今年の雑感2(日) | 柴犬カン、福の日記

柴犬カン、福の日記

柴犬カンと福、筆者の出来事、想い、政治、経済、文学、旅行、メンタルヘルス、映画、歴史、スポーツ、等について写真を載せながら日記を綴っていきます。柴犬カンは2018年12月に永眠しました。柴犬福が2020年4月7日夕方にわが家にやってきました。その成長記録。

 今年旅行に行った中で印象に残っているのは、まずは早春に行った奈良の旅行で、そこでは日本の農耕文明発祥の地である明日香や、奈良近辺のお寺を回った。そして次に晩夏に鹿児島、宮崎を旅行した。その際に日本の天皇家、王権の発祥の地はもしかしたら鹿児島や宮崎辺りの南方系の人達だったのではないのか、と思うようになった。そしてシラス台地の上にそびえ立った西郷隆盛の銅像を見た。日本で最も大きな銅像だという触れ込みであった。私は知らなかったのだが、来年の大河ドラマは西郷隆盛を扱うのだという。

 

 西郷は最終的に新政府から冷遇されて、西南戦争で武士階級の最後の戦いに挑むことになった。そして死んでしまったのである。西郷は下級藩士出身であるが、薩摩藩の幹部として大変活躍した。彼の人生の中では、島流しにあった時期もあった。そして大久保らの英雄たちとそして長州の連中達と彼はタッグを組んで、まさに神武天皇の東征のように江戸を目指したのである。そこで小栗上野介と並んで当時の幕府の最も権力があった勝海舟と江戸城で会談し、江戸を火の海にするということを避けるための無血開城に至ったのである。西郷隆盛はこの無血開城が最も評価されたものだと思われる。その後その武士の不満を彼が一手に引き受けることとなり、その戦力をどこへ向けるかと言った時に征韓論を唱えたのである。しかしまだそれは時期尚早ということで、最後は外され西南戦争に至った。

 

 今回もうひとつの旅行として年末に出かけた高知、愛媛旅行。美しい四万十川や、別子の銅山。これは住友の発展の基礎となった。江戸時代からある銅山で、現在は住友金属鉱山という会社で仕事をしている。新居浜がその拠点である

 

 高知では四万十川を眺めてドライブをした特に、沈下橋(ちんかばし)と呼ばれる洪水の際は水に覆われてしまうという橋を、何本か見て回った。

 

 その途中で吉村虎太郎と言う人物の実家もちらりと見た。この吉村虎太郎は、まあコテコテの尊王攘夷派である。辞世の句が非常に有名である。「吉野山 風にみだるる もみじ葉は 我が打つ太刀の 血煙と見よ」という、やや荒っぽい辞世の句を残し、尊王攘夷派、国士として最後は暗殺されるに至った土佐藩士である。

 

 この吉村の実家は四万十川支流の本当に山深いところにあった。こういうところの地主の息子であったが、このような地域の人物が明治維新の前後に顔を出しているというのが驚きである。このようなところに至るまで江戸幕府がもうもたない、そして新しい国づくりをしなければいけない、または欧米の恐ろしさというものをが伝えられた、ということが日本の情報収集レベルの高さを象徴している。一方で 坂本龍馬は吉村に比べて欧米の文化の力。技術の力をよく知っており、当初攘夷派であったが、途中から開国派に転向したと思われる。そうならもう幕府では立ち行かなくなってしまっているということは認識しており、彼は新しい国づくりをしたいと考えていた。

 

 竜馬の生前最後に海援隊が作られ、その船の中で作ったと言う「船中八策」と言う新しい国のかたち、政策では、フランシス・フクヤマのいう、リベラルで民主的な制度ということが、坂本龍馬の頭の中にあったのではないかと想像する。土佐藩の下級藩士である彼がここまで世界の動きを理解し、そしてなおかつ勝海舟の門弟となって世界を学び、さらには薩摩と長州の接着剤としての働きをしたということが不思議である。

 

 龍馬の人生の年表見ると、本当に驚くほど次々と新しいことにチャレンジし、新しい行動をとっている。残念ながら彼は31歳で暗殺された。ちょうど大政奉還が1867年10月に、暗殺されたのは11月。1867年12月に王政復古の大号令。このように世界をよく知り、かつ進むべき日本の方向を、まだ明治政府ができる前に見通していた。さらにそれに基づいて行動していたというところが 龍馬の恐るべき先見の明であったと思われる。

 

 もちろん似たような人物で、奇兵隊を作った高杉晋作など、様々な聡明な人物がいたに違いない。高杉も明治維新を見ずに死んだが、彼はこの先の国のかたちというものを攘夷ではなく開国であると考えていたと思われる。高杉は中国に行って世界を見てきている。竜馬同様に明治維新を見ずに1867年5月に結核で亡くなっている。ちなみに伊藤博文と井上馨は江戸時代にイギリスに行って学んでいる。

 

 やはりこれからの時代、世界の動きをよく知ることを大切にするべきであろう。と同時に世界はパラレル因果関係を持って動いているということも事実で、トランプ大統領が出てくる前に既に安倍晋三氏が日本の首相になっていたということは、日本も世界の潮流の中に存在しているということを証明しているということだろう。吉村虎太郎は完全なる攘夷主義者で、今で言うところのネット右翼に近いと私は思っている。さら行動に移しているからネット右翼ではないともいえる。

 

 この先の世界は、全く私には見通しがつかない。ただリベラルで民主的な政治制度をを求める人達の巻き返しが、今年来年あたりから始まるのではないかと考えている。それがどういった形で出てくるのかがよく分からない。既にパンドラの箱は開いているのである。ローマ帝国が滅亡していくようになるのか、それともリベラルで民主的な人々が新しい仕組み作りをしていくのか。これは非常に難しい。ヨーロッパの移民問題、東アジアの北朝鮮などの問題。これらは一朝一夕に解決することができない問題だと思われるのである。

 

 2018年は平和で落ち着いてゆっくりと暮らしたいものである。見世物であるとしても戦争は勘弁していただきたい。トランプ大統領はまず戦争はしない。なぜなら戦争を起こすと株価が下がるからである。トランプ氏はおそらく支持率がこれ以上上がることはなさそうだ。結果的に株価が上がりそして失業率が下がる。これだけが彼が3年後の大統領選挙で当選するための最大のアピールポイントだからである。

 

下は桂浜の龍馬像。他にも数カ所に龍馬の像があるという(高知県以外で)

 

 

 

吉村虎太郎の故郷の碑。

 

 

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