もし世界が100人の村だったら
上村英明氏(恵泉女学園大学教員)は、先住民族、マイノリティの権利の専門家であり、活動家である。
私も自分が深くかかわっているジュマ・ネットというNGOの、チッタゴン丘陵委員会の国際メンバーの一人としても協力していただいている。
今日は、彼の書いた書評「もし世界が100人の村だったら」(2003 PRIME 明治学院大学国際平和研究所)に対する私の気づきです。彼は、私がJANIC時代、MDGsを理解するための広範囲なキャンペーンを展開したいといった問題意識を伝えたところ、「単純化の裏にあるリスク」を理解してほしいと、この書評(ほとんど論文)のコピーをくれたのです。
彼は、この有名な本を以下の点において、危惧をもっている。
(1)数字の根拠の多くが、アメリカの数字で世界を現している傾向が強いこと
(2)原文には環境の課題もおおかったが、ネットロアとして徐々に「貧困」の格差の強調くなったこと
(3)地球の不平等の原因について、何も触れられていないこと
(4)結果的に、無意識的に途上国でのボランティアを示唆、誘導しようとしていること
(5)わかりやすさのために、多様性や少数派を切り捨てる恐れがあること
(6)アメリカは白人、インドの人は文字が読めない、といった、国を単位とした単調な国家間を強める結果になりやすいこと
などの課題をあげ、「難しいけれども、具体的事例に則して地球全体のことを考え、そして、身近なところで自らの社会の権力構造をしっかりと意識しながら何かをする」ことではないか」、と結んでいる。
戦後の国際協力のブームをつくっていった先進国の国々は、ほぼ同時期に植民地支配に追われていた。豊かな国々の人が、「貧しい」とはなにかを定義し、先進国の市民の意識をそこに誘導しようとしているかのような、仕組みあるとしたら、この本は十分利用されやすい面があるということだ。
数値の採用と単純化の中にある「捨象」。これはキャンペーンや啓発活動の宿命である。しかし、この切捨てと数字の採用に、必ず政治性(または権力)が存在することに気づかなければいけない。
しかし、立場の弱い人々は、単純化を避けていいのだろうか、それで立場の弱い人々は真の政治力つくれるのだろうか。弱い立場に立つとき、単純化と選択は逃げられない運動の宿命ではないのだろうか?そんな疑問が残る。
国際援助の顔
今、大学で、国際協力やNGOの講義をしているのですが、NGOの体験談などでごまかさないで、ちゃんと講義をしたい、また、生徒が「この授業おもしろいな」と思うように、サービス精神をきちんともって、進めると、結構時間がかかるものなのですね・・・・・。そうやって考えると、これまでの非常勤時代の講義って、けっこう乱暴にやっていたのかな、と反省しています。
昨日、大学の授業で、国際協力(もしくは国際援助)はどのように始まったのか、なぜか?に対して、私の長年考えてきた、以下の三つの側面を指摘しました。
(1) 人道的な理由
(2) 先進国の外交上のアドバンテージづくり
(3) 自由市場経済の拡大
(1)は、NGOが一番の推進者でもあったと思います。
(2)は冷戦時代のアメリカ、アジア経済外交の日本、最近の中国にも当てはまるものです
(3)これはブレトンウッズ会議以後、世銀、IMF、GATT体制に体現され、今も続いている側面です
これらの顔があいまって、国際援助の顔がつくられていると言えると思います。
この中で、「貧困」のあり方が、新たにつくられていった経緯があると思います。貧困の定義は、どちらかというと先進国側が決めていった流れがあるように思います。
今も貧困定義で主流なのは、「1日●ドル」といった表現にあるように、貨幣による収入中心主義で、自給生活のまったく無視されていますし、環境や精神的なゆとりのようなものは、組み込まれていません。
国際協力は肯定的な印象を持たれることも多いですが、やはり、戦後の国際社会の中で、かなり戦略的な側面をもって成長してきたというのが、今の私の観察です。
すいません。授業のような内容で・・・・、後期に国際協力論を始めるので、このあたりをさらに深めたいと思っています。
あなたのつぶやきが、世界を変える
「あなたのつぶやきが、世界を変える MDGs2015×twitter」がいよいよ始まりました。
http://www.janic.org/more/mdgs/special/
上の画像がそのロゴです。
これは、昨年からJANICで準備にとりくんできた、MDGs(ミレニアム開発目標)の啓発キャンペーンです。
いろいろな調整が手間取り、私が在任中にはとうとう間に合わず、当初1月スタートだったものが、4月末にとうとうスタートできたようです。
一緒に準備をしていたスタッフの宮下さんから、「下澤さんできましたよ。見てください!!」というメールが来て、「とうとうやったか!!」といった感慨深い気持ちで、サイトに飛びました。ロゴもいいですが、BGMがいいですね。赤ちゃんの声が入っているあたりが、さわやかな気持ちにさせてくれます。
このキャンペーンは、「いかに多くの日本市民が、『MDGs大丈夫か?なんとかしなきゃ・・・』といった気持ちになってもらうもの」として企画したものです。
そうなんです、20105年がゴールになっている、MDGsは達成されないだろうとさえ言われています。先進国の責任放棄の部分も大きいのですが、何よりも一般の市民がMDGsの存在や意義を十分感じていないことが、最大の原因ではないかと思います。
これを多少でもなんとかしようと、始めたのがこの企画です。
あなたがTwitterで、つぶたいたことが、ハートマークの中に書き込まれてロゴがつくられていくようになっています。ぜひあなたも参加し、ちいさなつぶやきでが、次第に大きくしていくキャンペーンに参加しませんか?
私??ツイッター、未体験です。(実はアカウントだけもっているのですが) これから始めます・・・・。
最近うれしかったこと
「読んでるよー」というコメント複数の方からいただきました。
ブログなかなか書けず申し訳ありません。考えすぎるからいけないんですよね。
最近の大学教員生活であった、うれしかったこと書きます。
4月12日の週から、授業が正式に始まりました。
生徒たちも「この授業とりたいかも」といった品定め的な感覚でくるので、初日は、授業のスケジュールや大枠を説明します。私は英語、NPO・NGO論、国際文化基礎論などを担当しています。
NPO・NGO論の最初の日のことです。
前日に「プリントを何枚くらいすればいいのかな?」と思い、教務課に「昨年のNPONGO論は何人くらい履修していましたか?」と聞きました。「昨年は25名くらいですね・・・」といわれたので、プリントは30枚くらい用意して刷っていました。
NPO/NGO論の初日、教室の近くまでくると、教室に入れず生徒が入り口あたりにあふれています。「すいません、中に入れてください」と言って入ると、教室中生徒でいっぱいです。床に座っている生徒、座れず壁にもたれている生徒、通路に立っている生徒ででひしめいていました。
「あ、教室まちがえたんだ」と、教室を出て、部屋の番号を見直すと、確かにこの教室です。
また教室に入りなおし、「本当にNPO/NGO論とるの?」と生徒に聞くと、みんなうなずいています。
教務課に電話して、急遽大教室に変えてもらいました。
250名の教室にも全員すわれませんでした。
この大学では、これまでNGO/NPO論は、夏期集中講義でやっていたので、通常授業に入ったのは今年が初めてだったのです。
先週、履修生徒の一覧がきましたが、246名の生徒が履修することになりました。
期待高し。これからよい授業をつくるよう励もうと、新たにおもったのでした。
JANIC公式サイトに宣言バナーが!!
みなさん、久しぶりです。ブログ、さぼってました。すいません。
なんていうか、大学の仕事に慣れないせいか、いつも追われるような日々で、心の余裕がなかったせいかもしれません。徐々に慣れてきてはいますが、やはりJANICで働いていたときのように、日々新しい情報が入ってくるわけではありませんので、ネタも少ない状態なのかもしれません。
と、昨日、JANICのスタッフからメールがきて、「下澤さん、ブログバナーできましたよ」と知らせてくれました。
そこで、さっそくJANICのサイトにいってみると、ジャン!!
という、バナーを作ってくれ、フロントページの片隅にあるではありませんか。
感動。(ワンワン ちなみにこの犬の写真はJANICでバイトをしてくれていた浅沼さんからの提供です)
JANICの公式サイトの片隅に入れてくださるなんて、光栄です。
「よし、ブログをそろそろ再開するぞ!!」と誓ったのであります。
が、そんなに私のブログに読者が多いのだろうか???多ければJANICサイトにくる人も多くなる・・・・・・・つまり、JANICのウェブのヒット数があがる・・・・・・・??
よくわかりませんが、がんばります。
浜松から
一部の方はご存知かと思いますが、私は4月1日今日から、静岡文化芸術大学というところで、教員として働くことになりました。大学の文化政策学部国際文化学科で、NGO論、国際協力論を教えます。
以下のサイトから大学の様子がわかります。
http://www.suac.ac.jp/index.html
NGOから大学へといったキャリアをつくってきた方も結構いらっしゃると思います。NGOを離れることでがっかりされた方もいましたし、「若い人を育てて」と励ましてくださったかたもいました。
3月29日から、こちらに引越し(といっても本と着替えしかもってきてないですが)、生活をしています。
私は、ほとんど静岡県と愛知県の県境あたりで育ったので、浜松は、自分の田舎といった感じです。浜名湖にも小さい頃よく泳ぎにいきました。街を歩いていても、東京とくらべて人がなんと少ないことか・・・・・東京って人が多かったんだと改めて感じています。
今日は大学初日で、いろいろとインターネットの手続きが、教務の打ち合わせなどがあり、まだ生徒ともあっていないので、実感がわきませんが、徐々にNGOの書籍や論文を読み、いくつか自分なりの見解をまとめていきたいと思っています。
私の中にあるひとつの仮説ですが、NGOの原型はヨーロッパにあると思います。しかし、さらにその原型は、イギリスではないか・・・・・・そのメカニズムは、イギリスのNGOの歴史を調べていくと、見えてくるものがあるのではないかということです。このことをもう少し深めていければと思っています。
ジュマ・ネットのこと
JANIC時代(2006年~2010年)、このブログではあまり書いてこなかったのですが、私は以前勤めていたシャプラニールという団体を辞めたあと(2002年)、ジュマ・ネットというNGOを立ち上げました。
ジュマ・ネットは、簡単にいうと、バングラデシュにおける民族対立の平和構築をめざすNGOです。
詳しくは、http://www.jummanet.org/ をごらんください。現在スタッフが2名います。
バングラデシュには、人口0.5%ほどのジュマとよばれる、モンゴロイド系の民族がいます。彼らは古くからチッタゴン丘陵という山間部に住み、独自の文化を維持してきました。しかし、1946年にパキスタンが独立してい以来、民族対立の標的にされてきました。圧倒的なマリノリティとして抵抗を続け、現在に至っています。
長い紛争で多くの犠牲者を出したのち、1997年に和平協定が結ばれました。
しかし、この和平協定は、今現在でもほとんど実施されていません。ジュマ・ネットは、この和平協定を実施させる国際的な圧力をつくる団体として活動しているのです。
実は、昨年の8月から今年の3月までにかけて、世界同時キャンペーンを展開し、和平協定実施のための署名を3万5千集めることができました。
問題は、これをバングラデシュ政府の首相にどう渡すかです。
そのためいろいろと画策したのですが、結果的に日本の衆議院議員の阪口直人氏と交渉し、これをバングラデシュまでもって行き、首相に手渡してほしいと依頼しました。
現地日本大使館の尽力もあり、3月21日夜7時、シェク・ハシナ首相にその署名を手渡すことができたのです。
詳しくは、阪口議員のブログを見てください。
http://blog.goo.ne.jp/xday0321/
やったー、と思いました。
草の根からの平和構築、そんなことを実感したのです。
また平和構築のことは、ちゃんと書きたいと思います。
のんびりしてます
ちょっと、今の状況をご説明します。
私は2006年から今年の3月まで(特活)国際協力NGOセンター(JANIC)で働いておりました。今は、新しい事務局長を招き、私は静岡県浜松市の大学で働く予定です。今その準備期間ということで、すこしゆっくりと生活をし、そろそろ浜松市に引越しという状況です。
JANICでの4年間は、いろいろとありましたが、一番思い出にあるのはG8サミットNGOフォーラムの運営です。8年に一回かこない、チャンスだったことと、141のNGOが一緒に何かをするという、なかなか経験できない仕事でした。それ以外に思い出すのは、いろいろありますが、アカウンタビリティセルフチェック2008の作成、CSR推進NGOネットワークの立ち上げ、ISO26000の国内委員、NGOサポート募金の立ち上げ、シナジーの発刊、MDGsカウントダウンキャンペーンの立ち上げ、などなど、思い出すことがたくさんあります。
先日、盛大な送別会をスタッフにしてもらい、感無量でした。
4月1日からは、浜松にある静岡文化芸術大学(県立)というところで、国際協力論、NGO論を教えることになります。実家がすぐそばなので、気楽な気持ちでおります。また、当面は単身赴任で、街と大学になれようと思っています。
今後やりたいことは以下のようなことです。
(1)浜名湖と海岸でつりがしたい
(2)大学で生徒にとってわかりやすく、元気のでる授業をする
(3)NGOでもう一冊本をかく
(4)よく本をよむ
(5)料理、家事を完璧にマスターにする
(6)作詞作曲を復活させる
と、まあ、読んでいただくような内容でないですが・・・・・・
料理の醍醐味をしっかり身につけよう・・。
「生きる意味」を読んで
ようやくですが、上田紀行氏の「生きる意味」(岩波新書 2005)を読み終えました。2005年に出版し、もう20刷なんですね。非常に読みやすい本です。文化人類学者の立場で、「生きる意味」という、非常に大きなテーマに立ち向かったことに、感心しています。
重要な部分は
(1)恥を重く見る日本文化、そして数字やレッテルに依存した生活が人の生きがいを軽くしている。
(2)それゆえ「かけがえのなさ」が極端に少なくなり、一人一人が交換可能な存在になっている。
(3)生きる意味を再生するには「わくわく」するような、生きる意味の再創造ができる、人間関係が重要
(4)しかし、それいたるまでの違和感や葛藤、苦闘も重要なこと
(3)地域の崩壊によってこうした再生の場所がなくなっているが、NPO,NGOが重要な役割がある
といったことが主張の骨子かと思いました。
ただ、文中で、上田氏が、本人が非常に精神的に悩み多き時代を持っていたこと、以前に彼が書いた「かんばれ仏教!」(NHKブックス 2004)で、変わろうとする寺院や僧侶の取り組みを書いていて、何度も号泣したことが触れられていました。こうした本人の感性や悩みが、この本を書かせたのだと知り、発見でした。
ブログ 最初からはじめます
3月12日で、JANIC事務局長を退任しました。これまで当時の私のブログを呼んでいただいていた方々、ありがとうございました。
これより前のブログは、JANIC在任中に書いたものです。
できるだけ、NGOについて初めての方にもわかるように注意したことと、JANICの宣伝効果につながるように意識して書いておりました。その分、かなり慎重に、抑えた文章で書いておりました。
犬の写真が多いのは、「何か写真でもないと、みてくれないよな~」と、思いつきではじめました。
これからのブログは、simo個人の、NGOやグローバル社会に対する意見、考え方、感じ方をもっとストレートに出していきたいと思います。組織の立場を気にしなくていいので。
またNGOやグローバル社会以外にも、本、マンガ、時事、そして日常のできごとなども記録したいと思います。
今、岩波新書の「生きる意味」(上田紀行著 2005)を読んでいます。
彼と私は同い年で、お互い25歳の時に出会っています。1年ほど、ボランティア活動を通じて頻繁に話す場があったのですが、その後それぞれの活動が変わり、縁遠くなっていきました。しかし、よくメールをもらっていたので、この本が非常にベストセラーになっていたことは知っていました。
いつか、よまなくちゃ、と思っていたのですが、ようやく最近手をつけられるようになりました。またコメントします。

