若手NGOとダイレクト方式(2)
ダイレクト方式って何かというと、現地人のスタッフを雇用し、日本人がボスとして現地で最終権限をもって、現地プロジェクトや現地法人を運営することを、ここでは意味します。
この方法は、欧米のNGOでは60年代から70年代にかけて行われてきた方法ですが、80年代ころからは、現地人の組織したNGO(ここでは南のNGOとします)に現地の活動をまかせ、先進国のNGO(ここでは北のNGOとします)は、資金提供をする、といった役割分担をすることが多くなりました。もちろん、北のNGOも、計画やプロジェクトの進捗については、南のNGOとともに議論したり、かかわったりしますが、南のNGOの主体性をこわさず、控え目にかかわります。しかし、評価の数値や失敗については、共に情報を共有し、将来の展開を話し合ったりします。
こういったかかわり方や役割分担を、「パートナーシップ」とか「パートナーシップ方式」と言ったりします。
簡単に言うと、直接現地スタッフを雇用してプロジェクトを実施するのが、「ダイレクト」、現地のNGOに実施はまかせてしまうのが「パートナーシップ」ということになります。
日本のNGOも徐々にですが、パートナーシップ型で運営するところが増えてきました。
しかし、若手の成長しているNGOは、国内展開は素晴らしいのに、現地プロジェクトは「ダイレクト」方式がまだ多いのです。
なんでそれが悪いの?という声が聞こえてきそうです。
それについて、私からまだ言いたいことがあります。(続く)
若手NGOとダイレクト方式 (1)
http://xc519.xbit.jp/b593/item_detail/itemId,26/
成長している若手NGOの特徴は、
「リーダーが新卒または在学中にNGOを立ち上げている」
「老舗・大手NGOにほとんど関係していない」
「既成概念にとらわれない事業展開をする」
「資金獲得を重要なテーマにしている」
「若手に受ける感覚を持っている」
「出会いや感動が仕事のベースになっている」
などなどである。
私がひそかに注目しているのは、
ACE http://acejapan.org/
ACTION http://www.actionman.jp/
I CAN http://www.ican.or.jp/
エクマットラ http://www.ekmattra.org/JAP/
かものはしプロジェクト http://www.kamonohashi-project.net/
エイズ孤児PLAS http://www.plas-aids.org/
などのNGOである。
どのNGOも最初の頃は、学生が楽しそうにやっているなぁーといった感じだったが、だんだん、資金的にも内容的にもあなどれない存在となり、どの団体もあっという間に年間予算3000万円を超え、1億円を超えそうな勢いのところもある。
広報の仕方、支援者とのかかわり方、軽さとノリは、これまでの老舗NGOとぜんぜん違う。
また、欧米のNGOマネジメント方式にも、こだわっておらず、独自の直感的なやり方を気楽にどんどん進めているところだ。だから、見ていて元気もある。
だが、ひとつだけ気になることがある。それはこれらのNGOの多くが、現場で直接現地人スタッフを雇用する、ダイレクト方式であることが。(そうでないNGOもあります・・・が)
(続く)
国際協力の3つの顔
9月30日に、私が勤めている大学で、最初の「国際協力」の講義をしました。
国際協力(援助)には、3つの顔があることを伝えました。
(1)一つ目の顔 人道支援の顔
(2)二つ目の顔 経済開発(グローバル市場経済)顔
(3)三つ目の顔 外交政策としての顔
これらの三つ顔は常に、渾然一体となって現れるので、どれか一つに限って現れるわけではないと思います。
人道主義はヨーロッパのNGOが18世紀から、徐々に表していた感覚だろうと思います。しかし、国際協力のトレンドを戦後直後に初ひっぱったアメリカは、明らかに自由な市場社会の形成を目的にしていたと感じます。同時に、NGOの人道主義を用いながら、これらを正当化していった部分があったのではないでしょうか。
その後、資金源が税金だったこと、外交的な効果を挙げる必要があったこともあり、外交的な色彩が援助に現れてきたのではないかと思います。
今、人道・経済開発・外交利益、の三つの価値観を揺れ動きながら、援助政策は動いていると感じています。
生物多様性のイベントのお知らせ
私のいる浜松も近いのですが、なぜかNGOネットワークの谷間というか、電波が届かない谷間のせいか、あまりこの条約に活発に動いているグループは少ないような・・・・・
でも日本のNGOにとっては非常に重要な会議であり、とくに名古屋の地元のNGOの方々は活発に準備を進めておられるようです。
私が以前働いていた、NGOのまとめ役「JANIC」では、以下のようなイベントを開催します。
可能な方はぜひ、ご参加を。
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生物多様性COP10国際シンポジウム
「途上国の貧困削減と生物多様性について考える~NGOが果たすべき役割とは?」
(10/23開催@女性と仕事の未来館)
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開発途上国に住む人びとの多くは生態系に直接依存して生活をしています。
生物多様性の保全のためには、住民主体で、持続可能な地域づくりをしていくこと
が求められます。
「現在の生物多様性の損失速度を2010年までに顕著に減少させる」という
「2010年目標」は、達成できませんでした。その結果、生物多様性の喪失が貧困を
加速し、その貧困が生物多様性のさらなる破壊につながるという悪循環が生じてい
ます。途上国で貧困を削減し、生物多様性を保全するには何が必要なのでしょうか。
また、NGOや市民社会の役割は何なのでしょうか。
このシンポジウムでは、東南アジア地域で持続可能な地域づくりを行う海外ゲス
ト、NGO、研究者、政府機関の方々を迎え、参加者の皆さんと一緒に考えていきます。
記
日時:2010年10月23日(土) 14:30~18:30
*終了後、懇親会を開催予定 (18:45~20:30)
場所:女性と仕事の未来館 4階 ホール
(東京都港区芝5-35-3)
JR田町駅三田口(西口) 徒歩3分
地下鉄三田駅(都営浅草線、都営三田線)A1出口 徒歩1分
地図:http://www.miraikan.go.jp/access/index.html
主催:(特活)国際協力NGOセンター(JANIC)
支援:環境省
言語:日本語、英語(同時通訳)
<主要テーマ>
★途上国の生物多様性の課題について貧困削減と社会開発、貧困層や先住民族
の権利保護の観点から議論します。
★海外ゲストから、途上国の現場における持続可能な地域づくりの事例における
成果と課題を報告します。
★生物多様性保全のために、日本のNGOが果たすべき役割と、途上国の現場で
活動する開発NGO、環境NGO、人権NGOの分野横断的な連携のあり方について、「日本
のNGOの共同提案(CBD市民ネット生物多様性と開発作業部会が作成)」を題材とし
て議論します。
※「日本のNGOの共同提案」はhttp://www.janic.org/news/post_242.php にありま
す。
<プログラム案>
第1部 基調講演
「生物多様性の重要課題と市民社会の役割~途上国の貧困削減と経済社会開発の
観点から」(仮題)
西川芳昭氏 名古屋大学 国際開発研究科教授 質疑応答
第2部 途上国の現場からの事例報告
報告1「ラオスにおける持続可能な地域づくりの事例」(仮題)
グレン・ハント氏 (Mr. Glenn Hunt, 日本国際ボランティアセンター
ラオス現地駐在 森林プロジェクトマネージャー)
報告2「フィリピンにおける持続可能な地域づくりの事例」(仮題)
エリザベス・ロハス氏 (Ms. Elizabeth C. Roxas, Exective
Director, Environment Broadcasting Circle/ Chairperson of the Civil Society
Counterpart Council for Sustainable Development (CSCCSD)
報告3「先住民族の伝統的な知識を活かした生態系保全の事例~タイのカレン族の
権利保障の観点から~」(仮題)
プラサート・トラカンスハコン氏 (Mr. Prasert Trakansuphakon,
Regional Director, Indigenous Knowledge and Peoples)
質疑応答
第3部 パネルディスカッション:
「持続可能な地域づくりと公正な資源配分に何が必要か?」
(ファシリテーター:大橋正明(国際協力NGOセンター理事長)
日本のNGOの共同提言の発表「持続可能な地域づくりと公正な資源配分に何が
必要か」
発表者:森良氏 生物多様性条約市民ネットワーク「生物多様性と開発」
作業部会 部会長/(特活)持続可能な開発のための教育の10年推進会議(ESD-J)
理事/エコ・コミュニケーションセンター 代表
パネルディスカッション「日本のNGOの共同提言を受けて」
パネリスト:エリザベス・ロハス氏 Environment Broadcasting Circle
古沢広祐氏 國學院大學 経済学部 教授
森良氏 ESD-J 理事
(*環境省、JICA、NGOにもパネリストを依頼中)
質疑応答・意見交換
全体総括
*シンポジウム終了後、18時45分~20時30分に懇親会を開催します。(任意参加)
*プログラムの詳細は調整中のため、変更の可能性がございますのでご了承くださ
い。最新のプログラムは以下のウェブサイトをご覧ください。
http://www.janic.org/event/1023cop10.php
<お申し込み>
参加費:無料(※ただし、懇親会は実費を徴収。お一人様2千円~3千円程度を予定)
定員:200名 (※どなたでもご参加いただけます)
受付期間:2010年10月20日(水)まで
■申込方法
以下のウェブサイトの予約申込フォームからお申込みください。
https://www.janic.org/aform008.php
■お問い合わせ先:(特活)国際協力NGOセンター(JANIC)
〒169-0051 東京都新宿区西早稲田2-3-18 アバコビル5F
Tel: 03-5292-2911 Fax: 03-5292-2912
mail:advocacy@janic.org (担当:宮下、伊藤)
http://www.janic.org/
憲法89条に取り組む
長い夏休みもおわりつつあり、来週からは大学の授業が始まります。私もモードを切り替えて、後期の授業づくりに毎日研究室と図書館に通っています。紀要にも研究レポートを出す必要があり、結構必死です・・・・・。
今、おっかけているテーマは「憲法89条とNGO」の関係です。ご存知かと思いますが、このテーマは古くて新しいテーマなのです。
憲法89条は、「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、または公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、またはその利用に供してはならない」となっています。
前半部分は、政教分離をうたっていますが、後半は、いわゆる教育団体、福祉団体、NPO、NGOなどをさしています。つまり、「公の支配の及ばない」=「民間」の教育団体、福祉団体には、公の金を出してはならん・・・・という憲法の原則です。私学助成などはかなり早くから問題視され、一応憲法上合憲となっています。福祉団体や国内活動のNPOの間でも、この憲法上の解釈が議論になってきました。
しかし・・・・1989年にODAの資金がNGOに出るようになったのですが、この憲法89条は、あまり議論されないまま今日に至っています。JICAのNGOへの資金支援が委託事業なのは、「公の支配が及ばない」部分を補うためなのでしょうか・・・・??また、外務省が実施している、「日本NGO支援無償資金協力」は、贈与契約と言われているが、これは違憲とはならないのか・・・・?このあたりの論点整理をしているところです。
国としては、市民団体との協働なしに公益活動が難しいのは周知のとおりです。しかし、この憲法解釈を通り越して、資金提供が難しい状況があるようです。
またまとまりましたらお知らせします。
バングラデシュの犬
マーシャル・プラン
最近、後期授業のため、毎日本を読んだり、レジメをつくったりしています。
その中で、「マーシャル・プラン」関連の資料や本を何冊か目を通しました。改めて、このプランが国際協力に与えた大きさを感じています。米国のトルーマン大統領の1947年のポイント・フォー演説が国際協力のきっかけのようにいわれいますが、マーシャル・プランの成功が、国際協力の効果を、世界各国に知らしめたと思います。
マーシャル・プランは、米国が欧州の経済復興のために、1948年から51年までに出した国による世界初のバイの援助で、総額120億ドル、90%が贈与でした。ヨーロッパ人ひとりあたり年間12ドルの援助で、現在の50ドルに値する援助だったと言われています。この支援によって、ヨーロッパの経済は短期間に息を吹き返し、経済援助の効果を証明しました。英国、フランスがこの資金を一番受け取りました。
米国は、この支援によって二つの利益を得ました。
ひとつは、対ソ「封じ込め」のために必要なヨーロッパ諸国を自分たちの陣営に組み込むことに成功したこと。
もうひとつは、援助物資にドルと米国の余剰穀物が使われることで、自国への経済効果がブーメラン的にあったことです。
トルーマンが主張した、「他国を無償で支援する」ことは、はたして外交政策として意味があるのか・・・・といった疑問を払拭するものだったといえます。マーシャル・プランがモデルとなって、それ以後の援助政策が作られていったのはまちがいありません。
ただ、アジアやアフリカでは、こんなにうまくいかなかったというだけでしょう。(大切なことですが)
しかし、外交的な利点、ブーメラン効果は最近まで援助の「うまみ」として、援助方針に反映してきたことは事実です。
そうだったのか・・・・、といまさら勉強不足を痛感しているこのごろです。
バングラデシュから(3)
ジュマ・ネットの出張の調整では、いろいろと発見と重要な動きがありました。これらは、できるだけジュマ・ネットのサイトからご紹介できればと思います。
今回、バングラデシュ、マイメンシン県北部のハルアガット、ドゥルガプールという、インド国境の近くに来て、調査をしています。この地域はガロ民族が多く住むことで知られていますが、実は、それ以外にも「ハジョン」「バナイ」「ダル」という民族もいます。
残念ながらバナイ、ダルという民族はほとんどインド側に移住していなくなったため、今回は訪問できませんでしたが、ハジョン民族の村を4つほど訪ねました。
ハジョンは、人口1万2千人くらいで、ヒンドゥー教を信仰する先住民族で、英国植民地時代は、バングラデシュ北部で大きな勢力を保っていたようです。
パキスタン時代の1960年初頭に、アッサムの増加しつつあったンガル人を、インド政府が強制的にパキスタンに追い帰したため、そのベンガル人難民が1964年にハジョンらの村々を襲い、多くのハジョンがインドに逃れました。その後多くのハジョンは帰国せず、彼らの土地は政府を通じてベンガル人難民に移譲されたそうです。
ハジョンの言語の分類はまだ知りませんが、一部ベンガル化しつつあるようです。女性たちは以前のような機織もしなくなり、独特の民族衣装も身につけることが少なく、サリーを常用しているようです。また民族の権利や文化を促進するような独自の組織もなく、村人と話しても自分たちの民族の誇りや権利を守るといった気概のようなものが弱く、徐々にですが独自のアイデンティティが弱まりつつある民族であることを痛感しました。
インド国境近くまで歩いてきました。最近、インド側の山から下りてきた象がこのあたりの村を襲い、死者が出たという村人の話も聞き、驚きました。
ハジョン民族のために、何ができるのか、チッタゴン丘陵のようなポスト紛争地とは違うアプローチが必要だといろいろと考えさせられました。
バングラデシュから(2)
久々のバングラデシュ訪問で、一番驚いたことですが、電気式オート三輪があちこちで普及し始めていることでした。
バングラデシュでは、ディーゼルガソリンか、圧縮天然ガス(CNG)で動く、オート三輪が庶民の足として、全国的に普及していました。しかし、音が大きく、排気ガスもすごいので、市内でオート三輪に乗るときは、口にタオルをあてて、我慢していました。
しかし、チッタゴン丘陵のカグラチャリ県に来てみると写真のような、電気式オート三輪がスーっと走っているのです。充電したバッテリーで走るのですが、家庭の電源から一晩充電すれば、1日中走るらしいのです。中国で生産されたもので、それほど早くないのですが、音も静かで快適でした。排気ガスが出ないのが、何よりです。車体に漢字で「福」の文字が入っているも、日本人の私にはどこか身近に感じました。
今バングラデシュのマイメンシン市内に来ていますが、ここでも電気式オート三輪がかなり普及してきています。
調べたわけではありませんが、バングラデシュでは急速にこの電気式オート三輪の普及が進み、町の排気ガスもかなり減少していくなかと思いました。
バングラデシュから(1)
今、バングラデシュに来ています。
8月4日からジュマ・ネットの出張でチッタゴン丘陵のカグラチャリ、ランガマティ県へ。
15日以後は自分の研究で、バングラデシュ・マイメンシン北部の先住民族の村を訪ねています。ちょうど1年2ヶ月ぶりのバングラデシュ入りです。
今年の4月から大学の仕事に変わったため、夏の出張が長めに取れ、フィールドワークがのびのびとできてうれしいです。
久々のバングラデシュ入りで、気付いたことがいくつかあります。
(1)ダッカは渋滞がひどく仕事にならないし、空気が悪い。
(2)物価がかなり上がっている。
(3)停電が多い。
(4)外国人だからといって、以前ほどジロジロ見られなくなった。
などなどがあります。現政権も、こうした課題以外にも多様な政治課題をかかえて、難航しているようです。
チッタゴン丘陵では、今年の2月に大きな襲撃事件が発生し、軍の監視も強くなり、ピリピリした感じでした。被害者の人たちとの対話も、人目を盗んで、こっそりとやりましたが、政府の警察官の監視が何人の見張っていたようです。そんな中で、事件の様子を被害者から聞きましたが、軍の関与がここまで大きかったとは、現地にきて初めて実感しました。
また、いろいろと書きます。
ap bank ,フェスにいってきました
7月16日から19日にかけて、静岡県掛川のつま恋で、「ap bank フェス」が開催され、行ってきました。
このフェスティバルは、今では有名になったapバンクの創設者の、ミスチルの桜井さん、プロデューサーの小林武史さんらが2005年から中心になっておこなっている、音楽演奏などを中心としたフェスです。2005年には、6万人近い動員があったようです。
つま恋というと、私らの世代は、1985年にあった吉田拓郎らの、コンサートがほのぼのと浮かんできます。「懐かしい~」といった気持ちになります。つま恋は、掛川駅からバスで10分くらいの、お茶畑の中にあるのどかな丘陵にあります。そこで、4日間の音楽フェスがあったのです。私が参加したのは、18日の1日だけでしたが。
会場は、エコを意識した販売店、食事コーナー、環境問題対談や大道芸などでにぎわっていました。私がまえ働いていたシャプラニールも、販売ブースでがんばっていました。来場者も、勤め人風のおとなしい?若い人が目立ちました。コンサート中にダイブしたり、髪の毛をたてるメイクの人はいなそうなカンジでした。
環境NGOのA Seed Japanがやはりここでもゴミナビをしていて、羽仁カンタさんが挨拶されていました。「ここでもがんばってるなぁ」とうれしくなりました。
コンサートはモチロン、素晴らしい、につきます。
桜井氏の歌声、サービス精神、感性に関心しました。「タダモノではないな」と再確認です。ただ、私は気になったのは、小林武史氏です。
小林氏は、ご存知のように、My Little Loverの中心的メンバーでしたが、その後編曲、プロデユーサーに仕事を変えていきます。このap bankの動きのかなりの部分を彼がプロデユースしているのが企画を見ていて強く感じました。演奏でも、彼のピアノの存在感は非常に大きかったし、編曲も彼の意向が強く出ていると思いました。なんと私と同い年。ジョン・レノンをこよなく愛しているようです。
演出家:小林武史、主演:桜井和寿・・・そういったフェスだったと思いました。来年も行きたいなぁ。







