選挙事務所の雰囲気 | 地方の政治と選挙を考えるミニ講座

地方の政治と選挙を考えるミニ講座

勝負の世界には、後悔も情けも同情もない。あるのは結果、それしかない。 (村山聖/将棋棋士)

私が請け負った選挙の中に、

本来は勝てるはず、それも勝利が目前にあるにもかかわらず、

最後の最後に大失速し負けてしまうという、悔しい結果が何回かあります。

そしてその因果は、各回各様ではなく、毎回ともすべて同じ理由に依ります。



千葉県の某市、市議に挑戦する新人のAさんは60代前半、

市役所を定年まで勤め、行政に明るく人脈人望にあつく、

当初から当選間違いなしと評価の高い方でした。

ただ、前評判がよすぎることが災いして、

地道な活動になかなかのめりこめないという、問題がありましたので、

私は周囲の声に惑わされることなく、とにかく名簿に上がってきた家には訪問をかけ、

確実な票を積みあげる様、何度も何度も指示を出しました。



そしてようやく、

自分で行った個別訪問から支持の連鎖が生まれ、これまでの人脈の輪を超えて、

新しい支持者が上がって来るようになり、

政治活動が軌道に乗り、その佳境を迎えました。



こうなると本人も、自ら進んで外へと向かうようになり、

陣営の雰囲気も日増しによくなってきます。

電話やメール、ブログのコメントにて激励の言葉が集まり始め、

順風満帆、告示を迎えようとしていました。



告示も迫ったある日、出陣式の打ち合わせをしている時に、

誰の発案か、引退した元議員を来賓に呼び、挨拶をいただこうという運びになりました。

候補者本人は部長まで経験した市役所のOBですから、

元議員とは旧知の仲、何も大げさに襟を正さなくとも依頼できる位置にいる人です。

その案には誰一人反対することなく、満場一致で元議員を呼ぶことになりました。



ところが…。

出陣式の挨拶だけでよかったものの、この元議員のエンジンがかかりすぎて、

後援会事務所に入りびたり、勝手に指揮を執るようになってしまったのです。

当人の行動予定にまで割って入り、

「私が連れて歩くから」と候補者を連れ回すのですが、

ほとんどの訪問先で長居をしてしまうので、一日かかっても数件しか回れない。

そして似たような、昔は地域の要人ではあったものの、

今は周囲から疎まれているような「類友」を何人も連れてくるので、

事務所はたちまち老人たちに占拠されてしまいます。

口だけで行動しない、しかもプライドだけは人一倍高い老人たちのために、

毎日昼夜、そばや丼ものを出前します。

そしてついには候補者本人も、60歳を超えた市役所OB ですから、

その年寄りの輪の方が居心地がよくなって、

「これだけの人脈があるのだから私は大丈夫」と、方針を換えてしまいました。

私の言うことよりも、元議員の指図に動かされるようになってしまいました。



陣営の中には「このままではまずい」と思った者も何人か現れ、

何とか立て直しを図りましたが、

元議員が連れてきた「黒い世界」の人物に恫喝され、その人たちは後援会を去りました。



結果Aさんは最下位で落選。

しかも陣営内から逮捕者まで出してしまいました。

ほんの一か月前までの活気がウソのような結果です。



その結果を招いたのは元議員が原因かのように見えましたが、

選挙後3カ月も経ってから、

Aさんは、元議員に要求されるがままにまとまった金を渡してしまい、

その後も他の老人たちにたかられ続けたことを私に明かしました。

そして金を使った分、彼らは票を持ってきてくれると信じて疑わなかったと、

その時の心境を明かしてくれました。




続いて、群馬県某市の市議会に挑戦したBさんもまた60代前半です。

Bさんは前回落選しており、今回は2回目の挑戦です。

故に選挙の1年以上前から政治活動を始め、綿密に後援会の拡大に努めてきました。



一度落選しているという経歴が、後援会長をはじめとした人事の決定を遅らせましたが、

選挙前一カ月にはそれまでの活動が実を結び、
予想と目標を上回る数の後援会名簿が集まりました。
その頃、かつて薬局だったテナントを借り、事務所開きを行いましたが、
ここに集まった人たちがDQNでした。



Bさんはもともと、生活困窮者を一時的に保護するという類の仕事をしています。

県から指定を受けた福祉事業なのですが、「貧困ビジネス」と疑われるのが難点です。

この施設に入っている生活困窮者とは、とどのつまり元ホームレスです。

ですから障がい等が原因で社会適応が難しい人に加え、

前科者や薬物中毒、反社会的な思想の持ち主が多く存在します。

そして驚いたことに、そういう人たちを運動員として集めているわけです。



もちろん私は、一目見てこちらが尻込みしてしまう風体の人物の出入りを禁じました。
しかし次から次に新手の「底辺の人間」がここに集まるのです。
彼らからすれば自分を救ってくれた親代わりのBさんを支えようとのつもりですが、
独特のマイナスオーラはBさんの足を引っ張るだけです。
そして「前回も世話になったから」と、
断りきれずに街宣車の運行を任せてしまった連中が、いわゆる選挙ゴロでした。
しかも最低級の…。
差別用語をいくつ重ねても形容できないほどの、凄い連中でした。



この遊説隊の登用で、それまで築き上げてきたものの全てが吹っ飛びました。

善意で応援してくれた福祉関係の人たち、

教会の神父さんと博愛主義の信者の人たち、動物愛護団体の人たち…。

この人なりの票を一年がかりで集めたのに、

候補者の「断る勇気」がないがために、

みんなが居心地の悪い思いをしてしまい、結局去ってしまいました。

結果、惨敗。




3人目の例も60代前半の方でCさんです。今度は埼玉県某市の市議選が舞台です。

Cさんは学習塾の経営者で、これまでに教えた児童・生徒の数から、

充分に当選が見える人でした。



年齢の割にエネルギッシュな人で、

政治活動を軽々とコンスタントにこなしており、

私からすれば、ほとんど心配する必要がない人なのですが、

いつのまにか4年前に引退した「元議長」が憑いていて、

「市長に会わせる」、「県議の後援会長に協力を依頼する」等、

おおよそ無駄な要件ばかりを押し付けてくるわけです。



Cさんの場合は、本人が元議長に感化されることはありませんでしたが、

後援会幹部が元議長に操られました。

さらにCさん後援会の主な層である教え子の母親たちにとって、

元議長の采配、というより存在そのものがマイナスでした。

告示前に事務所を二か所に分割するという苦肉の策に出ましたが…。

結果次点で惜敗。


このように招かれざる客が一瞬にして、

これまで築いてきたものをぶち壊してしまうことがある。

これが期日と言うものが明確に区切られた、

選挙の怖いところです。



AさんとCさんの場合は、元議員という、

本当は居ても何の価値もない人物に翻弄されましたが、

そんな、人を肩書だけで重用するというところから間違いは始まっています。

Bさんの場合は、「扱いやすい、小さな金額でコントロールできる」

という理由で人選をしたために、大切なものを失っています。



この3人は結果落選していますが、

当選している人のなかにも、選挙事務所に入れる人選を間違えて、

要らぬ苦労と出費をしている人、

大切なものを失っている人はたくさんいます。



皆さんは、「元議員が持っていた1000票のうち、半分の500は期待できる」。

なんて計算していたりしてないでしょうね。

世襲は親から実の子であっても50%。

他人であれば引き継ぎでも1020%、

元議員が辞めたあとブランクがあれば限りなくゼロに近いと思ってください。

100票なんて単位の票を分けてくれる人は絶対にいません。



また福祉関係の人脈を背景に出る方の場合、

生活弱者の支援を受けることもあると思いますが、

生活弱者の中には、人に甘えることへの抵抗を失くしている人がいますので、

ふつうの人とは決して相容れあうことはないと思ってください。



そして最後に、なぜこういう選挙事務所の雰囲気を一変させてしまう人が、

年配の候補者につきやすいのかを説明しますが、

ずばり「金」です。



今日日40代以下のいわゆる若い候補者は、本当に金を使いません。

スタッフは基本ボランティアで、手当を出したとしても金額は僅かです。

ところが年配の方の場合は、労働に対して対価を払うのは当たり前という、

観念が強いと思います。

しかも金に余裕がなく60代で選挙に出る人というのは、

社会通念から言っても稀有ではないでしょうか。

だから、律儀な人ほどに招かれざる客は憑いてしまうのです。



選挙事務所の雰囲気をつくるのはそこにいる「人」です。

いい雰囲気をつくるためにはいい雰囲気を持っている人を連れて来なければ、

いい雰囲気を醸し出すことはできません。

その努力を怠り、筋の悪い人を重用すると、大変なことになってしまいます。


そしてお金。

私は出せるならば労働量に応じた金額は払った方がいいと考えますが、
払う価値がないところに金を払うと、いい雰囲気が維持できなくなります。
元議員にまとまった金を渡すくらいなら、
印刷物を余計に刷って、
ポスティング業者に手当てした方がよっぽど票になるはずです。