「人に会いたくない」
「xxをしたって・・・」
と感じて、やりたくないことがあります。
回避と言います。
もし、それがパターン化している場合、そこに生きづらさにつながっていることが多いです。
ウツの回復を阻害する要因になっていたりします。
「執着や依存症のできる仕組み」で、レバーを叩くことを覚えたマウスに、今度はレバーを叩くと電気刺激を受けるようにしてみます。
最初は、マウスは戸惑いますが何度か繰り返すと、レバーを叩かなくなります。
動物は不快なことにつながる行動を避けることも学びます。
人でも同じこと性質を持っています。
人とは動物と違って、生理的な不快感だけではなく、思考による不快感も関係します。
「人と会いたくない」「遊びに行ったところで・・・」そんな気持ちが、繰り返すことがあります。
まさに、ウツっぽかったころの私です。
その頃の私は、人と一緒にいることが苦痛なことが多く、それを何回か経験することで、飲み会や麻雀の誘いを避けるようになっていました。
これを行動療法的に整理すると
- 「人と一緒にいること」と「不快感」が条件づけられていた。
(レスポンデント条件付け) - 人と一緒にいることを避ける行動パターンを学習していた
(オペラント条件付け)
ということになります。
このように覚えた行動パターンは、「なんかしらんけど・・・」「なぜ・・・」と感じます。
思考の力で選んだ行動ではなく、もっと原始的な動物的な部分が覚えた行動パターンだからです。
私の場合は、「手順①:考えと感情の関係に着目(1/2)」で、「人と一緒にいること」に関する不快な感覚をリセットすることで、人と遊びくことを避ける癖は無くなりました。
上の例は比較的分かりやすいですが、この仕組み知っていると他の回避についても、その原因を見つけやすくなります。
そこに、不適切な不快感の感じ癖があります。
たとえば・・・
くつろぎを避ける
- 「ゆったりとした時間」と「取り残され感」
- 「ゆったりとした時間」と「孤独や無気力感」
人と親しんだり打ち解けた関係を避ける
- 「くだけたもの言い」と「みじめさが暴かれる不安」
- 「話題に興味がない」と「疎外感、孤立感、劣等感」
これらも当時の私のことですが、どれも不適切な感じ方です。
本来は
- ゆったりした時間
- くだけたもの言い
- 話題に興味がない
に、不快を感じる必要はありませんし、多くの場合その時に不快を感じる理由もありません。
過去に体で覚えてしまった感じ方のクセということが多いのです。
その不快感情ために、人生を豊かにする行動をとりづらくなってしまいます。
これはウツから回復を妨げたり、悪化させてしまう心の仕組みの一つです。
当時の私は、よく心の仕組みを知らなかったので、ガムシャラに不快感の解消に取組みましたが、この仕組みを知っていれば、もっと効率よくウツから回復できたかもしれません。
いまでも、「一人で出かける」「人を遊びに誘う」「贅沢をする」などに苦手意識がありますが、この仕組みに改善のヒントがあるように思います。
今後取り組んでみたいと思います。
