幸せになる教えで、「がんばらない」というものがありますね。
それでは、羽生結弦選手や安室奈美恵さんは、相当な努力があったはずですが、不幸なのでしょうか?
たぶん違います。
それでは、「がんばらない」という時の「がんばる」とはなんでしょう?
「がんばる」にも2種類あります。
人間は、何かを学なんで、自分の成長を感じるのが好きな動物です。
そして、何かを作ったり、誰かのために働くことも好きな動物です。
そういう人間の性質が科学を発展させ、都市を作り社会を作りました。
人間は、いわば「努力が好きな動物」と言えます。
努力することが「がんばる」ということであれば、「がんばらない」というのは幸せになる教えにはなりません。
人間は、そもそも努力が好きな動物なんですから。
「がんばらない」方が良いというときの「がんばる」は「努力する」という意味ではありません。
避ける心からくる「がんばる」は、注意が必要です。
この場合の「がんばる」には、前の記事でお話をした「ニセやりたい」とよく似た性質があります。
「ホントの努力したい」ではなく「ニセの努力したい」です。つまり、何か(不安や惨めさ)を避けるための努力です。
仕事や勉強をがんばっている時、この注意の必要な「がんばる」(ニセの努力したい)になっていることがあります。
特徴は
- "これでいいのか?"と追い詰めらた感じ
- "やるしかない" と追い立てられる感じ
- だれかに非難されそう
- 将来困りそう
- 私がやらなきゃという使命感
のような感覚に突き動かされている感じがあります。
感覚や思考の特徴は、前の記事の「ニセやりたい」と似ています。
スポーツなどで、激しい練習をして苦しくなっても、係わる心からくるものなら良い「がんばる」です。
きっと、羽生結弦選手や安室奈美恵さんは、この係わる心で努力を継続できたのだと思います。
この状態で努力している時は、好奇心にあふれ、充実感を感じながら努力ができているはずです。
練習中に失敗しても落ち込むことなく、「なぜそのような結果になったか」に好奇心や探求心をもって取り組めることでしょう。
負ける恐れや失敗の恐れに突き動かされているのではなく、探求心や好奇心に突き動かされるているのです。
スポーツ選手で、一度大きいなタイトルを取ったあと結果が出なくなることがあります。
一般の人だと、模擬試験では良い点が取れていたのに、本番の試験が近づくと点が伸びないなど、本番に弱い人がいます。
これらは、それまでは係わる心で努力できていたのに、結果にこだわるようになったら、不安などが生じて避ける心になってしまったということです
良いがんばる(ホントの努力したい)が、注意の必要ながんばる(ニセの努力したい)に変わってしまったのです。
「良いがんばる」か「注意が必要ながんばる」かの違いは、何をするかの問題ではありません。
どのような心の姿勢で取り組むかの問題です。
それでは、どうしら「良いがんばる」になるのでしょう?
避ける心になるなるものを除くことです。
そのためには、まず自分の中に以下のようものが無いか探します。
- 何か不安を感じていることは?
- 避けたい結果は?
- 避けたい現実は?
それで見つかった、考えや自分が苦手な場面を見つけたら、以下を参考に自分の中に生まれた嫌がっている感覚をしっかり感じてクリアしていきます。
そうすると、そのイヤな感覚が減っていきます。
これを繰り返していると、「避ける心」から抜けて努力が面白くなっていきます。
つまり、「係わる心」で取り組めるようになります。
それで、やる気がしなくなったとしたら、そもそも興味も必要性も無かった…ただ、不安に突き動かされていただけだったということです。
これが正しい「がんばらない」だと思います。
