一杯のための雑談…【Simple Minds】って何でしょう? -35ページ目

一杯のための雑談…【Simple Minds】って何でしょう?

波乱万丈の人生に少し疲れたかな。

Escape / Rupert Holmes (1979年・全米1位)

 
1970年代後半の洋楽ポップス・シーンでは、
よく「ウエスト・コースト・サウンド」という言葉を耳にしました。
これは、文字通り、アメリカ「西海岸」エリアのポップスを指していて、
イーグルスTOTOドゥービー・ブラザーズジャクソン・ブラウン
あげればきりがないほどのビッグ・アーティストたちが、
このカテゴリーに属していました。

Eagles / Take It Easy (1972年・全米12位)

 
それだけ、「西海岸」系のサウンドやアーティストに勢いがあったということですが、
私はそれに対抗して、
イースト・コースト・サウンド」というカテゴリーを、勝手に作っていました。
つまり、アメリカ「東海岸」出身のアーティストたちの音楽(ポップス)です。
 
ルパート・ホルムズの「エスケイプ」は、1979年の全米ナンバー1ソング
彼自身は英国生まれですが、ニューヨーク(東海岸)で音楽をたたき込みました。
このサウンドを聴くと、同じく「ニューヨーク」の代名詞が似合う
ビリー・ジョエルを重ねてしまいます。
 
私はウエスト・コーストも大好きですが、
今回は、東海岸(イースト・コースト)にも頑張っていただきましょう!
 
Big Shot / Billy Joel (1979年・全米14位)

 
Skyscraping / ABC (1997年)

 
「ABCを聴いてE子と踊ろう!」っと、
日本でのレコード・キャッチを掲げて、
ご機嫌なダンス・ビートを効かせてくれた「ルック・オブ・ラブ」

 
衝撃的な日本デビューをしたのが1982年。
(※英国では一足先に「Tears Are Not Enough」でデビュー)

私にとっては、カルチャー・クラブデュランデュランを押さえ、

堂々のNo.1.ニュー・ロマンティック・バンドでした。
 
ABCの象徴、リーダー、マーティン・フライは、
その長身と甘いマスクから、ビジュアル先行型に思われがちですが、
とにかく、歌がうまい!
その後、ソング・ライター、プロデューサーとしても、
その素質を発揮しています。
でも、やんちゃで鼻息が荒かったことは、
数々のインタビュー記事を読む限り、事実だったと思います。
 
今日真っ先に取り上げた曲は、
そんなABCも、だいぶ落ち着いた頃の曲です。(一番上だよ~)
このSkyscraping(スカイスクレイピング)を聴くと、
「私も、こんなおじいちゃんになりたい」だなんて、
勝手気ままに過ごした青春時代の後の自分の老後に、
理想を思い浮かべてしまうのです。
派手なビートではなく、別なテンポにはなりましたが、
今また、心の中でABCを聴いて踊っています。
 
古きABCのダンス・ビート時代の曲をもう一曲↓
Valentine's Day / ABC (1982年)

 
Pass The Dutchie / Musical Youth
(1983年・全米10位)※1982年・全英1位

 

私は、レゲエについてはよくわかりませんが、
レゲエ版ジャクソン・ファイブとでも言いましょうか。
当時11歳~16歳の、くそガキたちが…
いやいや、可愛いボーイズがデビューしました。
 
全員が本当の兄弟ということではなく、
メンバーのお父さんが務める音楽教室の仲間たちで結成されたグループです。
だから、変にまとまってなくて、とてもナチュラル。
リード・ヴォーカルの舌足らずのような発声が、ほんとに可愛らしい。
それでいて、年上たちの好青年っぽい声は、頼りがいすら感じます。
 
この曲を聴いていると、なんか自分がパパになった気分。(私は本当にパパですが)
私のポップス編集テープに突然流れる、愛らしい一曲の紹介でした。
Always Something There To Remind Me / Naked Eyes 
(1983年・全米8位)

 

ネイキッド・アイズは、1979年に結成。
●リード・ヴォーカルのピート・バーン
●キーボード・プログラミングのロブ・フィッシャー
の奏でる極上のエレクトリック・ポップは、
残念ながら、たった2枚のオリジナル・アルバムで幕を閉じました。
 
スマッシュ・ヒットした下記↓の曲
In the Name of Love(1984・全米26位)は、
2枚目のアルバム「Fuel For The Fire」(1984年)に収録されていますが、
この曲を含め、2曲だけプロデューサーを変えています
 
デビュー・アルバムを含め、ネイキッド・アイズのメイン・プロデューサーは、
もう一人のネイキッド・アイズと言われていた
トニー・マンスフィールドが手掛けてきましたが、
「イン・ザ・ネーム・オブ・ラブ」は、アーサー・ベイカーが担当。
ビートやリズムをより重視するサウンドに挑戦しています。
ちなみに、アーサー・ベイカーも名プロデューサーで、
ニュー・オーダーを手掛けたことで有名でした。
 

さて、本題のトニー・マンスフィールドのお話に戻りましょう(笑)。

ネイキッド・アイズのサウンドを作り上げてきた
トニー・マンスフィールドは、
自ら「New Musik」というテクノ・ポップ・グループで
イギリスを騒がせた人ですが、
同時に、ネイキッド・アイズのデビューに、
多大な貢献をしたプロデューサーとしても知られていました。
 
だから、ネイキッド・アイズのサウンドは、
まさに「New Musik」の音作りに共通しているのです!
 
While you wait / New Musik  (1981年)
 
※ご参照
Hold Me / Fleetwood Mac (1982年・全米4位)
リマスター・サウンド

 

 フリートウッド・マックが1982年にリリースした
アルバム「ミラージュ」(Mirage)。
私にとっては、
史上最高傑作のポップス・アルバムと言っても過言ではありません。
 
このアルバムとの出会いには思い出があります。
1982年…当時私は中学3年生…
ラジオのFEN(Far East Network)で流れていた「Hold Me」
英語放送のため、詳しい情報は当時の私には理解不能。
当時の私の語学力では、
おそらく曲名が「ホールド・ミー」であろう、と理解するのが精一杯。
 
ある日、上野駅近くの、小さなレコード店にフラッと入りました。
ダメもとで、そばにいた男性店員さんに、
「あの~、ホールド・ミーという曲の入ったLPありますか?」っと尋ねると、
「ホルド・ミー?。ちょっと待ってくださいね」
私が尋ねた男性店員が、仲間の男性店員を呼んで、
「ねぇ、ホールド・ミーってわかる?」
すると、仲間の店員さんは、
「イヤだな~、もう(笑)、それはフリートウッド・マックですよ~♪」
っと満面の笑顔で、アルバム「ミラージュ」を持ってきてくれました。
何て気持ちのいい店員さん!でしょう。
 
さて、このアルバム「ミラージュ」
完成度は完璧でした。まったく文句なし!!
でも、私がこのアルバムが好きな最大の理由は、
前述した、レコード店員さんの「気持ちいい」導き!
があったからなのかもしれませんね。
 
ああ、あの上野のレコード店…今はもうありません。
でも、私の記憶から無くなることは絶対にないでしょう。
粋(いき)な接客をしてくれた店員さんと共に、永遠に私の記憶として残っています。

 

アルバム「ミラージュ」から、もう1曲だけ。

リンジー・バッキンガムの叫び声が、とても切なく感じる私の大好きな曲です。

 
Can't Go Back 
 by Fleetwood Mac
(1982年・アルバム「ミラージュ」より)
本日、午前3時51分。福島県沖を震源とする余震が発生。
浜通りは震度5弱。
ここ、郡山は震度4でした。
 
前回の大きな余震よりは小さかったような気がします。物が落ちませんでしたので。
地震が発生して、まず心配(不安)なのが、その長さ(揺れている時間)です。
大震災の時は、2分くらいの揺れでした。
その後は、全ての余震が、短い時間の揺れなので、多少のことでは動揺しなくなっています。
 
次女が、昨日からキャンプへ行っています。(国が被災地の子供たちに向けた企画)
キャンプ先は福島県の中通りなので、私と一緒の揺れを感じたことでしょう。
全く問題はないと思いますが、離れているのは、やはり心配です。
 
日記として、ブログに残させていただきます。
 
Everything Will Flow / Suede (1999年・全英24位)
※2012年2月7日、動画リニューアル・アップ 
 
個性あるUKバンド「スウェード」との出会いは、
1999年のある深夜でした。
部屋でテレビをつけっぱなしでうたた寝をしている時に、
糸を引くような悲しげなヴォーカルと、切ないギターとメロディが、
それとなく聞こえてきました。
 
半分眠っていた私には、それがMTVからの音楽とは認識できず、
これは「夢」?状態。
でも、その時既に脳裏には、
しっかりと彼らの曲「Everything Will Flow」
取り憑(つ)いていたのです。
 
ヴォーカルのブレッド・アンダーソン(ポール・ウェラー似?)率いる
スウェードは、
この時点で結成から既に10年
UKチャートでは、アルバム、シングルともに上位の常連のようでした。
私の購入したアルバム「Head Music」からは、
「electricity」という全英3位に入る大ヒット曲がありますが、
私は、今もまだ取り憑いて離れないメロディの2曲をアップします。
 
She's in Fashion / Suede (1999年・全英13位)

Take Me Home Tonight / Eddie Money (1986年・全米4位)

 

元ニューヨーク市警というくらいしか知らないエディ・マネー
当時の略称は「エディマネ」。全然略していないと思うのですが、そう呼ばれていました。
 
この曲は清々(すがすが)しいヒット曲でした。
ロネッツの63年のヒット曲「ビー・マイ・ベイビー」を、
原曲を歌ったロニー・スペクター本人とコラボする!という話題もありましたが、
何よりも、「ベタなアメリカン・ロックは健在なり!」と、
久しぶりの正統派ポップス・ロックナンバーのチャート上位進出でした。
 
ロネッツは、このエディ・マネーの曲で初めて知ったのですが、
日本のグループかと思うくらい、日本に馴染んでいたお顔でした。
(日本でもカバーされていましたね)
 
Be My Baby / The Ronettes (1963年・全米2位)

If It Happens Again / UB40  (1984年・全英9位)

 

UB40(ユー・ビー・フォーティー)をポップスの視点からを見ると、
そのサウンドの心地良さをもってしても、
レゲエというよりは、明らかにポップス&ロック・バンドです。
 
私が初めて知ったのは、
全英チャートでレッド・レッド・ワイン(Red Red Wine)1983年)が、
長くNO.1を獲っていた時でした。
(※全米では34位、その後88年にリバイバルで1位を獲った大ヒット曲)

 

そして、レコード針を落として初めて聴いたその曲の感想は、
実は、ポップスとしては、パッとしませんでした。
「やっぱり、イギリス・チャートと全米チャートでは趣向が違うんだな~」
っと思ったくらいパッとしない印象でしたね~
でも、UB40に、大きなヤマ(サビ)を期待してはいけなかったのです。
彼らは、単調な曲調を、
母親の心臓音のごとく、
「レゲエ」という要素を加えながら、
ハートで勝負する、硬派なバンドであると感じるのに、
そう時間はかかりませんでした。
なるほど、確かに大勢の支持者がいるわけですね。
 
カバー曲を数多く残しているUB40ですが、
今日アップするのは、レッド・レッド・ワイン」という大ヒット曲の後に、
伸び伸びと歌っている彼らのオリジナル曲です。
単にポップス・レゲエだけでは表現できない、
プラスαの要素を持つ曲に仕上がっています。
特に下の曲↓を初めて聴いた時は、
今まで経験のない不思議な快感のバラードに聴こえたことを思い出します。
 
Don't Break My Heart / UB40  (1985年・全英3位)
諸事情により、少し間が空いてしまいました。
少しペースが落ちるかもしれませんが、この戦線に復帰させてください。
よろしくお願いします。
 
That Look In Your Eye / Ali Campbell & Pamela Starks
 (1995年・全米5位)

 

さて、今日は、あるデュエットを取り上げました。
アリ・キャンベルは、
レゲエ(風)・ロックバンド「UB40」のヴォーカリスト。(2008年・脱退)
パメラ・スタークスは…。よくわかりません。マジで。
ご存知の方(かた)、教えてください。
 
とのかく、この曲は、デュエットなのにあっさりテースト。
アメリカン・タイプのラブ・デュエットは、男と女が至近距離で見つめ合い、
「アイ・ラブ・ユー、ハニー」「オー、ミー・トゥー、マイ・ダーリン」
そして「ぶちゅっ」って感じで、
見ている方(ほう)は、背筋が痒くなってきます(個人的な意見)。
谷村新司と小川知子のようなデュエットは、もはや害です。
 
このラブ・ソングは何てあっさりしているのでしょう。
この映像では、常に一定の距離を置いているのがいいのです。
映像もそうですが、何といっても曲調が、とてもステキ。
常に社会的要素の強かった
UB40時代のアリ・キャンベルとのギャップも魅力なのかもしれません。
そう、女性は男の「ギャップ」に一コロです。(問題発言の可能性あり)
 
明日は、その「UB40」をアップさせていただきます。