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地方の政治と選挙を考えるミニ講座

勝負の世界には、後悔も情けも同情もない。あるのは結果、それしかない。 (村山聖/将棋棋士)

今日は自民党総裁選の告示日です。

野田聖子元総務会長が出馬し選挙になるのか、

あるいは安倍総裁の無投票再選かと、世論の注目を集めていましたが、
今朝早く、野田不出馬、安倍無投票再選の報が流れました。



誰が見ても端から勝ち目のない選挙。

それもたかが20人の推薦人を集めることに苦慮しているのに、

なぜ野田さんは出馬を画策するのか、騒ぎ立てるのか…、

単なる売名行為じゃないのかと、世論の反応も厳しいものの方が多いようですが、

皆さんはどう思われたでしょうか。



野田聖子さんと言えば、郵政民営化法案に反対票を投じたため、

平成17年の総選挙では自民党の公認を得られず、

「刺客・佐藤ゆかり」を送り込まれたという、修羅場を経験している人です。

また、不妊手術・高齢出産、こんにゃくゼリー問題、マルチ商法との関与等、

良くも悪くも注目され、全国に名の知れた政治家の一人です。

それだけに、世論の反応も人一倍厳しいのではないかと思われます。

一般人から見れば、

勝ち目のない選挙に時間を費やすことがもったいなく見えるでしょう。

反自民からは、「内輪もめ、党内の混乱」にしか見えないかもしれないし、

自民支持層からでも、政権の足を引っ張っているように見えてしまう。

結局野田氏のスタンドプレーだったということで決着し、
時間の経過とともに片づけられる一件かもしれません。



しかし私は、野田氏の昨夜までの行動は、決して無駄にはならないと考えます。



自民党の国会議員は98日現在で衆院289人 参院113人の計402人です。

そのうちの20人から推薦をもらうことが総裁選出馬の条件なのですが、

現在の自民党は党内の全派閥が安倍首相支持で固まっているはずです。
ですから402人中のたかが20人とはいっても、
ここには浮動票などはないし、
野田氏の推薦人になるということは、謀反者とレッテルを貼られる可能性もある。
つまり野田氏の力量と器量だけではどうにもならないことは明白です。
私は、だからこそ野田氏は行動を起こせたのではないかと思うのです。
仮に安倍総理の足元がぐらついているときに行動を起こせば、
党内の混乱に拍車をかけることになります。
その上推薦人が20に届かなければ、無用に騒いだということで責任を追及されたり、
追い込まれる立場に陥ることにもなりかねません。



では野田氏が立とうとした理由はなんなのでしょうか。

もちろんご本人に聞けるわけもないので私観ですが、
「党内の国会議員一人一人と相対して話ができる機会を創った」
ことではないかと、私は考えます。
そしてそのメリットはあったのではないかと思うのです。



とくに目上の長老で、党内でも力を持っている人と、相対で話せる機会など、

改まった席を設ける以外にはなかなか実現するものではありません。
相手が仮に、当選回数の少ない若手であってもいかんせん国会議員ですから、
いくらなんでも突然事務所にけしかけるのは非礼なことです。
ところが、選挙で選ばれた人種間であるが故、
選挙という非常時では何でも許されるという概念が、政治家にはあります。
巷での選挙同様に、議員会館の各事務所を個別訪問して回れるのは、
総裁選出馬に名乗りを上げたその人に許された特権だと思うのです。



その時野田氏がどんな話を説いて回ったかは知る由もありませんが、

ここで得た情報や、自分に対する評価を知ることは、

今後の野田氏の仕事を支える好材料になったと思います。

ポスト安倍を選択しなければならなくなる数年後には
重要な地位にいるかもしれませんし、
その時の働きによっては、将来要職を射止めることにもつながると思います。
逆に党内が割れるようなことがあったときにも、
敵味方を見抜いて、自身の身の振り方を整える判断材料が増えたと思います。
今回は選挙にはなりませんでしたが、
「立候補予定者」という身分をある意味まっとうし、あるいは利用し、
ご本人は満足しているのではないかと私は思います。



野田氏の経歴を調べてみると、8回総選挙で当選していますが、

岐阜県議を辞して最初に挑戦した衆院選では無所属で出馬、この時は落選しています。

そして郵政民営化法案に反対して無所属で立った総選挙には無所属で勝っています。

こんな経歴と今回の行動から、例え野田氏本人が自民党と反りあっても、

自分自身の脚で築いた、つまり党勢に頼らず、

有権者一人一人と本気で対峙することで築き上げた

野田氏の人生そのものを支えてくれる、
堅牢な後援会をもっている人であることが垣間見えます。
どんな危機をも乗り越える自信と、それを後押ししてくれる後援会があるから、

大胆な行動に出られたのではないでしょうか。



さて皆さんの選挙の場合の、特に最初の選挙の初動もそうですが、

後援会の核となる数人を集めることは簡単なようで大変なことです。

特に顔と名前の露出を厭わなく、かつ地域では信用があり、

後援会長だの選対本部長を引き受けてくれる人物を説得するのは、

本当に難儀なことであると思います。

でも、単に目の前の選挙だけを突破することだけではなく、
生涯政治家として生きていこうとの決心で選挙に臨むのであれば、
このプロセスは決して省略してはいけない重要課題です。
これを途中で放り出して、新興政党の風なんかを頼りに一回の選挙は勝てても、
次の選挙のときには党がなくなっているのが関の山。
党の消滅のパフォーマンスが悪ければ、

その党歴はあなたに一生付きまとう負の遺産になります。



自民党の総裁選と言えば、国のトップを争う選挙。

そんな選挙でも個別訪問に始まり個別訪問に終わるのです。

最近の私への相談や問い合わせの中には、

「個別訪問をやらなくても勝てる方法を…」と読める内容のものが多くなりました。
詳しく聞いてみると個別訪問が怖いので、それ以外のことは何でもやるから、
何か別のの戦法を教えて欲しいというわけです。


こういう人たちの本心は「自分に自信がない」んですね。
そして、自分が立候補する動機に正義がないことを自身がよく知っているのです。
だから演説で大衆に向かっては演説できても、相対で説くことが怖いのです。
「なぜあなたは立候補するのですか」と、一対一で詰められたときに
論破できる自信がないんですね。



しかし私は、選挙に出るという動機のほとんどに

崇高な正義など無いことを知っています。

選挙に出る動機は「議員になりたい」という出世欲だけでもいいと思います。

だけど推薦人20人を集めるというような、

地道な後援会の基礎を築く努力を欠いては絶対にいけません。
政治家と後援者はお互いの信頼の元、
議席を共有している意識が働いていることが望ましい関係です。
野々村竜太郎に見られるような、ああいう破廉恥ができるのは、
親代わりになれる堅い後援会がないからです。



田舎ではその土地に縁者のいないよそ者のことを「根っこがない」と言いますが、

都市圏でも後援会を持たない人というのは「根っこがない」人です。

美貌かパフォーマンスが効いているうちは23回当選できても、

後発にそれ以上が出てくると、もうその先はありません。



選挙とは元来、有権者が候補者をガリガリと研ぐことです。

個別訪問で痛い目に遭ったとしても犬に噛まれるくらいのものです。

むしろ訪問先で厳しい反応を受けた方が、あとでこちらに徳が積まれます。
厳しい追及を避けるのではなく、さあ研いでくれと石頭を差し出してみてください。
とげとげしい角が取れた頃、いつのまにか強い後援会が形になっているはずです。

私が請け負った選挙の中に、

本来は勝てるはず、それも勝利が目前にあるにもかかわらず、

最後の最後に大失速し負けてしまうという、悔しい結果が何回かあります。

そしてその因果は、各回各様ではなく、毎回ともすべて同じ理由に依ります。



千葉県の某市、市議に挑戦する新人のAさんは60代前半、

市役所を定年まで勤め、行政に明るく人脈人望にあつく、

当初から当選間違いなしと評価の高い方でした。

ただ、前評判がよすぎることが災いして、

地道な活動になかなかのめりこめないという、問題がありましたので、

私は周囲の声に惑わされることなく、とにかく名簿に上がってきた家には訪問をかけ、

確実な票を積みあげる様、何度も何度も指示を出しました。



そしてようやく、

自分で行った個別訪問から支持の連鎖が生まれ、これまでの人脈の輪を超えて、

新しい支持者が上がって来るようになり、

政治活動が軌道に乗り、その佳境を迎えました。



こうなると本人も、自ら進んで外へと向かうようになり、

陣営の雰囲気も日増しによくなってきます。

電話やメール、ブログのコメントにて激励の言葉が集まり始め、

順風満帆、告示を迎えようとしていました。



告示も迫ったある日、出陣式の打ち合わせをしている時に、

誰の発案か、引退した元議員を来賓に呼び、挨拶をいただこうという運びになりました。

候補者本人は部長まで経験した市役所のOBですから、

元議員とは旧知の仲、何も大げさに襟を正さなくとも依頼できる位置にいる人です。

その案には誰一人反対することなく、満場一致で元議員を呼ぶことになりました。



ところが…。

出陣式の挨拶だけでよかったものの、この元議員のエンジンがかかりすぎて、

後援会事務所に入りびたり、勝手に指揮を執るようになってしまったのです。

当人の行動予定にまで割って入り、

「私が連れて歩くから」と候補者を連れ回すのですが、

ほとんどの訪問先で長居をしてしまうので、一日かかっても数件しか回れない。

そして似たような、昔は地域の要人ではあったものの、

今は周囲から疎まれているような「類友」を何人も連れてくるので、

事務所はたちまち老人たちに占拠されてしまいます。

口だけで行動しない、しかもプライドだけは人一倍高い老人たちのために、

毎日昼夜、そばや丼ものを出前します。

そしてついには候補者本人も、60歳を超えた市役所OB ですから、

その年寄りの輪の方が居心地がよくなって、

「これだけの人脈があるのだから私は大丈夫」と、方針を換えてしまいました。

私の言うことよりも、元議員の指図に動かされるようになってしまいました。



陣営の中には「このままではまずい」と思った者も何人か現れ、

何とか立て直しを図りましたが、

元議員が連れてきた「黒い世界」の人物に恫喝され、その人たちは後援会を去りました。



結果Aさんは最下位で落選。

しかも陣営内から逮捕者まで出してしまいました。

ほんの一か月前までの活気がウソのような結果です。



その結果を招いたのは元議員が原因かのように見えましたが、

選挙後3カ月も経ってから、

Aさんは、元議員に要求されるがままにまとまった金を渡してしまい、

その後も他の老人たちにたかられ続けたことを私に明かしました。

そして金を使った分、彼らは票を持ってきてくれると信じて疑わなかったと、

その時の心境を明かしてくれました。




続いて、群馬県某市の市議会に挑戦したBさんもまた60代前半です。

Bさんは前回落選しており、今回は2回目の挑戦です。

故に選挙の1年以上前から政治活動を始め、綿密に後援会の拡大に努めてきました。



一度落選しているという経歴が、後援会長をはじめとした人事の決定を遅らせましたが、

選挙前一カ月にはそれまでの活動が実を結び、
予想と目標を上回る数の後援会名簿が集まりました。
その頃、かつて薬局だったテナントを借り、事務所開きを行いましたが、
ここに集まった人たちがDQNでした。



Bさんはもともと、生活困窮者を一時的に保護するという類の仕事をしています。

県から指定を受けた福祉事業なのですが、「貧困ビジネス」と疑われるのが難点です。

この施設に入っている生活困窮者とは、とどのつまり元ホームレスです。

ですから障がい等が原因で社会適応が難しい人に加え、

前科者や薬物中毒、反社会的な思想の持ち主が多く存在します。

そして驚いたことに、そういう人たちを運動員として集めているわけです。



もちろん私は、一目見てこちらが尻込みしてしまう風体の人物の出入りを禁じました。
しかし次から次に新手の「底辺の人間」がここに集まるのです。
彼らからすれば自分を救ってくれた親代わりのBさんを支えようとのつもりですが、
独特のマイナスオーラはBさんの足を引っ張るだけです。
そして「前回も世話になったから」と、
断りきれずに街宣車の運行を任せてしまった連中が、いわゆる選挙ゴロでした。
しかも最低級の…。
差別用語をいくつ重ねても形容できないほどの、凄い連中でした。



この遊説隊の登用で、それまで築き上げてきたものの全てが吹っ飛びました。

善意で応援してくれた福祉関係の人たち、

教会の神父さんと博愛主義の信者の人たち、動物愛護団体の人たち…。

この人なりの票を一年がかりで集めたのに、

候補者の「断る勇気」がないがために、

みんなが居心地の悪い思いをしてしまい、結局去ってしまいました。

結果、惨敗。




3人目の例も60代前半の方でCさんです。今度は埼玉県某市の市議選が舞台です。

Cさんは学習塾の経営者で、これまでに教えた児童・生徒の数から、

充分に当選が見える人でした。



年齢の割にエネルギッシュな人で、

政治活動を軽々とコンスタントにこなしており、

私からすれば、ほとんど心配する必要がない人なのですが、

いつのまにか4年前に引退した「元議長」が憑いていて、

「市長に会わせる」、「県議の後援会長に協力を依頼する」等、

おおよそ無駄な要件ばかりを押し付けてくるわけです。



Cさんの場合は、本人が元議長に感化されることはありませんでしたが、

後援会幹部が元議長に操られました。

さらにCさん後援会の主な層である教え子の母親たちにとって、

元議長の采配、というより存在そのものがマイナスでした。

告示前に事務所を二か所に分割するという苦肉の策に出ましたが…。

結果次点で惜敗。


このように招かれざる客が一瞬にして、

これまで築いてきたものをぶち壊してしまうことがある。

これが期日と言うものが明確に区切られた、

選挙の怖いところです。



AさんとCさんの場合は、元議員という、

本当は居ても何の価値もない人物に翻弄されましたが、

そんな、人を肩書だけで重用するというところから間違いは始まっています。

Bさんの場合は、「扱いやすい、小さな金額でコントロールできる」

という理由で人選をしたために、大切なものを失っています。



この3人は結果落選していますが、

当選している人のなかにも、選挙事務所に入れる人選を間違えて、

要らぬ苦労と出費をしている人、

大切なものを失っている人はたくさんいます。



皆さんは、「元議員が持っていた1000票のうち、半分の500は期待できる」。

なんて計算していたりしてないでしょうね。

世襲は親から実の子であっても50%。

他人であれば引き継ぎでも1020%、

元議員が辞めたあとブランクがあれば限りなくゼロに近いと思ってください。

100票なんて単位の票を分けてくれる人は絶対にいません。



また福祉関係の人脈を背景に出る方の場合、

生活弱者の支援を受けることもあると思いますが、

生活弱者の中には、人に甘えることへの抵抗を失くしている人がいますので、

ふつうの人とは決して相容れあうことはないと思ってください。



そして最後に、なぜこういう選挙事務所の雰囲気を一変させてしまう人が、

年配の候補者につきやすいのかを説明しますが、

ずばり「金」です。



今日日40代以下のいわゆる若い候補者は、本当に金を使いません。

スタッフは基本ボランティアで、手当を出したとしても金額は僅かです。

ところが年配の方の場合は、労働に対して対価を払うのは当たり前という、

観念が強いと思います。

しかも金に余裕がなく60代で選挙に出る人というのは、

社会通念から言っても稀有ではないでしょうか。

だから、律儀な人ほどに招かれざる客は憑いてしまうのです。



選挙事務所の雰囲気をつくるのはそこにいる「人」です。

いい雰囲気をつくるためにはいい雰囲気を持っている人を連れて来なければ、

いい雰囲気を醸し出すことはできません。

その努力を怠り、筋の悪い人を重用すると、大変なことになってしまいます。


そしてお金。

私は出せるならば労働量に応じた金額は払った方がいいと考えますが、
払う価値がないところに金を払うと、いい雰囲気が維持できなくなります。
元議員にまとまった金を渡すくらいなら、
印刷物を余計に刷って、
ポスティング業者に手当てした方がよっぽど票になるはずです。

立候補を検討している方と実際に会う。あるいはメールで相談を受ける。

その選挙に関わることが決まり、後援会や家族の方と対策を考える…。

そんなコンサルティング開始の初期場面でよく聞かれることの一つに、

「知名度を上げるにはどうしたらいいでしょうか?」というのがあります。



選挙そのものが名を売る行動・運動ですから、

知名度を上げるということは、必要不可欠のことであると思われがちです。

では、すでに知名度がある人、知名度が簡単に上げられそうな人とは、

どんな類の人たちでしょうか。



そこで皆さんの住む自治体や地域で、

ちょっとした有名人がどんな人なのか想像してみていただきたいのですが…。



きっと、ここで思い浮かぶ人は例えば会社の社長さん…。

それも全くの無学・無一文から一代で上場を果たすほどの人物であったり、

次から次へ病院や介護移設を建てまくる、時代の寵児のような理事長だったり、

福祉やボランティアにとことん精を出す活動家であったり、

皆さんが思い浮かべた人とは、相応の肩書がある人ではないかと思います。



ではひとつ条件を付け加えてもう一度皆さんに聞きます。

普段、何をやっているのかわからないけど知名度のある人っていますか?



えっ!…そんな人、いるわけがないですよね。

顔と名前だけを売るなんてことは、

容姿そのものがよっぽど魅力的か特徴がなければ、到底無理な話です。



つまり知名度を上げるということは、相応の肩書を持つ人こそができることあり、

相応の肩書がない人が取り組むべき問題ではないということです。



実際に現在の市議会議員の名簿を見てください。

選挙云々の前に知名度のある人っていますか?

元芸能人やアナウンサーがいることもあるかもしれませんが、

総じてフツーの人たちで構成されているのが「市議会」だと思います。



ですから私が「知名度を上げるにはどうすればいいですか?」と聞かれたとき、

本音では「そんな必要ありません」と答えたいのですが、

そうはっきり言ってしまうと、その後信用されなくなってしまいますので、

適当にはぐらかすことにしています。



前述のように知名度を上げるということは、相応の肩書のない人にとっては

簡単なことではありません。

その難儀に本気になって対策をすると、大きなエネルギーを消費してしまいます。

そして結果、知名度は上がったが、肝心の票に結びつかなかった…。

なんてことにもなりかねません。



解りやすい例が、マック赤坂さん、羽柴秀吉さんのような、

「当選する気がない」と思しき自己満足のための選挙です。

このような人たちのメッセージを見聞きすると、

案外まともなこと、もっと言えば同調できるようなことを発しているのですが、

プロフィールの最も大切な部分を隠しているという特徴が炙り出されます。



地方選挙の場合でも、過激なだけが取り柄というような、

自己満足型の活動家が出てくる場合がありますが、

こういう場合も、プロフィールの最も大事な部分を隠していることが多く、

総じて「胡散臭い」という印象を与え、

供託金が没収されるというお決まりのコースをたどることになります。



この類の人たちは、知名度を上げることに大変執心します。

政策を通り越した怒りや、独自の人生観を大げさに宣伝する必要があるので

同時に無理もしています。

はっきり言ってしまえば虚飾が過ぎてウソをついているので、

プロフィールのある部分を隠さなくてはいけなくなるわけです。



先日、「不正選挙NO!」なんて旗をあげている犬丸勝子という人を知り、

興味本位で調べたら当人の公式HPに難なくたどり着いたのですが、

肝心のプロフィールがどこにも記されていない。

出自を明らかにできないというのは、

何かやましい理由があるのだと思われても仕方がないですよね。



マック赤坂さんという人は、実はもの凄い経歴の持ち主です。

街頭演説や政見放送を観るとなるほどと感心できる発言もありますが、

しかしどう見ても「本気」で勝ちにいっているようには見えません。

知名度優先の人たちは、大衆に向かっては発信できるけれど、

対個人で、一人づつに熱意や信条を伝えることが苦手なのかもしれません。
故に票にはならない。



さて、皆さんにもっと身近な「地域」で、せっかく正義感にあふれた優秀な人材が
市議会を目指して政治活動を目指すことになっても、
「知名度を上げる」ためにわざわざ「無理」をすると、
やがて身から出た錆に苦しめられることになります。


具体的な例が、過剰な現職批判、行政批判、社会批判ひいては個人攻撃…。
単に受けを狙った政策の羅列。
つまり選挙という催事に集まった人たちが、
素人判断で良かれと思ったことを熟慮せずに実行に移してしまうと、
この顛末に陥りやすくなります。

特にほんのちょこっと選挙をかじったことがあって、

自身も活動家であるというような人が、

知名度を上げるためにと、行動を始めるととんでもないことを企画します。



有権者数の1%、有権者10万人の自治体で1000票獲れば当選する市議選。

何で知名度を上げる必要があるのでしょうか。

むしろノーマークのうちに後援会名簿をまとめて形にした方が、

てっとり早くもあり、硬くもあります。

そのことを理解したうえで、

それでも経歴に無理な誇張を入れなければ戦えないと感じるようでは、

その人が選挙に出るには、まだ早いのかもしれません。



素のままをさらけ出すことに躊躇抵抗がないことが、

市議選クラスの選挙では、知名度を上げること以上に重要なことです。

洗面器くらいの容器に、コロッケほどの大きさのカメが数匹いたとします。

そのうち一匹のカメが、容器から出ようと一生懸命手足を伸ばし、

まずは爪を容器のふちに掛けようと頑張っています。

何度も何度も仰向けに転んでしまうけど、決してあきらめる様子はありません。



さて、そんなカメの行動を見て私の友人であるA君が

「いや、出られるわけないのに、ご苦労なことだなぁ…」と言いました。

しかしカメ飼育歴8年、しかも12匹をわが子のようにかわいがっている、

自称「くさがめパパ」の私には、

このカメの挑戦が無意味ではないことがわかっています。



よく動物の行動には無駄がないと言いますが、カメの場合は「特に」が付くと思います。

結果から言ってしまえば、このカメはいつか必ず脱出に成功します。

それこそ四六時中、出よう出ようと動いていれば、

他のカメを踏み台にできるチャンスが巡ってきたり、

限界まで伸ばした右後脚端と左前脚端を結んだ線が、底辺に対しに垂直になる刹那に

爪が容器のふちを捉えるという奇跡が起こるわけです。



ちなみに洗面器をもっと深い漬けもの桶なんかに変えると、

カメは出ようという行動を起こしません。

つまりカメが挑戦を始めるということは「勝算あり」と目論んでいるわけなのです。

そして一旦始めたことに関しては、成功するまで絶対にあきらめません。

また、飼いならされたカメは「ここから出して」とおねだり・交渉することを覚えます。

よくやるのは甲羅を容器にぶつけて音を出す行為です。

爪で容器の壁をひっかく行動にも、

「よじ登ろう」としている時と、「音を出そう」と意図している時があります。

根性で一念を貫くこともあれば、交渉力という知恵で一念を貫くこともある。

一緒に暮らしていると、日々、カメから学ぶことがあるものです。



さあ今回は、そんなカメの行動を手本に…と、話が向きそうですが、

そうではなく「カメを観察する目」について考えてみたいと思います。



先ほど、カメが一生懸命頑張っている姿を見て友人のA君は、

「いや、出られるわけないのに、ご苦労なことだなぁ…」と言ったと書きました。

そのA君に、カメのことは何でも知っているくさがめパパである私が、

「このカメは脱出に成功するよ。カメは始めた挑戦を絶対にあきらめないから…」

と、諭すように話します。

そのときは「へぇ~」と感心するだけの素振りだったA君ですが、

次の機会に脱出を試みるカメの姿を見たときには、

「フタしておかなくてだいじょうぶか?」

なんてことを言いだします。 (ここまで実際にあった話…)



つまり、私の一言によってカメに対する見方がガラリと変わってしまったわけです。

「ハハハ、無邪気だなぁ。」から「ムムム、要注意。」となった。




地元の信用金庫に勤めているA君が、ある日朝から電車で上京することになりました。

奥さんが運転する車で駅に近づくと、

市議選に出ると思しき同年輩が、通勤客に手を振っていました。

A君が「あいつ、あんな運動だけで選挙に勝ったらよくよく儲けもんだな」と言うと、

奥さんも「どこに勤めてんだか知んないけど、清掃活動には来たこともない、

町内なのにろくに挨拶もしないで、急によろしくって言われても…。」と評価が低い。



また別の日、A君と奥さんが駅に行くと別の同年輩がやはり立っている。

今度は奥さんが「あそこで手を振っているだけで支持者って増えるのかなぁ」と言う。

そしてA君が「あいつは最近、地区の夜警団をつくったり、神輿会の世話人やったり、

頑張っているやつだよ。へぇ~選挙に出るのか、声かけてやろう。」と、

今度は評価が高い。



このA君の一言で、奥さんはこの同年輩を初めて「候補者」として見ることになります。

ハハハから、ムムムに変わったわけです。

そしてこのA君の一言こそが、選挙でいう「口コミ」の源です。



もともと有権者は皆、あなたの能力も正体も知らない傍観者です。

カメの一念の凄まじさを知らずに、カメの行動を笑ってみていたA君と同じです。

何の社会貢献の実績もない人物が駅で手を振っていたって、

「ハハハ」「いや、ご苦労なことだなぁ…」と思われているだけです。



ところが社会貢献度や地域との密接度が高い、

すなわち下地が十分にできている人が同じ行動を起こした時には、

A君が奥さんに発したような言葉が、人から人へ伝わりムムムとなる。

やがて大きな支持となって、返って来ることになるはずです。



私観ですが、最近本当に社会貢献という助走なしに、

どこで教わったのか、とってつけたような政策を練りだして、

いきなり売名活動を起こす人が多い。

言葉よりも行動で示すことの方が、

よっぽど効果があると誰もが解っているはずなのに…。



くさがめパパを名乗る私はカメの一大支持者です。

カメが運動を始めたら、「カメは絶対成功するよ!」とみんなに説いて回るでしょう。

実際カメは、必ず決めたことをやってのけます。

あなたの場合はどうでしょうか。

「この人は絶対にやりきるよ!」という口コミの源になってくれる人はいますか。

いなければ駅に立っても演説しても、ハハハと笑われるだけ。

むなしい努力で終わってしまう公算大です。



選挙を戦うにあたって、これまでの経験が大事なことは言うまでもありません。

その経験とは特殊なものである必要はありません。

市区町村議会議員の場合は万人共通の価値観を持ち、

人より少しサービス精神が旺盛で、どんなことでも引き受けられる人であれば、

必ずムムムと思われる人になります。



運動を始める前に一人でも二人でも、あなたの人生そのものを応援してくれる、

そんな支持者をつくってください。

新年最初のブログは、奇妙なタイトルで始まります。

このタイトルを見て「メルヘンでんなぁ」と感想を持たれた方は、概ね私と同世代。

郷ひろみを思い出したという方は、一回り上の方ですね。

という前ふりですが、このあと笑福亭鶴光も郷ひろみも出てきませんので念のため…。



さて年が明けてすぐ、当事務所にお客様がありました。

名前はMさんということにしておきましょう。

狭い業界のことなので詳しくは書けませんが、

Mさんのお仕事は、政治家志望の人が周囲に多数集まるという類のもので、

今回の訪問は、小社との間でなにか事業が展開できないかという相談でした。

30代前半のMさん自身も、政治には大変な思い入れがあるようで、

いつかは自分も政治に挑戦しようという意欲も伝わり、

その弁には大変、熱がこもっていました。



選挙のこと、政治のこと…、Mさんは次々に持論を展開します。

しかし、なぜか私はMさんの話になかなか共鳴できない…。

私は会談が始まる前から「共同で事業展開しよう」という申し出を

積極的に受けるつもりでいましたので、

ちょくちょく反論しながらもMさんの言い分を聞いていました。

そして「あ~、これが同調できない原因だ」と気づかせてくれたのは、

Mさんの「若い人でなければ日本を変えられない」という一言でした。



「若い人でなければ日本を変えられない」

それがMさんの個人的な意見・信条であるならば、

そういう考えもあると聞き、一緒に考えることもできたわけですが、

Mさんは「若い人でなければ日本を変えられない」という考え方が、

私を含めて万人共通の概念であると、スタンダードであると、

何の疑いもなく決めてかかっているわけです。

これが、共鳴できない原因でした。



国会議員の平均年齢は、少しづつですが選挙のたびに確実に下がっています。

地方議会でもこの十数年で、特に大都市圏での若年の進出は顕著です。

それで、政治は良くなっているのでしょうか?



まあ、その判断は皆さんにお任せするとして、

私自身は、政治家とは経験を活かす職業であると考えています。

ですから私が一票を行使するときは、何よりも経歴を重視します。

スローガンが立派で、弁舌が優秀でも、経験未熟と思しき人を選んだことはありません。

こと政治に関しては、若さなんてものに何の期待もしていません。

ただ選挙策士としては、無垢な若さが選挙戦を優位に進めることは知っていますがね…。



そして、「変える」という言葉にも私には抵抗があります。



似たような言葉、というより同意語に「改革」というのがありますが、

実に正体があいまいな言葉であると思いませんか?

ちなみに「改革」をウィキペディアで引くと次のように解説されています。

「近年では、政治家がスローガンとして乱用する事が多く、

流行語的な要素を含んでいるため、

聞く側はその改革が国民の生活にとって良い物であるかどうかを

見極める必要がある。」

まったくその通りじゃないですか。たたえよウィキペディア、拍手喝采です。



「日本を変える」なんて言葉は、誰が言い始めたか知りませんが、

有権者を惹きつけようという意図が生んだスローガンでしかないと、私は思います。

「給与の●●%削減」などと謳って、

「これこそ身を削る財政改革の一丁目一番地」などと媚び、騙す精神と同列です。



Mさんはさらに言います。

「日本が変わるためには、地方から変わらなければなりませんよねぇ。」

これもMさん自身の政治信条であれば、しっかり聞こうと思いますが、

いったい誰が「地方から」と定義したのでしょうか。

どうせそんな言葉は、統一地方選前に某党の選対本部が造った言葉だと思うので、

同意を求められても困ります。



「変える」が根底にある場合の政治活動は、

大概が既存のモノや習慣、価値観を全否定してかかります。

役場の体質や老齢の議員(議会)をやり玉に挙げて、叩き、悪者にし、

つまり、対立軸を明確に設定し、

こちらはウルトラマンや水戸黄門よろしく、悪玉を成敗し、

正義のヒーローを演じるやり方です。

これが私は好きではないし、政治の本懐から外れていると思います。



ここでようやく花とミツバチの話になるのですが、

皆さんにはちょっとミツバチの気持ちになっていただきたい。



ミツバチは自身のため、あるいは種族保存のために花の蜜を吸い、集め、巣に帰ります。

その際に花の受粉を促し、生物界において多大な貢献をするわけですが、

ミツバチ自身は、自身と種族のことしか考えていないわけです。

花のために、その他の生物のために働いているわけではない。

あくまでも自分のため…。生きていくため、種族保存のため。



人間界も同じことが言えると思います。

自分の使命が解っていて、好きな仕事に打ち込んでいる人は、周囲を幸せにします。

客や上司に文句言われないようにと一日を過ごす働き方では、自身も周囲も疲れます。

業績良く成長著しく、顧客満足度が高い優れた企業は、

大抵、社員が働くことに生きがいを感じ、楽しく活き活きと働いている会社です。



あなたはミツバチのような生活ができているでしょうか。

会社で働くことを意気に感じて、一生懸命働いているのならば、

きっと上司も同僚も、取引先も、みんなを幸せにできていると思います。



正直、会社辞めたいなあと思っていても、オフを利用して、

奉仕活動、地域活動等を率先して、一生懸命にやっていれば、

きっとその周囲の人たちが、あなたのことを認めていると思います。



会社は面白くない。オフは寝ているか生産性のない娯楽にふけっているだけ…。

このように胸を張って経歴に書くことができる「現在」がない人が、

本音転職希望で、新興政党の政治塾なんかに参加し、

にわかな理論武装で学問を修めたような様な気になるから、

無責任な選挙スローガンが次々に生まれるわけです。

選挙を突破できる素養は決して速成では育ちませんし、環境もすぐには作れません。



是非、ミツバチを見習ってください。

花のためだとか、他の生物のためだなんて意識する必要はありません。

言い換えれば、世のため人のためよりも自分と家族のためを優先すべきです。

「世のため人のためも」、アピールしすぎると恩着せがましく思われますし、

結果、かえって遠回りになります。

ひたすら、自分の楽しい・幸せのために働くか行動すればいいと思います。



この週末は私の地元でもどんど焼きが開催されます。

歴史を演出しろだとか、子どもたちに歌わせたほうがいいなどと、

今まで参加したこともないくせに、

役場定年したとたん、上から目線で講釈たれるようなやつを、市民は認めません。

市民は、去年よりももっと肉が多く、おいしいトン汁を振る舞ってやろうと、

年末から予算集めに翻弄し、前日は寝ずに準備するようなやつを出したいんです。



今回は、せっかく来てくれたMさんに小言を言うような形になってしまいましたが、

Mさんはまじめで実直な方です。

思い描いている政治の理想を、自分の言葉で言い表せるようになれば、

きっと多くの人の賛同を得て、道が開けると思います。

Mさんがどんな企画を提案してくれるのか、とても楽しみにしています。