今現在、去年の5月からの1年間を振り返っています。
振り返りの始めはこちら💁♀️から。
セッション中、スースに言われました。
ここで気付かないといけないのは、ラビ自身も本当は競争する側の人間ではないんだということ。
小さい頃から負けず嫌い、頑張り屋さんだと言われて育った私。
これが私の長所だと今でも思っているし、そのおかげでここまで来れたと思っていました。
中高は勉強で競争し続けて、大学も第一志望に現役で入ったし、最初の就職先も白衣を着る仕事じゃないと嫌だと無理矢理白衣を着る仕事に就いた。
結局体調を崩して辞めてしまたけど、NY留学、韓国留学の後、韓国の奨学金を勝ち取って韓国の大学院にも行った。大学院での成績はオールAを取って、試験に合格して韓国文学翻訳院にも通った。
セラピストになってからも、色んな講座セミナーに行きまくり、たくさん学んできた。
そうやって頑張ってきた自分がいるから今の生活があると思っている節が絶対にあります。
努力こそが全て。
今は本当に生活に困っていない。
家も買ったし、マートでは値段を見なくても買い物をできるようになったし、食費で節約をすることはない。
旅行だって時間さえあればいつでもできるし、少し前のオボイナル(母の日父の日が一緒に来る感じです)でも、靴やら服やら食事やら値段を見ないで買ってプレゼントできるようになったし、いずれは次はもっと広い家に引っ越したいねと旦那と話していました。
もっと上へ、もっと上へ
私たち夫婦はずっとそう思ってきた。(今となっては旦那は合わせてくれていただけだと分かったけど…)
そこに舞い込んできたチェコの駐在話。
全てうまくいっているのだと思っていました。
チェコに行けば、家具や家電製品を買うための準備金として、会社から5000ドルが出ると言われた時なんか、それだけ?そんなのすぐなくなっちゃうねと答えていた私。
自分にそれが相応しいかどうかも考えず、もっと上へ行きたいという思いが強すぎて、そうやって生きてきました。
愛が回ればお金が回る。
けれども、愛がきちんと回っていないのに、無理矢理お金を回そうとしていました。
だから、歪みが出てきて、ここに来て命をかけたお知らせ。もう、これからの時代、そのやり方は通用しないし、その生き方自体が私らしくないと。
本当は私はそんな上へ上へのタイプではないのに、それが自分だと思い込んで生きて来たのは、やはり親の期待とか、世間の常識とか、そういったものに影響されて、いつしかそれが自分の望みだと勘違いして来たのだと思います。
私も旦那も自分たちに相応しくない世界を目指していました。旦那は私を愛しているから、私に合わせていたという背景もありますが、とにかく私たちには相応しくない。
もっと人として成長し、家庭にたくさん愛が回る時に、安心して、じゃあそろそろ出世してもいいよねという、あるべきタイミングで上に行くなら問題ないのですが、私たちは無理矢理上に行こうとしていました。
だから、命をかけての方向修正がかかってきたのです。そうしないと、本当に家族がバラバラになるから。