部分最適と全体最適 その2
先ほどのは会社の例えでした。
では、思考を一歩進めましょう。
人生においてはいかがでしょうか。
部分最適な人だと、仕事一筋!とかギャンブルで食ってる
といった、バランスに欠けた人生を過ごし勝ちです。
全体が見えないので、現状が把握できず、身体や金銭で
まだまだ行ける!と無理や無茶をして健康や家族といった
色々な物事を崩壊させていきます。
家族を省みず、仕事一本やりで会社に命を預けた人が、
退職した途端に賠償金を取られた上に離婚される、といった
喜劇のような悲劇も多々発生しています。
ワタミの社長の「夢に日付を!」でも、人生は6つの分野に
分けてバランスよく意識したほうが良い、とアドバイスしています。
人生もまた、全体最適が必要なのです。
部分最適と全体最適
過去に開発~運用~保守~企画と渡り歩いてきましたが、
その中で顕著になってきているのが、部分最適だけに特化した
人が増えてきている事です。
先日も相手先と打ち合わせをしていて、頭痛がしてきました。
設計時点でバグがある事が発覚した事象に対して、
開 「このシステムは設計書通りに作りました」
私 「設計書に仕様バグがあるでしょ?」
開 「設計書通りなので運用でカバーしてください」
部分最適とは、工場で例えると「このネジだけは俺にまかせろ!」
ネジ一本に一点集中し、それ以外には目もくれない状態です。
ネジ一本のプロです。
製品で不具合が出ても「自分のネジの不具合じゃないから
関係ない」と対岸の火事を決め込みます。
全体最適は、工場全体の動きを「流れ」として把握し、全体が
目詰まりを起こすことなく、上流から下流に流れるように最適化
するようにカイゼンをしていく状態です。
部分最適と全体最適、どちらも重要で必要です。
しかし、部分最適に特化した人が、突然全体最適の職場に
送られても部分最適のノウハウでしか行動できません。
IT業界では慢性的なSE不足を嘆いていますが、プログラマの
プロをたくさん育てて、ある日突然SEやれ、は言われる側は
理不尽以外の何物でもないでしょう。
ましてや今までは社内でモニタとにらめっこしていただけなのに、
突然営業と一緒に客先へ出され、できない要望をボンボン言われ、
こじれて怒られたりした日には、思い切り凹みますね。
(私の過去の経験まんまではありませんが、大体こんな感じです)
部分最適から全体最適へ移行する前に、全体最適へ興味を持たせる
教育、フォローが必須です。
こういう主張をすると、一般社員はヤンヤの喝采をします。
「そうだそうだ、上がそういう環境を作らないのがいけないんだ!」
果たしてそうでしょうか。
どこまで行ってもお客様の最前線で働くのは、現場にいる人です。
現場のことを一番知っているのは現場の人なのに、「教育を!」
「環境を!」と主張しているのは変ですね。
現場のカイゼンは現場がすべきです。
感情のこもった言葉は良く伝わる
プラスの感情であれ、マイナスの感情であれ、
感情のこもった言葉は人に良く伝わります。
嬉しそうに言う「ありがとう」と
無感情に言う「ありがとう」と
嫌そうに言う「ありがとう」
単純に3パターンの例だけでも意図は伝わると思います。
詰まる所、職場の嫌な空気というのは、マイナスの感情が
こもった言葉が日々やり取りされ、積もりに積もっていくから
嫌な空気になるのです。
望んで嫌な空気にしているとも言えます。
しかし、一番堪えるのが「何もしない」です。
花で実験した例があるそうですが、
毎日「綺麗に咲いてるね」と声をかける花と
毎日罵声を浴びせる花と
毎日無視した花
一番早く枯れたのは、無視した花だそうです。
教育学の実験で実証された痛ましい実験もあります。
産まれた子どもの望むものは、全て準備したけど、
スキンシップを絶対にしないままで、耐えられるか、
という実験でした。
夫婦の研究者によって自分の子どもで実施されましたが、
確か4歳ぐらいで亡くなってしまった、という結果が出たそうです。
倫理的な事はさておき、寂しさで亡くなる、という事例がある
ということがショッキングでした。
アメブロのようなアメーバ会社
アメブロは特異な「場」だなぁ、という思いは日々強くなる一方です。
人の繋がりがアメーバのように伸び縮みして、絡み合う。
この特徴を会社という媒体で生かせないものでしょうか。
ある人の「夢」を支援するために、期間限定で才ある人が集まり、
一気呵成に「夢」を叶えて、次の「夢」支援へ赴く、といった感じ
でしょうか。
良い人は、どうしても独り占めしたい、会社に確保しておきたい、
という思いと、いやいやそれでは他の人が困っている場合に
援けることができなくなる、という思いが混在しています。
更に全国規模でアメーバ会社のネットワークが構築され、
主婦や子どもまで「夢」を支援する役割を担えるようになったら
人間関係もより良くなるのでは、という妄想に浸っています。
肩書きなしで自己紹介できますか?
以前行ったセミナーで
「会社という肩書きを抜きにした自己紹介をしてください」と言われ、
あれ?あれれ?と説明できずに絶句したことがあります。
勤めていれば「○○社の千葉です」と言ってしまえば、後はよろしく
状態で済みますが、一個人となった時に「これが自分です!」と
胸を張って言えるものがあるか、と考えたらフリーズしました。
今、起業されている方達は「確固たる自分」を売りにして、
日々努力、まい進しています。
毎日の研鑽と、週末だけの研鑽、差が開くのは歴然としていますが、
それでも彼等を見習いながら「確固たる自分」を見つけます。