なんか少しずつ変わって行ってる。
別のアングル
少し怖い。健康に成らないとクマがやばい
上から下に「渦=风」見て「e」が「エデン」(e=え)
「エデン」=「e 転」
左回り「ひまわり」=日土計(ひどけい)の回転です。
上から下に「渦」を見て「の」だと「時計回り」です。
「の」は「地獄を召喚」して世界を地獄に変えます。
天国への門=ケルビム(ひまわり)
地獄への門=ケルベロス(時計回り)
ケルブはオリオン座の馬頭星雲です。
イエスはオリオン座の馬頭星雲の出身です。
馬頭星雲の人々は
古代の仏教で 馬頭観音 と呼ばれていました。
ケルブの男がケルビム
ム=救い=男
それ故に、ケルビムは馬頭星雲の救い
またはケルブの男と成っています。
イエスの故郷の星はアトラ
「てとら」でも、ok→(てとら)てら=地球
アトラの民がアトランティスです。
ティス=Ⅹ's
Ⅹ's=人々
アトランティスは「アトラの人々」と言う意味です。
「救う」とは「求め」に「応じる」でした。
王=男=才(おのこ)=武者(救う者)
主=女
救い主=女を救う
女は下の「渦(か)」を見る(下見=かみ)
←
↓卍↑=风←低気圧
→
男は上を見る(臣=おみ)→臣神(おみかみ)
天照大神は(大=女)で女神
天照臣神(おみかみ)が男神
誤り→天照大御神
本来は、天照(女=日神=照らす神)と、臣神(救う男)
お
え
う
い
あ
昔の言葉は、縦書きの時に下から上へ読んだ。
「しゃちほこ」が逆立ちしている理由です。
「攵」は「鼓舞」する。=応援する=応える。
救う→求攵(求めに応える)
攵=応じる(応える)
求める→問題提起→示し申す→示申(神)
攵(うつ)=軽く叩く=鼓舞する。
攵=攴(ぼく)=僕(しもべ)
鼓=攴=攵
攵(うつ)は鼓舞する。
鬱病は「鼓舞すれど、認められない」
地球だから発生する病です。
だから鬱病に「頑張れ」と言ってはいけない)
男性上位だから「鬱病」に成る。
鬱病は「ゴールの無いマラソン」の様な物です。
ゴールが有れば「鬱病」には成りません。
男社会は「出る杭は打たれる」なので、
努力が認められず、
能力が評価されない。
評価されたとしても、重視されない。
能力は道具として扱われる。
男社会では、資金力(スポンサー)が重視されます。
女性上位社会に「鬱病」は存在しません。
古代の女は凸であり、男は凹でした。
女が主張して、男が受け止める。
主は女、王は男で「救い主」は「女を救う」です。
女(メ)を包み運ぶ=几→风=天女(あま)
女を上に思い生きる。
それが「へきる」=「生きる」
女=日
男=生
日の下に生きる者それは男
「生きる」=「へきる」とは「賢者の石」=「碧る」
69=無垢=白
9(q=左回り=日足る回転=ひまわり)
6(火=Γ=ガンマ=光)
ロウソク=光を束ねる=6束
光は「救済=q才」=「救いの才」
男は「女のわがまま」に応え救いの力を育てる。
「へきる」は「賢者の石」=サファイア
無垢(69)は白、白は光(Y=男)
白(九十九)は尽くす者
尽くす男が皇
皇は誰よりも下にあって救済する。
碧は王(男)を白(尽くす者)に育てる石です。
女が男を「救い主」に育てる。
その為に宇宙が用意した呪は「の」の意
下から見上げた「ひまわり」が「の」です。
阿吽
北枕
聖火
と成っています。
ネプタ=八咫烏=凡
元々のネプタは「銀河(ネビュラ)」で
「ニビル」とも言います。( にび色=銀色 )
凡=気球
几+点(点火する)で
「凡」=「天提灯」=「凡昇り(ぼんぼり)」
すべて気球です。
気球=凡=八咫烏です。
ネプタは気球で、中心の炉に火を焚いて浮力を得ていました。
「銀(にび)」に「白くする、軽くする」の意味が有ります。
(今でも使う)
白米を銀シャリ、雪化粧を銀世界、白髪を銀髪、
銀の匙はダイエット(もう食べない)
虚ろ舟(軽くなった舟)も八咫烏(凡)でした。
「天の鳥舟」は「誇張された」物です。
古代人は八咫烏を「飛ばさず」
地上を牽いて運用していました。
ちなみに
時代劇で、出勤の時に「火打ち石」を使って
「男を上げる」験担ぎをしています。
以前に「梵」は「生まれる」で、「凡」は「死ぬ」と書きましたが
「生死」じゃなくて、ただ単に
「梵」が「降りる」で、「凡」が「昇る」でも良いみたいです。
梵=生まれる=下=Down(生まれるの意)
凡=死ぬ=昇天する=昇る
梵字=もし(生死)=文字=梵凡(すべて同じ意味)
「ノンノ」はアイヌ語で「花」と言う。
「花」は「女」を意味する字です。
女は「目」=「eye」
「ノンノ」=「花」=「女」=「目」
「ノ」=女=e
「ン」=男=y
「ノンノ」=「eye」=「目」=「女」=「花」
「十十」=筋道を立てる。
「十(とう)」≒「咅(とう)」≒「培う=育てる」
良い事を教えて実行させて誉め
悪い事から遠避ける。
男は成長する物→「化物」
女は「男(化物)を成長させる」→「花物」
「化(男)」に「十十=筋道を立てる」=育てる。
女は花、男は化
「6」は「化物」の数字、獣ではない。
「十十」を「咅」を与え
「化」を花に
男を育てると、地球は楽園(花畑?)と成る。
ちなみに「花」は「オカマにする」ではない。
「オカマ」は「男兼女」
「男兼ねる女」→「男が女を兼ねる」だからです。
宇宙は(本来)女を
「男を育てる」=「男に苦労させる」
役割で創っています。
そして宇宙は、
女が「誉めないと満足しない」ように
「男」を創っているのです。
誉める→「光に言う」この字は「誉」
「光=男=Y(ガンマ=γ)」を「認める」
「誉」は
女が男を認める事を意味しています。
女に「認め」られて、男は幸せに成り
「光=γ(ガンマ)」と成るのです。
古代の日本人は女をキと書き男をナと書いた。
女=キ=黄=太陽
黄色道は太陽の道
黄色い声は女性の声
男=ナ
為す者=尽くす者(九十九)=白
為す者=ナース=白衣
キナとは「女男」のこと
女と男の仲=キナ
キナ臭い=女と男の予感
嫉妬=焼き餅
恋愛が再燃する=焼け木杭(ぼっくい)に火が点く
火遊び=女と男の情事
古代人は、女と男の仲を「火に例える」習慣が有る。
字の属性(性別)は、字の画数で決まる。
奇数の字は女
偶数の字は男
ノの花(野の花)は、「女の花」で、食べない。
ナの花(菜の花)は、「男の花」で、食用と成る。
古代人の「こだわり」が不思議です。
縄文時代は育児で、子供を叱りませんでした。
と言っても、自由奔放に育てたわけじゃありませ ん。
縄文時代は子供を叱らず、生きる目的に沿って育てました。
叱る=劣等感を育てる。←これはダメ
縄文時代の「育てる」は「培う」です。
育てる=成長に渉する。
培う(つちかう)=成長を見守る。
古代人は、女を「咅」と表しました。
ちなみに、男は「音」です。
縄文人は叱る事をせず、子供に得意な事をやらせて
𠮟るべきところは、子供の成長を待ち
然るべき時に、自然に 自分で学ぶ 時を待ちました。
男社会に見られる躾は、社会に適合するように
子供を型にはめる
躾とは言わば「型成型」育児ではなく養殖です。
女社会の育て方は、 躾じゃない!
その子の望む未来を見据えて、
成りたい姿=未来像に沿って育てる。
縄文時代の育児は「成長の補助をする」のです。