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一杯のための雑談…【Simple Minds】って何でしょう?

波乱万丈の人生に少し疲れたかな。

70年代後半~80年代全般をコアとする洋楽ポップス・ファンにとって、
ビリー・ジョエルは、神に近い!存在かもしれません。
まあ、私は、「神の国、日本」を自称する人間なので、
神様に近いアーティストは、無数に存在しますが。アハハ!
 
全てのアルバムをリアル・タイムで聴いていたわけではありませんが、
私の独断と偏見によれば、ビリーの頂点は、以下の3つのアルバム
で極められたと思っています。
 
●ストレンジャー(1977年)
●ニューヨーク52番街(1978年)
●グラス・ハウス(1980年)
 
この三本柱は、強力、かつ永遠の輝きを持っています。
 
「ストレンジャー」「ニューヨーク52番街」で、それまでの下積みを開花させ、
「グラス・ハウス」で、ロックの要素を強めた、
ポップスとしての集大成を築き上げたように思います。
逆に言うと、この頂点三本柱を境に、
私のビリーへの想いは、下降線をたどっていくことになりました。
 
ロック色が強くなったアルバム「グラス・ハウス」の中で、
「ストレンジャー」や「ニューヨーク52番街」に見られる、情緒性の高い曲が、
「ドント・アスク・ミー・ホワイ」ではないでしょうか。
シングル・カットされる曲っぽくない、地味な感じの曲ですが、
3rd・シングルながら、19位まで上がる健闘をしています。
 
Don't Ask Me Why / Billy Joel (1980年・全米19位)
メン・アット・ワークのデビュー・アルバム、
「ワーク・ソングス」(Bisiness As Usual)を手に入れたのは、
たまたまの縁があって、日本で発売される、かなり前でした。
父がオーストラリア出張へ行った時、私がお土産として、
「現地で一番売れているレコードを買ってきて!」っとお願いした時でした。
 
洋楽ポップス・ファンの私自身も知らなかった、
無名バンド「メン・アット・ワーク」
当時、このバンド出身のオーストラリアでは、売れまくりのようでしたが、
全米チャートを常にチェックしていた私ですら、全く知る余地もないバンドでした
いざ、レコードに針を落としてみると…
 
サックスで始まる、少しファンキーで、不思議なメロディー。
その後、全米でもNo.1(1982年)になる大ヒット曲でした。
しかし、私が最初からノック・ダウン!したのは、
「ノックは夜中に」ではなく、その後、新たに全米No.1ソングとなった、
「ダウン・アンダー」でもなく…

 

アルバムの二曲目に収録された「I Can See It In Your Eyes」
ささやくようなキーボードから始まり、
アップテンポながら、とても優しくて、奥行きのあるサウンドに、
一瞬の「幸せ」を感じました。
この曲をアップできて、またまた「幸せ」な気分を味わっています。
 
ちなみに、画像風景では、
オーストラリア一番の都市「シドニー」が中心になっていますが、
一カ所だけ、彼らの出身地でもある、第二の都市「メルボルン」を入れました。
 
I Can See It In Your Eyes / Men At Work (1982年)
※アルバム「BISINESS AS USUAL(邦題:ワーク・ソングス)」より
昨日は、嵐でしたか?(笑)

正直なところ、ドン・マクリーンは、周りが言っている程、
私は知らないのです!

「アメリカン・パイ」という曲が、歌詞や、
その曲ができた背景(ある有名ミュージシャンの飛行機事故死)などで、
かなり有名だったようですが、
私には幼すぎて、まったく覚えていません。

しかし「クライング」は、リアル・タイムで聴きました。
きっかけは、
ひどい風邪で、学校を休み、一人、高熱でベッドでうなされていた時、
付けっばなしのラジオ(FEN)から流れていたのが最初です。
どこか古臭くて、少し田舎っぽい、スタンダードなバラード

ゆっくりと流れるメロディーと、
特に、二番におけるバック・コーラスの挿入部分を聴いて、
発熱での苦しい気分が、一瞬、スーッと抜けた思いがしました。
この曲はリバイバル・カバーで、
オリジナルは「ロイ・オービソン」が歌うクラシック・ナンバー。
なるほど、年季(ねんき)が違います。

病床の青臭い少年でも、見事に反応した名曲。

ドン・マクリーン。

歌い終わった姿が、どこか可愛らしかったので、
ほんの少し、動画に補足をしました。アハハ!
さて、今日からは、フル・マラソン大会まで、絶対に禁酒!・・・気持ちは。


Crying / Don McLeen (1981年・全米5位)

 
 
 
80年代を代表する、UKエレクトリック・ポップ・バンドで、
ヒューマン・リーグを忘れる訳にはいきません。
以前も、84年の曲「レバノン」を取り上げましたが
このバンドは、単なるエレクトリック・バンドとは思えません。
意外とシリアスで、一癖・二癖ある曲調があるかと思うと、
時々、「ヒューマン」(1986年・全米1位)のような、

ハッとするような正統派のメロディーで酔わせてくれます。

また、女性二人を含む3人でのリード・ヴォーカルや質感のいいサウンドが、
ハイセンスでオシャレな感覚を彷彿させてくれます。
 
1995年のアルバム「オクトパス」から、
UKでのみ、シングル・カットされた「One Man In My Heart」は、
ヒューマン・リーグにしては珍しい、正統なラブ・ソングです。
そして、何と言っても、
彼らの代表である男性ヴォーカル(フィル・オーキー)が、
リードを取っていません。
純粋に、女性陣主体の曲になっています。
しかも、らしくない(?)、可愛らしい曲です。
 
普通のラブ・ソングのように聴こえるかもしれませんが、
これを、ヒューマン・リーグがやっているからこそ、
びっくりして、耳を疑った一曲でした。
でも、もちろん、私のお気に入り。
あるテレビ番組でのライブ映像がありましたので、
PVと混ぜて楽しんでみました。
※PVでのカフェに出てくるコーヒー。おいしそう♪
お一ついかが?(しばらくビールは・・・)。
 
One Man In My Heart / The Human League
(1995年・全英13位)
日本の洋楽ポップス・シーンにおいて、
最も愛されているバンドの一つがTOTOでしょう。
私は決して自信家ではありませんが、
この意見に異論がないであろうことだけは、自信があります。
多くの人たちが、それぞれの「こだわり」を持って愛していることと思いますが、
中でも、4作目のTOTO Ⅳは、
最大公約数の支持を得たアルバムだったのではないでしょうか。
 
1982年のリリース
グラミー賞でも、最高ステータスの「レコード・オブ・イヤー」をはじめ、
6部門を独占。
「ロザーナ」(全米2位)、「アフリカ」(全米1位)の大ヒット曲のほか、
 
「メイク・ビリーブ」(全米30位)
「ホールド・ユー・バック」(全米10位)

 

といった数々のシングル・ヒットも生まれました。
ちなみに、最後にシングル・カットした「ユア・ラブ」(全米73位)
ちょっと調子に乗り過ぎたか!(笑)
 
名実ともに、ポップス・ファンには十分に満足できるアルバムでしたが、
今日のピック・アップ曲は、
その中では、玄人(くろうと)的な渋さをもつ曲ではないでしょうか。
大変地味ですが、無くてはならない存在です。
ギターとキーボードの絶妙なバランスが大人のロックを醸(かも)し出し、
変調となる間奏部分においての快感がたまりません!
聴けば聴くほど味が出る、そう、「スルメいか」のようなシブい曲です
っと言うことは、今日のビールのおつまみは・・・
 
いや、しばらくお酒(ビール)をストップすることにしました・・・。
(もうすぐ、フル・マラソンの大会なもんで・・・ガマン!!)
 
Good For You / TOTO (1982年)
※アルバム「TOTO Ⅳ(聖なる剣)」より
男性の私から見て、
80年代当時、一番カッコイイと思っていたアーティストが、
この「リック・スプリングフィールド」です!!
一見「か細い」体に、あまりにも完成されたお顔。
一瞬、アンドロイドかと…アハハ!
褒め言葉になっていないような気もしますが。
 
彼の素晴らしさは、見かけ以上に、曲の良さにあります。
人気ドラマの俳優だったことで、
TVスター(アイドル)としての顔が定着してしまい、
ロック歌手としての評価が、なかなか追いつかなかったように思います。
 
グラミー賞を受賞した「ジェーシーズ・ガール」や、
 
彼の多くのアルバムでは、捨て曲が少ないのも、
私がリックを大好きな要因なのです。
(大好きと言っても、私はモーホーではない!)
 
1982年リリースのアルバム、
SUCCESS HASN'T SPOILED ME YET
(邦題:アメリカン・ガール)も、粒ぞろいの曲ばかり。
 
「ドント・トーク・トゥ・ストレンジャー」(全米2位)の大ヒットの他、
さらに2曲のシングル・ヒットもありますが、
 
私は、今日アップする、
この切ないロック・バラードの存在なしに、
このアルバムを語ることは出来ません。
ギター・サウンドやバック・コーラスを、
とても丁寧にデコレーションするリック。
男として、やはり惚れてしまいそうです。
 
リックに、乾杯!!
(本当に私は、決してモーホーではない!アハハ!)
 
Still Crazy For You / Rick Springfield (1982年)
※アルバム「アメリカン・ガール」より
なんと、オランダ出身のバンドでしたか!
「ジョージ・ベイカー・セレクション」は、
1969年の結成といいますから、かなりのベテランです。
日本でも、テレビ等でかなり耳にする曲Little Green Bagの演奏者。

 

でも、私が知ったのは、その曲とはまったく調子が違う
「Paloma Blanca(パロマ・ブランカ)」
 
いかにも北欧らしいポップスですが、
きっかけは、アメリカのヒット曲シリーズのCDでした。
日本でも、日本版ビューティフル・サンデーを歌っていた、
永遠のお坊ちゃん「田中星児」が、
「パロマ・ブランカ(幸せの白い鳩)」として歌っていたようですが、
私は、全く認識がありませんでした。
田中星児といえば、やっぱり「チョコボール」でしょう!
なんて爽やかなお菓子なんだろうっと思ったくらい、アハハ!
 
話はジョージ・ベイカーへ。
「ようつべ」で初めて見ましたが、とても愛着のあるお顔なんです。
一瞬、ELOジェフ・リンか?!と思いましたが、
最近(2008年)の映像を見ると、結構男前です。
そんなごっついジョージが、ピンポンパンのお兄さんが歌うような、
とても可愛らしい曲を、
35年以上も前にヒットさせていたんですね。
とても親しみの湧くメロディー、そしてメンバーの方々(かたがた)です。
 
今日も、素晴らしい土曜日でありますように・・・
 
Paloma Blanca / George Baker Selection (1975年・全米26位)
 
※またもや、私の動画は削除されちゃった。
曲を愛してアップしたのに…
代替動画を添えます…悲しい(泣)

 

寒い日が続きます。
郡山の早朝の気温は、自宅で計るとマイナス7℃
何ですか、これは?
もっと寒い北国の方(かた)には、大変申し訳ないのですが、
この寒さは耐え難い(笑)
早く春が来ることを、切に、切に願っています。
 
そんな寒い時は、逆療法で、寒いサウンドを取り入れることにしましょう。
シンプル・マインズの1984年のアルバム
「スパークル・イン・ザ・レイン」は、
名プロデューサー「スティーブ・リリー・ホワイト」とのコンビで、
とてもクールなサウンドを醸(かも)し出した、
私にとっての、ナンバー1アルバムです。
 
それまでのシンプル・マインズの方向性が、
180度変わったと言ってもいいくらい、
良い意味で、リリー・ホワイトの影響を受けたサウンドです。
その面では、チャレンジしたアルバムなのでしょう。
また、このアルバムでは、もう一つの試み(チャレンジ)がありました。
シンプル・マインズは、このアルバムで、
初めて自分たちの曲以外の曲を披露しました。
それが、今日のアップ・ソング「Street Hassle」です。
※オリジナルは「ルー・リード」(1978年)
 
個人的な意見ですが、オリジナルを超えています!
シンプル・マインズらしさが、全面に現れています。
ここでは、キーボードよりも、
凍りつくようなギター・サウンドが強調されて、寒さも倍増。
これ以上、寒くなることはないでしょう。凍えながらのビールも…、
いや、今日は遠慮します。
 
シンプル・マインズの出身地、スコットランド・グラスゴー
ストリート」を眺めながら・・・
 
Street Hassle / Simple Minds (1984年)
※アルバム「Sparkle In The Rain」より
Shame On The Moon (月に吠える)
by  Bob Seger & the Silver Bullet Band 
 (1983年・全米2位)
 
ボブ・シーガーと、そのバンド「ザ・シルバー・バレット・バンド」は、
とてもシブくて素敵なロックを聴かせてくれます。
随所に見せるカントリー調や、
根本にあるアメリカ中西部っぽい武骨なロックは、
好き・嫌いはともかく、しっかりとした、彼らの主張があるように感じます。
 
デトロイトの出身ですが、ウエスト・コースト・ミュージシャンとの交流も深く、
イーグルスドゥービー・ブラザーズ、J.D.サウザーなどの
一流ミュージシャンにも、強い影響を与えています。
 
ちなみに、
イーグルスの名曲「ハート・エイク・トゥナイト」(1979年・全米1位)は、
イーグルスの主力メンバー「ドン・ヘンリー」「グレン・フライ」の他、
J.D.サウザーそして、ボブ・シーガーとの共作。
これだけの人材を投入して作られた曲なのですから、
ナンバー1になるべくしてなった、大ヒット曲だったのですね。

 

Heartache Tonight / Eagles (1979年・全米1位)

 

私にとっては、
70年代後半から80年代前半に活躍していたイメージが強いのですが、
80年代以降、ソロとしても、映画やプロデュース、
そして、もちろん、
自身のバンド「ザ・シルバー・バレット・バンド」としても
活動を続け、相も変わらず、シブいロックを披露していました。
 
今日アップした彼らの曲は、
アルバム「ザ・ディスタンス」(1982年)からの大ヒット曲。
でも、ベスト盤には収録されていません。
制作会社は知っていますね~。
彼らのファンは、この曲を逃す訳にはいきませんから、
両方買いますわ~(笑)
「軟派な80年代の洋楽ポップス好き」を自称する私にとって、
ドイツのアーティストは、比較的親しみがあります。
 
以前、こちらのブログ記事でご紹介させていただいたピーター・シリングや、

 
全米・全英で大ヒットした「ロックバルーン99」ネーナ(Nena)

 

「エンジェル07」を歌うヒューバート・カーなど・・・

 

結構、いい感じの軟派ポップスを提供してくれるアーティストを
常に輩出してくれているのが、かつての西ドイツなのです。(東ドイツは知らんわ!)
しかしながら、今日紹介するグループは、
正直なところ、全くリアルタイムでは知りませんでした。
 
バッド・ボーイズ・ブルー
略して「B.B.B.」だって。アハハ…
背中が痒くなってくるくらいクサイ、バンド名です。
そして、流れてくるのが、
これまたB級ユーロ―ビート調のダンス・ミュージック
アハハ、それでこそ「ドイツ」です!
 
このような曲には、昔の「ディスコ」がお似合いですが、
今日は、ちょっと、シリアスに・・・。いいえ、やっぱりギャグで楽しむことにしました(笑)
『I Love Budwiser!!』
 
Lady in black / Bad Boys Blue (1989年・全独16位)