学力のコスパをあげろ。遺伝か努力か、教育経済学がいま熱い
2022ノーベル賞も遺伝の力に注目した
コロナ対策で名を挙げたファイザー製薬は「メッセンジャーRNA」(表記はmRNA)という遺伝子・ゲノムの編集技術を使ったワクチンを作った。いままでように実際のウイルスを弱毒化、無毒化させたものを体内に入れるのとは、根本的に発想が違う。だからノーベル賞 「医学・生理学賞」最右翼といわれていた。が、ふたを開けてみたら進化人類学者が受賞してしまった。骨に遺っていた遺伝子からホモ・サピエンスの進化を解き明かした結構やばい研究であることは前回お話しした。
「地政学」「遺伝学」が没落した暗い歴史
最近、復権を遂げてきた学問は2つあるようだ。「地政学」と「遺伝学」である。なぜ影を潜めていたのか。地政学は戦争以外に使い道のない学問とされてきた。戦後、GHQからすると日本で広く学ばれることを快く思っていなかったのだろう。
もうひとつの「遺伝学」はかつての「優生学」を想起させるからか。優生学を立法根拠として米国とドイツで「断種法」(米国=1907年~、ドイツ=1933年~)が成立・施行された。日本では「国民優生法」によって1940年から断種が行なわれた。断種とは精管・卵管の強制切除のことだ。劣等な遺伝子の排除が民族衛生にとって最善であるとした学説はナチス・ヒトラーのバイブルとなった歴史がある。いや~恐ろしい。
復権の理由。安全保障から「地政学」、コロナ禍から「遺伝学」
「地政学」の復権には国際間の緊張による「安全保障」論の台頭があるだろう。米ソ冷戦時代は1対1なので地政学など使う必要もなかったわけだ。
遺伝学が復権した背景にはコロナ禍が関係しているかもしれない。感染にあれだけ地域差・人種差があれば、「こりゃ遺伝かも」と思っても不思議ではない。
「遺伝か努力か」の大論争に結論をだす?
前置きが長くなり過ぎた。最近、年を取ったせいか「遺伝」と「教育」にひときわ関心が向くようになった。遺伝学者の本を読むと「遺伝が8割」との論調が多く、教育学者の書物に当たると「環境と努力が8割」と説く人が多い。自分の研究した学問が「最重要である」としないと、これまでの努力が何だったのかという話になるので当然だろう。
この「教育」の厄介なところは、誰もが自説を持っていることに加え、成果の数量化が難しい、そもそも実験ができないなどがあるだろう。ここにきて一際注目を集めているのは「教育経済学」だ。少ない財政支出で最大の成果を得るには(財政コストパフォーマンス)とうしたらいいか。「教育行政」をコスト面から考える学問である。心理学(とくに児童心理学・教育心理学に力点が置かれている)と経済学(財政学も含む)をミックスした新しい分野となる。
「もっと早く読めばよかった」。教育経済学、目からウロコのおはなし
たとえば、「〇〇したら子供たちの目がキラキラと輝きだした」という事象があるとする。これは心理学ではかなり重要な所見だが、経済学では意味をもたない。一方、お小遣いで釣って勉強させるのは経済学では「成功報酬」の授与だが、子供たちの心理にはどう影響するのか。これを埋めようとする学問があってもいい。最近出会った本「学力の経済学」(ディスカバー・トゥテンテワン刊)はこの視点に立っている。教育経済学者で慶応大学の先生をしている中室牧子さんが書かれた。30万部売れたそうだからベストセラーと言えるだろう。ネタばれしてしまうので、これ以上触れないが、「もっと早く読んでおけばよかった」という、お父さん、お母さんの声が聞こえてきそうな本でありました。