さいたま市を中心に活動をされているらしく株式会社の代表取締役で、NCS 株式会社の監査役を務めてらっしゃる 堀 哲郎さん から教えていただいて、行ってきました
YORIAI 西川口
オープニングパーティ
堀さんとは、以前 NPO法人二枚目の名刺 のイベントで初めてお会いし、それ以来、情報交換など続けさせていただいています。
今回、西川口駅西口(徒歩3分!)の場所に空き店舗を活用したイベントスペース「YORIAI 西川口」がオープンするということで、そのオープニングパーティが開催されました。
13時30分~17時30分までの出入り自由のパーティ。
私が到着したのは14時頃でしたが、既にお祝いに駆けつけた人で溢れていました。
人が多くて、写真を撮るのを躊躇しまして……
写真は、NSC株式会社のFacebookページから
堀さんに差し入れをお渡ししたときに、短い時間でしたが、このイベントスペースの狙いやターゲット、そして熱い想いもお聴きできました。
西川口という場所については、飲食店他、様々なところで働いている外国人の方が多くいらっしゃる中で、日本人も外国人も交流できるといいのではないかという問題意識が。
街なかに今回のYORIAIのようなスペースができることで、そういった交流の機会や一緒に参加できる学びの場なども作れるのではないか、そんなことを考えていらっしゃるとのことでした。
ワークショップデザイナーについて青山学院大の講座で学んでいたときも、多様性が大きくなる社会の中で、ハイコンテクストな文化の日本人が相対的にローコンテクストな他国の皆さんとどのように多様な社会を作っていくかということについても講義でお聴きしました。
そこでワークショップなど場づくりが担えるものもあるんだろうと想像しています。(私自身はまだそこまで届きませんが)
堀さんの想いとして、熱い想いを持っている地域の外国人の方たちと、いずれは地元の産業などとの連携も……そんな構想もお聴きできました。
もちろん「YORIAI 西川口」というスペース自体は、国際的なテーマだけを重要視しているわけではなく、
・事業、デザイン、アートなど様々なジャンルの勉強会や実際のプロジェクトでコラボレーションを行う寄合所
・地域の子供から大人まで参加・利用できるイベントや相談会などを行い、地域と寄り添い合える居場所
という軸で運営されるとのことですので、様々な用途で活用が可能だと思います。
いただいたリーフレットによれば、
“セミナー、ワークショップ、勉強会、教室、ヨガなど様々な用途に対応したイベントスペース”(NCS株式会社 リーフレットより引用)
ということで、私もワークショップなどを開くときには、活用させていただきたいな~と思っています。
先日開催した「beの肩書きワークショップ」(関連記事:他者の視点は偉大! そこから見えてくる「beの肩書き」)も、10名以下の小さな規模で開催するなら、「YORIAI 西川口」はちょうどいい規模かも!![]()
子ども向けイベントだったら 500円/h って破格ですよね~。
子ども向けのワークショップで開催場所をお探しでしたら、NSC社にご相談してみてはいかがでしょうか?
私も早速、メッセージを送ってみました~![]()
何かご一緒できるかもと、ワクワクしてます。
妻が珈琲を一回淹れてくれたら、私から妻にチケットを一枚わたします。(おかわりの時は、要らないよって言ってくれます)
このチケットが10枚つづり+サービスチケット付きで合計11枚のセットを1,000円で私は買っています。
そのお金が料理研究家としての活動に充てられたり、好きな映画を観るのに使われてたり、何のために使われてもいいのです。
ただ、美味しい珈琲を淹れたことが対価になって、また珈琲を淹れたくなるといいなと思うから。
珈琲を飲むのが好きな私と
珈琲を淹れるのが好きな妻
いずれ妻の淹れた珈琲を、皆さんに楽しんでいただく機会も作れたらいいな~と思っています。
あと、最近夢想しているのは、妻と一緒に公園で、子どもを連れて遊びに来ているお母さんやお父さんに珈琲を振舞って、そこから対話の場を生むような “遊び” ができたら面白いんじゃないかなってこと。
珈琲があると、人が集まり、そこに対話が生まれる気がする。
珈琲にはそんなチカラがあると思いませんか?
冬でも元気な我が家のカタツムリ。
毎日ブログを更新したいなって思いながらも、残業があったり、NPOなど2枚目の名刺的な活動があったり、思うように書けない日も多かったりします。
以前は、それが結構ストレスだったりもしますが、最近は少し変わってきました。
それは
出来ないコトは、
出来ないで
イイじゃない
と思うようになったから。
出来なかったことが、また一つ出来るようになることは、とてもとても尊いこと。
でも、出来ないコトがあったとき、そんな自分を赦せるのも、同じくらい尊いことなんじゃないかなって、最近は思っているんです。
出来ない自分は、
出来る自分より
カッコ悪いかもしれませんが、
出来ない自分を赦せる自分は、
もしかしたら、
出来る自分よりも
カッコいいかもしれませんよ。
但し、ただ純粋に出来ないコトを赦すだけであって、出来ないコトを正当化しないことは大切にしています。
自分以外の何かに責任を押し付けない。
自分のことを赦すけれど、責任は常に自分にあるという意識。
ちょっと説明するのが難しいのですが、そんなところです。
皆さんは、自分のこと赦せていますか?












