多事争論(時事所感) -24ページ目

ドイツとロシアに喰われたポーランド【時事所感102】

米中対立、東アジアの覇権争いに翻弄され始めた日本をみると、

思い出される歴史と国があります。



ポーランドです。



東ヨーロッパに位置するポーランド。

10世紀頃にキリスト教へ改宗、洗礼建国して1,000年以上の歴史になります。

13世紀にはモンゴル帝国侵攻に対抗し、

15世紀にはドイツ騎士団の侵攻、

16世紀にはスウェーデンと度重なる戦争、

17世紀はオスマンとの抗戦。


ヨーロッパ諸国の度重なる軍事侵攻の潮流のなかにポーランドも翻弄されていました。




※ポーランド分割について地図を囲み話すドイツやロシア等の風刺画



ここで特に着目するのは18世紀以降。


18世紀には、ドイツのプロイセン王国、ロシア、オーストリアに分割統治されてポーランド消滅。

20世紀には独立を果たすものの、

第2次世界大戦でナチスドイツに支配され、ユダヤ人のみならず、ポーランド民族もホロコーストや労働奴隷対象として迫害されます。


この大戦中に現在のロシア、ソビエト連邦もポーランドに侵攻。

ナチスドイツ敗戦後のポーランドは、

ソビエト連邦の抑圧下、共産主義国家ソビエト連邦の衛星国として社会主義国家になりました。

以後、1989年に東欧の社会主義国家で最初に非共産政党が与党になり、民主化から現在に至ります。





西には列強ドイツ、東には大国ロシア。

大国に挟まれたポーランドは、

両大国から侵攻され続けた歴史でもあります。



何故ポーランドの歴史を取り上げたかの理由は

次回に述べましょう。










余談ですが、近年「カティンの森」という映画がありました。


ドイツとロシアの軍事侵攻にあうポーランド領内のカティンの森で起きた実話の惨殺事件を取り上げた映画です。

関心ある方々は調べてみてください。






歴史を弁えた大統領【時事所感101】

第2次世界大戦後、アメリカ合衆国とソビエト連邦(現在のロシア、以下ソ連)の冷戦対立が始まった頃、

米国の核兵器保有数が相当数あり、

ソ連の核兵器保有がまだ少数だった時の話。



米国政府や軍部内で、


「今なら核兵器を搭載した多数の爆撃機で先制攻撃すれば、

ソビエト連邦をやっつけることが出来る。」


こうした意見がありました。


時の米国大統領アイゼンハワーはこれに異を唱えます。


「確かに今なら勝てるだろう。

然しながら、もっと考えるべきだ。

ソ連(ロシア)を負かそうとしたらどうなるか。

ロシアに侵攻した国や軍隊はその後どうなってしまったか。過去の歴史を振り返ってみたまえ。」



大統領アイゼンハワーは、歴代米国大統領のなかでは珍しく歴史からの学びを弁えた人だったのでしょう。


かつてのナポレオンやドイツがロシアとの対立、軍事侵攻の後、どうなったかを。



彼は、第2次世界大戦中の西ヨーロッパ連合軍最高司令官、ノルマンディー作戦を成功を収め、沢山の戦闘に参加した経験がある英雄的軍人でした。






その彼が実は、

「外交問題は武力衝突、軍事行動では解決出来はしない。」


という考えを持っていました。


軍人としての豊富な経験則と知識や見識としての歴史を弁えた人だったのでしょう。


これを示すのが、米ソ冷戦期の国際問題について核兵器使用の可能性についての記者団の質問にこう返しています。


“No,You can't defend anything with nuclear weapons”


「核兵器を使用しても何も解決し守ることは出来ない」




※ホワイトハウスにて。左:アイゼンハワー大統領、
中央:皇太子(現在の上皇陛下)







日本に関連した話では、日本への原子爆弾投下、核兵器使用計画を知った時、

トルーマン大統領へ原爆投下反対の意見を出しています。


然しながら、ポツダム会談から間もなく広島・長崎へ原爆投下されます。


仮に彼の考え方が反映されていれば、

ポツダム会談の日本無条件降伏案ではなく、別の降伏条件案であったら、原爆投下というジェノサイドは必要無かったのではないか、

その可能性の余地は十分あったでしょう。




アイゼンハワー氏はアメリカ合衆国という国が過剰な判断を下して誤った方向へ進む可能性がある、そういう危険性を感じていた人だった。


彼、アイゼンハワー氏の有名な大統領退任演説では軍産複合体(military industrial complex:MIC)への注意の必要性を指摘します。


巨額の国家予算を投じて研究開発される分野は、

大学や研究機関等の学術分野をも巻き込み、

純粋な科学や学問・学術の探求や研究の場でなくなる。



彼は過去の歴史を弁えただけでなく、

その学びから将来へ向けた時間の概念をもって演説していました。



何事も過剰、過激は良くない。そのバランス感覚が必要だと知っていたのでしょう。















大神神社【時事所感/番外編】



奈良県桜井市にある大神神社へ初詣参拝しました。


知人の話を切っ掛けに昨年初めて参拝。


特に寺社仏閣や御朱印帳、スピリチュアル等に関心ある方々は御存知でしょう。



※上写真は昨年撮影




日本最古といわれる大神神社。



日本の神話「古事記」や「日本書紀」に当社の創祠が記されていて、

大物主大神(おおものぬしのおおかみ)が祀られています。



ご祭神が三輪山に鎮まるために、当社は古来本殿を設けず直接に三輪山に祈りを捧げるという神社の社殿成立以前の神祀りの様を今に伝えており、その祭祀の姿からも日本最古の神社と呼ばれています。


三輪山がご神山のために神殿や本殿はなく、三輪山に祈りを捧げる拝殿があります。



※二の鳥居前参道、左奥に三輪山





大神神社や三輪山に関する話は沢山あるので、

機会を設けて幾度かに分けてお話ししたいと思っています。



 拝殿




















お昼に三輪素麺のお正月メニューを、
お土産のひとつにお酒「三諸杉」をいただきました。