☆幸せのメカニズム☆本当の私へ還る道 -23ページ目

☆幸せのメカニズム☆本当の私へ還る道

韓国在住タロットリーダーです。

アンニョンハセヨ ラビです。

今現在、去年の5月からの1年間を振り返っています。
振り返りの始めはこちら💁‍♀️から。


今日は日本からステキな方が韓国まで会いに来てくれました。しかも日帰りで^ ^
私が韓国から離れたらなかなか会えなくなるからと。

本当に嬉しかったです。
テオもたくさん遊んでもらって、最後は自分も一緒に帰ると泣いていました。

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お土産もたくさんもらって良かったねぇ。
韓国まで会いに来てくださって、本当にありがとうございました^ ^



それではセッションの内容の続きです。
5本目はお腹の中のアオちゃんからのお願いです。

私にお願いがあると言うのです。

それは、自分らしく生きられるように育てて欲しいというものでした。


スースにアオちゃんが、ありのままで自分らしく成長したらどんな子になると思う?と聞かれ、

今までの流れからしたら、私が望む正反対の生き方をする感じがしたので、ダラダラ働かないで遊んでばかり…?と答えたら、


側から見ればね。
と言われました。

アオちゃんみたいな人は、昔ギリシャにたくさんいたよとも言われました。

働かず、何もせず、ダラダラと過ごし、真理だとかそれっぽいことばかりを話す人たち。


そう、アオちゃんは哲学者だそうです。


韓国からは、有名な哲学者は出ていないよね。そろそろ出てもいいんじゃないかな?
そんなことを言われました。


でもそうなるためには、私の常識をことごとく覆す生き方をするはずで、哲学者の例として樽の中のディオゲネスの話を教えてもらいました。

樽の中に住んだり
外見に無頓着なため身なりもボロボロで
人々の常識からズレる行動ばかりをする

でも、彼が語る内容は人々をハッとさせ、働かなくても人々の援助で生きていける


私はそのような、私の常識をことごとく覆す生き方をする子の親になる覚悟をするというのが、最後に出た宿題でした。

その覚悟ができないとアオちゃんはきっと生まれてこないのだと思います。



アオちゃんは、多分樽には住まないとは思うけど、例えば勉強を全くしないで遊んでばかりで、高校行かないとか言い出して、私がお願いだから高校だけは出て!とか言ってそうな、そんな感じになりそうなのかなぁ…とか思ったりしました。

この、最低限高校は出た方がいいという価値観すら、もう時代に合わなくなってきているのかもしれません。私の中にある価値観の一つに、学歴はあれば人生の選択肢を増やすというものがありました。

韓国に留学に来て、韓国で就職したいとなった時、最終学歴が枷になって就労ビザを取れず、泣く泣く帰国した子を何人も見ました。その時は学歴はないよりはあった方がいいんだなぁと思っていました。


私のよく知る韓国人一家は、旦那様が相当な努力家で、子供に海外で教育を受けさせたいという目標のもと、会社に行く前に早朝から勉強し、資格を取り続け、ついにはアメリカの支社に行くチャンスを掴み、奥様も大企業に勤めているため、3年の休職制度を使い、離職することなく家族みんなでアメリカに行くことができることになりました。

今までの私は、やっぱり努力すればそれだけの道が開かれると思っていました。

でも、アオちゃんには、そんなことは全く関係ない。



私が今まで握りしめてきた生き方、価値観、そういったものを捨てていかないと、ラビは子育てを絶対に間違えるとも言われました。

その子に合った育て方というのは、10人いれば10通りあって全て違う。

親が子供に期待してはいけないわけではないんです。期待されればされる程頑張れちゃって、いつしか期待以上になれる子もいれば、期待に潰される子もいる。

だから、子供を見て、その子に合った育て方をする必要があります。よく見ないといけない。


アオちゃんは、大きくなったら、スースと康子先生の所に行ってくるとフラッといなくなるかもしれないよ とも言われました。(むしろそれなら大歓迎なのですが^ ^)

そして、一日中浜辺に寝そべっているかもしれないとも。

そしたら、スースはこう尋ねたいとも言っていました。
『一日中浜辺に寝そべって、何に気付いたのかい?』




アンニョンハセヨ ラビです。

今現在、去年の5月からの1年間を振り返っています。
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セッション中、スースに言われました。
ここで気付かないといけないのは、ラビ自身も本当は競争する側の人間ではないんだということ。


小さい頃から負けず嫌い、頑張り屋さんだと言われて育った私。
これが私の長所だと今でも思っているし、そのおかげでここまで来れたと思っていました。

中高は勉強で競争し続けて、大学も第一志望に現役で入ったし、最初の就職先も白衣を着る仕事じゃないと嫌だと無理矢理白衣を着る仕事に就いた。

結局体調を崩して辞めてしまたけど、NY留学、韓国留学の後、韓国の奨学金を勝ち取って韓国の大学院にも行った。大学院での成績はオールAを取って、試験に合格して韓国文学翻訳院にも通った。

セラピストになってからも、色んな講座セミナーに行きまくり、たくさん学んできた。

そうやって頑張ってきた自分がいるから今の生活があると思っている節が絶対にあります。
努力こそが全て。



今は本当に生活に困っていない。
家も買ったし、マートでは値段を見なくても買い物をできるようになったし、食費で節約をすることはない。

旅行だって時間さえあればいつでもできるし、少し前のオボイナル(母の日父の日が一緒に来る感じです)でも、靴やら服やら食事やら値段を見ないで買ってプレゼントできるようになったし、いずれは次はもっと広い家に引っ越したいねと旦那と話していました。

もっと上へ、もっと上へ

私たち夫婦はずっとそう思ってきた。(今となっては旦那は合わせてくれていただけだと分かったけど…)

そこに舞い込んできたチェコの駐在話。

全てうまくいっているのだと思っていました。

チェコに行けば、家具や家電製品を買うための準備金として、会社から5000ドルが出ると言われた時なんか、それだけ?そんなのすぐなくなっちゃうねと答えていた私。

自分にそれが相応しいかどうかも考えず、もっと上へ行きたいという思いが強すぎて、そうやって生きてきました。

愛が回ればお金が回る。
けれども、愛がきちんと回っていないのに、無理矢理お金を回そうとしていました。

だから、歪みが出てきて、ここに来て命をかけたお知らせ。もう、これからの時代、そのやり方は通用しないし、その生き方自体が私らしくないと。


本当は私はそんな上へ上へのタイプではないのに、それが自分だと思い込んで生きて来たのは、やはり親の期待とか、世間の常識とか、そういったものに影響されて、いつしかそれが自分の望みだと勘違いして来たのだと思います。


私も旦那も自分たちに相応しくない世界を目指していました。旦那は私を愛しているから、私に合わせていたという背景もありますが、とにかく私たちには相応しくない。

もっと人として成長し、家庭にたくさん愛が回る時に、安心して、じゃあそろそろ出世してもいいよねという、あるべきタイミングで上に行くなら問題ないのですが、私たちは無理矢理上に行こうとしていました。

だから、命をかけての方向修正がかかってきたのです。そうしないと、本当に家族がバラバラになるから。

アンニョンハセヨ  ラビです。

今現在、去年の5月からの1年間を振り返っています。
振り返りの始めはこちら💁‍♀️から。


セッションの続きです。

自分で自分を前置胎盤にした事実が分かり、号泣しながら色んなことが見えてきました。


私の旦那は本当に優しい人です。
だから、少しでも私の理想を叶えようと、本来なら競争をして勝ち上がる人間ではないのに、社会の中で競争をし続けてて、勝ち続けて、本当にヘトヘトなんだと思います。

この競争は学歴をつけるところから始まっているので、育ててくれたお母さんの期待や価値観もかなり影響しています。

自分とは違う性質の人間を演じ続けているから、怒りも出てきます。
中医学では、目に出る症状は怒りを表します。

チェコ行きが決まった後のドライアイ。
会社帰りの充血した目。

本当に旦那は私の理想を叶えるのにヘトヘトで、怒っているんだと思います。

昔、この記事に書いた内容で、

私が『いつかこんな環境に住めるように、私たち頑張ろうね。』と言った際に、旦那は
『これ以上どう頑張ればいいだ。』て答えた意味がやっとやっと理解できました。

セッションを受ける前に再確認した、テオの誕生日会の準備を全く手伝わずゲームをしていたという事実も、もう旦那は本当に動くエネルギーが残っていないんだとやっとやっと理解できました。


康子先生にも、何度も私の旦那はやるべきことはやっているから、家事育児まで協力すればオーバーワークになると言われていたのに、まだ腑に落ちていなかった私。


でも、やっとわかりました。
もう十分過ぎるくらいやっていて、家ではゲームをしてダラダラ過ごさないともう、バランスを保てないんだと。

旦那が携帯を横に持っているときは、だいたいゲームをしています。
携帯を縦に持っているときは、調べものか、ショッピングがそんな感じですが、ある日、旦那が平日に休みを取って、テオが保育園に行っている間に二人でランチをしに行ったことがありました。

二人で歩いているのに、携帯から目を離さない。
私はイライラ。
その日は、韓国と北朝鮮の会談が和やかに終わり、韓国の株価が全体的に上がっていました。

そして言いました。
『株で500万ウォン稼いだよ』

その時は、気付かなかったけど、私の理想を叶えるために、こうやって休みの日でも動いている時があるんだと。

そりゃぁ、もう、ヘトヘトで、家ではエネルギーなんか残っていないはずです。