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おはようございます。岡本大輔です。
本日の紹介はこちらです。
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【出会い】
昨年の5月のことです。読書で人生武者修行~言葉の滝に打たれて、鍛錬は今日も続く…~プレミアム【通勤読書家&書籍抜粋プレゼンター】 さんが【読書106】:告白 にて紹介しており、帯広図書館で僕は借りました。しかし、2週間経っても読み始めません。結局もう2週間延長しましたが、読めずに返しました。


そして、時が過ぎて昨年12月僕達のデイサービスで行った劇「新出礼羅~~和風シンデレラ~」を小説化して電子書籍にしました。

そこで、主人公の女の子だけでなく、義理姉の視点や継母の視点からの物語を書いたところ、職場の同僚からすすめられました。

「岡本さん、湊かなえさんの『告白』が参考になると思いますよ」

早速、帯広図書館で借りてきて、重たかった1ページを開き始めたのです。


【本書の見所】

6章立てになっており、一つの物語を複数人の視点から展開していきます。それぞれの登場人物の価値観や想い、感情が明らかになっていきます。


ケアマネジャーをやっている僕にとっては、お客様の立場、家族の立場、サービス事業所の立場、ケアマネジャーの立場、と複数人の立場を把握する仕事をしているので、参考になりました。

※ もちろん、小説を書くときの参考にもなります。


【気になった抜粋】
毎年恒例のように、大酒を飲んで暴れる新成人をテレビのニュースで見ることができますが、何故あの人たちはここぞとばかりにお酒を飲むのでしょう? もちろんマスコミが煽っていることが原因の一つでしょうが、もしも『お酒は二〇歳から』という制限がなければ、あそこまで大騒ぎするでしょうか? 飲むことを法律で許されただけで、飲むことを推奨されているわけではありません。


我が子を殺されても復讐をしてはならない、罪を犯した子供たちは構成することが出来る、というのです、聖職者、という言葉が本当にあるのだとすれば、彼にこそふさわしいかもしれません。


【響いた抜粋と学び】
特別扱いすればするほど、大袈裟に騒げば騒ぐほど、犯人である少年少女たちは自己陶酔していくのではないでしょうか。


ほとんどの人たちは、他人から賞賛されたいという願望を少なからず持っているのではないでしょうか、しかし、良いことや、立派なことをするのは大変です、では、一番簡単な方法は何か、悪いことをした人を責めればいいのです。


先生は、生徒のことなんて、何一つ見てくれていませんでした、先生は、生徒の表面に映る、自分の姿を見てうっとりしているだけでした、先生が愚かな自己顕示欲さえ示そうとしなければ、この悲劇は起こらなかったはずです。


著者の湊かなえさんはどこまで考えていたのかわかりません。僕は本書を読む中で、節々に語られること、「人を動かす/D・カーネギー 」のキーワード「自己の重要感」を感じ取りました。

本書の抜粋の通りで、人は誰もが他者から賞賛されたいのです。賞賛というか、注目を浴びたいのです。

賞賛されるには良いことをし続けるしかありません。一方で注目を浴びるだけならどうしたらよいのか? 簡単に行える方法……極論は殺人犯になることです。

そして、抜粋のように賞賛を簡単に浴びるには……悪いやつを責めること。

本書のような心の闇が潜む学級や人間というのは特別な人間ではなく、僕達の周りにもいるのではないか? もっと身近にいるんじゃないか? そんな気付きを与える一節です。

愚かな凡人たちは、一番肝心なことを忘れていると思うのです、自分たちには裁く権利などない、ということを……。


聖書の中には「隣人を愛し、敵を愛せよ」とあります(僕は無宗教です)。言葉にすると簡単です。
「裁く者は裁かれる」
だから、人を裁くのを止めましょう。敵を憎まず愛しましょう。言葉にするのは簡単です。実践ははるかに難しいのです。

抜粋のように人を裁く権利なんて自分にはないんだ、ということを僕は忘れていたのかもしれない。

だからこそ、今回本書を読む中で気になってしまったのだと思う。

介護現場の中には「バイスティックの7原則」なるものがあります。
その一つに、「非審判的対応」とあります。

人間は他者の行動を見るとき、物事の善悪で判断することがあります。
子育てもそうではないでしょうか? 子供が勉強しない……将来を考えるとそれは悪いこと、良くないこと、だから勉強させる。
ついつい、善悪の判断に基づきませんか?(けっしてそれをやってはいけないというわけではありません)。

介護従事者である僕達にはお客様自身を審判にかけることはもちろん、介護をしっかりしていない家族がいたとして、その家族を審判にかけることなんて、そもそもできないのです。
裁くことなんてできないのです。
(バイスティックの原則からは話がちょっとずれましたね)。


【編集後記】
先日、スーパーに行ったら気になるものがありました。
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朝4時起きで活動し、圧倒的読書量で介護業界に革命を起こす男のブログ-image

「ほたてわさび」……うまい、これうまい。やわらかい口当たりでいて、口に入れてからわさびのツンとした辛さがきます。

本日のご飯のお供にします。

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【出会い】
帯広図書館で働く女性関係の書籍が集められた本棚があり、そこで手に取りました。


【本書から感じ取りたいこと】
大好きなことをとことんやっている人の生きた道。

【気になった抜粋】

別に誰かと暮らしているわけではなく、会社勤めがあるわけでもないので、決まったスケジュールで動かなくても誰も文句はいいませんが、適当に暮らし始めると際限なくだらしなくなってしまうので、そこは自分で律するようにしています。


撮影ではじめてお会いした人と写真を撮りながら話をしていると、その人のいろいろな面が徐々に出てきて、表情も変わってくる、わたくしは、そういうところに写真の仕事のおもしろみを感じています、ワインも人もつくづくおもしろい、だから、やめられません。


お料理にしても、女性には家庭の台所は任せるが、料亭などの一流の料理となると男性の仕事になるのはなぜなのだろう。


90歳を過ぎて、恋をしたらいけないでしょうか、誰かに迷惑をかけるのでなければ、いいと思っているのですが、シワの一本も消えるかもしれないし。


昔は、戦争もありましたが、ロマンスもありました、いつ夫が召集されて死んでしまうかもしれないという不安、朝、「いってらっしゃい」と送り出しても、空襲に遭ってもう二度と会えないかもしれないという恐怖、だから、ケンカをしてはいけない、嫌なことをいってはいけないと思っていました。


多摩川のほとりで子どもたちが田んぼでザリガニをとっているのを見て、真似をしてこれをとり、夫の誕生日のごちそうにしたこともあります。

【響いた抜粋と学び】
ほとんどの人が小麦粉で「すいとん」をつくっていましたが、わたくしはどうもあの味が苦手だったのです。


高齢者介護に携わると「高齢者は和食が好き」と思い込みがちではないでしょうか? 和食が好きな人は多いです。オムライスやハンバーグも好評です。

著者の笹本さんは幼い頃から洋風大好きだったようです。介護に携わっていても、年配の方が「洋食が好き」と聴くと”若いなぁ~”と感じます。


じつは”鍋焦がし名人”なのです、煮物をしているときに横で洗い物でもしてればいいのですが、椅子に座って何かを始めてしまうと、もうダメです、そちらに集中してしまい、鍋を火にかけていたことなど記憶の彼方へ。


僕自身も味噌汁を作りながら別のことをやれば、あっという間に火をつけていたことを忘れます。


数年前にも一度ありました。……そのときは長男が妻に教えてくれたので大事には至りませんでした。


僕は介護保険の認定調査員や認定審査会にも携わっております。

この抜粋を読む限りでは、笹本さんは「月に1回」もしくは「週に1回」火をつけていることを忘れ鍋を焦がしてしまうため”物忘れ”が「ときどきある」もしくは「ある」と判定されます。


要介護度が高くなる因子の一つです。ただ、忘れていることをしっかり覚えているので病気の視点で見れば大丈夫でしょう。

……案外介護者としてはそういう方のフォローをするのが大変だったりする。



ところで、日本のヘルパー制度というのは改革しないとダメだとわたくしは思っています、ハートがない、融通がきかない、人によっては常識がない、棚の上にポトスの鉢が置いてあり、わたくしは高いところに乗ってはいけないといわれているので、「すみません、あそこの鉢に水をやってください」とお願いしたところ、「ダメです」という返事、植木の水やりは、「生活するうえで必要な介助」にならないからだそうです、もちろん、ベランダの植木の水やりもダメ。


なるほど。実際にサービスを利用している人から公然と言われることが少ないため、勉強になります。


確かに融通が利いていませんね。


介護保険法(第一条)を添付します。


この法律は、加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について、これらの者が尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行うため、国民の共同連帯の理念に基づき介護保険制度を設け、その行う保険給付等に関して必要な事項を定め、もって国民の保健医療の向上及び福祉の増進を図ることを目的とする。


「自立した日常生活を営むこと」、


文章を分解していきますね。


「日常」

ふだん。つねひごろ。

「生活」

暮らしていること。暮らしていくこと。暮らし。 「 -を営む」
生きて活動すること。 「アリの-を観察する」
暮らしを支えているもの。生計。 「 -の道を立てる」 「 -をかける」

笹本さんのヘルパーさんの言い分を考えると、日常生活とは”つねひごろの生命活動維持”と捉えることができます。


その介助となると、食事・入浴・排泄等の介助となります。植木の水遣りは生命活動維持にはなんら関係ありません。


しかし「生活」の①にある”暮らす”というのは生命活動維持だけではないはずです。


残念ながら現在の介護保険法では生活支援ではなく、生命活動支援になっているようです。


……「生活」となると人それぞれに違いがありすぎてどこからどこまで税金で支援するのか、線引きが難しいからでしょうね。



【編集後記】
昨日は帯広市介護保険審査会に出席しました。介護保険の申請、更新の方々の”人生を左右する”と言うと言いすぎでしょうか、大事な仕事に行きました。




朝4時起きで活動し、圧倒的読書量で介護業界に革命を起こす男のブログ-image

介護度の変更によっては今まで利用できていたサービスが利用できなくなるかもしれません。


※ 介護タクシーは要介護1からです。デイサービスは要支援2だと概ね週2回、要支援1だと概ね週1回と厚生労働省からガイドラインが出ており、ほとんどのサービス事業所で採用されております。

要介護1で週3回デイサービスに行く人が要支援2になると週2回になる可能性はあります。


しっかり身体の調子や認知面の状態、病気だけでなく、サービスの利用状況も読みこみ、介護度が変わっても大丈夫なのか判断する大切な仕事です。



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【出会い】
「営業の魔法」シリーズ第3弾です。2年前に購入しており、久しぶりに手に取りました。


「営業の魔法」シリーズの紹介です。

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事の魔法/中村信仁  営業の魔法(オーディオブックCD)/ビーコミュニケーションズ



【本書のテーマ】
先義後利。あなたは誰を幸せにしたいのか?

【気になった抜粋】

「不器用ってことは丁寧ってこと。要領が悪いって事は誠実ってことでしょう。」。


私達トヨタ車は内装に凝るんです、シートもふかふかに、オーディオも高価にします、できるだけ高級感のあるウッディー調に仕上げ、リビングにいるようなくつろぎを演出します、その一方でホンダさんはプライベート空間を作っています。


「今、誰を幸せにしていますか?」……「部下たちです。」


【響いた抜粋と学び】
”営業の本”と聴くとあなたはどのようなイメージを持ちますか? 持っていますか? きっと巧みな話術でお客様に商品を売ってしまうテクニックを想像したのではないでしょうか?


「営業の魔法」シリーズでは技術や知識をもちろん、伝えています。それ以上に「人間力」にスポットをあてています。


「営業はね、勝ち負けを考えて行動するものじゃないんだ。あいこでいいんだよ。私がグーなら、君もグー。それであいこじゃないか。いつもあいこ。それが営業の基本なんだ。一時、『ウィン・ウィン』ということばが流行したけど、お互い『勝ち・勝ち』なんてあり得ない。必ずどちらかが勝てば、どちらかが負ける。」。


「かつての日本人は『あいこ』の精神を大切にしてきたんだ、どちらも勝たないし、どちらも負けない、君があいこでいいや、とグーを出していたら、チョキを出した私は負けていただろう、つまり、このあいこの精神が理屈を超越して人生に風を吹かせてくれるんだよ」。


お互い様、おあいこ……いつのまにか聞く事がなくなった言葉です。自分、自分と自分だけが成り上がればいい、そんな風潮になってしまいました。


人は人の中で生きる、それが社会です。自分だけがうまくいけばいい、と皆が考えていたら、どうなるでしょうか?


もし、赤ちゃんが大人のように、なんでもやる前から、無理だとか、不可能だとか考えていたなら、一年と言う長い時間を掛けて歩き出すことは不可能だろう、そうか、人間は生まれたとき(最初)は前向きなんだ……。


我が家の末っ子(4歳)は何でも挑戦します。親や兄、姉が何かやろうとすると必ず言います。

「かおるもーー!」

食器洗いや掃除機、モップがけ、芋洗い・切る、何でも挑戦です。


そうなんですね。小さい頃は何でもやりたいのです。何でも挑戦するのです。


いつの頃からか、失敗したらかっこ悪い、失敗したら迷惑かける、そんなことが刷り込まれて、後ろ向きになってしまうんですね。


なぜ「無理だ」とか「だめだ」とか「やめたほうがいい」などという必要がありますか、無責任でいいのです、素晴らしい、大丈夫、心配ない、なんとかなる、誰もそのことばに責任なんて取る必要はありません。


根拠はありません。理屈はありません。可能性? 確率? 確かに成功する確率は高くないかもしれません。だからと言って「無理だよ」、「止めた方がいいよ」なんていう必要がありますか?


まずはやってみることです。


成功の反対は――なにもしない――ことです、「やらない」ということです。


成功の反対は失敗じゃない。失敗したと言うことは”行動した”つまり、成功と同義です。


成功(行動した)の反対は行動しない(やらない)です。



【編集後記】


毎朝出勤するときに行くJR札内駅の東側の光景です。


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朝4時起きで活動し、圧倒的読書量で介護業界に革命を起こす男のブログ-image


力強い朝日です。ツルツルの路面がちょうど鏡のようになっています。

赤く輝く朝日が僕らに今日一日の活力を与えます。



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