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今尾忍の日記

今後、こちらのブログは原則更新しません。
「今尾忍の寺社参拝・文化財探訪」をよろしくお願いします。

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        令和六年四月十九日

以前、芝増上寺に関するブログ を書いたときに、寺社巡拝・アメーバブログの大先輩である、鈴木の四海兄弟さんより、東京タワー の土地はもとは芝増上寺 の土地であったことをご教示戴きました。


今回、傳通院 のレポートをするにあたって、浄土宗関東十八檀林について調べていたところ、徳川家康の母の菩提寺である傳通院と、増上寺、江戸城(現皇居)、そして日光東照宮 が一直線上にあることがわかりました。


つまり東京タワーは、名実ともに東京のシンボルとして建てられたのだと思いました。


さらに直線を南下させると、そこには富士山があり、そして久能山東照宮 へと行きつきます。


静岡から首都を通り栃木まで。

その偉大な権力を感じます。


隠された歴史は、意外に面白いですね。


私度僧の寺社巡拝記-入口
江戸三十三観音札所の紹介を再開します。


第八番札所の浄土宗清林寺です。


浄土真宗と違い、浄土宗は観音様の札所になっているところが多いです。


御本尊が阿弥陀三尊が多いからでしょう。

浄土真宗は阿弥陀一尊が多いのです。


また鎌倉新仏教は真言・天台から改宗した歴史を持つお寺も多く、その時代からの伝承と伝統で観音様を御安置している場合もあります。




私度僧の寺社巡拝記-本堂
清林寺は室町時代の創建ですので、前者の例によると考えられます。


なお阿弥陀三尊はサンスクリットのサダルマプンダリキャスタラン(法華経)の「十一の顔を持つ仏」(観世音菩薩普門品)に出てきます。

鳩摩羅什三蔵様は、なぜか阿弥陀三尊に関する部分を訳さなかったのです。



私度僧の寺社巡拝記-観音様
本堂は檀家寺のように締切状態ですが、納経所の近くに観音様がガラス越しに拝せるようになっています。


ご覧のように、小さくとも大変素晴らしい観音様です。


浄土宗のお寺様ですので、御真言とあわせてお念仏も称えました。


この観音様は十回称えれば往生がかなうと云われております。


浄土系では十念といって、読経の合間に念仏を十回称える所作があります。

これは浄土三部経の一つ無量寿経の影響と云われます。


さてあと二日間仕事を頑張ると三連休です。

寺社参拝に行けると良いですね。




今日は予報通り首都圏でも大雪になりそうです。


私度僧が起きたときはまだ雨でした。


お経を一時間ほどあげていたら、雪に変わっていました。


今日は早めに仕事に行って、雪かきの準備をして足元の悪い中お越し下さるお客様の為に、歩道を確保したいと思います。


今日はできるだけ早く帰ってきて、過去に巡拝した江戸三十三観音霊場の紹介をできればと思います。


それでは皆様も、外に出られる方はお気をつけて。


私度僧の寺社巡拝記-観音堂
再び以前巡拝した、江戸三十三観音霊場のご紹介です。


東京は西麻布といった、都心でも一等地に曹洞宗大本山永平寺の別院長谷寺 があります。


江戸三十三観音の第二十二番札所です。


一見二階建てのように見える観音堂ですが、もちろん二階建てではありません。


そうです。

御本尊の観音様が大きいのです。




私度僧の寺社巡拝記-御本尊
約十メートルといわれる御長です。


決して古いものではありませんが、戦火で焼失した堂宇の再建の時に再像されたものです。


もとは大和・鎌倉の長谷寺と同木同作と伝えられる尊像があったとの伝承があります。


戦争はそのようなありがたい仏様をも無きものにしてしまいます。


焼失前の御本尊は小さな観音様だったそうで、焼失後檀信徒の思いもあって、大きな観音様を勧請されたものと思います。




私度僧の寺社巡拝記-本堂
本堂は總持寺 と同じように、曹洞宗僧侶の修行の場でもあります。


隣の納経所では、修証義が無償で配布されています。

般若心経と観音経も掲載されています。


總持寺は京浜四大本山巡り の札所との事ですので、小さな霊場会が好きな私度僧は、いずれ京浜四大本山巡りも行きたいと思います。



今回はテキストのみで失礼します。


行きつけのお寺様では、冬至を星祭の発願日とし節分を結願日としています。


冬至のお護摩では、家族全員に名前入りのお守りを戴き、節分のお護摩では厄除、息災の護摩札、火防と盗難除の御札を戴きます。


今年は長女が前厄なので、厄除の木札を戴きました。

火防と盗難除の紙札も新しいものに代えました。


食べきれないほどの御豆とみかんもいただきました。

凄い人で、本堂は阿弥陀様の前を全て片づけて、一人でも多くの人が入れるようになっていました。


考えてみましたが、阿弥陀様はふすまで仕切られて見えない状態になるのですが、仕切らなければ豆まきの時に豆が阿弥陀様に直撃してしまいますね。


多くの人が入れるためだけでなく、阿弥陀様をまもるためにも仕切っていたのだと感じました。


副住職が本堂に入りきれなかった人の為に、外陣や書院の方まで出張豆まきに行っていました。


大勢の人と、何度も繰り返し厄除・息災の為の般若心経を唱えました。

娘に聞くと12回ほど繰り返していたとの事でした。

干支の数でしょうか、月の数でしょうか、何か関係があるのか、偶々かわかりませんでした。


私度僧宅は星祭を重んじて、守り本尊の御札も干支ではなく九星で揃えています。


明日から新春。

御閲覧の皆様に幸多きことお祈り申し上げます。