間でもありました。


そして金沢AZで何度かライヴして、友達呼んで、下手くそなりに無我夢中になって楽しんでやってました。


バンドを始めてから音楽が大好きになったし、仕事の人間関係で押し潰されそうになった時
何度も救われたりしました。


オリジナル曲も作り始め、デサイナーの友達にバンドのHPを作って貰ったりと
バンド活動事態を凄く楽しんでました。

live








・・・今思えば、心の奧底にある「ひっかかり」を、ひたすら楽しむ事でうやむやにしようとしていたにも思えます。







2007年8月26日、僕はバンドを脱退しました。



三人の音楽性の違い、考え方の違い、バンドに対する姿勢、結成した当初から結構違っていたのですが
最近になって、その「温度差」みたいなものを重く感じるようになったのです。

特にオリジナル曲を制作する作業でそれは大きな壁になりつつありました。

自分の「こうしたいんだ」「もっと音に対して貪欲になってほしいんだ」という思いが伝わらず
次第にバンドで歌うのが辛くなってきて、二人に対して信頼が持てず、もう昔みたいな気持ちで
バンドをやるのが無理に思えてきました。

こんな気持ちで音楽もバンドもやりたくない、さんざん悩みに悩んだ末、脱退するという決断に至りました。



28日 日曜日、「話し合い」という名目でファミレスにメンバーを集め、そこで脱退の話を切り出しました。

最初は二人は驚いていたものの、僕の言葉を深々に受け止めてくれて、話し合いの末
お互いに納得という形で、僕の脱退を静かに了承してくれました。


「ただ、このバンドはSIMPLE HEADありきのバンドやと俺は思っとるし、俺達が今後CURTAIN CALLと
名乗るつもりはない。

CURTAIN CALLは、ここで解散ということにしよう。」




ドラムの温が言ってくれた言葉。




人間的には、本当にいい奴らだった。

こいつらから学んだ事も沢山あって、今でも僕の一部になってる。


出会えてよかった。







CURTAIN CALLの三年に及んだバンド活動が、終わった。




「ありがとう。楽しかったよ。」




そう言って、僕は先に席を立った。








・・・

・・・・

・・・・・






二人と別れた後、僕は一人でいきつけの楽器屋に行き、新しいギターを購入しました。

正式にバンドを辞めた時、今まで使っていたレスポールは、バンドの思い出と共にケースに入れて
押入れにしまっておこうと決めていたのです。


これからは新しいギターと共に、新しいスタートを切ろうと思います。

また、誰かとバンドを組むことになるかはわからないけど、これからも音楽好きなままでいるはず。

それはきっと変わらない。







いつだったか、三人で掲げた ある一つの夢。





-- 俺達はまず、金沢AZを満員に出来るくらいのバンドになろう --





その夢が、終わりを告げた日。



悲しいかな、その終止符を打ったのが僕。



悩んだ末の決断、後悔はしていない。



少し、寂しいだけだ。







その夜、ある「言葉」を思い出して、ONE PIECE 32巻を読み返す。





























「なぁおめぇら… 次ァどんなロマンを追いかけようか」

(モンブラン・クリケット)










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