幕末、激動の福山藩~その破~「青年宰相阿部正方」
10月14日(月・祝)午前、福山城博物館で開催中の標記特別展を観覧する機会を得た。大変ありがたいことに、この日午後、特別展記念講演会の講師としてお招きいただいたことのおかげで、ご担当の学芸員による説明付きという贅沢さである。福山藩、とくに幕末といえば、普通なら阿部正弘を思い浮かべるであろう。正弘は、ペリー来航に際し老中首座として難局に立ち向かった、僕個人としてはとても尊敬している人物の一人だ。正弘の存在感があまりに大きすぎて、僕個人だけの問題かもしれないが、ほかの福山藩主は陰に隠れてしまいがちである。正弘は福山藩阿部家の7代目で、その跡を継いだのは正教(まさのり)、そして9代目が、今回の特別展で大きく取り上げられた正方(まさかた)である。正方は、混乱する幕末の文久元年、たった14歳で阿部家当主となり、慶応2年の幕長戦争(四境戦争)に出陣、そして翌年、弱冠20歳で福山城にてこの世を去った。このような数奇な運命をたどった正方の心の奥底、懊悩にまで迫らんとする、非常に意欲的な展覧会であった。展覧会の主役は、あくまで正方であるが、その時代相を表現するための様々な工夫が見られた。端的に言うと、阿部正方の生涯が同時期に生きた若き将軍徳川家茂の姿にダブってくるのである。学芸員さんに尋ねはしなかったが、おそらく、そこは狙いとしてあったのではないか。家茂は、安政5年に13歳で将軍となり、幕長戦争のさなか、慶応2年に21歳で亡くなっている。正方の書いたものや遺品のなかでも、とくに甲冑が目を引いたが、それにもましてやはり将軍家茂所用の甲冑は非常に立派で展示品の中では圧倒的な存在感を放っている。彼ら若き君主のはかなき生涯を知るにつけ、いかに幕末という時代が残酷であったかを思い知らされるのである。家茂の遺品はすべて久能山東照宮博物館からの出品、そのほかにもたくさんの資料があちこちの博物館や資料館などから集められている。まさに学芸員の腕の見せ所で、よくここまでお集めになったと感心するとともに、その裏側での苦労が偲ばれる。同業者だからこそよくその気持ちがわかる。なお、福山城博物館は常設展示がリニューアルされたばかりで、一般来館者が多く訪れていた。予算もだいぶかかったのではないかと、だいたい想像がつく。ひるがえって、開館から20周年を迎えているわが館が非常によくない、さびしい状況にあることは否定できない。