地方の政治と選挙を考えるミニ講座 -4ページ目

地方の政治と選挙を考えるミニ講座

勝負の世界には、後悔も情けも同情もない。あるのは結果、それしかない。 (村山聖/将棋棋士)

また新党が出来つつあります。

この新党の場合は、1122日の大阪ダブル選の結果を見るまで

その先を占うことは難しい状況ですが、

国会議員が既に19名参加表明していることから、

いずれにしても比較的規模の大きい船出ということになりそうです。



ここ数年の間に立ちあがった新党が最初にすることは、

地方議員の取り込みと、地域支部の確立です。

新党設立に同調する地方議員がいれば、支部長等の肩書きを付け、

議員がいない地域でも、浪人中の元職を連れてきて肩書を与えたりします。

さらに新人の公募を行ったりして、

下部組織の構築に勤しむことになります。



そうすると私のようなところにも、

「新党の公認を受けて、市議選に出ようと思うのですが。」というような

問合せが寄せられることになります。

4年前(平成23年)の統一地方選前は、

当時隆盛だった、みんなの党や大阪維新の会から出たいという人からの

問合せがたくさんありました。

しかし私は、その相談者のいずれにも、公認申請することを薦めてはいません。

むしろ「止めておきなさい」と、見解を提示しました。

その理由が、今回のテーマであります。



―――――――――――――――――――――――――――――――――

政党の存在価値、あるいは命題とするところは、

あくまで国政で議席を伸ばし、政権を獲ることにあるはずです。

ですから、より多くの選挙区で候補者を擁立させなければなりませんが、

同時に選挙に勝てる見込みを構築しなければなりません。

そこで大きな働きをするのが地域支部ということになります。



新党立ち上げと同時に各都道府県支部、その下の小選挙区支部が出来ればいいですが、

新党がそこまで首尾よく下部組織を構築できるわけがありません。

そこに事務局と職員を配置しようと企てるなら、なおさらのことです。

そこで、金をかけずに支部を作ろうという意図で、

公募されるのが地方議員の候補者ということになります。



公認候補が自らのために政治活動を始めれば、

給料を払うことなく、それ即ち党勢拡大になるということで、

近年の新興政党はこぞって、公認候補の数集めに執心してきました。

5年後に政権を獲る」と豪語している橋下氏率いる最新の党も、

まもなく公認候補の募集に注力してくることでしょう。

新党の目下の事情とは「何が何でも数集め」ですから、

公認申請は、特に市区町村の議会選において通りやすいものです。



一方で応募しようとする側の視点で、この公募はどうなのでしょうか。

まず、後援会長をはじめとする

後援組織の構築に見込みがない人にとっては、

公認がその保証を肩代わりしてくれる役目を持ちます。

つまり最初にして最大の難題を公認が解決してくれるわけですから、

立候補に向けて一気に弾みがつくことになります。

そして、党が持つ勢力がそのまま戦果に現れますので、

党勢有利な場合、それだけで当選することも十分にあり得ます。

しかしメリットはこれだけです。



よしんば当選しても、あなたは党勢拡大のための手足、

ノルマを持たされた代理店ということになってしまいます。

党員集めに始まり、他地域の選挙応援等に駆り出されます。

無所属の議員と比較すると、大変多忙な思いをすることになります。



さらにここ近年は、新しくできた政党が長く続いた例がありません。

国会議員であればその議席の重さから、

党の分裂統合に際して身の振り方がありますが、

地方議員にとって党の消滅は致命傷かつ、その責任を誰にも追及できない、

苦しい立場に追い込まれることになります。

自身で集め、党費を払ってもらった党員に申し訳が立たなくなります。

事後の火消しの仕方が悪ければ、

政治家として終わってしまうことにもなりかねません。

実際4年前の統一選でみんなの党から出て当選した人の多くは

今年落選の憂き目に合い、行き場所を失っています。



新しい党が長く続かない理由は大きく3つありますが、

一つは公認の乱発、もう一つは人材不足、

そしてあと一つは、金が続かないことです。



もともと後援会長が立てられず、後援組織が作れない人が

公認を受けているわけですから、

新党の人材に、抜き出た能力と責任感は追求できません。

また集金能力のある者も、自身が党首になることはあっても、

新党に参加することは稀です。



みんなの党の末期に、渡辺党首の金銭問題がやり玉にあがりましたが、

本来金集めと手柄の分配は幹事長が責任を持つべきです。

私は当時幹事長職であった江田憲司氏の無能が、

この党の最期を早めたと思っているのですが、

新しい党に金と手柄を自在に扱える人材が急に育つわけもなく、

党本部の懐事情は、まず地域支部の引き締めという形で

露呈されることになりますから、

やはり貧乏くじを引くのは、地方議員からになってしまうものです。



そう考えると、

新党の公認を得るということは、

立候補の後押しと、最初1回の選挙だけが利点で、

落選すればお払い箱、当選すれば使われるだけということになるわけです。

実に分の悪い契約だと、私は思います。



そして新党は船出のときから「公認の乱発」という、

あとに致命傷となることを蛮行しているので、

いよいよ新党が長く党勢を保つことは難しいと、判断せざるを得ません。



政治は4年間が1サイクルですよね。

4年の間には最低1回の総選挙と通常選挙、そして全種の地方選挙があります。

私はこの4年間、原形をとどめた形で経過した政党であれば、

公認を受けてもいいのではないかと考えています。

今、本当にジリ貧の民主党でも、支持母体はあります。

新党よりは存続の可能性が高いし、統合はあっても分裂消滅の可能性は低い。

仮に民主党公認で落選しても、

再起の芽が摘まれるところまでは追い詰められません。



これから、特に若い人が人生を政治にかけようというのであれば、

人生最初の選挙は無所属で戦うべきだと思います。

仮にその結果が落選であっても、

自前で設えた後援会は、自分のもの、自分の財産です。

自分の成長と共に、後援会を成長させることができれば、

連続当選、上級職への道が開けるというものです。



このブログを読んでくださっている人の中には、

新しくできる政党に興味津々の人も多いかと思いますが、

市町村の地方議員候補が政党の公認をもらうということは、

必ずしも自分のためになる契約ではありません。

人生を左右する重大な問題ですから、よ~く考えて決心してください。



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運動量の少ない人は別にして、

何度も選挙に挑戦しているのに勝てない人がいます。

これまで私にメールや電話で相談を持ちかけてくれた人や、

会う機会を作っていただいた人の中にも、

そういう人(但しコンサル契約はしていない)が数人いるのですが、

今回は一生懸命に、しかも人一倍運動しているのに、

なぜか勝てない人の原因を探ってみたいと思います。



もう8年も前になりますが、

神奈川県のある市で、私は市議選の現場に監督として関わっていました。

その選挙戦に参じていた他の候補の一人にこれは? というのがいました。

30代前半の男性でしたが、

当時としては実にこまめにブログを更新していて、

私の興味の的、チェック対象になりました。



そのブログは「いかに僕ががんばっているか」を主張するもので、

朝の駅立ちに始まり、自転車であっち行きこっち行き…、夕方も駅に立って、

今日はビラを何枚消費し、何人と握手し、何人が演説を聞いてくれたと…。

そんな運動の報告が、日に23度上がって来るものでした。



当初私は、「新手のタイプだな」と警戒したのですが、

来る日も来る日もブログの記事は「僕こんなに頑張っているんだよ」の域を出ず、

まめに報告している割には、支持者の影が見えることがありませんでした。

私はこれは独りよがり、支持者は付かないだろうと判断したのですが、

結果やはり敗退でした。



そして丁度この頃からだと思いますが、

選挙の手法にについて細かく聞いてくる質問者が多くなりました。

「選挙への異常な関心」とでも言っていいかと思いますが、

せっかく政治に参加し、未来を創造するということに挑戦しようというのに、

現実の関心は「選挙運動そのもの」というタイプの人が増えました。

あるいは、「票を獲る術の確立」だけに時間と労力を費やし単眼的に夢中になる人。

誰よりもがんばっているという自分に酔える人。

解りやすく言えば、

売れるわけがない商品を、ただやみくもに一生懸命売っている…、

セールスポイントを理解していない、理解できない。

そんな状態にいつまでも気が付かないまま負けてしまう人、

こういう人たちとの接点が増えたのです。



先日私は、あるセミナーを聞きに上京しました。

私は、ウェブ上で集客するための手法を知るために出かけたのですが、

内容はそのソフトを売るためのもので、私にとっては見当違いのセミナーでした。

しかし商売の鉄則は、売れる(需要のある)商材を扱うことに始まり、

顧客満足を追求しなければなりません。決してお金だけを追いかけてはいけない。

ということを繰り返し説いていて、これは納得できました。



政治だって同じだと思うのです。

追究すべきは住民に安心と希望を与える事であって、

日常それが出来ている人は、自分から言いださなくても、

「私たちが支援しますから議員選に立ってください」なんて展開から、

支持者に導かれるように議員に当選したりするもので、

これこそが本来の地方議員への王道のはずです。

一方で街宣活動や駅立ちなんて運動は、いくら頑張って敢行しても、

誰の役にも立たない行為です。

そのがんばり様をブログで自慢しても、これまた誰の役にも立たない情報です。

特に目指す選挙が市町村議会議員選であるなら、

地に足の着いた生活基盤を築いたうえで、社会貢献を積むことが

最短であり最善であると思います。



私には「本当の政治家とは議席など無くても政治ができる人」という持論がありますが、

実際にまちづくりに率先して参加してみると、

議員などよりもよっぽど信頼にあつく、自治体運営に影響がある人がいるものです。

私も人にああやれ、こうやれと言うだけでは説得できないと思ったので

子供もいないくせに、市の子ども会連合会の本部役員になりました。

そうすると、市主催の催事の実行委員を頼まれたり、

公民館行事の企画運営委員に選ばれたり、次から次に役職がついて来ます。

将来選挙に出ようという人であれば、このような組織で活躍することはすなわち、

仲間を増やし得票に繋がる、大変有効な手立てだと思うのです。



なので私は、このブログでも繰り返し人の役に立つことを継続してやれ。と、

説いてきたつもりですし、

政治活動や選挙運動についても、地道な方法を案内してきました。

理由は簡単、確実に人脈が広がるからです。



ところがどう諭しても、「選挙への異常な関心」を示す人というのは、

選挙をゲームと捉えるかのごとく、手法の研究に没頭してしまうんですね。

そしてそういう人には特徴があります。

まず第一に、「勉強会」みたいな集まりが好きです。

政策や演説やディベートを勉強する催しや学校に行きたがります。

そして同じような志向の人達とつながるのが好きです。

次に権威に弱い。

国会議員をはじめとするいわゆる「大物政治家」が大好きで、

そういう人との人脈があることを自慢するのが好きです。

そして新しい政党が好きです。

単に下部組織として利用されているだけなのに、

重宝されていると勘違いし、公認候補になったりして、

党の消滅と共に夢を壊され、場合によっては負債を背負います。



私観ですが、この手の人たちは選挙が大好きなんだろうと思うのです。

多分政治をやることよりも選挙の方が好きなのです。

私も若いころ参議院議員の秘書になって、

6年先まで選挙がないと思うと絶望でした。

衆院議員の秘書がうらやましくて仕方がなかった時期がありました。

退屈であることに我慢できないのでしょう。



しかしいくら選挙が大好きでも、

選挙運動ばかりに没頭したのでは、らちが明かないのは前述のとおりです。

地に足の着いた生活と社会貢献がなければ、何もコンテンツが仕上がりません。

実際ビラやリーフレットを企画しようという算段になったとき、

決意表明の文章ひとつまとめられないというのは、

実績もビジョンもないからです。

ブログやFBの記事に「僕こんなに頑張っているよ」としか書けないのは、

当選後にやるべき使命がイメージできていないからです。



あえて今回は「選挙に勝ちたい人」ではなく

「政治家になりたい人」へ呼びかけますが、

政治家になりたければ、今すぐ誰の役にも立たない政治広報活動をやめて、

政治そのものを始めてしまうことです。

自治会、町内、そして市町村でも、

まちづくりに責任を持って参加してくれる人は大歓迎されるはずです。

そこで住民のために知恵をだし、体を使って奉仕していれば、

道はおのずと開けていきます。

6時から8時の2時間、

駅に立って誰の役にも立たないパフォーマンスを演じているくらいなら、

お年寄りを誘ってラジオ体操に参加し、通学路で黄色い旗を振り、

月に一回くらいは地域活動に勤しむ人たちと酒でも酌み交わしてください。



余禄になりますが、

冒頭で紹介した神奈川県の市議候補が書いたブログに対して、

隣の市のベテラン市議が興味深い感想を残していたので引用紹介します。



「こうした新人類の皆さんの特徴は、選挙への異常な関心にあります。
せっかく、これからの将来がどうあるべきかと言う関心を抱きながら、
現実の関心は「選挙運動そのもの」に向かっていく。
あるいは、主要な時間が、「選挙運動の活動」につながっていくプロセス。
その先には、選挙活動運動自体を求めて、
その職業化(家)を知らず知らずにひた走っていく活動に至っていきます。
もし、こうした行動の先に選挙があって「当選」に至れば、
自己目的化した選挙運動家こそ、目標とされる政治家像と見なさせるでしょう。
他にも、現職議員の中にも若い世代は、
「選挙運動」のみの活動に専念する方が多いようです。
そうした傾向を勘弁してほしいと願うのは、全共闘世代の「ぼやき」なのでしょうか。
(原文ママ)


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前回の「まずはリーフレット・2」でお伝えしましたように、

選挙関係の印刷物を、隅から隅まで、

しっかりと読んでくれる人というのはそう多くはありません。

有権者のだいたい1割、それが私の現場で培われた経験からの推量です。



この1割の有権者と大半はダブるのではないかと思うのですが、

「一段高い所から、確かな観察眼で、選挙という行事をしっかり観ている人」が

どこの土地の選挙現場に行っても必ずいます。

ただ、この「一段高いところ」がどこなのか、

特定するのが難しいグレーな空間でもあるので、

依頼者の方々には常々「神の域の有権者」と例えて話をしています。

この場でも「神の域の有権者」という言葉で説明させていただくことにします。



民主主義を標榜したわが国において選挙とは、

国民が参政権を行使するための唯一無二の機会であり、大切な行事ですが、

多くの「陰」を抱えております。

小さな町村では、怨恨により住民間を何年にもわたって二分してしまうこともあるし、

家族・親族間で争いを起こす種になることもある。

さらに金や権力欲が絡み、醜い争いや事件の引き金になることもあります。



参政権は国民の権利である故、

一票を決して無駄にはしないで、必ず投票すると考える人でも、

選挙を取りまく魑魅魍魎を嫌って

現場にも候補者にも近づかないということを、

かたくなに貫いている人たちがいます。

「神の域の有権者」はおそらくこの種の人のなかにいるのですが、

とにかく姿を現さない、選挙の現場に降りてこないわけですから、

探すこともコンタクトを取ることも大変難しいということになるわけです。



しかしこの人たちは一票を確実に行使する人たちであり、

誠実かつ社会的地位が確か、そして知的であり、

周囲からの信用に厚い人であると私は解釈していますので、

もし「神の域の有権者」に認められれば、

見えない票がグンと伸びる現象が起きます。



ノムさんこと野村克也氏の言葉に、

「勝に不思議の勝あり負けに不思議の負けなし」という名言がありますが、

運動量と背景から予測できる得票をはるかに超えるような、

不思議な大勝を経験するときというのは、

「神の域の有権者」が陣営の見えないところで、

勝手にその候補者のために運動していたのではないかと、

事後になって思えることがあるわけです。



選挙策士としては、確実にここに声が届く方法を確立したいわけですが、

最終的には候補者の素質に委ねる部分であることを理解していますので、

100%到達できる方法ではありませんが、

私がこれまでに知り得た、その近づき方を今回は披露しようと思います。



まず大切なことは「意識」を持つことです。

「一段高い所から選挙という行事を観ている人」がどこかに必ず存在していて、

自分の言動を見ているんだ、ということを「意識」することです。

「神様が見ている」という感覚ですね。

日本人なら幼少のころから何度となく聞いてきた言葉で、

当たり前の概念なんですが、

当たり前すぎて、人によって解釈が全然違うのが難点です。

神仏の力に依存するということではないので、

意識が強すぎて、神頼みになってしまってはかえってマイナスです。



しかし程よくこの意識が働くと、

個別訪問や、告示後の1日に50回もやるような街頭演説といった、

地道な運動を支える気概になります。

「意識」がもともと備わっている人と、「意識」が構築できた人は

何日もそれを続けることができますし、

続けているうちに「神の域の有権者」かもしれないという人に必ずたどり着きます。

「意識」がない人は、

まもなく「こんなことしていて効果があるのか?」と文句を言いだし、

もっと楽な方法を模索し始めます。



次に大切なことは、

「こちらから出向く」というスタンスを持ち続けるということです。

首都圏の選挙では、個別訪問より駅立ちとよく言われることですが、

私に言わせると、自分が動かずに多くの人を待ち受けるというのは、

どう考えても小さな選挙(市区町村議会議員選挙)の鉄則破りなんですね。

日中は個別訪問に勤しみ、

早朝のみそれをやるというのであれば理解できますが、

駅立ちだけでは「神の域の有権者」には出会えないと思います。

区民の大半がマンション住まいの都心で、

個別訪問が難儀なのはわかりますが、

区会や自治会、防犯防災の集会や教育関連のボランティアなどに

率先して参加していれば、

地べたに住んでいる人たちとの接点が必ずできます。

個々に説いて回るという、小さな選挙の基本を外さないことです。



その次は、印刷物等を企画・制作する際、特に文章を書くに関して

「神の域の有権者」を意識して、読んでいただけるモノを作ることです。

印刷物の隅々まで読み比べ、

そして御自身の基準で中身の優劣を判断する人たちに認めてもらうよう、

創意工夫したテキストを書く努力をします。

決して、大衆受けを狙ってはいけません。



「神の域の有権者」に声が届くと、本当に意外なところ、

つまり行ってもいない地区や、これまで関連なく面識もない人達からの

支持を感じるようになります。

初めて訪問する家なのに、

「もう後援会に入っていますよ!」なんて言われたり、

ある地区に入ったら、自分のリーフレットが軒並み配られていて、

誰が撒いてくれたんだろうと探すと、

これまで面識のなかった人が善意で撒いてくれていた。というような、

陣営から見えないところ、把握していないところで、

あなたのために動いている人が出てくるという現象が起きます。



このような現象の報告を聞いたとき、

選挙策士は「勝ったな」と実感します。

最後の最後までやきもきする選挙と違って、

実に気持のいい勝ち方です。



私がわざわざ「神」という言葉で例えるのは、

意識するということが、ある意味畏怖の心に似ているからです。

有権者に対して畏れを感じるくらい謙虚な気持ちと意識を持つと、

神様に加護されるのと同じように、

有権者に大切にされるのではないかと思います。



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選挙ではたくさんの印刷物を使います。

私は選挙そのものを指導することを職業にしていますが、

印刷物を企画制作するプロでもあります。

以前にも「まずはリーフレット」 という題目で記事を上げましたが、

今回はその続きになります。



その前にちょっとだけおさらいをしますが、
リーフレットというのは、言うなれば候補者のカタログですね。
持ち運びのしやすさから、A4三つ折りで作るのが一般的です。
その表紙、まずデザインが目に飛び込み(表紙の候補者の写真と名前)、
裏表紙には性能・スペックが明記され(プロフィール欄・連絡先)、
一枚めくると開発ストーリー(あいさつ文)が書かれており、
全開した中面に汎用性や諸機能(政治信条)が箇条書きされている…。
つまり、候補者のセールスポイントが簡潔にまとめられたもの。
これがリーフレットです。

市区町村の議員選挙で一般的に使われる印刷物の中では、
もっとも情報量の多い、かつ制作に手間がかかる商品でもあります。



選挙までまだ時間がある場合は、候補者と支持者の皆さんで、
じっくりと内容を考え検討し、これをみんなの力で完成させることが即ち
陣営の営業戦略会議であると以前の記事でお話ししましたが、
今回はその内容について、述べたいと思います。



私がリーフレットに求める最大のパフォーマンスは「質感」です。
一部を手渡された時の感じ、持たされた時の感触…。
この時に(これは大切なものだという)重量感が伝わることが、
リーフレットを企画制作する上でもっとも気を遣うところです。



モナカという菓子は持った瞬間、優劣がはっきりと伝わりますよね。
スーパーの袋菓子売り場のそれは、呆気ないくらい軽くて
中身は餡よりも隙間の方が多いくらいですが、
老舗菓子屋の一流品はズシッと重い。
適度に水分を含み、しっとりとした餡の「質感」を感じることができます。



モナカははっきりとわかる例ですが、
CDなんかでも感じたことがないでしょうか。

例えば温泉宿やカラオケスナックで、
酔狂のどさくさに買ってしまった巡業歌手のCD…。
メジャーの歌手のそれとは比べ物にならないくらい「軽い」ですよね。
重さ(目方)は、メジャーのそれもマイナーのそれも変わらないはずですが、
収録されているものの価値がまったく違う。
然るに差が出るわけです。



話をリーフレットに戻しますが、質感を演出するためには、
まずきちっとデザインされていることが、なんだかんだ言って重要です。
表紙と裏表紙をチラチラと見ただけで、
「これはきちっと作ってあるものだな…。」
「(候補者の)魂が吹き込まれたものだ。」と直感させなければなりません。



私の場合、周到にデザインすることはもちろん、
紙も一般的なものより1ランク厚いものを使いますし、
現在取引している印刷屋と信頼が築かれる前までは、
印刷現場に顔を出して、インクの調整にも口出ししていました。
そして何より、CDの場合と同じように、
中身(テキスト)を充実したものにしなければ、
独特の質感は醸し出されません。



さてその中身ですが…。
はっきりと書いてしまいますが、
リーフレットに書かれた政策欄なんて真剣に読んでくれる人は滅多にいません。
調査をしたことも統計を聞いたこともありませんが、
私の感覚で、こんなものを隅々まで熟読する人は1割くらいかな、って感じです。
でもモナカの例のように、
「ビッシリ情報が詰まっているな」という印象を演出しなくてはなりません。
このときに大事なのが、文字の大きさと文字数と配列です。



私の経験談になりますが、
30代の若い候補者とリーフレットを創り上げ、
さてそろそろ校了かというときに、候補者の両親から
「文字数が多すぎるし、小さいのではないか。これでは年寄りは読んでくれない」と、
指摘を受けたことがあります。
ご両親の心配は最もだと思われるでしょうが、
文字を大きくしたところで、読まない人は読みません。
これはお年寄りに限らず、視力が健常な若い人でも同じです。
逆に読む人は、新聞や本を読むのと同様に、ルーペを使ってでも読んでくれます。



普段新聞も本も読まない人、
つまり活字を読む習慣が無い人に照準を合わせると、
中身が薄くというより軽薄になりやすくなります。
いや間違いなく軽薄になります。
その分を気の利いたデザインでカバーできればまだいいですが、
ふつうの印刷屋の仕事は、文字の大きさと文字間行間の調整で余白を埋めるので、
「スカスカ」という印象のものになります。
袋菓子売り場の安いモナカに例えられるものになってしまいます。
実際にそういうものを選挙の現場で見ることはよくあることです。
手間ひま掛けたよくできたものと比較されると、
「人をバカにしているのか」という印象を与えかねません。




リーフレットを車に例えると表紙が外装で、裏表紙が内装です。
そして1枚開いたページに掲載される決意(あいさつ)文がエンジンであり、
政策や人柄の紹介が、その他のパーツになります。
そして「隅々まで読んでくれる人」を例えるならば、車に精通した人です。
車に精通した人がエンジンや性能を評価してくれると、どうなるでしょうか。
言うまでもないですよね。



さらにリーフレットだけではありません。
政策ビラや首長選のマニフェスト等の読み物を企画する際、
普段、新聞や本を読まない人を意識するといいものになりません。
口コミや噂話、特に良いウワサは、高い所から低い所へと伝わります。
そのことを決して忘れないように、
重要な情報はまず高いところに届けるということを実践してください。



くれぐれも「隅々まで読んでくれる人」は1割くらいしかいません。
しかしその1割の人は、口コミの源になる重要な論客です。
ですから、この人たちに訴求できるテキストを書くことが重要であり、
この努力が餡の詰まった「質感」のある重いモナカになるわけです。
あいさつ文も政策も、丁寧かつ正しい日本語で書くことが大事。
「わかりやすく、伝わりやすく」という工夫は、
書く内容のレベルを下げることとは違います。

なので、リーフレットを含む選挙の印刷物の企画は、
「これはきちっと作ってあるものだな…。」と直感させるデザインが最重要で、
「隅々まで読んでくれる人」を対象にテキストを組み立てることです。


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釣りはフナに始まりフナにたどり着く。

中華料理はチャーハンに始まりチャーハンに行きつく。

こんな風に、奥の深い世界を例える言葉がいろいろとあるかと思いますが、

選挙について言うならば「個別訪問に始まり、個別訪問に終わる。」と、

言っていいのではないかと、私は思っています。



しかし選挙運動における戸別訪問は、公選法で禁止されています。

なのでここでは、政治活動時の個別訪問について説くことになりますが、

それ故、その方法等を指南しているマニュアルというのは

ごく稀に、私記としてしか存在しないと思います。

私がこれまでに読んだ選挙のマニュアル本の中にも、

具体的にかつ詳細に個別訪問のやり方を説いたものはありませんでしたし、

その存在を聞いたこともありません。



では、選挙に当選し現に議員になっている人に聞こうと試みても、

理論立てて上手に個別訪問の秘訣を話せる人って、まずいないんですね。

聞いてみてもほとんどの人が「行き当たりばったり」。

特に新人のときは、意地だけでやり通したという経験談しかないのが普通です。

だから「苦労したでしょう?」と、私から水を向けると、

「罵声を浴びた」「門前払いだ」「あやうく殴られそうになった」

さらには「警察に通報された」なんて逸話が、矢継ぎ早に出てくるものです。

そして結局、「個別訪問は忍耐と根性!」という、

これからその方法を教わろうという者にとっては、

なんとも拍子抜けな、期待にそぐわない回答しか得られないわけです。



そこで今回は私なりに個別訪問を掘り下げようと思うのですが、

その前に私の経歴に触れておきたいと思います。



これは以前にも書いたことですが、

私が単なる選挙好きから、プロでやって行こうと決めた動機の一つに、

「訪問販売の経験」が、あります。

職種は住宅リフォームの受注営業でした。

月に100人も採用しながら、1年後にはそのうちの10人も残らないという会社で、

スパルタ式研修が大好きないわゆるブラック企業でした。

私にはそこで32歳から35歳までの約3年間、食いつないだ経験があるのです。



訪問販売の会社なのに、訪問の仕方について教えるくれることは、

「バカになれ、そしてとにかく数をこなせ」ということだけです。

会社の本社にいる上層の言い分は「受注は確率」、

即ち「サボらずに歩け、数撃てば必ず何発かはあたるはず」なのです。

確かに新人のうち、あるいはスランプに陥ったときは、

どんなに罵声を浴びようが、次から次へ訪問するしかありませんでしたが…。

しかしこんな仕事にも慣れてくると、見えてくるものがあるものです。

そして会得したコツが、選挙の個別訪問にも確実に活かせるものだったのです。



さて、そのコツを「秘訣」と称して披露しようと思いますが、

そのいの一番が、「相手がびっくりするような訪問はしない」ということです。

これは以前にも「個別訪問を始める前に」 で触れましたが、

訪問先の相手がびっくりするということは、即ち工夫が足りないということです。



現場が住宅地なら、前の日にリーフレットを配っておく、

それに「ただいまこの地区を回っています」なんてメモ書きでも添えたら、

「そろそろ来るな」という構えが住民に出来ます。

現場が農家集落なら、畑で作業中の人に「今からこの地区にお邪魔します」と

声をかけておけば、あっという間に評判になります。

最初に区長や自治会長に、周到なあいさつを済ませておくというのも工夫の一つです。

つまり「相手がびっくりするような訪問はしない」ということは、

訪問するということを何らかの方法で予告することなのです。

方法は考えればいくらでもあると思います。



次の秘訣は、案内人に頼りすぎないことです。

選挙になると、候補者を連れ回して各戸を歩いてくれる人がどこからともなく現れます。

選挙大好きおじさんとでも称しておこうと思いますが、

この選挙大好きおじさんの中には、

かなりの確率で「地域で全く信用されていない」人がいるものです。

言い換えれば村八分ですね。

こういう人と一緒に歩いても票は増えないし、減らすことにもなりかねません。

しかし排除できないのが、選挙大好きおじさんの厄介なところです。

この場合は、おじさんがまわったルートと各戸への入り方

(正面からか、勝手口からか、ピンポンは鳴らしたか、等)を覚えておき、

その後独自で、なぞるように再度回りなおすことが大切です。

リフォームの営業の場合も、

最初に村八分の家で受注してしまうと、その後その集落では絶対に取れません。

受注の連鎖が起きるときというのは、

集落の中で信用の厚い家で、いい仕事ができたときがチャンスです。

つまり良い口コミの主が味方に付いた時なのです。

選挙でもこれは同じです。



そして次の秘訣は「託される」ことです。

営業の場合の第一声は御用聞きです。

いきなり「リフォームしませんか」とは絶対に言いません。

「何かお困りのことはありませんか」から入って、

まずはお客さんの警戒を解き、

口が滑らかになるまで話題を投げかけるのが、営業の努めです。

お客さんの悩みを共有できるまで話を聞くことが出来たら、

あとは大概「あなたにお任せします」。「はい、きっちりやらせていただきます」。

という具合に契約が決まります。

個別訪問の最中でお茶でも差し出されたら、

調子に乗ってあれこれ述べるのではなく、相手の話をとことん聞くことです。

ピッタリ波長が合えば必ず「あなたに任せる」という展開になります。



さらにその個別訪問が奏功しているか否かを検証する方法もありますが、

その方法の披露はまたの機会にしたいと思います。



駅立ちや辻説法のほうがカッコよく、スマートな運動方法だということは解りますが、

選挙は「個別訪問に始まり個別訪問に終わる」そういうものです。

新人のうちは厳しいですが、現職になっての個別訪問は本当に楽になります。

最初は近所の知り合いからで結構です。

徐々に脚力と精神力を養って、

選挙前一カ月には、42kmを走れる自信をつけてください。