一杯のための雑談…【Simple Minds】って何でしょう? -34ページ目

一杯のための雑談…【Simple Minds】って何でしょう?

波乱万丈の人生に少し疲れたかな。

Jump (For My Love) / Pointer Sisters (1984年・全米3位)

 

「ジャンプ」といえば、
1984年の全米No.1ソングで、ヴァン・ヘイレンをすぐ思い浮かべるのでは?

 

しかし、同じ年の84年、もう一つの「ジャンプ」が大ヒットしています。
しかも、キャリアでいえば、ヴァン・ヘイレンよりも長い経歴を持つ、
ビッグ・アーティストによって。
 
私が彼女たちを知ったのは1980年ですが、
ポインター・シスターズの結成は1969年。(デビューは73年)
80年代のポップス・シーンでも大活躍しました。
1980年のヒット曲「He's So Shy」(全米3位)は、
「何て可愛らしい曲でしょう」と思ったくらい、キュートなポップス。
元々はR&Bということですが、彼女たちの繰り出す音楽は、
楽しい曲でも、悲しげな曲でも、極上のポップスに聞こえます。
 
He's So Shy / Pointer Sisters (1980年・全米3位)

 

比較的明るい曲が多い印象を受けるポインター・シスターズですが、
1981年には、ちょっと寂しげな大ヒット・ポップスを発表しています。
 
Slow Hand / Pointer Sisters (1981年・全米2位)

Don't Go Breaking My Heart / Elton John & Kiki Dee
(1976年・全米1位)※全英1位

 

今日は、少し個人的見解の意思が強いことを、まず最初にご了承ください。
 
たとえ、ドラマであろうと、
男女がイチャイチャするのを見るのは、正直なところ、「イヤ」です。
イチャイチャすること自体が嫌いな訳ではありません。
でも、そんなものは、人前で見せるものではありません。
それは本人たちの問題であり、
人様に見せる文化は、わが国にはありません。(きっぱり)
 
さて本題ですが、
そんなことを小学生の時から気にしていた訳ではありませんが、
このイチャイチャ・デュエットは大好きでした。
だから、このイチャイチャは許しましょう。
今映像で見ると、イチャイチャより、
エルトン・ジョントーマス・ドルビーに見えて、気になります。
 
1976年、「Don't Go Breaking My Heart」で、
全英・全米ともにNo1.に導いたエルトン・ジョンキキ・ディー
1993年には再会し、
今度は大人の「しっとりデュエット」で、また見せつけてくれました。
まあ、もう大人ですから、あまりイチャイチャはしていませんね。
ディズニー・タッチのサウンドが心地よい、
まるで、夢の中にいるようなラブ・ソングです。
 
True Love /  Elton John & Kiki Dee  (1993年・全英2位)

しばらく、音楽記事でブログを楽しんでいましたが、

あまりにも、またお隣の理不尽アジア、韓国が、

アホみたいに騒いでいるので、

記事として、残しておきましょう

 

韓国は、国際社会としての一員であることを拒否したようです。

いいんじゃないんですか。

自分のことは、自分でやってください。

 

情けないのは、本国(日本)の対応。しかも、保守系の自民党議員じゃないですか。

これじゃ、民主党と変わりませんんね。

 

ニュースでは、「なぜ、今、訪れなくてはいけないんでしょう」という、

きっと、日本人ではない解説者まで登場。

そんな人間を発言させるマスコミも、ただの拝金主義者。

Kポップや韓流ドラマなど、無ければ無いで問題ないトピックを取り上げて、

「流行ってます!」と、お金欲しさに騒いでますね。

まぁ、そこにお金を落とす日本人が、一番いけないのでしょうね。

 

震災でもそうでしたが、「マスコミ」は悪。これは間違いありません。

教育改革こそ、今、最優先に行うことではないでしょうか。

その「教育」とは、

天皇が発する「友愛」と「平和」が基本であることはもっともですが、

「道徳を乱すもの」「利己主義」に対しては、

「恥」という、日本特有の志を示すべきと思います。

 

「恥さらし」のお隣アジア諸国やロ助とは、

断固たる対応をとるべきです。

そして、日本を尊重してくれる諸国(台湾・インドネシアetc)と、

今こそ真の協調を図り、

少しでも、まともな国際社会、国内情勢を保っていきたいきたいものです。

 

でも、無理でしょうね~。きっと、神様が、またお怒りになることでしょう。

What Have I Done To Deserve This
by Pet Shop Boys & Dusty Springfield
(1988年・全米2位)※87年・全英2位

 

(Boys)
ダスティ・ママ~、愛してるよ!だから、僕たちと歌おうよ!」
 
(Dusty)
「まあ、ニールったら。ママ、うれしいわ~!」、
「立派になったあなた達と歌えて光栄よ」
 
(Boys)
「何言ってるんだよ、ママ!」
「ママのソウル魂が僕らに火を付けんだよ!なぁ?クリス!」
「そうさ、兄貴!だからママ、一緒にやろうぜ!」
 
(Dusty)
「そうね~。でも、大丈夫かしら。私、久しぶりなのよ」
「ちょっと聴いてもらっていい?歌うわよ~♪~♪ー♪♪ーー!」
 
(Boys)
「ママー!すげぇ~よ!」
「これなら、もう一回デビューできるよ。なぁ?クリス!」
「そうさ、兄貴!僕らで、もう一回ママを出しちゃおうぜ!」
「これならママ一人でもOKさ!」
 
といった会話があったという事実は全くないと思いますが、
ともかく、世代を越えたビッグ・アーティスト同士のコラボは大成功!
そして、孝行息子たちの全面協力による母の単独復活も実現。
大きな夢を与えてくれました。
 
(注)
ダスティ・スプリングフィールドとペット・ショップ・ボーイズに、
本当の親族関係はありません。
 
In Private / Dusty Springfield
(1989年・全英14位)

Fight Fire With Fire / KANSAS (1983年・全米58位)
※アルバム「ドラスティック・メジャーズ」より
 
「ドラスティック・メジャーズ」とは、
「大胆な方策をとる」という意味があります。
そして、カンサスが1983年に発表したアルバム・タイトルもまた然り。

カンサスは、70年代を代表する(プログレ)ロック・バンドですが、
その曲のドラマティックな大作には、
日本の知名度以上に高い支持を得ている、老舗ブランド・バンドです。
その老舗ブランド・ホルダーが、1983年、大きな賭けに出ました。
ヴォーカルを含むオリジナル・メンバーのチェンジ、
ポップ・ロック路線の導入など、
今までのコンセプトを変更し、ある意味では、危険な冒険を試みたのです。

1983年頃のポップス・マーケットは、
モダンなエレクトリック・ポップが流行る一方で、
ヘビー・メタルやハード・ロックなどに対しても、
一定の支持が受け入れられた時期でもあります。
カンサスは、その後者への舵を取り、
ジャーニーのような飛躍を目指したのでは?
「Fight Fire With Fire」を聴くと、そんな気がします。
 
この老舗の試みは、残念ながら商業的には失敗に終わりました。
個人的には、とてもいい感じのアルバムです。
でも、こうした試みは無駄ではありません。
昔のブランドをさらに強め、新たな結束力を生んだのですから。
「Dust In The Wind」は、カンサスの古き良きブランドを、
あらためて実感させてくれるのではないでしょうか。
 
※ヴァイオリン兼ヴォーカルのロビン・スタインハートが、
  ハリー・ポッターのハグリッドに見えて、
  なぜか微笑ましく思ってしまいます。
 
Dust In The Wind / KANSAS (1978年・全米6位)
Sorry / Tears For Fears (1995年)
※アルバム「Roaul And The King Of Spain」より

 

深夜、地震がありましたが、このブログを止めるほどの、
大きな影響はなかったようです。
アハハ、もはや、誰も止められない?暴走ブログです。
 
前回のカート・スミスに続いて、
もう一人のティアーズ・フォーフィアーズ(TFF)、ローランド・オーザバル
カートの脱退後、バンドは分裂し、
ローランド一人のユニットとして新生TFFは再出発しました。
タイトル通り、たった一人のティアーズ・フォーフィアーズです。
 
95年発表の「キング・オブ・スペイン」は、ポップスからは少し離れましたが、
彼のアグレッシブで包み込むような声と、神がかり的なサウンドが復活。
旋律が変化する曲も多く、絶頂期のTFFを彷彿させます。
 
個人的には、ローランドの色が、
長年のTFFを鮮明に写し出していたのだと感じます。
しかし、カート脱退後のポップス・シーンにおいて、
時代がTFFを求めることはありませんでした。
ローランドの代表作「シャウト」を聴くと、
その往年のスターを懐古せずにはいられません。
 
Shout / Tears For Fears (1985年・全米1位)

前回と似たような時間帯(午前3時54分ごろ)に、また大きな余震です。※前回は3時51分
 
私は、たまたまブログを書いていたので、ハッキリとその瞬間がわかりました。
 
ズシンと軽い衝撃。
最初は、「あー、いつもの余震だな」「またきたか」程度でした。
その後、大きな横揺れに変わりました。
以前も書きましたが、地震で怖いのは、その長さです。
地震そのものは若干長めでしたが、大きな揺れ時間は30~40秒程度か。まずは、一安心。
そして、そばには、家族もいます。二安心。
 
福島県浜通り(沿岸部)が震度5強。原発に影響がないことを祈ります。
ここ郡山は震度5弱。
水道が一瞬止まりましたが、すぐに復旧。インフラは強くなってきているのかもしれません。
頑張って、わが家(建物)をはじめ、全家屋が耐えてほしい。まだまだ続きますからね。
 
地震が、関東に近づいているのが気になります。
 
どなたにも、大損害・悪影響を及ぼしていないことを、心よりお祈りします。
 
※この記事を書いている途中で、やっぱり、高速道路(常磐道・磐越道)がストップしてしまいました。
  この様子では、在来線も影響大でしょうね。
 
 
No One Knows Your Name / Curt Smith (1993年)
※ソロ・アルバム「Soul on Board」より

 

カート・スミスは、盟友、ローランド・オーザバル

長年ティアーズ・フォー・フィアーズで活躍。
ともにティアーズ・フォー・フィアーズの黄金時代を築いてきましたが、
グループによくある、
「音楽性の違い」という、お決まりのパターンでの分裂。
 
確かに、カートとローランドの「アプローチ」には、
ちょっとした誤差があったように思います。
 
カートは、とにかく「繊細」で「内向的」
ローランド「エネルギッシュ」で「外交的」
 
どちらも、「ロマンティスト」という部分では一緒だったような気がします。
 
カートのソロ初のアルバムは、
繊細さが滲(にじ)み出ていて、女性的な優しさに満ち溢れていました。
それを考えると、
ティアーズ・フォー・フィアーズ時代の
彼の大ヒット作品ルールー・ザ・ワールドは、
彼にしては珍しい、「明るく」「外交的」な曲だったのかもしれません。
 
Everybody Wants To Rule The World / Tears For Fears
 (1985年・全米1位)

Escape / Rupert Holmes (1979年・全米1位)

 
1970年代後半の洋楽ポップス・シーンでは、
よく「ウエスト・コースト・サウンド」という言葉を耳にしました。
これは、文字通り、アメリカ「西海岸」エリアのポップスを指していて、
イーグルスTOTOドゥービー・ブラザーズジャクソン・ブラウン
あげればきりがないほどのビッグ・アーティストたちが、
このカテゴリーに属していました。

Eagles / Take It Easy (1972年・全米12位)

 
それだけ、「西海岸」系のサウンドやアーティストに勢いがあったということですが、
私はそれに対抗して、
イースト・コースト・サウンド」というカテゴリーを、勝手に作っていました。
つまり、アメリカ「東海岸」出身のアーティストたちの音楽(ポップス)です。
 
ルパート・ホルムズの「エスケイプ」は、1979年の全米ナンバー1ソング
彼自身は英国生まれですが、ニューヨーク(東海岸)で音楽をたたき込みました。
このサウンドを聴くと、同じく「ニューヨーク」の代名詞が似合う
ビリー・ジョエルを重ねてしまいます。
 
私はウエスト・コーストも大好きですが、
今回は、東海岸(イースト・コースト)にも頑張っていただきましょう!
 
Big Shot / Billy Joel (1979年・全米14位)

 
Skyscraping / ABC (1997年)

 
「ABCを聴いてE子と踊ろう!」っと、
日本でのレコード・キャッチを掲げて、
ご機嫌なダンス・ビートを効かせてくれた「ルック・オブ・ラブ」

 
衝撃的な日本デビューをしたのが1982年。
(※英国では一足先に「Tears Are Not Enough」でデビュー)

私にとっては、カルチャー・クラブデュランデュランを押さえ、

堂々のNo.1.ニュー・ロマンティック・バンドでした。
 
ABCの象徴、リーダー、マーティン・フライは、
その長身と甘いマスクから、ビジュアル先行型に思われがちですが、
とにかく、歌がうまい!
その後、ソング・ライター、プロデューサーとしても、
その素質を発揮しています。
でも、やんちゃで鼻息が荒かったことは、
数々のインタビュー記事を読む限り、事実だったと思います。
 
今日真っ先に取り上げた曲は、
そんなABCも、だいぶ落ち着いた頃の曲です。(一番上だよ~)
このSkyscraping(スカイスクレイピング)を聴くと、
「私も、こんなおじいちゃんになりたい」だなんて、
勝手気ままに過ごした青春時代の後の自分の老後に、
理想を思い浮かべてしまうのです。
派手なビートではなく、別なテンポにはなりましたが、
今また、心の中でABCを聴いて踊っています。
 
古きABCのダンス・ビート時代の曲をもう一曲↓
Valentine's Day / ABC (1982年)