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おはようございます。岡本大輔です。
本日の紹介はこちらです。
↓↓↓
著者 : 森炎
講談社
発売日 : 2012-11-16










【出会い】
帯広図書館の新刊コーナーで出会いました。死刑制度については社会福祉士基礎研修Ⅰのときにたまたま討論のときの議題で出たのでタイトルに惹かれました。

【本書紹介のねらい】
~本書抜粋より~
死刑の自由化とは、死刑の価値化でもある、これまでの職業裁判官制度のもとでは、死刑の基準はあっても、真の意味での判断はなかった、あったのは形式的な基準の運用だけで、実質的な正義の判断と言えるようなものはなかったのである、これまでの官僚司法が市民の司法に変わったことで、これからは正義の価値観を示すことができるようになった、また、それが求められている。

死刑宣告である以上は、どうあっても、「こういう理由で死刑しかないのだ」とはっきり言えなければならない、それも、ここでとくに一つ注意喚起しておきたいのは、人命の価値は何ら理由にできないということである。

最終の価値判断は個々の市民による、本書は答えを提示しようとするものではない、最後の答えは読者に委ねられる、が、本書は、「いま」の死刑をめぐる状況を開示することで、市民の決断を可能ならしめようとするものである、いや、可能ならしめるものである。


他者の「命を絶つ」ようなことをなぜしなければならないかと言えば「われわれが生き、これから生きてゆくなかで必要だから」と言う以外にないだろう、本書はいまを生き抜くための書でもある、動物化しないための書である。

死刑について今一度考え、人間として社会で生きることを考えていきましょう。
あなたはそれでもあの犯罪者、この犯罪者、全員死刑にしたほうがいいと思いますか?



【気になった抜粋】

かつて、古代から中世にかけてのゲルマン法には、アハトという制度があった、アハトで追放された犯罪者は、文字どおり、森や原野を彷徨うことになった、そして、放逐された者は人間ならざる「人狼」とみなされ、人狼たる漂泊者はたとえ誰かに殺傷されてもいかなる法的保護を受けることもできず、殺傷者は咎めなしとの掟になっていた。

単なる同情では、死刑の決断には危うすぎる、死刑の決断に向かう勇気は、同情を殺したうえで生まれるべきなのである。

【響いた抜粋と学び】
職業裁判官のもとでの死刑の基準は、被害者の数を尺度に「殺害された被害者が三人以上であれば原則的に死刑を選択し、二人の場合はケース・バイ・ケースで決め、被害者の数が1人であれば原則として死刑は選択しない」を大枠としていた、そして、死刑を決する二次的な尺度として、「金銭目的」や「計画性」が考慮されてきた。

同じ10年間において、「1人殺害」の場合は死刑になるのはあくまで例外的とされるが、約0.2%である。


まずは死刑の基準です。基準があるんですね。基本的には殺害された人数が尺度になっております。3人以上殺害であれば死刑を選択。二人の場合は金銭目的や計画性を考慮されます。
一人殺害の場合で死刑となるケースは極めて稀で0.2%だというのです。
知らなかった。

近年の一年あたりの殺人既遂の事件数は減少傾向にあるが、それでも500件程度はある、これらに死刑をもって臨むとした場合、われわれは、毎日毎日、必ず一人か二人の死刑を執行しつづけなければならないことになる、日本社会全体が「血の匂う社会」「血まみれの社会」になりかねない。

年間500件の殺人事件が多いか少ないか、それはあなたの考え方にもよるでしょう。500名余りの犯罪者に対してすべて死刑を求刑し執行するのか? どうでしょうか?
殺人事件で500名以上が殺害されたおり、さらに当事者500名は司法制度の名のもとに死刑を執行される。

1億2000万人のうちの500人でしょ? という考え方もあると思います。総人口から見れば0.0004%でしかありません。

数字でみるものなのか、それとも人命とは割合ではない、ひとりひとりの重みがある、と考えるのか。
う~む。

われわれが税金で面倒を見る必要があるのは、現に殺人を二度くりかえし、殺人の抜きがたい犯罪性向を持つ者である、われわれが税金を負担しなければならないのは、その者の一生涯という長きにわたる期間である、ここで生ずる疑問は、なぜ、かかる反社会性の強い者から二度と被害を受けないために、そこまでしなければならないのかである。

以前、女子刑務所の書籍を読んだときもこの話題は出ていました。受刑者一人にかかる税金は300万円程度です。
死刑を求刑された犯罪者も例外ではないでしょう。他人の命を奪った、人生を奪った人を生かす選択をした場合、僕たち国民は犯罪者の更生のために年間300万円血税を負担するわけです。

死刑判断は最大の刑罰の発動であるが、それ以前に、無期懲役との区別をつける行為である、ところが、およそ検察から死刑求刑がおこなわれるような事件は、通常の道徳的倫理的観点からは論外のケースばかりである、そのような行為のうちから死刑になるものと無期懲役にとどめるものを選別するのが死刑判断である。

日本の場合、死刑の必要性は、この事実上の終身刑判決、実質的な終身刑との対比で考えなければならない、極限的なかたちで死刑の必要性がとわれるのである。

死刑は極刑と呼ばれるが、「永遠に罪あるものとして残される」ことも極刑にはちがいないだろう、なにゆえに「永遠に罪あるものとして残す」ことでは足りないのか、死刑の真の必要性とは何かが問われる。


本書で挙がっていた実例では、え? これで死刑にならないの? という殺害事件が多数ありました。冒頭にあった抜粋にあるように血生臭い社会にならぬよう、一般素人が事件を読めば全員死刑とするところを千引きするわけです。大変な仕事だ。

帯広の事件では、留守番幼児を殺傷した被告人とその親は被害者に対して合計2000万円を支払うことを約束し、まず約600万円を支払い、残りは分割で支払っていくことを誓約していた。

僕の地元帯広が載っていたので思わず抜粋しました。留守番中の幼児3人を殺傷(2人死亡)、という事件ですら加害者は死刑にはならなかったわけです。
もし、我が家で同様の事件が起きたとき

死刑は「正義」「悪」であるという価値判断はあり得ること、さらには、正義や善を実現するためにまちがっている者を抹殺するという価値判断も成り立つことである。


刑事責任年齢とは年齢的な応答能力のことで、日本では14歳以上とされている、それに満たない子どもについては、たとえ残酷な犯罪行為をしても罰しない、子どもを刑罰で罰するのはそれ自体残酷とみなされる。

光市母子殺害事件……「死刑でなければ遺族は再出発できない」「正義を示してほしい」、被害者がこれだけ苦しんでいるのに、どうして犯人が死刑でないのか、何のために被害者はこれほど苦しむのか――われわれは、その叫びに対して「少年の更生の可能性」で応えることはできない。


「死刑」と聴いて思い出すのが
光市母子殺害事件 でしょう。僕の脳裏にもこの事件での本村さんの報道は残っています。

この場合、犯罪者の更生を被害者側が望んでいないのは明らかです。「死刑」とは正義を示す手段としてとらえられています。

※ ちなみに未成年の時期に犯罪を犯し死刑が確定したケースは29名います(知らなかった!)
参照はこちらです→
少年死刑囚 - Wikipedia  



このあたりを読むと簡単に「死刑反対!」とは言えない自分がいます。

秋葉原事件……7人死亡という定量的なダメージが重要なのではなくて、安全な社会という理念、いわば安全神話がどれだけ崩れたかという価値的問題のほうがより重要になる。

一家無理心中……この場合に被告人を死刑にすることはどういうことを意味するか、一家を全滅させることになる、それこそ、一家を無理心中させることになってしまう、この場合、死刑の宣告をして、一家を全滅させて、われわれは「正義は貫かれた」と言って終われるか。

両親殺し、祖父母殺し……自分の子ども、孫に当たる被告人が死刑になることを望む家族はほとんどいない、この場合に被告人を死刑にすることは、そういう被害者の感情を押しきって人命を絶つことを意味する。


このあたりは事件への考え方です。なるほどなぁ。

一家心中や両親殺しなどについては死刑を執行することで一家心中を手助けしてしまったり、両親側から考えて、加害者である自分の子供に手をかけることになりうるのですね。
そう考えれば死刑執行が妥当ではないと考えることができると思います。



死刑について考えれば考えるほど、どうしたらよいのかわからなくなってしまいました。もし自分が被害者だったら、自分の家族が被害者になったら、あなたはそれでも「死刑反対!」と声を大にして言えるだろうか?

【編集後記】

リニューアルオープンしたザ・本屋さんWOW店に行きました。カフェスペースがあり、快適です。これから通うことが増えそうです。


朝4時起きで活動し、圧倒的読書量で介護業界に革命を起こす男のブログ-image




著者 : 森炎
講談社
発売日 : 2012-11-16


ここまでお読みいただきありがとうございます。

コメントは自由制です。一見さんも読者も大歓迎です。
返信は24時間以内にいたします。
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こんにちは。岡本大輔です。
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著者 : 丸井章夫
サンマーク出版
発売日 : 2013-02-05













【出会い】
30代で人生を逆転させる1日30分勉強法/石川和男 の石川和男さんからの紹介で知り合った出るのが楽しくなる! 会議の鉄則/沖本るり子 の沖本さんからの紹介です(献本が献本を呼んだのです)。
ありがとうございます。

【本書紹介のねらい】
~本書抜粋より~
私たちは「複数の選択肢からひとつを選べない」から悩むわけです、ランチメニューがひとつしかなかったら、選べる学校がひとつしかなかったら、就職先がひとつしかなかったら、――悩みは生じません。

あきらめは悩みを解消するだけでなく、あなたの夢を前進させる最高の特効薬です、あなたの夢を最高の形でかなえるためにも、「あきらめ上手」になってほしい、それが「手相家兼、心理カウンセラー」の私が抱く、心からの願いです。


選択肢がないから不満、ということはあるかもしれない。でも選択肢がないなら、悩まない。あなたの悩みや不安はどこからくるのでしょう? 
あなたの悩みを解消し、夢を前進させるには、一冊の本があればいいのです。
それが本書です。

【気になった抜粋】

たとえば仕事でミスをして上司からお小言をくらった直後などは、「どうしてあんなミスをしてしまったんだろう」「いくらなんでもあんな言い方はないんじゃないか」といったマイナスの感情で頭が占領され、なかなか仕事が手につきません、そんなときはデスクまわりの片づけをするのが一番です。

【響いた抜粋と学び】
「あきらめ」という言葉に「断念する、放棄する」といった意味がついたのは、歴史的にはごくごく最近の、明治期以降のことです、本来の意味はどうだったかというと、「あきらめ」は「諦め」ではなく、「明らめ」、すなわち「ものごとを明らかにするという意味で使われていました。

「あきらめ」は多くの人が思っているように後ろ向きな行為ではありません、むしろ未来へ向かって前進するために不可欠な手続きです、あきらめたければ、あきらめてもいいんです!

”あきらめ”という言葉を聴くとネガティブなイメージが湧きませんか? 僕もそうでした。でもそれは本書を読む前まででした。本書を読んでから”あきらめ”のイメージは180度変わりました。
僕たちが思っていた”あきらめ”は”諦め”であり、本来の用途は”明らめ”です。物事を明らかにすることなんですね。
あなたは何に悩んでいますか? 何に迷っていますか? 僕の例で言えば、仕事を続けなきゃいけない、本を出版したい、栞を作成して商売したい、としたときにすべてが同時進行でできれば一番いいのですが、そういうわけにもいきません。

ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則 [単行本] のなかには「or」→「And」というのがありました。どちらかひとつではなく両方、という考え方です。これは組織であるから可能であり、個人レベルにおいてはかなり無理がある、と感じています。

あなたが本当に達成したいのはなんでしょうか?

なぜ「あきらめ」が悩みを解消し、成功を生むのか――、それは、自分の「本当に大切なこと」以外のことを「あきらめる」ことで、人生にもっとも大切なことがはっきりして、それに邁進できるようになるからです。

やめる力 [単行本(ソフトカバー)] にもありました。モノに溢れた現代ではこれから何を得るのではありません。すでに得ているのです。モノに埋もれて気づいていないのです。
さぁ、あなたは何を捨てますか? 何を止めますか? 何を明らめますか?

元来、日本人は「あきらめ」が上手な民族です、地震や台風といった自然災害の多い土地で農耕民族として生きていくためには、災害で作物がやられるたびに落ち込んでいては身がもちません、ダメになってしまったものはしかたがないときれいに「あきらめ」て、次の実りに希望を託して種をまく、そんな生き方を受け入れることが当たり前のように根づいていました。

ほとんどの人はどれを「あきらめる」かが決められない、この「あきらめるべきかどうか決められない」という曖昧な状況こそが、あなたにのしかかる悩みの正体です。


ホントそうですよね。これだけ四季がはっきりしていて自然災害があり、自然と共に歩んできた僕たち祖先が明らめられなかったら、ここまでの繁栄の祖は築けなかったでしょう。
戦後、焼け野原から復興できたのは今まであったものを明らめたからです。
戦争がなかったら……敗戦しなければ……後ろ向きではなく、前向きになった。たとえ占領されても僕たちの先輩たちは立ち上がった。
だから、経済大国となり衣食住が完備された生活が庶民でもできるのです。

本来、あきらめ上手な日本人をあきらめ下手にしているのは、結局のところ「不安」と「後悔」の二つ、つまりあきらめ下手へとつづく二つの罠は、「将来」と「過去」に対するマイナスイメージにほかならないのです。

農耕民族日本人が、自然と共に歩んできた日本人がなぜ明らめられなくなったのか? 僕が推測するにGHQの戦略が一つあると思います。農耕民族日本人に狩猟民族の欧米の文化を押し付けられてから歯車が狂い始めた、と解釈します(参照はこちら→
日本人だけが知っている 神様にほめられる生き方/岡本彰夫 )。
不況だ、不況だ、となぜかわからないけど騒ぐ。日本は破綻する、日本はなくなる、何を根拠に? 不安ばかり先行する。衣食住が完備されてほとんどの庶民が医療を適切に受けられる環境であるのにここまで不安が増大しているのは異常とも言えるかもしれません。

後悔のない「あきらめ」をするには、受け身ではなく主体的に「あきらめるかどうか」を検討しなければならないのです。

介護の現場でもこれは言えます。だいたい、あとになってクレームを言う人ほど、自分で決めない。なんでもいいよ、ケアマネさんに任せるよ、何ていうお客様やご家族様ほど、ちょっと何かあったら、「あんたに任せたらこうなった」なんて言うんです。
だから、「任せる」と言われても、必ず一報入れるんです。
「次回からこのように変更したいと思うんですがどうでしょうか?」
「任せるよ」
「今回お話したのは僕の考えですので、〇〇さんはどう思いますか?」

と必ず、相手に聴くのです。必ず相手が「じゃあ、それをやってみます」と決断するようにしたほうがいいのです。
たとえば、デイサービスに体験利用する、ということでも、本人がやってみる、と言わないと「〇〇が言うから仕方なく……」と言い訳ばかりです(言い訳ではないかもしれませんが)。

主体的になっていただくのです。

プロモーター(説得型)は、アスリートやクリエイターなどに多いタイプでです、アイデアマンで想像力に富み、人と異なることをするのが大好きな反面、いったん「つまらない」「くだらない」などと認識したものごとには見向きもしません。

これはあなたは4つのタイプのうち何かが分かる自己診断テストが掲載されています。僕はプロモーターでした。
※ コントローラー、プロモーター、サポーター、アナライザーの4つに大別されます。

なんか当てはまるなぁ、と思いながら読んでいました。

じつはニートとよばれる人々にはコントローラーが多いのですが、彼らがニートになってしまう原因の多くは”目標の喪失”です、「親を悲しませるぞ」なんていうお説教はたいした薬にはなりません、彼らにとって親との人間関係はモチベーションの源にはなりにくいからです、コントローラーがニートから抜け出し、”潜水艦”から”豪華客船”に変身するために必要なのは、なによりも目標の回復です。

なるほど。これは斬新でした。立ち上がる目標、外に出る目標がなければ引きこもる。確かにそうですね。子供の中には、僕の幼少期のようにゲームが大好きな子がいますね? 我が家では長男がそうです。そういう子ってコントローラータイプじゃないのかなって思うんですね。
ゲームは
社会人大学人見知り学部 卒業見込 (ダ・ヴィンチブックス) [単行本] の若林さんも話していましたが、比較的簡単で楽しく目標達成(ゲームクリアー)ができます。だからハマるのです。
僕自身も学校の成績もイマイチで、運動もそこそこできますが、トップではありません。中途半端で何か一つ特技があったのかというと……。水泳やピアノは習っていたので人並み以上にできましたが、僕だけが習っていたわけじゃないので、一位にはなりません。バスケにしても同じです。
となると、簡単に自分の世界に入り、レベルアップを図れるゲーム、特にRPGはトコトンやってました。

今では、ゲームでレベルアップしても人生の役に立たないので、やりたいとも思いませんが。

「悪いあきらめ」に共通するのは、いったんは「あきらめる」ことができたのに、あとになって「やっぱりあきらめなければよかった……」と悔いてしまうことです、つまり過去へのマイナスの気持ち――「後悔」です。

これを読んだ時にふと頭をよぎったのはスラムダンクです。山王戦の三井寿の言葉です。
「あきらめの悪い男」

すいません。それだけで抜粋してしまいました。え? それじゃあ、ダメ?
わかりました。三井寿はあの試合で明らめなかったことはよかったのかどうか? ということを考えてみましょう。

彼はずっと後悔していました。1年生の途中から膝の故障で部活を離れていました。でも、やりたかったのです。バスケがやりたかったのです。

彼は湘北高校全国制覇をあきらめなかったのです。だから、自分の体力の限界を明らめて、試合に出場し続けました。そして、きれいなアーチのかかったスリーポイントシュートを決め続けたのです。
試合には勝ち、翌日の試合で惨敗した彼は後悔したでしょうか? いや、していないはずです。全力を出し切りました。

【記事中にあった書籍を書評でお試し】
やめる力/マツダ・ミヒロ
社会人大学人見知り学部 卒業見込/若林正恭
日本人だけが知っている 神様にほめられる生き方/岡本彰夫

※ ビジョナリーカンパニーは書評なしです。すいません。

【合わせて読んでみよう!】
ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則 [単行本]
やめる力 [単行本(ソフトカバー)]
社会人大学人見知り学部 卒業見込 (ダ・ヴィンチブックス) [単行本]
日本人だけが知っている 神様にほめられる生き方 [単行本]


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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著者 : 丸井章夫
サンマーク出版
発売日 : 2013-02-05
おはようございます。岡本大輔です。
本日の紹介はこちらです。
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著者 : 島野智之
八坂書房
発売日 : 2012-12














【出会い】
幕別町図書館札内分館の新刊コーナーでときめき、借りましたが、読みきれず、返却。そして、帯広図書館の新刊コーナーで再開し読み切りました。

【本書紹介のねらい】
~本書抜粋より~
「ダニとは何か? ダニ学者とは何者か?」、本書では、ダニのような虫でも、見所はあると信じて一生をダニに賭けている人々の研究成果をもとに、多様性に富んだ魅力あるダニの世界をご紹介しようと思う、これからたっぷり登場するダニのようなちっぽけな生き物も、工夫をこらして生きていることと、ダニを知るために命をかけて生きている人もいることを知ってほしい。

ダニに命をかけた、まさに「ダニ・マニア」が命懸けでひっそりと熱く生きる姿勢をあなたに届けます。
ギャーーーー、ダニーーーーー!!!  なんて拒否しないでちょっと読んでから判断しましょうよ!


【気になった抜粋】
盛口さんと三人で泡盛を飲んでいたとき、私は、「大きなダニをこの手で掴みたい」と思っていた夢がかない、少々浮かれていたのだろう、ダニを手のひらの上で転がしながら飲んでいた。

たとえると、クラスにいる目立たない女の子のチャームポイントを見つけて好きになったとしよう、勇気をもって告白したといって、彼女に受け入れてもらえるわけではない、こんな片思いに似ている、女の子が人気者になって、彼女のチャームポイントを、みんなが認めるようになってしまったら100年の恋も冷めてしまう、私だけが密かに、彼女を認めているのがいい、だからダニは、顕微鏡で見えるくらい小さいほうがいい。

学会期間中だけは、どれだけダニという言葉を口にしてもよく、また、ご飯を食べながら、酒を飲みながら、ダニの話だけをしてもいいのだ、人によっては、お互いに、ダニの話を日頃できないことを慰め合ったり、ほかの人には分かってもらえないダニの自慢話をここぞとばかりに競い合い、朝までダニの話を語り明かすことになる。

ササラダニは生態系の中でとても大切な役割を果たしている、生態系は、太陽エネルギーによって光合成を行う「生産者」、摂食・捕食者としての「消費者」、そして有機物から無機物をつくり生産者の栄養とする「分解者」からなり、ササラダニは、その中の分解者である。


【響いた抜粋と学び】
日本にいるダニ類は、全部で約1800種、このうち、人を刺して血を吸うのは20種程度に過ぎない、つまり日本産のダニ類全体から見れば、人間にとって「わるいダニ」は、一パーセントあまりしかいないのだ。

まずはダニの基本情報です。なんと1800種います。ダニと聴くと、アレルギーの原因であったり、血を吸うなどマイナスのイメージが強いです。しかし、抜粋にあるように僕たちがイメージしているダニは1800種のうちたった20種なのです。
ひとりも殺させない: それでも生活保護を否定しますか/藤田孝典 にあった、生活保護の不正受給にも似ていますね。

不正受給が問題視されています。もちろん、数が少ないから問題なし、なんて言うつもりはありませんが、全体の1.8%のために本来もらうべき人がもらえない、または生活保護を受けることでギリギリの生活が出来ている人が、保護費引き下げで生活のレベルを不当に下げられることはいかがでしょうか?
ダニの世界も同じで、たった1%のダニたちが1800種のイメージを作り上げています。

学校で考えても、会社で考えてもやっぱり同じで、ひとつの学校に一人でも殺人犯がいようものなら、あの学校ヤバイよ、ってなるもんなぁ。

ダニは、実にさまざまな食性を持っている、ほかの動物を食べるもの、植物の栄養を吸うもの、カビを食べるもの、落ち葉を食べるもの、昆虫の体表の分泌物を食べるもの、その分泌物に繁殖する微生物を栄養とするもの、動物の古い皮膚や分泌物を餌として利用するもの、そして、動物の体液を吸うものなどである。

ダニはクモと同じクモ系類に属するが、ほかにはどのような生き物がいるのだろうか? クモ系類では、ダニとクモだけが多くの種を持ち多様性を維持しながら地球上で反映している、しかし、これら以外のグループは、ごく少数の種が所属するだけで、生きた化石のようだ。


なるほど。一口にダニと言っても食べ物が全然違うのですね。肉食であったり、ベジタリアンであったり、発酵物(カビ)を食べたり、まさに人間社会の縮図じゃないですか!

落葉落枝の堆積する土壌に生息するハエダニ科のダニは、ハエの卵や、線虫やトビムシなどを捕食する。

しかも、これからの時期大発生するハエ、あなたが嫌いなハエ、その卵を食べてくれる優秀なダニがいるのです。素晴らしいじゃないですか。今すぐダニと友達になってハエキラーになってもらいましょうよ(笑)

チーズを棚などにおいて熟成させるタイプは、ダニが熟成に貢献している、ダニがカビを食べて、カビの量をコントルールしながら、チーズにほどよい風味をつけているのではないだろうか。

インターネットで見かけたチーズのネット販売の文句に、「我が社の販売している空輪の熟成ミモレットには、元気なダニが付いています」と堂々と書いてあるものがあったのだ。

ダニが二年間ものあいだ熟成させてくれたミモレットはおいしく、ことのほかワインもすすんでしまったのは言うまでもない。


これ読んだ時は驚愕でしたねぇ。外国ではそれが当然かもしれませんが、あなたはダニ付きチーズ(もちろん美味しい!)を食べられますか?
僕はダニ・マニアを読んだから、食べられると思いますが、いきなりチーズ買いに行ってダニがくっついてたら、引くよな~。

昔は、ゴキブリが雑菌をばらまくとして嫌われたのだが、実は、ゴキブリの体は抗菌物質におおわれていて、人間よりも雑菌は少ない、抗菌物質のおかげで、三億年間も姿を変えずに生き残ってこられたのだという。

ダニに関係ないんだけど、どうしても抜粋したかったのです。だって、だってですよ。あれだけ僕たち人間が毛嫌いしていた、汚いと罵っていたゴキブリは抗菌物質に覆われて、僕たちより雑菌が少ないんですよ。僕たちがゴキブリを見て、ぎゃー!! って叫んで、ゴキブリがカサカサカサって動きまわっていました。もしかしたら、ゴキブリの視点に立てば、綺麗好きなゴキブリにしてみれば、僕たち雑菌にまみれた人間を見て、ぎゃー!!!  とカサカサカサ、と移動していたのかもしれない、なんて思ったのです。

ササラダニは餌からその毒を濃縮しているのではなく、自身で合成していることも分かった、この発見までは、ヤドクガエルの毒は、アリ由来だと考えられていた、ヤドクガエルがアリを捕食してその毒を蓄積することが、ヤドクガエルにとって最も重要な毒の供給の方法だと考えられていたのである、アリがササラダニを食べることまでは、誰も気がついていなかったのだ、もちろんヤドクガエルがササラダニを食べることさえも。

ササラダニには毒があり、ダニを食べたアリに毒が入り、そのアリを食べたカエルに毒が溜まる、すごいなぁ。これ人間で考えても、同じことが言えるのではないでしょうか? あなたが食べたものにより人間の身体は作られるのです。
スキニービッチ 世界最新最強!オーガニックダイエット/ロリー・フリードマン でもありました。人間は口にしたもので身体が作られます。

だから、タバコやお酒、コーヒーやスナック菓子、ジュースなどを身体によくない食品(食べてはいけない化学製品の略)を取り込むことで人間本来の力は失われ病気になります。そして、食品(食べてはいけない化学製品の略)を取り込み続けることで、癌(食品を山のように食べたらなる病気)になるわけです。

なるほど。


まだ、ダニはわからないことだらけである、いま読者のそばにある植え込みの一握りの土にさえも、名前のついていないダニがいるかもしれない、そして、人間にとって役に立つ未知の機能を持っているかもしれない、あなたにも、それを発見できるチャンスがある、ダニは常に人間の周りにいるし、地球上の陸地のありとあらゆる場所にいるからだ。

この書評を読んだあなた!! 早速、魅惑のダニ世界に入り込みませんか(え、嫌だって?)? わかりました。無理強いはしません。しかし、この世の中にはダニに限らずまだまだ未開のことばかりです。
ダニだと馬鹿にすることなかれ。知らないことを知ることはすばらしいことです。探求することがすばらしいのです。
さぁ、あなたはこれから何を知りますか? 何を探求しますか?


【編集後記】
本日は仕事が休みです。帯広市の書店、ザ・本屋さんWOW店がリニューアルオープンです。早速行ってみようかな。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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※心無い非難・誹謗・中傷等は削除させていただきます。

著者 : 島野智之
八坂書房
発売日 : 2012-12