いろんな経緯の下で、一少女の最期の相手として選ばれたわたくしが遺言のように教えられた言葉があります。

ただただ優しいだけでは人は良くならない、闘って、正さなければ、人も社会も駄目になるというのだ。

彼女は、ある宗教団体の少年少女の団体に属し、戦争のない、お互いが助け合う社会の実現を望んでいました。

わたくしは、どちらかといえば、争いを避ける生き方を選んできました。図星でした。

そののちも、いろんな場でいろんな方に言われました。

 

いろんなことに向き合うときに、思い出さされる言葉が沢山あります。

 

行政書士試験でも宅建試験でも全体構造を捉えることが勉強の始まりです。

試験範囲を知らないではどうにもなりません。

行政書士試験は、民法と行政法、憲法の定評のある大学生用のテキストを買い、

法学検定行政コースを受け一発合格しました。

宅建試験は業務法令集を中心に。

マンション管理業務主任者試験は区分所有法を中心に。

 

皆さんは、簡易なものをテキストに選びがちですが、民法なら東大出版会の内田貴のものをお薦めします。

わたくしは、いつも持ってダラダラと読んでいました。読んで、いろいろ考えさせられたことが良い結果と繋がりました。

国を人々を愛すればこその批判・非難がある。

最近、政権批判をすることを極度に非難する人が増えていることに懸念します。

ひとつには、政権批判をすることが何の得にもならないということが身に染み付いているからというのもあるそうです。

思わず漏らしてしまった本音の言葉から。

それぞれの世代が抱える問題が一通り示された今日。

それらのひとつひとつの問題が解決できるかに

未来がかかっているのです。

 

本年はどう取り組まれていくのでしょうか。

わたくしたち次第というよりも

残された命を生きるわたくし次第というのが実感です。

 

そんな今を生きる子どもたちの未来のしっかりした礎を築き上げたいのです。

 

 

 

 

そんな引っ越しの後、母が癌の手術で、名古屋市の鶴舞の病院に入院することになりました。

 

幼いわたくしは、姉たちが学校へ行っている間、

母の知り合いの方や、父と関わりのある方々にお世話を頂いて過ごすようになりました。

 

また、病院の近くの鶴舞公園は、米軍家族の住む建物(バラック)が建ち並び、

公園は、米軍兵の子供たちでいっぱいでした。

そんな光景を見つめていると声を掛けられ、一緒に遊ぶようになりました。

お別れのときには、缶詰をいつもいただきました。

 

わたくしは、まさに出会う方々に支えられて日々生きていけたのです。

昨年は本当にお世話をおかけしました。

本当にありがとうございました。

またまた、今年もお世話をおかけします。

 

昨年は、本当に沢山の方にご心配をおかけしました。

同窓会ばかりでなく、個人的にも、ご兄弟にも、ご家族にも、お会いでき、妻も含めて感謝に堪えない気持ちで過ごさせていただきました、。

ご恩返しできれば良いのですが・・・・・・・。

本当にありがとうございました。

わたくしの記憶の始まりは、3歳、引越しから始まります。

 

医院の二階を借り、住んでいた前の神社でひとり遊んでいたわたくしが呼ばれ、引っ越しのトラックの助手席に乗ることになりました。

いよいよ新しい家に着こうとする少し前から、運転手さんから「この田んぼの穴は焼夷弾が落とされてできたもの。」「空爆で壊された工場の跡地がここ。」などと説明され、「戦争は厭だね。」と何度も聞かされました。

今も記憶に残る鮮明な画面です。

その光景がわたくしの記憶の画面の始まりなのです。

ONE FOR ALL  ALL FOR ONE

ラグビー精神は素晴らしいものといえます。

 

しかし、それが ONE TEAM

一チームのメンバー内のことだけのことではなく

 

この世に在るすべてのもの

石も 水も 鳥も 人間も すべてのものが

互いに支え合う ONE FAMILEY がわたくしの願いです。

 

それは、今日到るまで支えていただいたみなさまから学んだことなのです。

 

今ある問題を解決できるのは、今を生きる者以外にありません。今を生きる者の責任・責務です。

 

誰かが倒れていれば、その場に居る人以外は誰も救いようがないのです。

そのことをわたくしは何度も身をもって体験してきました。

 

そんな場で

何度もたまたま居合わせた方々にに救われたわたくし。

 

今日まで生きることができたのは

そんな場で出会った方々

おひとりひとりのお蔭です。

 

原発事故の際に中日新聞に投稿した記事などについて感動したなどと、今でも声を掛けていただきます。

それは、わたくしが出会ったみなさまから学んだことをただ表したことだけのことなのです。