杉山 召のブログ -46ページ目

杉山 召のブログ

超能力と宇宙人のことを書いています。

なんか少しずつ変わって行ってる。

別のアングル

少し怖い。健康に成らないとクマがやばい

上から下に「渦=风」見て「e」が「エデン」(e=え)
「エデン」=「e 転」
左回り「ひまわり」=日土計(ひどけい)の回転です。

上から下に「渦」を見て「の」だと「時計回り」です。

「の」は「地獄を召喚」して世界を地獄に変えます。
天国への門=ケルビム(ひまわり)
地獄への門=ケルベロス(時計回り)

ケルブはオリオン座の馬頭星雲です。
イエスはオリオン座の馬頭星雲の出身です。
馬頭星雲の人々は
古代の仏教で 馬頭観音 と呼ばれていました。

ケルブの男がケルビム
ム=救い=男
それ故に、ケルビムは馬頭星雲の救い
またはケルブの男と成っています。

イエスの故郷の星はアトラ
「てとら」でも、ok→(てとら)てら=地球
 

アトラの民がアトランティスです。
ティス=Ⅹ's
Ⅹ's=人々
アトランティスは「アトラの人々」と言う意味です。

「救う」とは「求め」に「応じる」でした。

王=男=才(おのこ)=武者(救う者)
主=女
救い主=女を救う

女は下の「渦(か)」を見る(下見=かみ)
  ←
↓卍↑=风←低気圧
  →
男は上を見る(臣=おみ)→臣神(おみかみ)

天照大神は(大=女)で女神
天照臣神(おみかみ)が男神
誤り→天照大御神
本来は、天照(女=日神=照らす神)と、臣神(救う男)







昔の言葉は、縦書きの時に下から上へ読んだ。
「しゃちほこ」が逆立ちしている理由です。

「攵」は「鼓舞」する。=応援する=応える。

救う→求攵(求めに応える)
攵=応じる(応える)

求める→問題提起→示し申す→示申(神)
攵(うつ)=軽く叩く=鼓舞する。
攵=攴(ぼく)=僕(しもべ)

鼓=攴=攵

攵(うつ)は鼓舞する。
鬱病は「鼓舞すれど、認められない」
地球だから発生する病です。

だから鬱病に「頑張れ」と言ってはいけない)

男性上位だから「鬱病」に成る。

鬱病は「ゴールの無いマラソン」の様な物です。

ゴールが有れば「鬱病」には成りません。

 

男社会は「出る杭は打たれる」なので、
努力が認められず、
能力が評価されない。
評価されたとしても、重視されない。
能力は道具として扱われる。
 

男社会では、資金力(スポンサー)が重視されます。
女性上位社会に「鬱病」は存在しません。

古代の女は凸であり、男は凹でした。

女が主張して、男が受け止める。

主は女、王は男で「救い主」は「女を救う」です。

女(メ)を包み運ぶ=几→风=天女(あま)

女を上に思い生きる。
それが「へきる」=「生きる」
女=日
男=生
日の下に生きる者それは男

「生きる」=「へきる」とは「賢者の石」=「碧る」

69=無垢=白
9(q=左回り=日足る回転=ひまわり)
6(火=Γ=ガンマ=光)

ロウソク=光を束ねる=6束
光は「救済=q才」=「救いの才」
男は「女のわがまま」に応え救いの力を育てる。
「へきる」は「賢者の石」=サファイア

無垢(69)は白、白は光(Y=男)
白(九十九)は尽くす者
尽くす男が皇
皇は誰よりも下にあって救済する。

碧は王(男)を白(尽くす者)に育てる石です。

女が男を「救い主」に育てる。
その為に宇宙が用意した呪は「の」の意

下から見上げた「ひまわり」が「の」です。
阿吽
北枕
聖火
と成っています。

ネプタ=八咫烏=凡

元々のネプタは「銀河(ネビュラ)」で

「ニビル」とも言います。( にび色=銀色 )

 

凡=気球

 

几+点(点火する)で

「凡」=「天提灯」=「凡昇り(ぼんぼり)」

すべて気球です。

 

気球=凡=八咫烏です。

 

ネプタは気球で、中心の炉に火を焚いて浮力を得ていました。

「銀(にび)」に「白くする、軽くする」の意味が有ります。

(今でも使う)

 

白米を銀シャリ、雪化粧を銀世界、白髪を銀髪、

銀の匙はダイエット(もう食べない)

虚ろ舟(軽くなった舟)も八咫烏(凡)でした。

「天の鳥舟」は「誇張された」物です。

 

古代人は八咫烏を「飛ばさず」

地上を牽いて運用していました。

 

ちなみに

時代劇で、出勤の時に「火打ち石」を使って

「男を上げる」験担ぎをしています。

 

以前に「梵」は「生まれる」で、「凡」は「死ぬ」と書きましたが

「生死」じゃなくて、ただ単に

「梵」が「降りる」で、「凡」が「昇る」でも良いみたいです。

 

梵=生まれる=下=Down(生まれるの意)

凡=死ぬ=昇天する=昇る

 

梵字=もし(生死)=文字=梵凡(すべて同じ意味)

「ノンノ」はアイヌ語で「花」と言う。

 

「花」は「女」を意味する字です。

 

女は「目」=「eye」

 

「ノンノ」=「花」=「女」=「目」
「ノ」=女=e
「ン」=男=y
「ノンノ」=「eye」=「目」=「女」=「花」

「十十」=筋道を立てる。
「十(とう)」≒「咅(とう)」≒「培う=育てる」
良い事を教えて実行させて誉め
悪い事から遠避ける。

男は成長する物→「化物」
女は「男(化物)を成長させる」→「花物」
「化(男)」に「十十=筋道を立てる」=育てる。
 

女は花、男は化

 

「6」は「化物」の数字、獣ではない。

「十十」を「咅」を与え

「化」を花に

男を育てると、地球は楽園(花畑?)と成る。

ちなみに「花」は「オカマにする」ではない。

「オカマ」は「男兼女」

「男兼ねる女」→「男が女を兼ねる」だからです。

宇宙は(本来)女を

「男を育てる」=「男に苦労させる」

役割で創っています。

 

そして宇宙は、

女が「誉めないと満足しない」ように

「男」を創っているのです。

 

誉める→「光に言う」この字は「誉」

 

「光=男=Y(ガンマ=γ)」を「認める」

「誉」は

女が男を認める事を意味しています。

 

女に「認め」られて、男は幸せに成り

「光=γ(ガンマ)」と成るのです。

古代の日本人は女をキと書き男をナと書いた。

女=キ=黄=太陽

黄色道は太陽の道

黄色い声は女性の声

 

男=ナ

為す者=尽くす者(九十九)=白

為す者=ナース=白衣

 

キナとは「女男」のこと
女と男の仲=キナ

 

キナ臭い=女と男の予感

嫉妬=焼き餅

恋愛が再燃する=焼け木杭(ぼっくい)に火が点く

火遊び=女と男の情事

古代人は、女と男の仲を「火に例える」習慣が有る。

 

字の属性(性別)は、字の画数で決まる。

奇数の字は女

偶数の字は男

 

ノの花(野の花)は、「女の花」で、食べない。

ナの花(菜の花)は、「男の花」で、食用と成る。

 

古代人の「こだわり」が不思議です。

縄文時代は育児で、子供を叱りませんでした。

と言っても、自由奔放に育てたわけじゃありません。

縄文時代は子供を叱らず、生きる目的に沿って育てました。


  叱る=劣等感を育てる。←これはダメ


縄文時代の「育てる」は「培う」です。
 育てる=成長に渉する。
 培う(つちかう)=成長を見守る。

古代人は、女を「咅」と表しました。
ちなみに、男は「音」です。

縄文人は叱る事をせず、子供に得意な事をやらせて

𠮟るべきところは、子供の成長を待ち

然るべき時に、自然に 自分で学ぶ 時を待ちました。

 

男社会に見られる躾は、社会に適合するように

子供を型にはめる

躾とは言わば「型成型」育児ではなく養殖です。

 

女社会の育て方は、 躾じゃない!


その子の望む未来を見据えて、

成りたい姿=未来像に沿って育てる。


縄文時代の育児は「成長の補助をする」のです。