今日のランチはパン!
平日は、ほぼ毎日妻が作ってくれるお弁当を持って出勤しています。
そのお弁当。
既にご存知の方も多いと思いますが、ちょっと普通ではなくて、メッセージが書かれていたり、キャラクターが描かれていたりします。
こんな感じ。
おかげさまで最近は、初めてお目にかかる人に
「あ~、キャラ弁の写真をフェイスブックで見たことがあります!」
と言っていただけることも増えてきました。
まぁ、頑張って作ってくれているのは妻で、私はただ食べてるだけなんですけど(大汗
そんな妻は料理研究家。自宅や外の貸しスペースなどを会場に料理教室を開催してます。キッズクッキング、親子料理教室、簡単レシピなどなど色々なテーマでやっているようです。
(妻のブログ)
ママのみかた ひだまりキッチン
http://ameblo.jp/hidamarintmama/
今週は4月10日から新学期が始まって、長女は進級したもののそれほど変わりませんが、次女は小学校に進学したため朝のスケジュールや過ごし方が一変しました。
そのあたりのバタバタ事情と工夫とは以下のブログでも書きました。
3つの “幸” が重なって
http://ameblo.jp/shimada10708/entry-12264735410.html
“こどもタスク”でイライラ解消なるか!?
http://ameblo.jp/shimada10708/entry-12264035522.html
そんな一週間でも、頑張って妻が作ってくれたお弁当が、週のはじめはそんなつもりはなかったのに、水曜・木曜・金曜と期せずしてシリーズのように。
4月12日(水) あっぴー
私たちが住む上尾市のキャラクターです。
実は、あっぴー、市のキャラクターにもかかわらず
妻子持ち(!)
という珍しいキャラクター。
ということで、続いてはこちら
4月13日(木) まゆみちゃん
上尾市と友好都市の福島県本宮市のキャラクター
あっぴーの 奥さん です。
キャー![]()
と、くれば、次はもちろん!
4月14日(金) あゆみちゃん
上尾市のキャラクター あっぴー と
本宮市のキャラクター まゆみちゃん との
愛の結晶 です![]()
ちなみにあゆみちゃんは、上尾市のキャラクターでもなく本宮市のキャラクターでもなく、「上尾市・本宮市友好キャラクター」という肩書きだそうです。
上尾市・本宮市友好キャラクター「あゆみ」です(上尾市HP)
https://www.city.ageo.lg.jp/page/013315111201.html
本宮市では、こんな風にお知らせしています。
まゆみちゃんとアッピーの子ども「あゆみ」誕生!(本宮市HP)
http://www.city.motomiya.lg.jp/soshiki/1/mayumichan-news.html
3人(?)が一緒に描かれているこんなシールも。
来週はどんなお弁当になるのか楽しみです。
●●シリーズとかになるのかな~?![]()
皆さんからのリクエストもお待ちしてます。
(作るのは妻ですが・笑)
少し取りとめも無く思っていることを書きます。
最近、働き方改革の話題だったりとか、長時間労働による過労自殺の戒めだったりとか、それこそ2枚目の名刺じゃありませんが副業(複業)の話だったり、働き方と生き方の議論や、他の人の考え方に触れる機会が多くなっています。
その影響なのか、最近よく考えるのが
働くこと
と
働いて生み出した価値を届けること
についてです。
省庁(国)と県庁と市区町村の役所でも違いますし、同じ役所でも所属する部署によっても違いますが、公務員って、自分が生み出した“価値を納める代わりに”お給料をいただくという感覚を覚えにくい気がしています。
いや、もしかしたら公務員に限らず、一定規模以上の企業に勤めていると、民間でも同じように感じるのかもしれません。
仕事を通じて生み出した価値に誰かが値段を付けてくれて、その多寡に応じてお給料をいただくということではなく、その大半は提供した労働力の量をベースに、そこに僅かだけど成果に応じた分が上乗せされて、それに会社が値段をつけてお給料を払ってくれています。
成果主義だと言われながらも、未だお給料の大半は、インプットした労働力の量に対する対価です。
でも、みんなそんなに物が欲しいわけじゃないし、価値を作り出したところで買ってくれる人もいなくなってきている。
今までだったら、社員がインプットした労働力に対して、その成果はともかくとして会社はお給料を払ってくれていましたが、それは個々の社員に成果を問わなくても、社員全体で作り出した価値を市場は存分に買い取ってくれたからできたこと。
生み出した価値は市場に買い取ってもらえる。
だから会社は社員が生み出した価値ではなくて、投入された労働力を(言葉は悪いですが)見境無く買い取ってくれた。
でも、もうせっせと価値を作り出しても、市場に買い取ってくれる人がいない。
だから、社員の労働力を無尽蔵に買い取ることは出来なくなる。
このあたりで、私はいつも立ち尽くしてしまいます。
やっぱり“仕事”って、
会社(役所)が
貨幣で買い取ってくれるような
労働力を提供すること
なんでしょうか。
いや、そうに決まってるでしょ。
それは当たり前でしょ。
それに何の問題があるの?
(という声が聴こえる気がする・・・)
もし、「仕事っていうのは、お金がもらえるかどうかじゃないでしょ。市民に奉仕しているかどうかでしょ」(役所の場合ですよ)と言った場合、じゃあ、個人としてボランティアでNPOの活動をすることだって市民に奉仕をして公益的な活動をしていたら仕事と区別が出来なくなってしまいます。
労働力の提供もしかり、組織に所属するかどうかもNPOや社団法人に所属していたら区別が付きません。
そうすると、やっぱり活動と貨幣の対価性でしか、NPOなどの課外活動と仕事とを区別できない気がしてきて、私はときどき混乱します。
ねぇ? 仕事と他の活動の境界って、お金をもらえるかどうかなの?
課外活動をしていると、私も誰かに話すときに、「まずは仕事が大切。仕事をしっかりやってこそのパラレルキャリア(課外活動)」なんて言います。私も感覚的には、それが正しいことのような気がしています。
ただ、そうだとすると、「お金をもらえる活動(仕事)は大切にしなさい、そうではない活動(課外活動)は、二の次です」と言ってるようにも聴こえます。
でも、本当に言いたいことは、そういうことじゃない気もする。
世の中には、私はまだその境地まで達しませんが、お給料をもらっていなくても本当に地域にとって価値のある課外活動もきっとあって、そういう活動をしている人の中には、失礼を承知で言えば、本業の仕事をしているときよりも社会に貢献できているケースもあり得ると思うんです。
そういう人に向かって、「でも、仕事が第一で、その課外活動は劣後するよね」とは言えないな~と思います。
こういうことを言うと、「いや、公務員の場合は、仕事そのものが地域・社会に貢献しているんだから、課外活動が仕事に優先することはあり得ない」という論陣も想定されます。
その考え方は否定しませんが、悩める私に対する処方箋としてはあまり効果がありません。
だって、地域・社会に貢献することを理由に掲げてしまったら、NPOなどの活動で、本業の仕事を上回って地域・社会に貢献できてしまったら、仕事よりも課外活動を優先すべきということになってしまいますよね。しかも、公務員であれば、本業のフルタイムで働いて、個人としての課外活動より地域・社会に貢献しているなんて、当たり前、それどころか貢献度合いの効率性はむしろ仕事の方が低いかもしれません。
そうやって立ち尽くす私が、結局のところ落ち着くのは、
「生活の基盤として必要なもの(=安定的な貨幣収入)を得ている活動で、しかも、それ自体が地域・社会に貢献できる活動だなんて素晴らしい。だから仕事が個人としての課外活動より優先される」
という考え方。
仕事を高尚なものとして捉えすぎず、かといって貨幣を得るための手段に過ぎないと割り切りすぎないスタンス。
そこでこのブログ記事の前半の、会社(役所)が個々の職員の労働力を、もう今までのように買い取りたがらなくなるという話。
この先、さすがにすぐにリストラされることは無いと思いますが、「そんなに労働力は要らないから、もう少しお給料は減らしますよ」と言われたときに、公務員はどうしたらいいんだろう?
そのときに、仕事では無いパラレルキャリアが結構重要な気がするんです。
貨幣のために仕事をしていた、でも仕事で得られる貨幣は十分では無くなる。そのときに、他の方法で貨幣を手に入れようとするのもいいんですが、そもそも貨幣って何のために必要なんでしょう?
それは例えば、パンを買うために必要なんですよね。
そうだとしたら、仕事以外のつながりで、パンをもらえばいいんです。わざわざ貨幣を介在させないで。
そのときに必要なのが、
パンを作っている人と繋がっていること
パンと引き換えてもらえる価値を作れること
その価値をパンを作っている人に届けられること
だと思うんです。
貨幣で何でも買える=貨幣が無ければ何も手に入らない
では無いですよね。
仕事での労働力は、どんなに頑張っても組織が貨幣で買い取ってくれるだけですが、自分が生み出せる価値に自覚的であれば、貨幣を得る代わりに、貨幣を使ってそもそも得たかったものを直接得ることが出来るかもしれない。
もちろん、貨幣を使わず手に入るものより、貨幣で手に入るものの方が多くて手軽かもしれません。貨幣を使わず手に入るものなんて、きっと全体のごく一部でしょう。
でも、我が家で言えば、家族四人でマルシェで地方の物産を売るのは、ショッピングモールに遊びに行くよりエキサイティングですし、自宅に友人たちを招いて餃子パーティをするのは、レストランでの食事より何倍も美味しくて、楽しい時間です。
どれも、繋がりがあって、価値を生み出し届けられるから実現すること。
結局、最後まで取り留めの無い感じになってしまいましたが、オチはありません。
いずれまた、考えを整理して書くかもしれませんが「仕事」と「課外活動」と「貨幣」と「価値」の関係。今はこんな風に考え、少し思い悩んでます。
公務員って、なかなかいい仕事なんじゃないかと思うんです。
(「特に地方公務員は」と小声で付け足しておきます)
今更ですが。
確かに、
すぐバッシングされるし
窓口では罵倒されてるし
意外と残業も多いし
そうかと思えば
すぐに異動しちゃうし
専門性も無くて転職も難しい
庁内を見渡せば、
堅くて融通が利かない人も多かったり
全体的にあまり活気が無かったり
うつむき加減で働いているというか
しかも、中には
9時5時で帰れてラッキー
これで生涯安泰
今日も一日マッタリ過ごそう
なんていう職員もいる公務員。
でも、もっと前向きに、自信を持って(変にマッチョな自信じゃなくていいんだけど)働ける地方公務員が増えたら、その地域は今よりちょっと好くなるんじゃないか、そんな風に思っているんです。
そんなことを思って、組織にも地域にも影響力をもって、能動的に価値を生み出せるような公務員を増やすための活動をする団体として立ち上げたのが、「公務員キャリアデザインスタジオ」です。
関係するブログ記事集はこちら
http://ameblo.jp/shimada10708/theme-10091982491.html
ホームページはこちら
公務員キャリアデザインスタジオは、今年の3月で設立から2年。おかげさまをもちまして、平成27年度と平成28年度の2期を終えて、様々な活動をさせていただきました。
大学での講義も何回もさせていただきましたし、学生と公務員の交流イベント「公務員と語る、公務員を語る」も好評でした。
2年目は少し減りましたが、主に若手公務員を対象とした勉強会や交流会の企画も、「公務員のためのキャリアデザイン学習会」や「夏のWelcome Party」などを仕掛けてきました。
でも、まだまだこの「公務員キャリアデザインスタジオ」は、公務員という職業をもっともっと素敵な職業にするために、その活動の質・量ともにパワーアップしていきたいと考えています。
そのためには、もっとたくさんの人たちを巻き込んでいかなければと考えています。
これまでもこの活動は、私たちメンバー4人に加えて、「公務員と語る、公務員を語る」や大学での講義でご協力いただいているたくさんの公務員の皆さんのご協力で何とかこれまでやってこれた部分が大きかったと感じています。
でも、個人的に最近思っているのは、これまでのようにイベントや講義のときにその都度協力してくれる公務員の皆さんだけじゃなくて、もう一歩踏み込んで公務員キャリアデザインスタジオの活動を一緒に創りたいと思ってくれる人を増やさなくちゃいけないということ。
もちろん、この活動は私個人の勝手でやっているものではなくて、私を含め4人の仲間で続けているものですので、私の独断で勝手なことは言えません。ただこの巻き込みが必要だなっていう点が、この3期目の私なりの課題かなと思いながら、でも人を巻き込むっていうのは難しいな~と実感する今日この頃です。
今年も春が来て、新年度が始まりました。
我が家の次女はおかげさまで小学校に入学し、昨日から新しい環境に飛び込んでいます。
妻から間接的に聞くところによれば、新入生なのに「校歌」が歌えることが、妙にクラスのみんなの注目を集めたとか。これがクラスのみんなと仲良くなる、いいキッカケになればと願います。
6歳の次女と同じように扱っては叱られそうですが、春ですから、新入社員の皆さんも入社式が先週あって、今は新入社員の合宿研修中でしょうか。
私の勤める、さいたま市役所も、今はちょうど新人さんたちは研修所で新人研修を受けているとき。4月3日に入職して、自分の職場を確認して、そのまま翌日から研修に行っています。
ちなみに私が市役所に入ったのは12年前。
最初の配属は環境対策課という公害対策を主に担当する部署で、私はディーゼル車規制やエコカーの普及などの企画チームの係になりました。
当時は仕事が楽しくて仕方なかったのを憶えています。
今思えば、どれも単純作業に過ぎませんでしたが、やればやっただけチームに貢献できているという感覚がありました。
また、これはあまり褒められた感覚では無いかもしれませんが、学生時代は研究室で、それこそコアタイムもあって毎日実験して調べ物をして論文を書いてと、まるで仕事をしているような感じでしたが、就職してからは同じように作業をしてそれまで学費を払っていたのに今度はお給料をもらうことが出来るというのが、何とも新鮮でした。
もちろん、大学では学ぶために学費を払うのは当たり前のことなのですが、大学での研究室での実験の毎日に馴染めなかった私としては、どうしても前述のような感覚を拭い去れませんでした。
結構、学生時代はそれなりに追い込まれていたんだなって、働き始めてから気付くこともできました。
私は幸いにして、追い込まれていた学生時代から、楽しく仕事が出来る社会人へとスムーズに移行することができましたが、逆に、学生時代から社会人へと移行するときに苦しむ人も少なくないと聞きます。
これを読んでいる人の中に、今まさに新たに社会人になって働き始めている人がいたら、努力は怠らず、頑張ってほしい、でも、無理をし過ぎないで、とも思います。
時にはガムシャラに働かなければいけないときもあるかもしれない、上司やお客様の理不尽な対応に耐えなければいけないときもあるかもしれない、仕事の締め切りに追われて2日間寝られないときもあるかもしれない。
若い時期にはそういう時間もきっと必要。
でも、自分自身があっての仕事です。
仕事あっての自分ではありません。
仕事が無ければ存在できない自分なんてありません。
もちろん、何でもかんでも苦しいことから逃げ出せばいいとは思いませんが、越えるべきでは無い一線って、きっとあるはず。
そこを越えてしまうくらいなら、“能動的に”その場から離れることは許される、いや、必要なことだと思います。










