ニューヨーク狂人日記 -19ページ目

悪魔に売った魂

「ただいま」
「ねぇ、ビールもいいけど先にシャワー浴びてきてよ。すっごく蒸し暑かったんだから」
……
「おい。どうだった学校は?」
「フツー」
「ねえ、父親参観には来られそうなの?」
「そんな先のことはわからないな」



雨は終わったみたいだ。
気温は一挙に80度台に上がる(28C程度)。
夏だ。

天気予報はばかにできない。

「夕方には雨でしょう」
昨日、焼鳥屋で飲んでるといきなりの豪雨。
ビールをあと1本注文してやむのを待つ。
30分ほどでやんだ。

天気予報はばかにできない。



夏。
苦悶の季節が今年もやってきた。

ネコくんたちはもうベッドでは寝ない。
ヒンヤリとした台所のタイルで長く伸びている。
そのきもちはよくわかる。

夏。
苦悶の季節が今年もやってきた。

3年間こんな夏がつづいている。
そして来年もきっと。
まったく自分がいやになる。
そのくせ忘れるのも早い。
1週間も経てば黒いプラスチックは、
ほこりをうっすらとかぶりながらも仕事をつづける。



悪魔と取引をしてきた。
数時間前には慈父の笑みを浮かべていた男が。

夏に足音はないけれどやってくるのを感じている。
そして自然のことは自然にきくのが一番正しい。

「ミャ~~~~」
せがむような声を何度も繰り返す。
<粘り勝ち>という言葉が通り過ぎていった。
いつも負けてしまうんだ。

缶詰を開ける音に他のネコくんたちも集まってきた。
窓辺に置いている器を取り上げてみると。
夏が来ていた。
今年も。

1mmほどの無数のアリたち。
乾燥ゴハンの上に、下に。
懸命に仕事中。

殺すのはしのびないので、
キャットフードを一粒ずつゴミ箱へ捨て、
「トントンッ」
それでも逃げ遅れたアリたちを窓の外へ逃す。
これくらいは許しとくれ。

缶詰を容器にあけたその手でぺんをとる。
”アリ・コンバット”



誰が考えたんだろう?
こんなざんこくな化学兵器を。

穴を通ったアリたちは薬品に感染をしていく。
それだけならまだしも、
アリたちはすぐに死んでしまうわけではなく
「ああ、なんかダルイな~」
感じながらも会社へ、家へと帰っていく。
同僚に、家族に二次感染がはじまる。
その群れは死滅してしまうんだろう。
殺虫剤なんていうその場しのぎなんて子供だましに等しい。

鉄砲玉をあごで使うヤクザの親分はどんな気分なんだろう?
ミサイルのボタンを押すというのはこんな気持ちなんだろうか。
刀で、槍で人を殺さなくなった人間は確実に摩耗をしてしまっている。
生という、生命という感覚が。

$ニューヨーク狂人日記-1338160687054.jpg

やっと郊外に買った一戸建て。
5時に起きた父親は今日も電車に揺られてることだろう。
子供は学校へ、母親は買い物へ。
「だるい……」
つぶやきながら悪意のかけらもなく人々に広めていっていることだろう。

父親参観日まであとどれだけの生命が残っているというんだ。
そんな町がそこにも、あそこにも。

共存。
人間が作り、口にする言葉はきれいごとにすぎない。
そんな中で生きていかなくてはいけない。
あー、つらい。

$ニューヨーク狂人日記-1338160843432.jpg
アリを寄せつけない秘策を知る人、どうか教えて下さい。

ああ、暗くなってしまった。
あと1本飲もう。
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ
にほんブログ村

Reward

ここのところアパートに居るのが5時間とか。
おわびに。
罪ほろぼしに。
ネコくんたちには。
朝晩缶詰のごちそう。

ぼくはというと、
週末は週末でなぜか用事ができてしまい。
おあずけなゴホウビ’。

今日は今日で。
知り合いが帰国することになり急遽本を譲ってもらうことに。
43冊は重い。
それにしても。
こっちでチマチマ電子化。
あっちで本は増えていく。
いつになったら部屋は広くなるんだ。

ため込んだものは吐き出さなきゃいけない。
善であれ、悪であれ。

バランスが大切だ。
バランスが大切だ。
バランスが大切だ。



そんなわけで今日は久々に。
カバンのストラップを肩に食い込ませて。
飲みに行った。
3週間も外で飲まないなんて。
この10年なかった。

ゴホウビ。
Reward。



同じ酒なのに。
どうして外で飲む酒はうまい。

にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ
にほんブログ村

ステーキとビール

雨がつづく。
なにがしかのしずくが毎日落ちる。
というのが昨日までの話。
今日は晴れ、蒸し暑い。



昨夕のこと。
出かけようとすると明かり取り窓が音をたてはじめた。
行かなくちゃならない。
約束は守られねばならない。
濡れているはずなのに乾いた音をたてている。

大粒の雨の中を歩く。
角を曲がる前に靴下のつま先がビショビショだ。



地上へ出ると雨はもうあがっていた。
あと8時間濡れた靴下とつきあうことを考えたら気が滅入ってくる。
傘をついて歩きながら昼過ぎの出来事を思い出していた。

1時を回った頃だったと思う。
雷混じりの激しい雨がしばらくつづいたのは。
寝室へ行くと1匹の猫くんが、
ベッドカバーのたれた部分にもぐりこんでいる。
そう、雷に弱いんだこいつは。

怯えた姿は自分の子供時代へとつながっていた。
雷が怖かった。
真剣に。

鳴り始めると両耳を押さえ部屋の隅で小さくなっていた。
へそを押さえるようになったのはもう少し経ってから。
初めての稲妻は小学5年生の時だった。
国道を家へと向かう途中、工場街へとつづく大通りとの交差点。
立ちこぎをする自転車の上だった。

稲妻はチビタのおでん、火鉢の上で膨れる角餅と同じで、
テレビや漫画の中にしかなかった。
それまでは。
あるとはわかってはいてもまだ見ぬもの。

夜空を斜めに、枝分かれしながら走る青白い光。
ほんの一瞬。
また空が明るくなる。

その頃になるともう雷はなんともなくなっている。

怖い、から、出来事になったのはいつからだろう?
なにかきっかけとなるようなことがあったのか。



焼き魚が食べたい。
たっぷりと大根おろしをのせて。
ステーキをミディアムくらいで焼いてほしい。
料理番組で<広東風叉焼>の作り方をやってたから週末に作ってみようか。
久しぶりに舟でイカ釣りにでも行こうかな。
もちろん酒はいつだって飲みたい。

魚も肉も食べることができなかった。
もちろんイカも。
車に乗る前はいつも酔い止めを飲まされていた。
海の小舟は地獄でしかない。
伯父に初めてビールを飲まされた。
あまりの苦さに泣いてしまった夏の日を覚えている。
キリンビールの王冠で作ってもらったバッジを左胸につけたまま。



好き。
きらい。

それは紙一重で、
もしかするとそんなに大切なことではないように思えてくる。
もちろんそこには、常に変わりゆく自分というものがいるんだけれど。
つまりいつだってものさしは自分側に置かれてる。

好きも。
きらいも。

それでも。
こいつだけは一生好きになれないだろうな。
あいつなら何をやられても許してしまうかもしれない。

人間はおもしろくてややこしい。



あと2時間半でビールが飲める。
もう泣かない。

$ニューヨーク狂人日記-1338001582479.jpg
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ
にほんブログ村

チャーリーの卵

霧雨。
タバコの火を消してゴミ箱へ放り込む。
ビルディングへ向き直った足が止まった。

郵便局の窓明かりに照らされた黒く湿る歩道。
早足で斜めに横切ってくる男を見ていた。
それはいつでも、どこにでもよくある風景だ。
どうして気になってしまったんだろう?

めざしていたのは公衆電話の2台並ぶブース。
ポケットをまさぐるわけじゃない。
送受機を持ちあげるわけでもない。
電話機の前にすらいない。
ブースの左隅に、ちょうど角と向きあうようにして立っている。

通り過ぎながらも。
細身の洋服に身をおさめたハンチング姿の背中に注視をつづける。

(あれだな……)
予測を確かめるように。
問題集の最後に書かれている解を眺めるような気分で。

あれだった。

音こそ聞こえてはこなかったけれど。
濡れた歩道がひときわ黒くなっていく。
広がりながら引力に引かれていく。

どうしてだろう?

この間も雨の夜だった。
今回は南側の角、あのときは北側の角。
それにしても同じビルディングの前だ。

日記をひっくり返すのがめんどうくさいので、
断言はできないけれど、
あれも先週の木曜、今くらいの時間だったはず。

スーツ姿の男は交差点を渡るとポストの横で立ち止まった。
歩道に背を向け立小便をはじめる。
何台もの車のライトが通り過ぎていく。
黒い傘には白い文字で何かが書かれていたんだけど。



2年という歳月が過ぎてしまっていた。
かたくなに拒みつづけていた携帯電話を持つようになって。
もともとが電話嫌いなんだけれど。
公衆電話は一段と遠くなってしまった。
もう何年黒い送受機を持ち上げていないだろう。

NYからもかなりの数の公衆電話が消えた。
日本ほど探すのに困りはしないけれど。
3年くらい前の新聞記事では、
公衆電話を維持できているのは通話料ではなくて、
三方に貼られた広告ポスターの収益だという。

風の強い日にはタバコに火を移すのに役だってくれる。
あの男みたいにトイレがわりに使うヤツもいる。
急な雨に駆け込む人を見かける。
騒音から逃げるように携帯電話を耳にあてたままブースへはいっていく人も。

あれはひと月ほど前の朝だった。
入っていった中国人男性はいきなりしゃがんでしまった。
いくらなんでも朝からウ●コはないだろう……。
ゴソゴソ、ゴソゴソ。
何かをやってるみたいだ。
出てきた男の手に持たれていたのはバイク用のバッテリー。
どうやら電気を拝借していたらしい。
充電完了。

ブースは今もこの街に欠くことのできない存在として機能している。

数人の男がかわるがわる。
出たり入ったりをくりかえす。
そんなときは電話機の上を見てみるといい。
ブラウンバッグに包んだ酒のボトルが置かれているから。
ぼくも以前はビールを水筒へうつすのに使わせてもらっていた。
ここはバーでもある。



たったひとつと思っていた解。
実はいくつもあることがある。
いや、解はいつだってひとつじゃない。

そうだこんなこともあった。
卵は立ってしまった。
コロンブスの話を思い出していた。

ひところつるんでいたチャーリー。
いつも酔っ払ってた。
大雪の翌朝、山の下から出てきたときでさえも。

いつだってそばにハーフ・パイントのウオッカの小瓶を置いて。
Georgeという安ウオッカを。
酒屋から帰ってくると待ちきれないようにキャップを切る。
公園のベンチにケツがつくころには、
キャップはもう宙を舞っている。

(さて、どうする?)
横目でじっと見ていると乱暴に瓶を置く。
縦ではなく寝かせて。

大きな一口目が消えた液体は、
横向きに置いても口からこぼれることはない。
飲みたくなったらキャップを取るわずらわしさもない。
チャーリーの卵は寝ていた。
常識というものはいとも簡単にくつがえされてしまうものだ。
チャーリーもコロンブスと同じイタリア人だった。



元気にしてるだろうか?
まだ酔っ払ってるかな。


にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ
にほんブログ村

のぞく

(結構時間かかるな……)
精算、袋詰め。
なかなかお釣りが出てこない。
急いでるわけじゃないけれど、暇なので。
キョロキョロ。

(うーん、そうかー。うーん)
そうめん 1袋、 ボンカレー 2つ、 すりゴマ 1袋
後ろに並ぶ女性

(ん?あ、そうなんだ。いや、待てよ)
チョコアイス(大)、八穀米(小)
隣で精算中の女性

(ほー、なるほどね。そうなんだ)
4個入りまんじゅう 1袋
隣で順番を待つ女性



ミッドタウンの5時半。
日勤と夜勤の間をすり抜けて日系食料品店へ。
スーパーというよりコンビニに近い。
客が求めるのか。
店の提案がそうなのか。

ゴミを、ゴミ箱を見ながら歩くのは愉しい。
一方で他人の買い物を眺めているのも興味深い。
入り口と出口と。
ドアの隙間から部屋の中をのぞく。

ヒマなコンビニだったら働いてみたい気もする。
笑顔の軍隊のような店はごめんだけれど。

食卓の情景。
仕事
家族
プライベート
過去
部屋
生活
嗜好
ストレス
未来

材料とその人の姿、空気を。
足して、重ねて、割って、変数をかけて……。
鍋に入れる。
立体化をさせていく。

この3人にもそれぞれの肉付けをしてみたのだけれど、
ここでは触れずにおこう。



(なんだこのオッサン……侘しいね~)
そういうぼくだってのぞかれている。
それでもレタスと一緒に食べようとしていることを君は知らない。

これっぽっちの材料で人のことを知るのは無理さ。
しょせんは遊び、パズルに過ぎない。
材料が多すぎてはおもしろくない。
それでも見てみたい。
事実というものにはそれほど興味はない。
それぞれが事実と思っているだけだから。
いや事実なんてほんとうはないのかもしれない。
幻想があるだけで。

$ニューヨーク狂人日記

冷蔵庫にビールがないことを思い出して。
仕事中には飲みません。
もちろんです。

にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ
にほんブログ村

My Town

メトロカード(地下鉄のプリペイド・カード)を拾う人をよく見かける。

小銭はいくらから拾う?
アスファルトにできた染みのようになって落ちているコイン。
ペニー(1セント硬化)
足早に過ぎていく人々。
今ではぼくも腰をかがめることがなくなっている。
その日がいつやってきたのか思い出せない。

小さくなったのでも、消えてしまったわけでもない。
そこには落ちている。
無数のコインが。
ただ紙幣に手を伸ばす人ばかりになっただけで。
無数のコインより数枚の紙幣を選ぶだけで。

店が消えては新しいものができる。
町は色を変えながら街になっていく。
原色のコラージュから彩度をわざと抑えたアース・カラーに。

もちろん上がっていく一方の不動産価値のなか、
以前のような商売ではやりくりが大変だろう。
ちなみにスライスを1ドルで売るピザ屋までがある。
ちなみに目下大流行はスライスを1ドルで売るピザ屋。

数年毎に経営が変わり、
そのたびにトリコロール・カラーに染められた
”Grand Opening Under New Management!“ (開店大セール)
の旗をだしていたいわくつきの店舗。

今回は少し様子が違っていた。
徹底的な階層の終わる頃に上げられた看板は
Fried Chicken
この店は大通りの向こう側。

小さくなったのでも、消えてしまったわけでもない。
大通りの向こう側には今もハウジング・プロジェクト(低所得者向け住宅群)が広がる。
そこに暮らし、生きる人々がいる。
フード・スタンプ(食品配給金券)の使える店も要る。
そして貧しい町にはフライドチキン屋が多い。
NYは例外だけれどコイン・ランドリーが多い。
KFCが去年撤退した。

華やかな街。
昔の町は今も町。
My Town



あしたはフライドチキンを食べようか。
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ
にほんブログ村

T for Texas

手垢のついた言葉。
あまりに汚れてしまって。
ゴワゴワでカパカパしてる。
裏側はヌルヌルで。

どっちが前だったのか。
すり切れてしまって原形もわからない。
いつからここに突立ってるんだろう。
そしていつまで。

それでも最初に浮かんだのがこの言葉だからしようがない。

「結び目がほどけていくように」

紅色をしたサルビアの小さな花を見て。
親友を思い出すように。
小学校の校門。
横断歩道。
甘い蜜の味。

ただ手品のようにはいかない。
スルスルとは。

押してみたり、引っぱったり。
しごいたり、ねじってみたり。
腰掛けて汗を拭いたり。
難儀しながらもなんとかほどけていく。

土曜から漠然と考えていた。
6年前の今日、ぼくはどこにいたんだろう?

日記をつけはじめたのは2008年。
2006年の記録はない。
それでも見つけた。
サルビアの花。
薄い記憶が濃くなってくる。
少しずつ。

今日、携帯を新しいものに変えて夕方からいじってる。
仕事だというのにね。
そんな中、久々に昔のブログへ行きついた。

そうだった。
たまにだったけど旅先からアップしていたんだ。
蘇ってくる自分。
チリが骨になり肉がつきだしてきた。

真っ黒に陽焼けしている。
モーテルでレタスと豆腐を食っている。
ビールの空き缶が転がる。
誰かがアイスマシーンから氷を出す音がしてくる。

6年前の今日。
やっぱりまだテキサスだった。
でもヒューストンではなくてサンアントニオに。


サンアントニオのモーテルの部屋。
すぐそばを走るフレイト・トレイン。
ハイウェイの下、いつまでも上がらぬ遮断機。
夜中、遠くから聞こえてくる汽笛に故郷を思い出す。
民家に手を加えただけのようなバー。
眠たげな顔をしたメキシカンのバーデンダー。
昼を過ぎたばかりで客はほかに一人きり。
軒下に転がる2台の自転車。
まとわりつくハエ。
長い間洗っていないらしい金属製の灰皿。
古いジュークボックス。
ピンポン台。

どうして飲み屋の風景はこうもありありと再現されていくんだろう。
ビールをたったの2本飲んだだけだというのに

21日はそんなサンアントニオをあとにした朝だった。
観光はしていない。
アラモの砦を覗いたくらいで。
川沿いの遊歩道を歩いただけで。
人ごみの中をゆっくりと。
店が消え、人がまばらになり。
道の終わる水門で反対岸へ渡って帰った。



オースティンは不思議な町だった。
焼けた。
そんなイメージが強い。
川を挟み新しい街と古い町並みがある。
丘の向こうとこちらでは東海岸と西海岸が交差をする。

古い町がやっぱり好きだった。
ライブ・ミュージックが湿った風に乗り、
昼間のドアからもれてくる。
自分の中にある混沌を垣間見るような町だった。

酔っぱらいとビジネスマンが歩く町。
掘っ立て小屋のようなバー。
一方ではWhole Food Market発祥の地でもあるらしい。

まだブッシュが大統領だったころ。
街灯はどれも星印にトリコロール。
テキサス州旗を下げる。
テキサスの州都。
小高い丘の公園の草むらに眠るホームレスの男。

テキサスではいつも大きな星のついたビールを飲んでいた。
あれはなんというビールだったっけ。
どこの町の酒屋でもあのビールをケースで買う。



まだブログの記事は読み返してない。
日付と地名だけで旅をしていた。
いい気分になってしまった。



そうだ。
あれはLone Starというビールだ。

ZZ Topが聴きたい。
ビル・ギボンズのギターで揺れたい。
新しい週がはじまったばかりだというのに。
気持ちはテキサスに遊ぶ。
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ
にほんブログ村




Saturday Night Special

重なる睡眠不足がたたったのか。
それなのに朝まで飲んでたからか。
久々たくさん飲んだワインのせいか。
朝から食べたパスタの影響か。
ちょっとしか食べなかったから空腹なだけかもしれない。

休みなのに。
5時半に寝て9時半に目が覚めた。
まだ酔っ払ってる。
二日酔いではなくて。

休みなのに。
用事があったから。
午前中に出かける。
やっとあたたかくなったマンハッタンへ。

休日の日中が久しぶりであることに気づく。
歩く人が違う。
自分が違う。
街が違う。

最後は……。
ちょうど1年だ。
風の吹く5月の曇り空だった。
セントラル・パークへ青いパーカーを着て歩いた。



用事はあっけないほど簡単に片付く。
そのときになって本調子じゃない腹具合に気づく。
自分の身体なのに。
信号を受け止めきってない
思い当たるふしは色々あり。

どれがどれだかわからない。
ただ、身体が野菜を欲しがってることだけがわかる。

山盛りの千切りキャベツが食べたい。
せっかくの休日昼間のマンハッタン。
それなら。
メンチカツを食べたくなった。
草食じゃない。
揚げ物だけど山盛り千切りが火を消してくれる。

カツ屋のメニューをのぞきこむ。
消えているメンチカツ。
やめた。



刻んだロメインレタスを流水にさらす。
流れる水を見ながら6年前を思い出していた。
車で全米を縦横断していた頃を。

2006年。
今頃はテキサス。
ダラスかヒューストン。
いやサン・アントニオだったかもしれない。

3ヶ月の旅で毎晩食べていたのが冷奴。
ではなくて、
ちぎったロメインレタスにのっけた豆腐一丁。
これだけが他郷に自分をつなぎとめていてくれた。



大きなボウルいっぱいのレタスサラダ。
あの頃のまま醤油で食べる。
うまいもんじゃない。
旅の味とはちがう。



昼間の街を歩いたせいか。
飲みに行くのはやめた。
夜は家で過ごす。
ビールを飲みながら土曜の夜を。



久しぶりにLynyra Skynyrdを聴きながら。
テキサスへはアラバマから入った。
テキサカーナというTwin Cityを超えて。

にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ
にほんブログ村

359ドルのマスタード

暇で放心している事に耐えられない人は、
何を考えているのだろうか?
誰にも邪魔されないで、
一人で変な事をしているのが一番いいのだ。



ひとりで変なことをしてるんじゃない。
暇で手持ちぶたさなわけでもない。
やることだって。
やらなきゃならないことだって。
それなりにある。
それでも徒然草の第75段を読んでいた。

1行目で、
起きてからだれとも話していないことに気づく。

1日中誰ともしゃべらない。
珍しいことじゃない。
そんな日は結構ある。
ただそのことに気づいているかどうかということだけで。
気づいたとしても、
会話をするためだけにわざわざどこかへ出かけたり、
嫌いな電話を手にするはずもない。



どこかが、何かがおかしかった。
どうも調子が出ない。
1週間和食を口にしてなかった。
だれとも話さない日は珍しくないけれど、
和食を食べない1週間というのは珍しい。
そんなわけで朝から土鍋に味噌雑炊を作る。

昼飯はサンドイッチ。
食パン食べてしまわなくちゃね。

どうしてそんなことに気づいたんだろう。
あのときぼくは何を考えていたんだろう。
思い出せない。
珍しいことじゃない。

マスタード瓶に貼られたシールに目が静止していた。
そこに記されている数字に。
「??????」

値段だ。
あたりまえだ。
食品に貼られたシールに携帯番号なんて誰も書かないだろう。
世界的に値段と相場は決まってる。

ただ不可解だっただけで。

「そんなはずはない」
マスタードが359ドルもするなんて。

小数点が抜けていることはすぐわかった。
それにしてもどうして気づかなかったんだろう。
マスタードが359ドルもするわけがない。
常識が勝手に点を打っていたんだろうか。

それでも値札にはちゃんと359ドルと書かれている。
「はい359ドルね」
レジのネーさんから手のひらを出されても二の句がつけない。
ここは契約社会だ。
どうしてもマスタードが欲しかったなら359ドルを出すしかない。
そこには359とちゃんと書かれているんだから。

冷蔵庫の中を見てみた。
卵 169ドル
牛乳 119ドル
ケチャップ 169ドル
チーズ 449ドル
わが家の白い箱にはなんと数千ドルが詰まっている。

どうしてこれまで気づかなかったのだろう。
この店には10年以上も通っているというのに。
このことに気づいている人はどれくらいいるんだろう。



何気なく見過ごしていたんだろう。
何気なく見落としていたんだろう。
あたりまえのこととして。
常識として。
疑うことすらせずに。

周囲を見渡せばそんなことばかりだ。
「あたりまえ」で片付けられてしまうことにあふれてる。
そこにあるのに見えない。
見えているのに見ていない。
だれかと話すことが、あたりまえ、の1日では決してない。



「一人で変な事をしているのが一番いい」

徒然草の第75段はつづく。

浮き世に洗脳されると、
心は下界の汚れでベタベタになり、すぐ迷う。

他人と関われば、
会話は機嫌を伺うようになり、
自分の意志も折れ曲がる。

人と戯れ合えば、
物の奪い合いを始め、
恨み、
糠喜びするだけだ。

すると、
常に情緒不安定になり、
被害妄想が膨らみ、
損得勘定だけしか出来なくなる。

正に迷っている上に酔っぱらっているようなものである。

泥酔して堕落し路上で夢を見ているようでもある。

忙しそうに走り回るわりには、
ボケッとして、
大切なことは忘れてしまう。

人間とは皆この程度の存在である。



「仏になりたい」と思わなくても、
逐電して静かな場所に籠もり、
世の中に関わらず放心していれば、
仮寝の宿とは言っても、
希望はある。

「生き様に悩んだり、
人からどう見られているか気にしたり、
手に職を付ける為に己を研鑽したり、
教典を読み込んで論じる事など、
面倒だから全て辞めてしまえ」
と中国に伝わる『摩訶止観』に書いてある。



$ニューヨーク狂人日記
実はこのマスタード、
本当の値段は1ドル39セント。
蓋の方に -小数点があれば- 正しい値札が貼られている。
ボディーのは間違い。
しかも逆さに貼られてるし。

忙しそうに走り回るわりには、
ボケッとして、
大切なことは忘れてしまう。

然草(吉田兼好著・吾妻利秋訳)



にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ
にほんブログ村

黒いカバン

歩いていきたくなった。
不意に。

午前零時20分霧雨の中で。
コーヒーの入った紙コップ。
右手にはタバコをはさんで。

きっとどこまでも歩くだろう。
テクテクと。
きっとマゼラン海峡まで。

いろんな人に会い。
様々な景色を見ながら。
少しずつ、少しずつ。

でもどうして南を思ったんだろう。
西ではなくて。
北でもなく、東でもなく。
一番遠いからだろうか。
週末に見たアルゼンチンのペンギンの群れのせいかもしれない。



でも歩かない。
歩く前からどこかあきらめてる自分がいる。

時間がない。
あと5時間もすれば東の空が青くなる。
いや、自分に残された時間とて大したことない。
いや、それよりも荷物がある。

今のぼくはいつだって荷物を持って歩いている。
重くて大きなカバンを。
使うもの、使わないもの。
食い込むショルダー・ストラップには安心という重み。
代償として遠くへはいけない。

見えるもの、見えないもの。
カバンの中はぎっしりと詰っている。
あの頃ぼくはいつだって手ぶらだった。



せっせと続ける本棚の電子化。
どこかのぼくが「歩け。。。」とささやいているのかもしれない。
ただ、何も持っていきたくはない。

歩け。

歩いていきたい。
手ぶらで。



$ニューヨーク狂人日記
にほんブログ村 海外生活ブログ ニューヨーク情報へ
にほんブログ村