NGOのアナログマインド -9ページ目

長い間ありがとうございました

読者の皆様、お知らせがあります。


私、下澤嶽は、2006年4月よりJANICで働くようになり、もうすぐ、4年が終わろうとしています。

実は今日、3月12日をもって、事務局長の職を退きます。本当にJANICおよび私を応戦してくださった皆様に改めて御礼を申し上げます。本当にお世話になりました。


私の後任として、日本国際ボランティアセンター、シェア=国際保健協力市民の会で25年以上働いてきた、経験豊富な山口誠史が着任します。変わらずJANICを応援いただければ幸いです。


このブログは、引き続き、新任の山口氏が継続します。どうぞ新しい山口ワールドを続けてお楽しみください。



私は、4月より、浜松市の大学で教鞭をとることになりました。国際協力論とNGO論を教えます。

ただ、NGOの世界から完全に離れるわけでなく、いろいろなNGO関係者の方々とはつながりつつ、NGO界を見つめ、またお手伝いできることがあればアクションを続けていきます。私がプライベードにかかわっている平和構築NGOであるジュマ・ネット(http://www.jummanet.org/ )も当面続けていきます。


今回ブログをやってみて、その伝える力の強さを発見し、驚いています。ぜひ、このブログを、別のサイトから続けていこうと思っています。これまでの記事も全部そこに移してみました。新しいブログの名称は「simoのブログ」です。(http://ameblo.jp/simosimota/ ) 今後個人的な文章を掲載していきます。もしよろしければ折々私のブログにもご訪問ください。


本当に、長い間ありがとうございました。

シナジーに書いた原稿です

JANICのウェブの左側に、3カ月おきに発行している「シナジー」のことが掲載されていることをご存知かと思います。これはJANICが始まった当時から発行してきた「地球市民」というニュースレターを、2006年から名称を変更し、発行し続けているものです。今回は145号で、特集記事は「新世代NGOの好感力」で、結構評判いいです。サイトからも購入できますので、ぜひお買い求めください。


その中で、「シナジーするNGO」というエッセイのページがあるのですが、そこで私が特集にちなんだ、エッセイを掲載しますので、ご紹介します。シナジーの方の原稿は、スペースの都合で短くなっていますが、ここで掲載しているのは、その前のやや長いバージョンです。


ご意見、感想があれば、お寄せください。


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還暦を迎えるエイティーズNGO

エイティーズNGOとは

 エイティーズ(80’s)NGO。これは、私が勝手に命名した日本のNGOグループの名称だ。80年代に設立されたNGO群のことを意味している。

80年代。インドシナ難民問題に立ち会い、アジアの国々に触れた日本の若者が、次々とNGOを立ち上げた最初の時期だ。この頃のNGOグループが日本のNGOの気質を最初に形成したといっても過言ではない。この頃に設立されたNGOに、日本国際ボランティアセンター(1980年)、幼い難民を考える会(1980年)シャンティ国際ボランティア会(1981年)、シェア=国際保健協力市民の会(1983年)と、いくつも老舗のNGOの名前が挙がってくる。

市民に近かったエイティーズNGO

 80年代は、NGOがまだ社会から認知をされていない時代だった。NGOスタッフは全員無給と思われていたし(給料をもらっていてもかなり貧しかった)、社会からはTシャツとGパンを身にまとったマニアックな存在として映っていたのではないだろうか。恋人の家で「NGOで働いています」と相手の親に言えば、シーンとなってしまうような、特異(アウトロー的)な存在だった思う。その分NGO間の仲間意識(同時に対立)も強く、独特の自尊心(よく言えばボランタリズム)のようなものがみなぎっていた。

資金源も限られていた。どのNGOの貧しく、そのことで苦労もしていたし、工夫もしていた。NGOを支える市民とスタッフの関係は強く、「市民に支えられる存在である」ことに誇りのようなものがあった。市民とのつながりは資金だけに留まらず、会の活動方針を一緒につくる仲間であり、スタッフと支援者が連帯感を高める合宿や集いが盛んに持たれた。事務所で何時間も議論をしたこともあった。NGOにとって市民は近い存在だった。

同時に、この時代はODAの額が急激に増加した時代で、ODAと日本企業の癒着や無駄がマスコミから辛らつに叩かれた時代でもある。片方で、小さくとも草の根で活動するNGOは「善的存在」として取り上げられることが多く、NGOはODAを強く批判し、「NGO vs ODA」といった対立構造が常にあった。ピュアな時代だったと言えるのかもしれない。

還暦を迎えるエイティーズNGO

80年代初頭30歳だったNGOスタッフは今年はそろそろ還暦を迎える。その後NGOをとりまく状況は大きく変わった。

90年代はODAの資金がNGOに大量に流れるようになった。その額は増え続けている。「政府連携ありき」が今は当然で、「NGO vs ODA」という単純な構造ではなくなった。また、いくつもの欧米NGOが日本に事務所を開き、洗練された資金回収マネジメントや援助トレンドで、活発に活動をすることが日常となった。JANICの88団体の正会員の中で16団体がそうしたNGOであり、資金獲得上位5団体はすべて欧米を起源するNGOによって占められている。日本のNGOもこうしたトレンドに影響をうけつつ存在している。

寄付文化の醸成

NGOの組織機能を高度化させ、資金回収・活用能力の強化することが必要だと、最近あちこちの関係者の中で叫ばれている。「寄付文化の醸成」といった言葉も、そのひとつかもしれない。確かに日本市民の寄付に対するNGOアレルギーをなんとかしないといけないし、確かに寄付はNGOへの重要な参加方法のひとつだ。だが、日本の市民を「寄付者化」することに必死になりすぎてないだろうか。NGOは、そのために開発途上国の一面的なイメージをばらまき続ける存在でいいのだろうか。経営意識が突出しすぎ、お金にならないことはやらないといったムードが、自分も含めてあった。NGOがマネジメント能力を身に着けていく上で、必要なプロセスだったのだろし、2000年代はそういった空気が強かった。

エイティーズNGOのもつ意味の再生

私はエイティーズNGOが、市民ともっと向かい合った時間や取り組みを、振り返るべき時だと感じることが多くなった。量的な支援者拡大のエネルギーの中で、お金以外の多様な市民のかかわりを創造することがきっと必要になる。支援者の率直な気持ちを感じとり、対話をし、一緒に考えるといった、経営的視点に立てば、無駄なことに思えるかもしれないことを、エイティーズNGOはずいぶんやっていたように思う。それをもう一度振り返り、再生することがいつか重要になると思う。市民と寄付以外の部分で向かい合う試行錯誤。「寄付者化」の次にあるNGOの時代を、ときどき創造している。

以上


ネットワークNGOの経営って

2010年02月20日 23時07分28秒 janicのブログへ投稿したものです。






ネットワークの価値って、私なりに以下の点に整理している。


自分たち以外のセクターへ
    価値(1):主張をわかりやすくする、強くする
    価値(2):他セクターとの接近を容易にする
    価値(3):情報発信を効果的に行う
自分たち内部へ
    価値(4):倫理とルールの創出
    価値(5):経験交流、情報共有
    価値(6):相互扶助と協働の場作り
    価値(7):リスク対応


ネットワークNGOであるJANICの仕事をして、4年がそろそろ終わろうとしている。

その前は、現場のNGOの仕事をして、それなりに経営をしていたので、ネットワークNGOの経営もなんとかなるだろうと思っていた。


しかし、・・・・しかし・・・・やっぱり簡単ではなかった。


まず、多くの日本市民は、「ネットワーク・コスト」に価値を置かない。ネットワークされ整理された情報はただで手に入るもの、空気や水のように考えている。だから当然寄付しない。


一番裨益する会員NGOからお金をとりたい・・・・・しかし、NGOも貧乏。


ネットワークNGOは情報が多いのだから、それを加工し、それを有料で伝える企画がないのか・・・・・・、しかし、関心をもっている一般市民がまだ少ない、加工もかなり高度にしないと有料なんて、とても、とても・・・・

そいういったことで忙しくなると、会員NGOからも怒られる・・・・・。


結局どうしたらいいのか・・・・

そういった疑問を整理し、突破口を見つけようと2月23日、「ネットワークNGO・NPOの自律的な経営はどこまで可能か」を北海道国際交流センターとJANICで開催します。


ネットワークは非常に重要な価値です。それを支える経営的工夫はありえるのか・・・・どうぞ当日お越しください。

国際協力NGOセンター(JANIC)事務局長ブログ-smile!
smile(写真提供:Ayako & Ferdi)

援助効果のお話

2010年02月13日 13時51分18秒 janicのブログへ投稿したものです。





2月12日の金曜日、JANIC主催で、援助効果の勉強会をしました。援助効果については、私の以前のブログなどをごらんください。

http://ameblo.jp/janic/entry-10263741086.html


12日は名古屋大学客員教授のノーマン・クック氏を招き、カナダの援助効果の現状を学びました。


彼の問題提起を要約すると、

(1)カナダ政府は2006年より、保守政党に政権が移った。

(2)その後左派リベラル派のグループや市民団体などが次々と政府の支援を打ち切られている

(3)NGOも「効果」の名の下に、援助活動のみをするNGOに支援が出るが、人権関係の政府に意見を言うNGOの資金が打ち切られる傾向がある

(4)政府が決めた特定の地域に支援するNGOに資金を出す傾向がある

(5)経済成長、慈善の傾向が出てきている


というのです。

彼は最後に「援助効果が政府のツールになることがある。本来援助効果は誰のものか」。と締めくくりました。


日本のNGOもODAからのNGOスキームが増えていることは望ましいのですが、NGOの援助効果の名の下に、「効果的でない」NGOを排除するような動きがあってはいけないと実感しました。


そのためには、ODAの活用以外に、日本市民社会に近くあり続け、南の声の近くにい続けることが大切だと改めて思いました。

手紙 親愛なる子供たちへ

2010年02月03日 22時40分07秒 janicのブログに投稿したものです。




歌の話です。


実は今日、以下のような歌があることを知りました。2008年10月にリリースされた歌です。こんな歌があることを知らなかったのは、不覚でした。


この歌はポルトガル語の詠み人知らずの詩が、角智織さんに届き、それを訳したものを、友人の樋口了一さんに届けたところ、ぜひこれを歌にしたいと・・・・・作られてもののようです。


親の介護で悩み苦しんでいる人、子どもを育ていている人、熟年になった人、誰も子どもでなかった人はいないです。そんなことを思い出させる歌です。


歌詞を以下に紹介します。



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手紙 親愛なる子供たちへ/歌詞(歌:樋口了一)

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原作詞:不詳/訳詞:角 智織/補足詞:樋口了一/作曲:樋口了一/ストリングス・アレンジ:本田優一郎


年老いた私が ある日 今までの私と違っていたとしても
どうかそのままの私のことを理解して欲しい
私が服の上に食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても
あなたに色んなことを教えたように見守って欲しい


あなたと話をする時 同じ話を何度も何度も繰り返しても
その結末をどうかさえぎらずにうなずいて欲しい
あなたにせがまれて繰り返し読んだ絵本の暖かな結末は
いつも同じでも 私の心を平和にしてくれた
悲しい事ではないんだ 消え去っていくように見える 私の心へと
励ましのまなざしを向けて欲しい


楽しいひと時に 私が思わず下着を濡らしてしまったり
お風呂に入るのをいやがるときには思い出して欲しい
あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて
いやがるあなたとお風呂に入った 懐かしい日のことを
悲しい事ではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に
祝福の祈りを捧げて欲しい


いずれ歯も弱り 飲み込む事さえ出来なくなるかも知れない
足も衰えて立ち上がることすら出来なくなったら
あなたが か弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたように
よろめく私に どうかあなたの手を握らせて欲しい


私の姿を見て悲しんだり 自分が無力だと思わないで欲しい
あなたを抱きしめる力がないのを知るのはつらいことだけど
私を理解して支えてくれる心だけ持って欲しい
きっとそれだけでそれだけで 私には勇気がわいてくるのです
あなたの人生の始まりに私がしっかり付き添ったように
私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい


あなたが生まれてくれたことで私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔で答えたい
私のこどもたちへ
愛するこどもたちへ


MDGsって何で人気ないのかなぁ

2010年01月17日 11時05分50秒 janicのブログに投稿したものです。





「MDGsって知ってますか? 知っていたら、あなたは、かなりのマニアです。」


というぐらい、日本社会ではMDGsって知られていないと思います。ほとんどの人は

「MDGsって知ってますか?」と聞かれると、「????えっ」って感じではないでしょうか。


MDGsとは「ミレニアム開発目標(Millennium Developmen Goals)」のことです。


JANICのサイトをみると、


「2000年9月、147の国家元首を含む189の加盟国代表が集った国連ミレニアム・サミットで、世界の貧困問題を解決するために、世界共通で取り組むべき目標をとして『国連ミレニアム宣言』を採択しました。翌年、「国連ミレニアム宣言」と1990年代の国連やサミットで採択された数々の国際開発目標とを統合し、2015年までに達成すべき8つのゴールとしてまとめられたのが、MDGsです。MDGsは8つの開発目標、18のターゲット、48の指標にまとめらましたが、2007年にはMDGsモニタリングの枠組みの見直しが行われ、現在は21のターゲットと60の指標になっています。」


と説明しています。ぜひごらんください。http://www.janic.org/more/mdgs/


人類始まって以来初めての、世界の貧困問題を具体的な達成目標で、画期的なことだと思います。48の指標がもし達成されれば、間違いなく貧困問題にかかわる地球課題のかなりが解決に向かいます。MDGsのもうひとつの特徴は、達成目標だけを示しており、その達成方法や実施者を厳密に特定していないことです。これを積極的にとれば、誰ががんばってもいい目標でもあるのです。


しかし、MDGsはおそらく達成しない・・・・・・と言われつつあります。特に国家機関が積極的に参加していないことが大きいのですが、一般市民の中に十分その存在が知られていない、また知っていても、「それって国連や政府がやることでしょ」といった誤った認識があるからだと言われています。


JANICでは、2010年からMDGsを知ってもらうキャンペーンを2年間の計画でスタートします。「みんなが責任者だよ!!約束まもろう!!」と、伝えていきつつも、楽しいキャンペーンができればと思います。・・・・と言いたいのですが、なかなか大変です。でも楽しみにしていてくださいね。


国際協力NGOセンター(JANIC)事務局長ブログ-ready to jump
ready to jump(写真提供:Ayako & Ferdi)

あけましておめでとうございます

2010年01月05日 13時21分15秒 janicのブログに投稿したものです。





ブログを読んでいただいている皆様。新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。


紅白の矢沢エーチャンを見て、なんとも言えない微妙な気持ちだった。(歌詞も間違えたし)矢沢永吉は、私の高校時代のヒーローでした。それが、それが、なぜ紅白に・・・・?うれしさと悲しさが両方といった気持ちでしたが、ついつい見てしまいました。ロビーから歩いてくる姿を映し出されると、「ああ、エーチャン」とうれしくなってしまったのでした。(そう思った同年代の男性は多いはず)


昨年の仕事を振り返ると、一番印象的で忙しかったのは、政権交代によるODA政策、NGO政策の変化でした。簡単に言うと、NGOがひっぱりだこ??状態で、上げ膳据え膳といった感じで、政治家から大切にされたといった印象です。私が20年年近くNGOの提言活動に関わっておりましたが、このように政治から注目されたことはいままで一度もなかったのではないでしょうか。


しかし、民主党政権も厳しい評価にさらされつつあります。政治的意図は別にして、政治は生き物であり、変化の中に常にあり、チャンスにもなり、リスクにもなるものだと意識することが、NGO・NPO側にも必要ではないかと思います。


政治的チャンスに機敏に動くことは当然ですが、片方で大切なのは、丁寧に政治家だけでなく、市民の中に提言の賛同者の数を増やし、それを力にする提言活動が重要かな、と思っています。


新しい年に、こんなことを感じたのでした。


国際協力NGOセンター(JANIC)事務局長ブログ-RCP
RCP (写真提供:Ayako & Ferdi)

国際協力は誰がつくったの?

2009年12月27日 21時36分25秒 janicのブログへ投稿したものです。




ちょっと理屈っぽい話になるのですが。

国際協力という国際的な動向は、あきらかにアメリカが戦後作ったものだという認識があります。


第2次大戦のさなかにアメリカのリーダーシップでブレトンウッズ会議が開かれ、世銀、IMFがつくられました。さらに、ヨーロッパはアメリカのマーシャルプランで復興で果たされました。1949年にはトールマン米大統領の熱気ある「援助論」は知られているところです。また、ケネディの国連の開発の10年の演説・・・・こうして国際協力の下地となる基礎は、アメリカが先導してきたものだという認識を私は強く持っています。国連だって、実質アメリカのリーダーシップで作ったといって過言でないのではないでしょうか。


当時、国際協力(=援助)を推し進めるねらいとして、3つのねらいがあったと思います。ひとつは「自由市場の拡大と安定」です。アメリカはできるだけ自由な世界貿易の環境が生まれることを望んでいたと思います。二つ目は、アジア、アフリカ、南米などの経済発展が遅れた国の、「経済開発」でした。「後進国」と呼ばれた国々が国家として安定し、経済発展を欧米の国々のように進めて、仲間入りすることでした。最後は、世界の中の人道的価値に基づく相互扶助システムの確立だったのかと思います。


これらのうち一番最初を除くと、経済開発も、人道的相互扶助システムもまだ十分な確立をされていないのカナァと思います。


もっと気になっているのは、こうしたアメリカのリーダーシップにもかかわらず、アメリカがこうしたシステムから徐々に離脱傾向にあることです。アメリカの単独主義が裏目に出ていることもひとつです。援助の政治の中では、多国間主義的動向が強い中で、ヨーロッパ、特にイギリスに遅れをとっているように見えます。国連の中のアメリカの地位も微妙なところにいます。


アメリカはこれから何をしていきたいのか。はたして多国間主義の中で、アメリカ独自の政治を確立できるのか???非常に疑問です。

国際協力NGOセンター(JANIC)事務局長ブログ-qualia
Qualia(写真提供:Ayako & Ferdi)

Nonでない存在としてのNGO

2009年12月26日 18時55分24秒 janicのブログへ投稿したものです。




NGOという単語は、1944年、国連憲章の中で用いられた名称だ。戦後近代国家がジャンジャン乱立し、それによって国連ができたのだから、NGOとは、「国家以外の連中」といった意味だったと思う。しかし、その後なぜか国連用語のNGOという言葉が世界普及してしまい、それが代名詞になってしまった観がある。

はたして、NGOという名称が定着する前に、市民の公益を追求する動きは存在していた。それの原型は、ヨーロッパ社会の19世紀に隆盛を迎えたようだ。その呼び方は様々で、それぞれの運動の名称をつけることもあれば、「ボランティア団体」「博愛団体」と呼ぶこともあったようだ。


国連をつくろうと思った人々は、そういった市民の公益追求指向が無視できない存在と思っていたようで、彼らを国家を中心した国連づくりの場にアドバイザーとして招いた。国の代表が集まる国連の公式の場に彼らを招こうと思ったのはいい。しかし、彼らをどう呼ぶのか、座る場所には何とシールを貼るのか考えた末、「非政府組織=NGO」と名づけた。


なぜか、戦後この単語が、世界に定着してしまう。


NGOは国家の反対側にいるのではない。国に依存して存在し、同時に国を超えてかかわるそれぞれの国に存在する「市民」によって成り立っている。その「市民」の二重性こそに、意味がある。


NGOのnonが嫌いだというNGO関係者は今でも多い。近代国家に依存し、同時に近代国家に依存しない、市民の二重性が表現できるといいのに、と思う。

国際協力NGOセンター(JANIC)事務局長ブログ-picture
Picuture(写真提供:Ayako & Ferdi)

NGOのひとりよがり

2009年12月26日 18時25分18秒 janicのブログへ投稿したものです。





10年くらい前だろうか。バングラデシュの調整会議から帰る飛行機で本当にあった出来事。


バングラデシュの首都ダッカから飛び立ち、バンコクで乗り換え、日本に帰ることが多かった。私は飛行機で隣の席の人と話すのは、ちょっと苦手で、できれば勝手に本でも読んでいたい方だ。


バンコクから日本に帰る飛行機の中で、隣に座ったアメリカ人が私に話しかけてきた。「英語しゃべらないといけないのか・・・イヤダナ・・・・」といった気持ちにすぐなっていた。英語の苦手意識もあるのだが、アメリカ人と話してあまり楽しい気分になったことがこれまで少なかったので、日本までの6時間、この人と話すのがなんか気が重かった。彼は私に握手しながら、自己紹介してくれたのだが、彼はミャンマーでキリスト教の伝道活動に携わる人だった。


彼は、私に何か伝えたい・・といった目の光を放っていた。・・・悪い予感・・・。


彼はさっそく座席のポケットに入っていた聖書を出して、それを次々とめくりながら、「君は、キリストのメッセージを知っているか?」と切り出してきた。それから延々とキリストの愛を私に伝えるのだった。30分もひとりでしゃべっている。横顔を見ると、話ながら涙を流している。マジか・・・?


私は、「キリストの愛は否定しないのですが、すいません、私は仏教徒なので輪廻転生の方がしっくりきます」とあっさり応えると。彼は顔を歪めて、「ブッダの教えは野蛮だ、そういった生命観はありえない」とあっさり、拒否してきた。


私は、心の中で「ああ、やっぱりそうなるか・・・」と思い、仲良くこのままニコニコ時間を過ごすか、はっきり言って、残りの3時間ほどをそれぞれに過ごすか考えた。意を決して、「キリストを否定しませんが、仏教はキリスト以前に深い哲学観を出しています。私はとりあえずその謎を解くことで十分です」といった。彼は、驚いた顔をして、「No!! キリストはブッダより昔に存在していた・・・」と新説を発表した。それを聞いて驚く私の顔を見る、彼。

しばらく、沈黙。

それから、残りの3時間は、二人は黙って成田まで過ごしたのだった。


欧米のNGOの方々は、ひょっとするとこういった価値観を持っていないか、時々心配になるときがある。私も気をつけよう。

国際協力NGOセンター(JANIC)事務局長ブログ-next to us
Next to us(写真提供:Ayako & Ferdi)