映像制作者の映像レビュー

★★☆☆☆



「フィクサー」というタイトルで、主演がジョージ・クルーニー。

誰もが裏社会で暗躍する切れ者の男の話だと思うだろう。


・・・で、これ?


原題「MICHAEL CLAYTON」のままなら、まだ納得できる。

爆発シーンを映画冒頭に持ってきた編集はどうかと思うが、

シナリオ、演技ともに、社会の矛盾を抱える中年男の心情を

上手く表現していると思う。


この映画を駄作に感じる全ての元凶は邦題。

このタイトルつけた奴は切腹すべき。

まぁ「MICHAEL CLAYTON」という映画を見ようと思うかどうかは疑問だが。


アメリカのテレビドラマシリーズ。

シナリオ、キャスティング、カメラワーク、相変わらずクオリティ高い。


スタッフクレジットに一つ気になる肩書きがあった。

”Story Editor”


脚本家は別に存在する。ストーリーを編集する人。

なるほど、と思った。


どういうシーンを、どういう順番で見せれば、

シリーズとして魅力的な作品になるか。

つまり「次が気になって見たくなる」状態になるか。


ストーリーの時間軸を変えていく手法は目新しくはないけれど、

謎を深めつつ、視聴者を混乱させない絶妙なバランスで構成されている。


こういう職業があること自体、やはり海外は層が厚いな。


DAMAGES

http://www.so-net.ne.jp/movie/sonypictures/homevideo/damages/

「24」をきっかけに大人気となったアメリカTVドラマシリーズ。

「プリズン・ブレイク」「LOST」「HEROS」などなど、

どれもシーズン1だけ見て、後は知らないという中途半端な俺ですが、

自信を持ってオススメするのが、この「ギャラクティカ」。


「何でこんなに金かけられんの?」とあきれ果てるほど、クオリティの高いCG、

「それもう、演技じゃないでしょ」と突っ込んでしまう、キャラクターたち。

「うわ。そう来たか」とのけぞってしまうプロット。


ものすごい高い密度で作られている傑作。

まぁ、まだvol.3までしか出てないので、結論づけるには早いんだけど、

第一話目は是非とも見ていただきたい。


このクオリティの映像が、映画館ではなくテレビで流れているアメリカ。

ドラマにこれだけ制作費をかけられるのは、

国内で日本の2倍、コンテンツ輸出により日本の7倍という

市場規模を見込めるから、という話を聞いたことがある。


ちまちまやってても、この差は埋まらんわな。








今、同世代でもっとも好きな監督、内田けんじさんの

「ウィークエンドブルース」「運命じゃない人」に続く第3作。


期待を裏切らない素晴らしい出来。いや~楽しかった。

内田さんならではのドンデン返るプロット、

複雑な物語をシンプルに説明しながらも、ユーモアとメッセージ性に富んだ脚本、

キャラクターにハマリまくったキャスティング、

計算された音楽。

完成度高いわ、さすが。


自宅のテレビが大画面になって以降、

映画館で見る=巨大なスクリーンで見るべき映画、と思って、

特に邦画から足が遠のいていたが、

あれだけ完成度が高ければ、1800円の価値は充分ある。


撮影現場も楽しかったんだろうな~という感じが伝わってくる。

密度の濃い時間を過ごしている人たちが、確かにいる。


俺も頑張んないとなぁ。



海外出張の折、機内で見た。

今週末公開なんで、ネタバレな部分はふせるとして。


う~ん。。。

実在した人物の物語という「ドキュメンタリー」的な要素と、

豪華キャストによる「エンターテイメント」的な演出と、

どっちつかずの中途半端さ。


話としては本来、相当シリアス。特に今となっては。

予告篇のTV-CMでは、トムハンクスが、「今度の僕は何の職業でしょう?」なんて

やってるが、そういうトーンの題材でないことは確か。


ただ、仮に自分がこの映画のプロモーションを担当することになったら、

やはりトムハンクスにすがるしかないのかな、とも思う。


一方、同じく機内で見た「最高の人生の見つけ方」は、素晴らしい映画だった。

キャスティングだの演出だのカメラワークだの、

映画を構成する要素はたくさんあるが、やはり一番は「企画」なんだな、と実感。


企画が面白くないと、いくらキャストを揃えても、金をかけて作っても、

人の心を動かす映像にはならんのだなぁ。








フィデル・カストロ。


その名前は俺にとって、「知ってはいるけど遠い」存在だった。

キューバ革命の指導者。社会主義者。独裁者。

それが自分に刷り込まれているカストロの情報の全て。


「コマンダンテ」は、オリバー・ストーンが、カストロにインタビューしたドキュメンタリー。

世界中の映画祭で好評を博したにも関わらず、アメリカが上映を拒否したというフレーズに惹かれてレンタルした。


いや、これが、相当面白い。


オリバー・ストーンの突っ込んだ質問、それを時に真摯に、時にはぐらかしながら語るカストロ。

「独裁者」という響きからは、高圧的な、肯定することしか許さないような印象があるが、

(そして多分、映っていないが、そういう一面は間違いなくあるのだろう)

映画を見た限りでは、固い信念を持った現実主義のおじいちゃん、という感じ。


ただ、彼のすさまじいエネルギーとカリスマ性は、画面を通して伝わってきた。


そして、映像とは、映っているものが見たことのないもので、興味を惹くものであれば、

撮影の技術とか画面のデザインとか関係ないんだな~という、目からウロコの発見。


この映画以来、キューバがマイブームになっている(笑)

少し前にバイラルで広がっていた予告編を見て。

自由の女神の首がゴロリと置かれたイベントをニュースで見て。

テレビCMを見て。


全く別のメディアで3回触れると、自分の中でかなり気になる存在となる。

しかし友人や同僚に聞いても、知っている人はそれほど多くない。

情報が溢れまくっている現在という時代のクロスメディアプロモーションって、

こういうことなんだと思う。


で、映画を見てきた。


久々に、2時間ノンストップでのめり込むエンターテイメント。

全編手持ちカメラ、全員無名の役者、細部にこだわった作りこみによるリアリティ。

最早、どこからがCGで、どこまでが実写なのかわからない。


「前の方の席に座ると酔う方がいらっしゃいます」

映画館の係員が言うだけあって、前方の席はガラガラ。

確かに気持ち悪くなる人が出るだろう。

でも、是非映画館で見るのをオススメする。


まだまだ映像でできることってあるんだなぁ。

頑張って作っている奴らがいるんだなぁ。


本筋とは全然関係ないところで励まされた映画だった。


「一家に一枚」と勝手にDVDの宣伝をしている「ディープ・ブルー」好きの俺としては、

一刻も早く映画館で見ないといかんだろうということで、早速、13日に見に行った。


で、、、もちろん、観客として圧倒的な映像の力の前にぶっ飛んだわけだが、

これから見る方には是非、「制作者側の視点」で見て欲しい。


ネタバレになるので詳しくは書かないが、例えば、

北極で、冬眠から覚めて巣から顔を出す白熊のカットがある。

2時間の映画の中の、ほんのワンカット。

だけど、そのワンカットをどうやって撮ったのか、想像してみてほしい。

零下何十度という寒さの中、いつ出てくるかわからない白熊の巣の前で、

スタンバイし続けたスタッフが、いたはずだ。


出てくるまでに何日かかったのか、そこは知らないが、

「今まで見たことのない映像」を撮影するために必要だったのは、

時間やコストはもちろんのこと、何よりも制作スタッフの「情熱」だったはずだ。


そんな情熱に溢れたカットが2時間。

もう、脱帽です。このプロジェクトに関わった人全員、リスペクト。

人類代表として、この記録を収める使命感があったのかもしれない。


「どうやってこのカットを撮ったか」を考えながら見ると、数倍楽しめる。

早くDVD発売してくれないかなぁ。メイキングが見たい。


クリエイターと名乗る以上、全てはアウトプットの良し悪しで判断される。

自分が満足できる出来でも、周りの評価が芳しくなければ、社会的には「失敗」とされる。

これは仕方ない。そういう職業だ。


だからクリエイターの中には、アウトプットを良くするために、プロセスを無視する人もいる。

撮影現場で怒鳴って空気を凍らせる人。ものすごい細部にこだわって、現場の「流れ」を止める人。

いつまでも悩んで悩んで、周りの意欲を削いでしまう人。

気持ちはわかるが、少なくとも俺は、そういう人と仕事をしたくない。


映像は、それに携わった人たちの「熱」が反映されると、俺は信じている。

ディレクター個人の「熱」ではなく、カメラマン、スタイリスト、キャスト、ライトマン、エディター、プロデューサー・・・関わるスタッフ全てが、「見た人の心に響く映像を作る」という一点に向いたアウトプットには、力がある。

現場のポジティブなエネルギーが、密度の濃い雰囲気が、空気となって画面に映るのだ。

そして実は、人の心に響くのは、そんな言葉にならない「空気」なのではないかと思っている。


それを一番如実に感じるのが、DVDに収録されているメイキング。

本編を見た後にメイキングを見るのが最大の楽しみなんだが、

ほぼ100%、本編が素晴らしいものは、現場も素晴らしい。


そもそも、人を楽しませるものを作る時に、作る自分たちが楽しんでいないなんて、本末転倒な気がするんだよな。


映像を作る時にはまず、関わるスタッフ全てにとって、いい思い出として残る仕事にしたいと考える。


プロセスが良ければアウトプットも必ず良くなるとは限らないが、少なくとも、

充実した最高に楽しいプロセスを経なければ、いいアウトプットにはたどり着けない・・・

俺はそう思う。




捜査「可視化」のDVD、信用性を争う事態に (アサヒ・コム)


世の中に「ドキュメンタリー」と名のつく映像は多いが、

「編集」がある限り、厳密な意味でドキュメンタリーな映像など、存在しない。


膨大な撮影素材の中から、どの部分を切り取って、どういう順番でつなぐか。

インタビューがいい例だが、

切り取る部分を変えれば、当然中身も変わってくる。

そして、カットの順番を変えれば、意味を真逆にすることだってできる。

「編集」には必ず、制作者の「意図」が入るのだ。


「自白を強要する行き過ぎ捜査を減らすために、ビデオ撮影を導入する」

というニュースを以前読んだ時に、素人考えだなぁ、、と思った。

長い取調べ時間ずっと撮影したとしても、そのままでは使えない。

無言の部分もあるだろうし、関係ない話をしている時もあるだろう。

証拠として提出するのは、その中の一部分でしかない。

その「一部分」は誰が選ぶのか。


良くも悪くも、映像は「虚」を創り出すこと。

使い方によって、それは善にも悪にもなる。