識字のこと
2009年07月22日 10時50分44秒 janicのブログに投稿したものです。
実は、最近大学の授業で、私が出ている古いビデオを久しぶりに使いました。たしか20年くらい前に、民放で取り上げられた番組を録画したものです。
シャプラニールのバングラデシュの現場の映像で、内容的には現地住民の活動への参加の意味や住民主体のプロジェクトのあり方を訴えいます。シャプラニールとは以前私が働いていた日本のNGOです。
シャプラニール → http://www.shaplaneer.org/
そのビデオの中で、何度も成人識字学級のシーンが出てきます。1990年は国際識字年だったこともあり、文字の読み書きを知らない人々が大勢いるという事実が盛んに訴えられ、学びの機会をつくることで、社会性や自己変革のきっかけになる効果が高いということで、注目された時期でもあったと思います。また日本人の支援者の中には、文字の読み書きの大切さを理解する方が多かったこともあり、シャプラニールもたくさんの支援をいただいていたと思います。
残念ながら、今シャプラニールの事業の中では、この成人識字学級はほとんど実施されていません。いくつか理由があるようです。
ひとつは、農村で組織されるグループは、以前のように一緒に何かをしようといって集まるというより、グループを通した共同貯金とローンのサービスを個人的に利用する傾向が強いため、成人識字のような活動への関心やニーズは以前よりは低いようです。
もうひとつは、以前よりも子どもの就学率が上がり、非識字率が徐々に下がってきているからでもあります。2008年度のユニセフの統計を見ると、世界の成人識字率は78%となっています。またバングラデシュの就学率は81%と高いのですが、成人識字率は以前として48%です。当時私が活動していた頃は33%ぐらいでしたから、それほど高くなっていません。
古いビデオを見て、改めて時間がたったことを感じました。活動上の戦略は変わっても、文字の読み書きを知らない人はまだたくさんいます。そういった人々へ、文字の読み書きをする喜びを伝えることは、まだ重要なのかもしれません。
NGO経営と企業経営はどう違う?
2009年07月10日 18時20分06秒 janicのブログに投稿したものです。
NGOの就職ガイダンスをJANICはよく企画します。毎月1回の就職ガイダンスは、NGO就職を目指す若い人でいっぱいになります。
私の説明の中で、「企業で得た経験や仕事のノウハウは、かなりNGOでいきる」と伝えていますし、「企業からの転職の方が、NGOスタッフになりやすい」ことも伝えています。
では、NGO経営と企業経営って、同じ・・・なの・・・・ということになりかねませんね。どこが違うのでしょうか??
どの組織でも、法律を守り、少ないコストで、多くの人が理解したり、利用しやすいものを、迅速に作ることが求められます。これは企業でもNGOでも同じことだと思いますし、その点における経営哲学は共通項が多い思います。
ただ、NGOの場合は、「人が共に生きていく社会の真のあり方を提案する」ことにあり、特定の財や商品だけを提供することではありません。日常の活動の中に、利益だけでは埋められない「共存のための社会像」を映し出す能力が求められます。つまり、「安く」「わかりやすい」「サービス」を生み出せばいい、ということだけでなく、「共存社会のビジョン」(わかりやすく言うと、問題解決の提案)が、活動からにじみ出る必要があります。
もうひとつ、これは日本社会でよく感じることですが、「誰がこの活動をつくっているのか」といった部分が、NGOの場合はよく問われるということです。NGOスタッフって、スポーツ選手とも似ていると思うことがあります。どんなコメントをし、どんな笑顔を見せ、どういった苦労をしてきたのか、ファンの人は知りたいと思いますよね。しかし、企業の生み出すサービスの多くは、そこまで求められないことが多いと思います。つまりNGO経営の場合は、「人物」(またはその人の生きる価値観のようなもの)が経営面の前に出てくることが多いということでしょうか。
「BINGOの記事から考える」の原稿です
2009年07月05日 19時14分36秒 janicのブログに投稿したものです。
実は、2006年にJANICに入ったばかりのころ、会報を担当していました。その際に書いたエッセイ「BINGOの記事から考える」です。
原稿そのものは古いのですが、言っていることの重要性は変わっていないと思いますので、参考に掲載します。長くてすいません。
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「bingo」の記事から考える
スキャンダルでもない限りNGOは「聖域」として扱われ、活動そのものがマスコミの批判のもとに曝されることはまれであった。しかし最近、欧米の大型NGOへのマスコミの批判的な記事が続いている。
その皮切りは、2005年10月に発行されたNews Week(日本語版)の「NGO、超巨大ビジネスの実態」である。これは、大企業並みのサラリーをとり、「サンダルばきではなく、ビジネススーツを着て世界を救う」プロ化した英国のNGOであるオックスファムを名指しで挙げ、「NGO界のマイクロソフトやマクドナルドと呼ばれる日も近い」と巨大NGOの不透明な組織拡大に警戒心をあらわに訴えた。
ふたたび2006年3月29日号のNews Week(日本語版)では「ホワイトバンドはアフリカを救ったか」と題した特集が組まれた。これは、オックスファムなどの大手NGOが中心となって展開したホワイトバンドの提言活動が、セレブやロックの大御所を使う広報戦略が一部の政策に影響を与えたことは認めつつも、貧困問題の根本的な解決につながらなかったと結論づけている。また債務帳消しと援助増額を訴えるだけでなく、貿易の不平等なシステムについてもっと提言すべきだと訴えた。日本のホワイトバンドの活動を提唱した「ほっとけないまずしさキャンペーン」についても触れられており、キャンペーンの意図とホワイトバンドを買う人の意識のギャップを生んだ運営のまずさに触れながらも、アドボカシー活動の必要性を訴えた姿勢を認めていこうとする内容だった。
この二つのNews Weekの記事にはもっともな指摘もあるが、まるで大手NGOがオクファムだけかのような演出や、批判のために都合のよい数字と状況を引き出した記事には、オクファム叩きの狙いが強く感じられる。「貧困を過去のものにしよう」のホワイトバンド運動の推進力となった大手NGOに向けられた意図的な批判記事と考えるのは私だけであろうか。それだけ今回の運動は影響力を生み、様々なセクターに波紋を投げかけているのかもしれない。
実は2005年10月のNews Weekの記事掲載とほぼ同時に英国のNew Internationalistの10月号に「巨大国際NGOの現状と課題」の特集が組まれた。この記事はNews Weekのような「NGO叩き」的なニュアンスとやや異なり、よりNGOの根本的な問題提起しようとする意識が感じられるものだった。欧米の巨大国際NGOを「bingo(ビンゴー)=Big International Nongovernmental Organization」と呼び、bingoが持っている根本的な疑問を提示している。
記事の主張を要約するとこんな感じだ。
bingoが、資金調圧に懸命になるあまり、資金提供者(助成団体、企業、一般の人々)に対する資金使途の説明責任やアピールの方法に関しては心を砕いてきたが、南の国々の受益者にはこれまでそういった責任は十分果たしてこなかった。いくらbingoといえども、問題を抱える世界のすべての人々に対して平等に手を差し伸べることはできない。誰をいつ支援するのかという判断の裏には、さまざまな状況判断や組織的な思惑もからむ。問題の「原因」よりも「結果」として起こることに気をとられ、人間の悲劇が決定的になるまで「人道的な緊急判断」を下さないこともある。膨大な資金を獲得するための多国籍企業のような「企業的体質」、「プロシェッショナリズム」、「組織のブランド化」を危惧する。片方でG8サミットでの「貧困を過去のものにしよう」という提言活動のキャンペーンは、1980年代初めのバンドエイド同様に、本当にアフリカを救うことができるのか、と疑問を投げかけている。そして最後に、「bingoは右と左の中間に位置しながら、ある種の『第三勢力』のかじ取りをし、たくみに『非政治的』かつ『非政府』の『第三の道』の方向を定めている」ようにみえるが、企業のグローバル化で生じるひずみの中で、しっかりとした信念を基にして自分たちの位置づけを行わない限り、NGOは混乱の渦に巻き込まれるだろうと、厳しい目を注いでいる。
「bingo」という印象的なネーミングのため、すべての巨大国際NGOが同じ傾向を持つかのような誤解を生みやすいことや、巨大国際NGOががみなホワイトバンドに取り組んだわけではないことは、この記事を読む時に注意しなければならないだろう。しかし、この記事を読みながら、巨大国際NGOから共通に感じられるいくつかの「懸念」が私の中に浮かび上がってくる。
ひとつは、グローバル化にともない徐々に激化するbingoの資金獲得競争とその根底にある「組織拡大信仰」である。資金調達の基盤を緊急救援、人道支援、援助といった領域に長く依存してきたbingoは、ますます高まる支援基盤の拡大競争から降りることができなくなっている。自分たちが世界の悲劇を救う代行者というイメージを手放すどころか、さらに体系化された集金システムと一体となってしまっている姿である。集金システムとの共存がもたらすものは、開発途上国の現場の課題から学ぶ視点というよりは、先進国に住むドナー(寄付者)との共存である。ドナーは寄付をすることで地球の課題がひとつ解けたかのような錯覚を持ちがちだが、自分の生活基盤が他の国の人々を苦しめているという実感は忘れやすい。
もうひとつは、bingoの間で次第に重要なテーマとなりつつある、グローバルなアドボカシー活動の行方である。今回のホワイトバンドに取り組んだNGOは一部であるし、bingoのアドボカシー活動全体の評価をするのは時期が早いだろう。しかし、今回のホワイトバンドが残した成果と課題があったのではないだろうか。
有名人のキャンペーンの効果で援助の拡大、債務救済を訴え、これは一部成果にもつながった。しかし、援助は時として貧富の格差を温存する可能性も含んでいる。援助の拡大だけが貧困をなくすのではない、グローバルな経済システムにこそ課題がある点をどうアピールできるのか、難しい課題であるが今後は避けることはできない点だろう。またホワイトバンド運動を提唱したG-CAP(Global Call to Action against Poverty)自身も認めていることであるが、2005年度のキャンペーンは開発途上国のNGOが本来のイニシャティブを十分発揮できなかった。統一のテーマとアクションを設定することや、有名人を使うというキャンペーンの仕組み自体にも、先進国がリーダーシップを持ってしまう構造があるのかもしれない。開発途上国のNGOがこれらのアドボカシー活動の先頭に立つには何が必要で、何が欠けていたかを考える時にきている。
欧米のようなbingoを生めずにいる日本NGO社会は、どこか遠い場所の話のように聞こえる。しかし当面いくつかの欧米のbingoがNGOのアドボカシー活動をデザインしていくことは間違いない。日本のNGOはそれに乗り遅れてはいけない。また、巨額のODAを持つ日本政府への働きかけは、日本のNGOの重要な役割であることは変わりない。しかし、bingoのメッセージや手法の模倣の先にだけ、答えがあるわけではない。
規模は小さくても、日本のNGOの多くは、開発途上国の現場に深く関り、現地NGO関係者との長い人間関係をつくってきた。こうした現地NGOが行う活動現場からのアドボカシー活動に日本のNGOはもっと注目する必要はないだろうか。援助活動だけが正しい方法と思い込みすぎていないだろうか。現地NGOのアドボカシー活動の意欲を萎えさせてしまっていないだろうか。マクロな視点からのアドボカシー活動だけでなく、現地NGOと住民の活動の長い積み重ねの末に生まれるアドボカシー活動を育てるような、黒子の役割に徹するような働きができないだろうか。こうした現場でのアドボカシー活動の成熟は、必ずグローバルレベルでのアドボカシー活動の広がりにリンクしていく。こうした下からの提言活動にも注目していきたい。
国際協力って??なんだろう
2009年07月05日 11時05分01秒 janicのブログに投稿したものです。
日曜日に、国際協力のワークショップのコメンテーターを頼まれて、出席してきました。その日は、「国際協力とは何か」がテーマだったので、このことについて若い人たちと議論しました。
考えてみると「国際協力」は英語に訳すと「International Cooperation」とか「Overseas Cooperation]訳されています。でもこれって、DAC諸国の援助の世界ではあまり使われていないような気がします。どちらかというと「Aid」とか「ODA=Official Development Assistance」とかいう単語が主流かと思います。
とすると、国際協力って、日本の援助業界の造語???っぽい?
JANICも団体名が「(特活)国際協力NGOセンター」です。JANICは正会員団体の定義を「開発、人権、環境、平和、政策提言において、国際協力(そのための国内協力を含む)および地球市民学習・開発教育などに継続して関わる団体」としています。かなり広範囲な活動を「国際協力」としています。
たしかにJANICの正会員は多様な活動を展開していると思うのですが、環境、平和、人権といった活動は他にもたくさんNGOがあり、必ずしもJANICの会員になっていません。そういった意味では、JANICは開発(貧困問題)に主にとりくむNGOといった方がよさそうです。
国際協力って、なんか貧困対策をする関連グループが、あらゆるグローバル問題を表現しようとしているような気がするし、「国際=International」って、国と国のつきあいという印象が強く、市民とかグローバルな、国境の境界線のないつながり具合をあまり、上手にあらわしていないんじゃなかな????もう少しよくばらず、自分たちのやっていることを正確に表現する方が、ほかのグループとも仲良くできるような気がするのだが・・・・
と大それたことを、また考えてしまいました。
JANICの総会がありました
2009年06月28日 20時05分45秒 janicのブログに投稿したものです。
6月26日はJANIC((特活)国際協力NGOセンター)の総会が開催されました。
事務局長や理事長の立場にある人間にとっては、1年間の総決算である総会は、一番緊張する日です。今回は役員改選もありました。総会が終わったあとのお酒は、ホッとしておいしいものです。
理事長には引き続き大橋正明氏(シャプラニール)が選ばれました。また2年間よろしくお願いします。
また副理事長には、片山信彦氏(ワールド ビジョン ジャパン)と谷山博史氏(日本国際ボランティアセンター)が前回に続き選ばれましたが、新しく岩附由香氏(ACE)が選出されました。岩附さんは、私が知る限りでは、福理事長最年少で選出されたのではないかと思います。3名の副理事長のみなさん、よろしくお願いします。
ことしの総会では、審議事項のあと、正会員で議論をしました。
正会員から3名の方に問題提起してもらい、それをきっかけに議論を展開しました。問題提起をしてくださったのは、民際センターの秋尾さん、開発教育協会の中村さん、かものはしプロジェクトの青木さんと、日ごろいろいろと意見をお聞きする機会の少ない方ばかりでした。特に秋尾さんが問題提起された「外資系NGOは日本のNGOか?」では、会場から緊張感のある意見が多数出て、議論としては緊迫していたと思います。
追加の朗報ですが、JANICが平成21年度外務大臣表彰に選ばれました。皆様のおかげです。ありがとうございました。
第2回地域ネットワークNGO調整会議がありました
2009年06月23日 22時28分57秒 janicのブログで投稿したものです。
実はネットワークNGOは、JANICだけではないのです。それぞれの地域のネットワークNGOが大なり小なり存在しています。そんなNGOが東京に集まって、会議を6月19日にもちました。
今回参加したネットワークNGOさんは、9団体で以下のとおりです。
北海道NGOネットワーク協議会
(特活)国際ボランティアセンター山形
(特活)国際協力NGOセンター
(特活)横浜NGO連絡会
(特活)名古屋NGOセンター
(特活)関西国際交流団体協議会
(特活)えひめグローバルネットワーク
(特活)NGO福岡ネットワーク
(特活)沖縄NGO活動推進協議会
この会議は、ネットワークNGOの経営問題、資金源の確保、効果的な働き方を議論するために、2008年11月に発足しました。参加できるネットワークNGOは、持続的な組織運営を前提とし、包括的テーマを追いつづけるネットワークNGOだけに限っています。
実はネットワークNGOの経営は非常に厳しいです。一般の方々から寄付は集まりにくい。(活動写真って会議ばっかりですし)仕事は非常に多い。理事は加盟NGOのスタッフがなる場合が多いですが、みんな忙しいのでスタッフに仕事が丸投げされる傾向がある。・・・・・で、スタッフは非常に孤独なのです。
外務省やJICAの方々ともシェアする時間をもち、「ネットワーク団体は非常に有効な働きをしている」、けど、正当な評価を受けていない、支援スキームがもってあっていい」といった主張をみながしていました。
環境NGOと開発NGOの違いって?
昨年は、G8サミットが洞爺湖であり、JANICも「2008年G8サミットNGOフォーラム」の事務局として、いろいろな活動を展開しました。大変でしたが、いい経験となりました。詳しいことはここからご覧ください。
いろいろな出会いと同時に課題があったのですが、その中でもひとつ感じたのが、環境NGO、開発NGO、人権・平和NGOとの、交互交流や協同がこれまで非常に少なかったことへの反省です。
今JANICでは、グローバルイシューにかかわる環境NGOと、JANICを中心にネットワークされている開発途上国にかかわる開発NGO (国際協力NGOという総合的な言い方はありますが、あえて開発NGOと呼ぶようにしています。だって、環境NGOの人から見ると、そう見えると思うからです) の連携の必要性、それを阻む要因、協同の可能性を考える調査を始めています。
グローバルな環境破壊は、当然貧困者を最初に襲います。弱いものが、一番被害を最初に受けますし、それは深刻なダメージを与えます。そのためにも、そういった人たちがしっかり社会に参加し、環境破壊のダメージから自分たちを守る術を、一日も早く見につける必要があると言えます。
しかし、口で言うほど協同は簡単ではありません。なぜ、グローバルイシューにかかわる環境NGOと途上国社会にかかわる開発NGOはこれまでバラバラに仕事をしていたのでしょうか。私はその理由のひとつにアプローチの違いがあったのではないかと思うようになりました。ここでいう環境NGOの多くは、環境破壊の実態を訴えたり、国際的な会議の場でその規制を求める活動が中心だったといえます。ですから、ロビー活動、データの科学的な実証、政府関係者への働きかけ、キャンペーンといったアプローチが中心だったのではないでしょうか。
開発NGOの場合は、開発途上国のコミュニティと人の出会いから活動を作り上げていきます。仕事のプライオリティも現地の人々との対話や彼らの優先順位によって決められていきます。こうしたアプローチの物理的な違いが、双方の連携を難しくしてきているのではないかと思うことが多くなりました。
これを乗り越えるためには、共に開発途上国の現場からできることを探しあうこと、ロビー活動の場にも現場の声を伝えたり、具体的なケーススタディや事例を増やす作業を、一緒にすることが最初の協同として必要ではないかと最近思っています。
四国NGOネットワークを訪問
続けてですが、
6月7日(日)はJICA四国のお誘いで、四国NGOネットワークの研修会の講師としてお邪魔してきました。この組織は2004年に設立された、ネットワークNGOです。たしか40団体以上のNGOが加盟しています。 http://www.jica.go.jp/shikoku/topics/2009/090518.html
あたりまえですが、いろんなNGOが四国にもあります。 http://snn.npgo.jp/tizukensaku.html
ただ、皆さんの悩みは、「ネットワークは大事だが、どうやって維持し、効果的に活用できるか」でした。だれか熱心な方が、ボランタリーにネットワークのための作業をするのはいいのですが、どうしても限界があります。もっとネットワーク効果を出すための基盤や人材、資金が十分なのです。
私は個人的に、こうした地域のネットワークNGOを元気にする方法はないかと、よく考えるようになってきています。
それは関東のNGOのような、大型で欧米型の組織や支援者マネージメントを得意とする方向性ではなく、地域特有の成長というか、地域にしかできないNGO活動やネットワーク活動がもっと活発にできないのか・・・・・とよく考えます。
地域のNGOはもちろんいろいろありますが、なかなか関東のNGOにはない、よさがあります。
たとえば地域の支援者や関係者とのつながりが強く関係が深いこと、地元の小学校や中学校で開発途上国のことを紹介できる身近な存在であること、ゆっくりあせらないで自分たちの生活スピードで活動を展開すること、実感や人間関係を大切にした活動を大切にすること、国内の問題にも関心が高いこと・・・・などたくさんあります。
組織が大きくなったり、プロ的になることは大切なのですが、地域の人間関係はもっと豊かで複雑です。こうしたところに目が届くのも地域のNGOかな、と思ったりします。
ということで、ゆっくり人間関係を大切にして動く地域のNGOをささえる、地域ネットワークNGOはどうあったらいいのか・・・今回はいろいろと考えさせられました。
『闇の子供たち』上映会+シンポジウムが満員御礼
6月6日(土)にお茶の水の全電通労働会館ホールで「最悪の児童労働と少女『闇の子供たち』の上映会とシンポジウム」が開催されました。これはNGO労組国際協同フォーラム、児童労働ネットワーク、国際労働機関駐日事務所が主催して実施したものです。JANICは国際協同フォーラムの事務局をしています。
この行事は、6月12日の児童労働反対世界デー(World Day against Child Labour)にちなんで、ここ数年この時期に開催されてきたものです。これまでは国連大学のホールをお借りして、無料で開催されてきたもので、毎年400名近い方々が参加される行事となってきました。
今回は「闇の子供たち」という話題の映画上映をかねたこともあり、映画の使用料だけでなく、ホールのお金もかかるということで、有料(1,000円)で実施しました。実は、計画では400名近い来場がなければ、採算が合わないという内容だったのですが、前売り券が開催当日で200枚程度しかさばけておらず、「ヤバイなぁ」と不安いっぱいで当日を迎えたのです。しかも、雨。「ゼッタイ今日は赤字だ」とすぐ暗く考えるクセがある私は、重いキモチでいっぱいでした。
しかし、開場直前には50名近い人が並んでまっていました。しかも、その後も人の並は増え続け、200枚近い当日券は売り切れ、その後もチケットを買い求める人をお断りするといった、予想しないうれしい展開になりました。
『闇の子供たち』という映画ですが、すごく重かったです。もし一言言わせてもらえば、宮崎あおいが演じているNGOキャラは、ちょっとやりすぎ、というか、あんな猪突猛進型のNGOスタッフはあまりいません。このキャラがNGOスタッフの一般像と考えないでほしいなとは、思いました。
ただ、こういった事実があること、日本社会もなんらかの形でかかわっていることに、目を伏せてはいけないと思います。その後映画プロデューサーの方の語り、シンポジウムと続きました。
いずれにせよ、主催関係者の皆さん、ご苦労さまでした。
援助効果の会議がありました
みなさん、援助効果にかかるパリ宣言(2005年)をご存知でしょうか。
これはOECD(経済開発協力機構)のDAC(開発援助委員会)が中心に進めている、援助国の援助のあり方を効果的にするための国際約束です。
パリ宣言には、「被援助国のオーナーシップの尊重」「ドナーと被援助国の整合性」「ドナー間の協調と調整」「成果マネジメント」「相互説明責任」の5つの重要な柱から構成され、12の具体的な指標が定められています。
簡単に言えば「開発途上国の考えた開発計画を尊重し、ドナー国が調整したり、協力したりし、成果がはっきりでるように運営し、関連情報も透明性をたかめましょ」という約束です。特にバイの援助の中で、日本とアメリカ政府の方針は大きな影響を与えます。
今世界のNGOはこの「援助効果=Aid Effectiveness=AE」の話題で盛り上がっています、というか非常に重要な議題になってきます。日本のNGOもそろそろ真剣にこの議論に入っていく必要を感じています。詳しいことはここからもわかります。次号の「シナジー」でも援助効果の特集を組んでいます。
http://www.janic.org/activ/activsuggestion/supporteffect/post_74.php
JANICでは、2009年からMDGsの実現とあわせこの援助効果の政策提言を3ヵ年の計画で進めていく予定です。先週の月曜日にそのための助言委員会が開催されました。25名ちかい助言者が委員を引き受けてくれ、会議にもかなりの方が出席されました。いろいろなご意見でて刺激的な会議でした。
そのご意見の中のひとつに、「この宣言は、国の援助の正当性をますます高めてしまうのではないか。NGO独自の価値観や哲学が必要」といったコメントがありました。またこれらの経過報告をする集会も持ちますので、ぜひご参加ください。









