おわり
通い続けて三日めの夕方。〈またあなたですか。帰ってください。何度来られても奈緒はあなたには会いませんから。〉インターホン越しに厳しい声をかけられる。『勝手なのはわかっています。大切な家庭を壊して』〈近所迷惑になるから、いいかげん帰ってくれませんか〉『責任を取りたいんです。奈緒さんに、会わせてください。お願いします!』〈そんな必要はありませんから、帰ってください。〉『かならず幸せにします。奈緒さんに…』〈いいかげんにしないと警察よびますよ。あなたのおかげであんな怪我までさせられたんでしょう!?自分のしたこと、わかってないの?〉もし、自分が奈緒の親の立場だったら、という気持ちにはなれなかった。〈あなた、学生でしょう。まだ若いんだし先があるんだから奈緒のことはもう忘れてください。〉インターホンから離れて、彼女が出てくるのを待った。一時間待って、吐く息も白くなり、街頭の灯りが灯ったころ。奈緒が出てきた大きく張り出したおなかを守るように抱えながらゆっくり歩いて。門のむこうに立った。一瞬、はっとして、奈緒の視線が髪に向くのがわかった。就活とか色々あって、黒猫みたいに変わったから。「なんで来たの」言いながら、その厳しい表情がみるみる泣き顔に変わる。「玲音、玲音」『そんなこと、聞くのかよ』「もう帰って」『約束したのに』『もう二度といなくなったりしないって、約束したのにどうして』「玲音には将来があるの。私なんかのところで立ち止まらせるわけにいかない。私のことは忘れて、自分の人生を、好きに生きてよ」『奈緒!』ひとりで決めるなよ…大きな声が出てしまった。『立ち止まってなんかいない。進むためにここに来た。話そうよ、これからのことを』こどもたちのことを。泣かせるのは、おなかの子にきっと良くない。わかってたけど、奈緒の涙をどうしようもなかった。「わからないように、いなくなったはずなのに」「どうして来るの?」『本当に、来ないと思ってたの?』来ないわけがないだろう。「玲音に負担をかけるのが、いやだった」子供ふたりも連れて『俺が、迷惑だとか、言うと思うの?』「言わないのがわかるから、ひとりになったのに!」「この子がいれば玲音を思えるから」『俺はどうすればいいんだよ』『ふざけんな。その子は奈緒だけの子じゃないんだよ、勝手に決めんな』奈緒が胸を押さえて苦しそうにした「ここの玲音が、どうやっても消えなくて、毎日、会いたくて。」門が開いて隔てるものがなくなる。『そんなのずっとわかってた、もういいよ。言わなくても』ただやさしく、抱き締めたもうどこにもいかないように