一杯のための雑談…【Simple Minds】って何でしょう? -35ページ目

一杯のための雑談…【Simple Minds】って何でしょう?

波乱万丈の人生に少し疲れたかな。

Pass The Dutchie / Musical Youth
(1983年・全米10位)※1982年・全英1位

 

私は、レゲエについてはよくわかりませんが、
レゲエ版ジャクソン・ファイブとでも言いましょうか。
当時11歳~16歳の、くそガキたちが…
いやいや、可愛いボーイズがデビューしました。
 
全員が本当の兄弟ということではなく、
メンバーのお父さんが務める音楽教室の仲間たちで結成されたグループです。
だから、変にまとまってなくて、とてもナチュラル。
リード・ヴォーカルの舌足らずのような発声が、ほんとに可愛らしい。
それでいて、年上たちの好青年っぽい声は、頼りがいすら感じます。
 
この曲を聴いていると、なんか自分がパパになった気分。(私は本当にパパですが)
私のポップス編集テープに突然流れる、愛らしい一曲の紹介でした。
Always Something There To Remind Me / Naked Eyes 
(1983年・全米8位)

 

ネイキッド・アイズは、1979年に結成。
●リード・ヴォーカルのピート・バーン
●キーボード・プログラミングのロブ・フィッシャー
の奏でる極上のエレクトリック・ポップは、
残念ながら、たった2枚のオリジナル・アルバムで幕を閉じました。
 
スマッシュ・ヒットした下記↓の曲
In the Name of Love(1984・全米26位)は、
2枚目のアルバム「Fuel For The Fire」(1984年)に収録されていますが、
この曲を含め、2曲だけプロデューサーを変えています
 
デビュー・アルバムを含め、ネイキッド・アイズのメイン・プロデューサーは、
もう一人のネイキッド・アイズと言われていた
トニー・マンスフィールドが手掛けてきましたが、
「イン・ザ・ネーム・オブ・ラブ」は、アーサー・ベイカーが担当。
ビートやリズムをより重視するサウンドに挑戦しています。
ちなみに、アーサー・ベイカーも名プロデューサーで、
ニュー・オーダーを手掛けたことで有名でした。
 

さて、本題のトニー・マンスフィールドのお話に戻りましょう(笑)。

ネイキッド・アイズのサウンドを作り上げてきた
トニー・マンスフィールドは、
自ら「New Musik」というテクノ・ポップ・グループで
イギリスを騒がせた人ですが、
同時に、ネイキッド・アイズのデビューに、
多大な貢献をしたプロデューサーとしても知られていました。
 
だから、ネイキッド・アイズのサウンドは、
まさに「New Musik」の音作りに共通しているのです!
 
While you wait / New Musik  (1981年)
 
※ご参照
Hold Me / Fleetwood Mac (1982年・全米4位)
リマスター・サウンド

 

 フリートウッド・マックが1982年にリリースした
アルバム「ミラージュ」(Mirage)。
私にとっては、
史上最高傑作のポップス・アルバムと言っても過言ではありません。
 
このアルバムとの出会いには思い出があります。
1982年…当時私は中学3年生…
ラジオのFEN(Far East Network)で流れていた「Hold Me」
英語放送のため、詳しい情報は当時の私には理解不能。
当時の私の語学力では、
おそらく曲名が「ホールド・ミー」であろう、と理解するのが精一杯。
 
ある日、上野駅近くの、小さなレコード店にフラッと入りました。
ダメもとで、そばにいた男性店員さんに、
「あの~、ホールド・ミーという曲の入ったLPありますか?」っと尋ねると、
「ホルド・ミー?。ちょっと待ってくださいね」
私が尋ねた男性店員が、仲間の男性店員を呼んで、
「ねぇ、ホールド・ミーってわかる?」
すると、仲間の店員さんは、
「イヤだな~、もう(笑)、それはフリートウッド・マックですよ~♪」
っと満面の笑顔で、アルバム「ミラージュ」を持ってきてくれました。
何て気持ちのいい店員さん!でしょう。
 
さて、このアルバム「ミラージュ」
完成度は完璧でした。まったく文句なし!!
でも、私がこのアルバムが好きな最大の理由は、
前述した、レコード店員さんの「気持ちいい」導き!
があったからなのかもしれませんね。
 
ああ、あの上野のレコード店…今はもうありません。
でも、私の記憶から無くなることは絶対にないでしょう。
粋(いき)な接客をしてくれた店員さんと共に、永遠に私の記憶として残っています。

 

アルバム「ミラージュ」から、もう1曲だけ。

リンジー・バッキンガムの叫び声が、とても切なく感じる私の大好きな曲です。

 
Can't Go Back 
 by Fleetwood Mac
(1982年・アルバム「ミラージュ」より)
本日、午前3時51分。福島県沖を震源とする余震が発生。
浜通りは震度5弱。
ここ、郡山は震度4でした。
 
前回の大きな余震よりは小さかったような気がします。物が落ちませんでしたので。
地震が発生して、まず心配(不安)なのが、その長さ(揺れている時間)です。
大震災の時は、2分くらいの揺れでした。
その後は、全ての余震が、短い時間の揺れなので、多少のことでは動揺しなくなっています。
 
次女が、昨日からキャンプへ行っています。(国が被災地の子供たちに向けた企画)
キャンプ先は福島県の中通りなので、私と一緒の揺れを感じたことでしょう。
全く問題はないと思いますが、離れているのは、やはり心配です。
 
日記として、ブログに残させていただきます。
 
Everything Will Flow / Suede (1999年・全英24位)
※2012年2月7日、動画リニューアル・アップ 
 
個性あるUKバンド「スウェード」との出会いは、
1999年のある深夜でした。
部屋でテレビをつけっぱなしでうたた寝をしている時に、
糸を引くような悲しげなヴォーカルと、切ないギターとメロディが、
それとなく聞こえてきました。
 
半分眠っていた私には、それがMTVからの音楽とは認識できず、
これは「夢」?状態。
でも、その時既に脳裏には、
しっかりと彼らの曲「Everything Will Flow」
取り憑(つ)いていたのです。
 
ヴォーカルのブレッド・アンダーソン(ポール・ウェラー似?)率いる
スウェードは、
この時点で結成から既に10年
UKチャートでは、アルバム、シングルともに上位の常連のようでした。
私の購入したアルバム「Head Music」からは、
「electricity」という全英3位に入る大ヒット曲がありますが、
私は、今もまだ取り憑いて離れないメロディの2曲をアップします。
 
She's in Fashion / Suede (1999年・全英13位)

Take Me Home Tonight / Eddie Money (1986年・全米4位)

 

元ニューヨーク市警というくらいしか知らないエディ・マネー
当時の略称は「エディマネ」。全然略していないと思うのですが、そう呼ばれていました。
 
この曲は清々(すがすが)しいヒット曲でした。
ロネッツの63年のヒット曲「ビー・マイ・ベイビー」を、
原曲を歌ったロニー・スペクター本人とコラボする!という話題もありましたが、
何よりも、「ベタなアメリカン・ロックは健在なり!」と、
久しぶりの正統派ポップス・ロックナンバーのチャート上位進出でした。
 
ロネッツは、このエディ・マネーの曲で初めて知ったのですが、
日本のグループかと思うくらい、日本に馴染んでいたお顔でした。
(日本でもカバーされていましたね)
 
Be My Baby / The Ronettes (1963年・全米2位)

If It Happens Again / UB40  (1984年・全英9位)

 

UB40(ユー・ビー・フォーティー)をポップスの視点からを見ると、
そのサウンドの心地良さをもってしても、
レゲエというよりは、明らかにポップス&ロック・バンドです。
 
私が初めて知ったのは、
全英チャートでレッド・レッド・ワイン(Red Red Wine)1983年)が、
長くNO.1を獲っていた時でした。
(※全米では34位、その後88年にリバイバルで1位を獲った大ヒット曲)

 

そして、レコード針を落として初めて聴いたその曲の感想は、
実は、ポップスとしては、パッとしませんでした。
「やっぱり、イギリス・チャートと全米チャートでは趣向が違うんだな~」
っと思ったくらいパッとしない印象でしたね~
でも、UB40に、大きなヤマ(サビ)を期待してはいけなかったのです。
彼らは、単調な曲調を、
母親の心臓音のごとく、
「レゲエ」という要素を加えながら、
ハートで勝負する、硬派なバンドであると感じるのに、
そう時間はかかりませんでした。
なるほど、確かに大勢の支持者がいるわけですね。
 
カバー曲を数多く残しているUB40ですが、
今日アップするのは、レッド・レッド・ワイン」という大ヒット曲の後に、
伸び伸びと歌っている彼らのオリジナル曲です。
単にポップス・レゲエだけでは表現できない、
プラスαの要素を持つ曲に仕上がっています。
特に下の曲↓を初めて聴いた時は、
今まで経験のない不思議な快感のバラードに聴こえたことを思い出します。
 
Don't Break My Heart / UB40  (1985年・全英3位)
諸事情により、少し間が空いてしまいました。
少しペースが落ちるかもしれませんが、この戦線に復帰させてください。
よろしくお願いします。
 
That Look In Your Eye / Ali Campbell & Pamela Starks
 (1995年・全米5位)

 

さて、今日は、あるデュエットを取り上げました。
アリ・キャンベルは、
レゲエ(風)・ロックバンド「UB40」のヴォーカリスト。(2008年・脱退)
パメラ・スタークスは…。よくわかりません。マジで。
ご存知の方(かた)、教えてください。
 
とのかく、この曲は、デュエットなのにあっさりテースト。
アメリカン・タイプのラブ・デュエットは、男と女が至近距離で見つめ合い、
「アイ・ラブ・ユー、ハニー」「オー、ミー・トゥー、マイ・ダーリン」
そして「ぶちゅっ」って感じで、
見ている方(ほう)は、背筋が痒くなってきます(個人的な意見)。
谷村新司と小川知子のようなデュエットは、もはや害です。
 
このラブ・ソングは何てあっさりしているのでしょう。
この映像では、常に一定の距離を置いているのがいいのです。
映像もそうですが、何といっても曲調が、とてもステキ。
常に社会的要素の強かった
UB40時代のアリ・キャンベルとのギャップも魅力なのかもしれません。
そう、女性は男の「ギャップ」に一コロです。(問題発言の可能性あり)
 
明日は、その「UB40」をアップさせていただきます。
Solitaire / Laura Branigan (1983年・全米7位)

 

ここの友人ブログで、彼女の死を知りました。
享年47歳。
もう7年も前(2004年8月)のことだそうです。
私は、熱烈的なファンという訳ではありませんでしたが、
テレビで見ていた彼女の映像からは、
変に騒がず、一見クールなのに、
発する声は情熱的というイメージ(好印象)でした。
 
「グロリア」(1982年・全米2位)で、
一躍日本でも知られるようになったブラニガンですが、
私の彼女への印象を強く決定づけたのは、
今日アップした「ソリティア」(1983年)でした。
キーボードの、はじけるような音が聞こえ、
やがて、優しい旋律を奏で始めます。
一瞬、フレンチ・ポップのような「オシャレさ」かと思ったら、
徐々に彼女らしい情熱的な姿に。
そして最後は、彼女が得意とする声域の広さを存分に発揮。
やっぱり、情熱的なフレンチ・ポップスに感じます。
この当時としては、珍しい曲調のヒット曲だと思います。
 
私の知っている多くのポップス曲の中でも、
かなり上位に行く「ソリティア」。
その歌い手が亡くなられた事実を、
何年も知らなかったという、何か、
人生の寂しさとというか悲しさというか。
そんな気を、感じ得ずにはいられない数日でした。
(今は、ビールで立ち直りましたが)
 
でも、きっと今頃は、病気で先立った夫と共に、
安らかな時を過ごされていることではないでしょうか。
今さらで恐縮ですが、ローラのご冥福をお祈りいたします。
 
Self Control / Laura Branigan (1984年・全米5位)

Into You / Giant Steps (1989年・全米58位)

1988年に、「ジャイアント・ステップス」(Giant Steps)という、
イギリスのデュオと出会いました。
曲名は「Into You」
前奏を聴いただけで、「これは買い!」と決めたくらい、
見事なポップ・ダンスでした。

元々この二人は、「クイック」という別のグループを中心に、
この時点で10年以上のキャリアを持っており、
確かに突然現れたバンドとは思えない貫禄がありました。

「Into You」をきっかけに購入した
アルバム「ブック・オブ・プライド」(The Book Of Pride)は、
全体としては、
「Into You」のようなAORフレーバーというより、
ブラック・ミュージックを基本とした、
ブルティッシュ・ダンス・ミュージック。
後にも先にも、このアルバムだけ。
でも、お二人はプロデューサー・ソングライターとしてご健在のようです。

彼らの最大のヒット曲が「Another Lover」
こちらは、まさに、80年代を象徴する、ダンス・ミュージックです。

Another Lover / Giant Steps (1988年・全米13位)