八尺之入日売命 | あき&みっちゃんの好きなことを好きなように好きなだけ

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八尺之入日売命ーやさかのいりひめのみことー

 『日本書紀』では、八坂入媛命と表記。
 (八坂之入日子命ーやさかいりひこのみことーの御子)


第12代景行天皇とは従兄妹同志で、
最初妃でしたが、後に皇后となりました。
成務天皇の即位後は、皇太后になっています。

御子 若帯日子命ーわかたらしひこのみことー

     『日本書紀』では、稚足彦尊と表記。

      後の第13代 成務天皇。

   五百木之入日子命ーいほきのいりひこのみことー
     『日本書紀』では、五百城入彦皇子ーいおきいりひこのみこーと表記。

   押別命ーおしわけのみことー 
     『日本書紀』では、忍之別皇子ーおしのわけのみこーと表記。
   五百木之入日売命ーいほきのいりひめのみことー
     『日本書紀』では、五百城入姫皇女ーいおきいりひめのひめみこーと表記。

   稚倭根子皇子ーわかやまとねこのみこー
     『古事記』では、針間之伊那毘能大郎女の御子になっている。

 

ここからの八尺之入日売命の御子は、『日本書紀』での表記になります。

『古事記』では「妾」となっていて、詳しい母は不明です。

   大酢別皇子ーおおすわけのみこー
     『古事記』に記載なし。

   沼代郎女ーぬしろのいらつめー

     『日本書紀』では、渟熨斗皇女ーぬのしのひめみこーと表記。
     襲武媛ーそたけひめーの御子と同一人物か ? 
   沼名木郎女ーぬなきのいらつめー

     『日本書紀』では、渟名城皇女ーぬなきのひめみこーと表記。

   香余理比売命ーかよりひめのみことー
     『日本書紀』では、麛依姫皇女ーかごよりひめのひめみこーと表記。
   
若木之入日子王ーわかきのいりひこのみこー
     
五百木之入日子命ーいほきのいりひこのみことーの別名か?

     五十狹城入彦皇子ーいさきいりひこのみこー

     『古事記』に記載なし。

   吉備之兄日子王ーきびのえひこのみこー
     『日本書紀』では、吉備兄彦皇子と表記。

   高木比売命ーたかきひめのみことー
     『日本書紀』では、高城入姫皇女ーたかぎいりひめのひめみこーと表記。

   弟比売命ーおとひめのみことー
     『日本書紀』では、弟姫皇女ーおとひめのひめみこーと表記。

 

 

『古事記』では、母親の分からない多くの御子達が、
『日本書紀』では、八尺之入日売命の御子になっています。
これは、景行天皇が取った政策に関係しているのかな? 
と勝手に思っています。

景行天皇は、とにかく無類の女好きだったようで、
美人と聞いては妃にし、地方の鎮圧には、
地方豪族の女性を誑し込んで味方につける。
と言う手段を取っていました。

当然、御子も沢山生まれる訳で、
地方豪族の女性に生ませた御子達を、その地に留め置いて、
各地を治めさせ勢力下に置いていたのだろうと思うのですが、
御子の地位を確立させなければならない場合だとか、
実質は人質だけど、ちゃんとした御子として優遇していますよ。
と各地に見せる為だとか、いろいろな思惑があった時に、
二代目とは言え、皇后の御子にしておいた方が、
都合が良かったのかな?
とか思いました。

まぁ、ただ単に、『記紀神話』編纂時の混乱なのかもしれませんが。
 

 

『古事記』では、妹の存在は記載されていませんが、

『日本書紀』のエピソードとしては、

美人と評判の高かった弟媛 ( 八尺之入日売命の妹 ) を、 
妻にしようとした景行天皇でしたが、

見染め、しばらく共にいた弟媛を後宮に入れようとした時に、
「性交接ーひととなりとつぎーの道を望んでいません。
しかし、天皇の威光に逆らえず、しばらく床を一緒に致しましたが、
心の悦びを得る事が出来ませんでした。
私は、美しくなく、長きにわたり天皇の後宮で暮らし、
人の目に晒されることは、苦痛を伴います。
ただ、私には姉がいます。
とても美しく、優しい姉です。
後宮には、どうぞ姉を連れ帰ってください」
と固辞され、それを許した。とあります。
 

 

血筋から言うと、
八尺之入日売命は、景行天皇の従兄妹に当たるので、
天皇家の内を固めるという点で、皇后の地位に就くのは納得出来ます。
しかし、他にも、水歯郎女ーみずはのいらつめーと言う、
景行天皇の姪に当たる妃がいるので、
その人でも良かったのでは?
とも思ったりしますが、多分、年齢だとか、人となりとかも、
加味して選ばれたのかもしれません。
そもそも、確かに景行天皇との間に生まれたとされる御子も沢山いますから、
それだけ寵愛されたのでしょうし、
他の姫との間に生まれた御子達の養育も、
おっとり、にこにこと、やってのける器量や度量を持ち合わせた姫だったのかもしれません。
 

 

祖母の意富阿麻比売ーおおあまひめー

別名 葛木高名姫命ーかつらぎのたかなひめのみことー
『日本書紀』では、尾張大海媛ーおわりのおおしあまひめーと表記。

は、天香語山命の7世孫で、尾張国に住んでいましたが、
御子の八坂之入日子命は、美濃国に勢力を張っていた為、
八尺之入日売命も、美濃に住んでいたようです。

ご神徳は見つけられませんでした。

 

ここからは亜紀がお送りします。

八尺之入日売命。

さて、どんな方でしょうか。

コンタクトしてみましょう。

 

まぁね。

子供の世話は実質、

部下というか、お付きの人がしていたのね。

 

度量が大きいというより・・・関心があまりない感じ。

 

なんだろうね。

子供にも、夫にも。

関心がないんだよね。

 

特に印象に残ったのが、

子供がひどく泣いている。

こけたのかな?

割と自分の足もとにいるけど、

上から一瞥して、

何もなかったかの様に立ち去っていく・・・。

 

彼女はいったいどんな人生を送ったのかな。

 

 

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