吐いた煙を鼻から吸い上げる
逆流に立ち向かうのではなくて。
流される方があってる。
それなのに。
モードを切り替えなきゃ。
今週の仕事を終わり酒を飲み始めると、
震える電話。
明治の人は電話が震えるなんて思いもしなかったろう。
昭和の人もそうだ。
それでもポケットの中、電話は震えつづける。
1週間の終わりは1時間ももたずに終わった。
夜勤の人が病気で急遽ピンチヒッター。
ビールを頼んでしまったというのに……。
リラックスしかけていた頭が締まっていく。
酢に漬けられた鯖のように。
33度の酷暑から、18度へと流れなければならない。
金曜夜、夜遊び人の流れに逆らい中を仕事場へ向かう。
おまけにそこはMeatpacking Areaと呼ばれる、
夜遊びエリアのどまん中になぜかある仕事場。
おまけに終わる2時頃は、
夜遊びのみなさまのおかげて金曜はtaxiがつかまりにくい。
早く帰りたいのに。
酒を飲みたいのに。
金曜夜に滝を上る都合のいい男。
便利な人といえばそうだが、
ま、仕事がある、頼りに・信用されているだけでもよしとせねばね。
ただこの流れも来月いっぱいで大きく変わる。
さて、どこへ流れていこうか……。
滝を上ることはめったにはないと思うけれど。
最後にひと口ゲロを飲み込んだのはいつだっけ?

流される方があってる。
それなのに。
モードを切り替えなきゃ。
今週の仕事を終わり酒を飲み始めると、
震える電話。
明治の人は電話が震えるなんて思いもしなかったろう。
昭和の人もそうだ。
それでもポケットの中、電話は震えつづける。
1週間の終わりは1時間ももたずに終わった。
夜勤の人が病気で急遽ピンチヒッター。
ビールを頼んでしまったというのに……。
リラックスしかけていた頭が締まっていく。
酢に漬けられた鯖のように。
33度の酷暑から、18度へと流れなければならない。
金曜夜、夜遊び人の流れに逆らい中を仕事場へ向かう。
おまけにそこはMeatpacking Areaと呼ばれる、
夜遊びエリアのどまん中になぜかある仕事場。
おまけに終わる2時頃は、
夜遊びのみなさまのおかげて金曜はtaxiがつかまりにくい。
早く帰りたいのに。
酒を飲みたいのに。
金曜夜に滝を上る都合のいい男。
便利な人といえばそうだが、
ま、仕事がある、頼りに・信用されているだけでもよしとせねばね。
ただこの流れも来月いっぱいで大きく変わる。
さて、どこへ流れていこうか……。
滝を上ることはめったにはないと思うけれど。
最後にひと口ゲロを飲み込んだのはいつだっけ?
The Long And Winding Road弐
好きな順序は。
ジョン・レノン>ジョージ・ハリソン……>リンゴ・スターー>……ポール・マッカートニー。
その前に来るのが、
The Kinks>The Rolling Stones>The Beatles
(Themをどこに入れるかで迷う)
たしかに才能豊かな人だけれど.
ポール・マッカートニーはあまり好きじゃない。
女王陛下ごめんなさい。
この曲は好きだが。
ビデオは嫌いだけど。
唯一の見所はオルガンのビリー・プレストン。
それとチンピラ風フィル・スペクター。
くらいか。
あと、ジョンの着ているGジャンの色もいいね。
フィル・スペクターとジョン・レノンの取り合わせはいい。
ジョン・レノンの一番好きなアルバムは『Rock’n Roll』だし。
好きとか、きらいとか簡単に言うけどむずかしい。
好きだけどきらい。
きらいだけど好き。
そう簡単じゃない。
許す、許さないように。
どこかの宗教では
「許しなさい、そうすれば許される」
なんていうがこれはずっと以前から腑に落ちない。
許されたいがために他人を許す。
個人から、社会から許されて楽になりたいから。
結局は取引であり、ただの強欲でしかない。
人間の芯から出たものではない慈愛。
いや、それは自愛と言ったほうが近いんじゃないか。
だからいつも軽薄に映ってしまう。
スタート地点がずれてるんだ。
許されるために許す。
腑に落ちない。
まあ、宗教というのは救いを求める人のためのものなのだから、
それでいいのかもしれないが。
所詮人集めのための文句なのかなー、と。
でも、許されるために許す。
いやだな。
そりゃ、許されたいけどね。
でも、そのために許すというのも。
さて、自分の今、そして未来のすべてをなげうって、
許さないことが自分にできるかどうか。
自信がない。
許されるために許す。
それよりは
「あ、あのGジャン、かっこいいジャン」
そんな自分のほうが好き。

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ジョン・レノン>ジョージ・ハリソン……>リンゴ・スターー>……ポール・マッカートニー。
その前に来るのが、
The Kinks>The Rolling Stones>The Beatles
(Themをどこに入れるかで迷う)
たしかに才能豊かな人だけれど.
ポール・マッカートニーはあまり好きじゃない。
女王陛下ごめんなさい。
この曲は好きだが。
ビデオは嫌いだけど。
唯一の見所はオルガンのビリー・プレストン。
それとチンピラ風フィル・スペクター。
くらいか。
あと、ジョンの着ているGジャンの色もいいね。
フィル・スペクターとジョン・レノンの取り合わせはいい。
ジョン・レノンの一番好きなアルバムは『Rock’n Roll』だし。
好きとか、きらいとか簡単に言うけどむずかしい。
好きだけどきらい。
きらいだけど好き。
そう簡単じゃない。
許す、許さないように。
どこかの宗教では
「許しなさい、そうすれば許される」
なんていうがこれはずっと以前から腑に落ちない。
許されたいがために他人を許す。
個人から、社会から許されて楽になりたいから。
結局は取引であり、ただの強欲でしかない。
人間の芯から出たものではない慈愛。
いや、それは自愛と言ったほうが近いんじゃないか。
だからいつも軽薄に映ってしまう。
スタート地点がずれてるんだ。
許されるために許す。
腑に落ちない。
まあ、宗教というのは救いを求める人のためのものなのだから、
それでいいのかもしれないが。
所詮人集めのための文句なのかなー、と。
でも、許されるために許す。
いやだな。
そりゃ、許されたいけどね。
でも、そのために許すというのも。
さて、自分の今、そして未来のすべてをなげうって、
許さないことが自分にできるかどうか。
自信がない。
許されるために許す。
それよりは
「あ、あのGジャン、かっこいいジャン」
そんな自分のほうが好き。
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The Long And Winding Road
20年以上が経っていた。
電車の窓、黒い町並みを背景に映る自分の顔をぼんやりと眺めながら。
自分の顔とあの人の顔が重なってぼやける。
彼女の話になると。
「クスっ」
だれもがまずは小さな嘲笑にも似た笑みを口端に浮かべてから、
しゃべり始める。
趣味は飛行場。
特別、飛行機や乗り物が好きなわけでもないらしい。
それでも週末になると、
地下鉄とバスを乗り継いてJ.F.ケネディー空港へ。
ひとり出かけてゆく。
迎えに行くわけじゃない。
ただ、数時間そこに身を浸しておくために。
もちろん当時は片道1ドルで行けた。
今はモノレールも通り便利にはなったが、
対価に7ドル25セントを求められる。
不便と便利はどっちが幸せなんだろう。
わからない。
往復に15ドルを費やし、
今も彼女はここのどこかにいるのだろうか?
天候不順で9割超が遅延している飛行場。
旅行客でひしめくフロアは避難所を連想させる。
それにしても笑わせてくれる。
「おいおい、それはないだろう」
10日分の着替えが入りそうな大きなスーツケースを転がしていく。
「それを持ち込むのか!?」
入り口に大きさのサンプル表示がされているというのにだ。
もちろん係員にはじかれて戻ってくるのだけれど。
Give it a try.
スーツケースを平然と転がす人を見ながら、
この国の活力源を垣間見るような気がした。
それにしても次から、次に。。。
平均値高いぞ。
Samuel Adamsを3本。
薄くてカリカリ。
焼きたてのペパロニ・ピザを3分の2。
出発カウンターのあるフロアにあるのは、
ドーナツ屋、コンビニ、それと10席くらいのバー。
それだけ。
日本じゃ考えられない。
食うのも、飲むのもゲート内に一極集中。
あちこちの床に人が坐る。
コンセントを差し込みノートブックを広げる人。
車椅子を足置きにして熟睡するおっちゃん。
持ち込んだ枕をクッションに本を読む人。
ウロウロしているせいか、何度も見かける挙動不審の若者。
眉に、頬にピアスをつけた2児の父親。
必要以外な口はきかない。
手際よく仕事を片付けていく若いバーテンダー。
冷凍庫から出したワイン・グラスを灯りにかざし汚れを確かめる。
レモンを、イチゴを切る。
グラスが追いつかなくなると氷水を入れ冷やす。
注文が途絶えると冷蔵庫の扉をはずし拭きあげる。
バーテンダーは止まらない。
動き続ける。
そして、笑わない。
考えてみればここは出発フロアだ。
旅立ち、帰郷。
喜びもあるが、その数は別れに遠く及ばない。
この特異な場所でどれだけの涙が笑顔の下に封じ込まれているのだろう。
別れのための場所。
別れのためだけにある場所。
数メートル真下には出会いのためだけの場所があるというのに、
その混載は許されずそれだけに、
灯りはひときわ輝き、
闇は一段と深くなる。
この男。
いったいこれまでいくつの別れを見てきたのだろう。
そしてこれから幾万の別れを見続けるのだろう。
ニューヨークという街はたしかに大きい。
しかし、これだけの別れを見続けるバーテンダーというのも、
ごく限られた数しかいない。
どうしたわけか到着フロアにはバーがない。
再会、出会いを喜ぶよりも、
別れを惜しむために人は酒を飲むのだろう。
熱気。ざわめき。疲労……。
乗客の間を縫うように。
ゆるやかな緑色の川が流れてくるように。
聞こえてきた。
ビートルズの『The Long and Winding Road』が。
注意しなければ聞き逃してしまうほどの音量なのだけれど、
喧騒の中をなめらかな旋律が太く、ゆるやかに。
小さな大河のように。
それでも少しずつ確実に頭の中を染め上げていく。
曇ったグラスの向こうにバーテンダーの顔が見える。

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電車の窓、黒い町並みを背景に映る自分の顔をぼんやりと眺めながら。
自分の顔とあの人の顔が重なってぼやける。
彼女の話になると。
「クスっ」
だれもがまずは小さな嘲笑にも似た笑みを口端に浮かべてから、
しゃべり始める。
趣味は飛行場。
特別、飛行機や乗り物が好きなわけでもないらしい。
それでも週末になると、
地下鉄とバスを乗り継いてJ.F.ケネディー空港へ。
ひとり出かけてゆく。
迎えに行くわけじゃない。
ただ、数時間そこに身を浸しておくために。
もちろん当時は片道1ドルで行けた。
今はモノレールも通り便利にはなったが、
対価に7ドル25セントを求められる。
不便と便利はどっちが幸せなんだろう。
わからない。
往復に15ドルを費やし、
今も彼女はここのどこかにいるのだろうか?
天候不順で9割超が遅延している飛行場。
旅行客でひしめくフロアは避難所を連想させる。
それにしても笑わせてくれる。
「おいおい、それはないだろう」
10日分の着替えが入りそうな大きなスーツケースを転がしていく。
「それを持ち込むのか!?」
入り口に大きさのサンプル表示がされているというのにだ。
もちろん係員にはじかれて戻ってくるのだけれど。
Give it a try.
スーツケースを平然と転がす人を見ながら、
この国の活力源を垣間見るような気がした。
それにしても次から、次に。。。
平均値高いぞ。
Samuel Adamsを3本。
薄くてカリカリ。
焼きたてのペパロニ・ピザを3分の2。
出発カウンターのあるフロアにあるのは、
ドーナツ屋、コンビニ、それと10席くらいのバー。
それだけ。
日本じゃ考えられない。
食うのも、飲むのもゲート内に一極集中。
あちこちの床に人が坐る。
コンセントを差し込みノートブックを広げる人。
車椅子を足置きにして熟睡するおっちゃん。
持ち込んだ枕をクッションに本を読む人。
ウロウロしているせいか、何度も見かける挙動不審の若者。
眉に、頬にピアスをつけた2児の父親。
必要以外な口はきかない。
手際よく仕事を片付けていく若いバーテンダー。
冷凍庫から出したワイン・グラスを灯りにかざし汚れを確かめる。
レモンを、イチゴを切る。
グラスが追いつかなくなると氷水を入れ冷やす。
注文が途絶えると冷蔵庫の扉をはずし拭きあげる。
バーテンダーは止まらない。
動き続ける。
そして、笑わない。
考えてみればここは出発フロアだ。
旅立ち、帰郷。
喜びもあるが、その数は別れに遠く及ばない。
この特異な場所でどれだけの涙が笑顔の下に封じ込まれているのだろう。
別れのための場所。
別れのためだけにある場所。
数メートル真下には出会いのためだけの場所があるというのに、
その混載は許されずそれだけに、
灯りはひときわ輝き、
闇は一段と深くなる。
この男。
いったいこれまでいくつの別れを見てきたのだろう。
そしてこれから幾万の別れを見続けるのだろう。
ニューヨークという街はたしかに大きい。
しかし、これだけの別れを見続けるバーテンダーというのも、
ごく限られた数しかいない。
どうしたわけか到着フロアにはバーがない。
再会、出会いを喜ぶよりも、
別れを惜しむために人は酒を飲むのだろう。
熱気。ざわめき。疲労……。
乗客の間を縫うように。
ゆるやかな緑色の川が流れてくるように。
聞こえてきた。
ビートルズの『The Long and Winding Road』が。
注意しなければ聞き逃してしまうほどの音量なのだけれど、
喧騒の中をなめらかな旋律が太く、ゆるやかに。
小さな大河のように。
それでも少しずつ確実に頭の中を染め上げていく。
曇ったグラスの向こうにバーテンダーの顔が見える。
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水曜朝に見た歴史
イタチもたまには道をそれる。
ネコくん関係で思ったより時間を食ってしまい、
いつもよりひとつ遅い電車に乗る。
ホームには前の電車ほどの人はいないけれど、
中はそれなりに混んでいる。
とはいっても鈍行電車、坐れないほどじゃない。
ひとつ目、ふたつ目……。
降りる人よりも乗り込む人のほうが多い。
駅を追うごとに密度は高くなり、
席も次第に埋まっていく。
ぼくの隣をのぞいて。
そこだけポッカリと穴が開いていた。
そばまでみんな来るんだがすぐに背を向ける。
とはいっても強烈な体臭がするわけじゃない。
と、思う。
プラスチックでできたオレンジ色の座席。
くぼんだ所にできたミルクコーヒーの水たまり。
座席のひとつひとつは独立した作りなので、
その上真ん中が凹んでいるので流れてくる心配はない。
電車の揺れに波が立つ。
小舟を浮かべれば、
大洋で遭遇した嵐にもまさる揺れなのだろうが。
市役所を過ぎる電車はいっぺんにガランとなる。
それでも駅を追うごとにまた少しずつ。
少しずつ増えてくる。
口の中で噛み潰された叫びを聞いた。
目を開けると灰色の大きな尻が勢いよく立ち上がっるところだ。
34丁目を出ようとしている。
ドアから空席を目指してきた女の人が坐ってしまったらしい。
お尻は何秒間ついていたんだろう?
42丁目でドアが開くと紺色スーツの男が近づいてくる。
何のためらいもなくクルリと背を向けると腰を下ろした。
女のパンツにあらかた吸われてしまったミルクコーヒーの海は、
気をつけなければわからないほどに浅くなってしまっていた。
女が雑巾で吸い取り、男が乾拭きをした。
「そこは海だった」
そのことを知るのは数人しかいない。
もう数分も経てば誰一人として知る者はいない。
47丁目で降りる。
あの男が立ち上がったあとの座席は、
それこそ平常どおりに普通の椅子として、
これから数十時間、きっちりと仕事をしていくことだろう。
昔、そこで戦争があった。
昔、あの町は津波に飲まれた。
その場所に立つだけではわからないことがある。
それでも、それは、その地に、事実としてあった。
大小、善悪に関わることなくすべては時の中に埋もれてゆく。
ぼくの坐っていた座席も今ごろはその痕跡もないことだろう。
通り過ぎる人、そこで暮らす人によって、
痕跡は次第に薄れ、ある時期を境に、
それは歴史としてでしか存在をしなくなる。
水曜朝、歴史のヒトコマ。

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ネコくん関係で思ったより時間を食ってしまい、
いつもよりひとつ遅い電車に乗る。
ホームには前の電車ほどの人はいないけれど、
中はそれなりに混んでいる。
とはいっても鈍行電車、坐れないほどじゃない。
ひとつ目、ふたつ目……。
降りる人よりも乗り込む人のほうが多い。
駅を追うごとに密度は高くなり、
席も次第に埋まっていく。
ぼくの隣をのぞいて。
そこだけポッカリと穴が開いていた。
そばまでみんな来るんだがすぐに背を向ける。
とはいっても強烈な体臭がするわけじゃない。
と、思う。
プラスチックでできたオレンジ色の座席。
くぼんだ所にできたミルクコーヒーの水たまり。
座席のひとつひとつは独立した作りなので、
その上真ん中が凹んでいるので流れてくる心配はない。
電車の揺れに波が立つ。
小舟を浮かべれば、
大洋で遭遇した嵐にもまさる揺れなのだろうが。
市役所を過ぎる電車はいっぺんにガランとなる。
それでも駅を追うごとにまた少しずつ。
少しずつ増えてくる。
口の中で噛み潰された叫びを聞いた。
目を開けると灰色の大きな尻が勢いよく立ち上がっるところだ。
34丁目を出ようとしている。
ドアから空席を目指してきた女の人が坐ってしまったらしい。
お尻は何秒間ついていたんだろう?
42丁目でドアが開くと紺色スーツの男が近づいてくる。
何のためらいもなくクルリと背を向けると腰を下ろした。
女のパンツにあらかた吸われてしまったミルクコーヒーの海は、
気をつけなければわからないほどに浅くなってしまっていた。
女が雑巾で吸い取り、男が乾拭きをした。
「そこは海だった」
そのことを知るのは数人しかいない。
もう数分も経てば誰一人として知る者はいない。
47丁目で降りる。
あの男が立ち上がったあとの座席は、
それこそ平常どおりに普通の椅子として、
これから数十時間、きっちりと仕事をしていくことだろう。
昔、そこで戦争があった。
昔、あの町は津波に飲まれた。
その場所に立つだけではわからないことがある。
それでも、それは、その地に、事実としてあった。
大小、善悪に関わることなくすべては時の中に埋もれてゆく。
ぼくの坐っていた座席も今ごろはその痕跡もないことだろう。
通り過ぎる人、そこで暮らす人によって、
痕跡は次第に薄れ、ある時期を境に、
それは歴史としてでしか存在をしなくなる。
水曜朝、歴史のヒトコマ。
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きみのTシャツおかしいよ
「いらっしゃいませ!」
威勢いいい声。
香るような白木づくりの店内。
刈り込まれた頭髪。
顎の剃り跡も青い。
評判の寿司屋に行った。
まな板の向こう、笑顔で迎える板前が、
阿弥陀如来や大国主命のTシャツを着ていたとしたら。
信じるということは。
そう悪いことじゃない。
それがどんな対象であろうとも。
信じるということには関しては、
対等に扱われねばならない。
ましてやおもしろおかしく騒ぎ立てるなんて、
もってのほかだ。
信じることが導き出す、
導き出すかもしれないことは置いておいて。
たとえば原発を安全だと信じることをとがめだてることはできない。
それが安全ではないとわかっていても。
たとえ再び事故を起こしたとしても、
安全だとして再稼動させたことを非難できても、
安全だと信じた事実をうんぬんすべきではない。
この流れは20年くらいだろうか。
世の中のほとんどのことと同じように、
いつだとか、誰だとかをさがすのは意味のないことだろう。
いつから、誰が右手で箸を使いはじめたのか。
そんなことは誰も知らないし、さして大切なことでもない。
それまでのレストランはといえば、
ウェイターは黒ズボンに白シャツを着て黒い蝶ネクタイ。
キッチン・スタッフは白衣。
それが定番だった。
いつの頃からかカジュアルな店では黒いTシャツが着だされ、
広まり、
認められ、
定着した。
ウェイターも、キッチン・スタッフも。
最初は「ギョッ」とした。
そのうち、その店を選んだ自分にため息をつき運命に甘んじるようになった。
今ではあまり感じることはない。
もちろん、できれば日本人に作ってもらいたいのだけれど。
流れとはそういうものなのだろう。
これも、いつの間にか。
日本レストランのキッチンでアミーゴ君(メキシコ人)が働くようになった。
今では寿司を握る人までもいる。
彼らの作るカツ丼のアミーゴをいう角は、
時と共に丸くなっていく。
揚げだし豆腐を揚げているアミーゴ君。
ツナ&アボカド・サラダをあつらえているアミーゴ君。
どちらの黒いTシャツにも大きなマリアさんが刷られている。
どちらも少し寂しげな表情を浮かべて。
<異>という言葉はたたらを踏みそうな地面をならしてくれることがある。
それが場所であったり、文化であったり。
白夜のある町で生まれた男は、
夜の闇が5時間も続くとなんだか落ち着かないらしい。
それでも<異>と思えばなんとか自分をねじ伏せることができる。
メキシコ人のサンタ・マリアにはなんとか納得がいっても、
板前の大国主命に吹き出してしまうぼくら日本人。
「鞄の中からはオウム真理教の本が十数冊発見されました」
「麻原彰晃と写っていた写真を大事に持っていました」
「麻原の説話の入ったテープを今も所持していたようです」
報道がこんなラッパを吹くなんて。
いったいどれだけの人が彼以上に信じる力を持っているというんだろう。
ぼくは笑わない。
笑えない。
阿弥陀如来Tの本格派板前には笑ってしまうかもしれないが。

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威勢いいい声。
香るような白木づくりの店内。
刈り込まれた頭髪。
顎の剃り跡も青い。
評判の寿司屋に行った。
まな板の向こう、笑顔で迎える板前が、
阿弥陀如来や大国主命のTシャツを着ていたとしたら。
信じるということは。
そう悪いことじゃない。
それがどんな対象であろうとも。
信じるということには関しては、
対等に扱われねばならない。
ましてやおもしろおかしく騒ぎ立てるなんて、
もってのほかだ。
信じることが導き出す、
導き出すかもしれないことは置いておいて。
たとえば原発を安全だと信じることをとがめだてることはできない。
それが安全ではないとわかっていても。
たとえ再び事故を起こしたとしても、
安全だとして再稼動させたことを非難できても、
安全だと信じた事実をうんぬんすべきではない。
この流れは20年くらいだろうか。
世の中のほとんどのことと同じように、
いつだとか、誰だとかをさがすのは意味のないことだろう。
いつから、誰が右手で箸を使いはじめたのか。
そんなことは誰も知らないし、さして大切なことでもない。
それまでのレストランはといえば、
ウェイターは黒ズボンに白シャツを着て黒い蝶ネクタイ。
キッチン・スタッフは白衣。
それが定番だった。
いつの頃からかカジュアルな店では黒いTシャツが着だされ、
広まり、
認められ、
定着した。
ウェイターも、キッチン・スタッフも。
最初は「ギョッ」とした。
そのうち、その店を選んだ自分にため息をつき運命に甘んじるようになった。
今ではあまり感じることはない。
もちろん、できれば日本人に作ってもらいたいのだけれど。
流れとはそういうものなのだろう。
これも、いつの間にか。
日本レストランのキッチンでアミーゴ君(メキシコ人)が働くようになった。
今では寿司を握る人までもいる。
彼らの作るカツ丼のアミーゴをいう角は、
時と共に丸くなっていく。
揚げだし豆腐を揚げているアミーゴ君。
ツナ&アボカド・サラダをあつらえているアミーゴ君。
どちらの黒いTシャツにも大きなマリアさんが刷られている。
どちらも少し寂しげな表情を浮かべて。
<異>という言葉はたたらを踏みそうな地面をならしてくれることがある。
それが場所であったり、文化であったり。
白夜のある町で生まれた男は、
夜の闇が5時間も続くとなんだか落ち着かないらしい。
それでも<異>と思えばなんとか自分をねじ伏せることができる。
メキシコ人のサンタ・マリアにはなんとか納得がいっても、
板前の大国主命に吹き出してしまうぼくら日本人。
「鞄の中からはオウム真理教の本が十数冊発見されました」
「麻原彰晃と写っていた写真を大事に持っていました」
「麻原の説話の入ったテープを今も所持していたようです」
報道がこんなラッパを吹くなんて。
いったいどれだけの人が彼以上に信じる力を持っているというんだろう。
ぼくは笑わない。
笑えない。
阿弥陀如来Tの本格派板前には笑ってしまうかもしれないが。
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はっぴいえんど
雑誌で結末を読んだことのある映画を観ている。
そんな気分になっていた。
第一の当事者であるというのに。
気持ちがもっとザワついてもよさそうなものだけれど。
不思議とこの海は凪いでいる。
まったく波がないと言えば嘘になってしまうが、
台風接近の予感はかけらもない。
いや、当事者とは案外そんなものなのかもしれないな。
映画の筋を知って、知ってしまっていると。
妙なところに目が行ってしまうことがある。
ネクタイの結び方であったり。
女のシャツが右前であるか、それとも左前だったか。
湯飲茶碗の柄のこともあれば、
開かれたままになっている本のページ数を憶えていたり。
車のガソリン計の針を見ながらはらはらしたり、
いつも右向きにしか眠らない主人公だったりする。
そんなことを書いていたら、
映画『ローマの休日』の時計のことを思い出していた。
数分間のシーンの中で時計台の針が行ったりきたり。
自分のことだというのになんてのんきなんだ。
いつものように早口で喋りつづける。
彼を見ていた。
その目を見つめていた。
うなずきながら。
質問を返したりしながら。
筋を追うでもなく。
結末に思いをめぐらせ一喜一憂するでもなく。
まるで羽ばたく鳥の翼の裏側にある柄を確認でもするかのように。
彼を見つめていた。
少し意地悪なのだろうか。
嘘をつく人は。
正直者が嘘をつくときは。
どうして目が泳いでしまうのだろう。
嘘を言う彼が。
虚飾しなければならぬ彼が。
少なくとも本当のことを、本当の理由を明かさない彼が。
とても哀しく映る。
やはり当事者のせいなんだろう。
その姿はこっけいではなく、
どこか哀しいパントマイムを見る、そんな気分にさせる。
嘘には都合もあれば、
少なくとも彼の優しさが注ぎ込まれている。
人間というのはなんて哀しい生き物なんだ。
彼も、そしてぼくだって。
人生を映画にたとえる人がいる。
筋のわかった映画を観るのはつらく、
少しだけおかしい。
フィルムの中の役者はぼくが結末を知っていることをしらない。
少なくともあの雑誌ではハッピー・エンドではなかった。
それとも茶番を演じているのはぼく自身なんだろうか。

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そんな気分になっていた。
第一の当事者であるというのに。
気持ちがもっとザワついてもよさそうなものだけれど。
不思議とこの海は凪いでいる。
まったく波がないと言えば嘘になってしまうが、
台風接近の予感はかけらもない。
いや、当事者とは案外そんなものなのかもしれないな。
映画の筋を知って、知ってしまっていると。
妙なところに目が行ってしまうことがある。
ネクタイの結び方であったり。
女のシャツが右前であるか、それとも左前だったか。
湯飲茶碗の柄のこともあれば、
開かれたままになっている本のページ数を憶えていたり。
車のガソリン計の針を見ながらはらはらしたり、
いつも右向きにしか眠らない主人公だったりする。
そんなことを書いていたら、
映画『ローマの休日』の時計のことを思い出していた。
数分間のシーンの中で時計台の針が行ったりきたり。
自分のことだというのになんてのんきなんだ。
いつものように早口で喋りつづける。
彼を見ていた。
その目を見つめていた。
うなずきながら。
質問を返したりしながら。
筋を追うでもなく。
結末に思いをめぐらせ一喜一憂するでもなく。
まるで羽ばたく鳥の翼の裏側にある柄を確認でもするかのように。
彼を見つめていた。
少し意地悪なのだろうか。
嘘をつく人は。
正直者が嘘をつくときは。
どうして目が泳いでしまうのだろう。
嘘を言う彼が。
虚飾しなければならぬ彼が。
少なくとも本当のことを、本当の理由を明かさない彼が。
とても哀しく映る。
やはり当事者のせいなんだろう。
その姿はこっけいではなく、
どこか哀しいパントマイムを見る、そんな気分にさせる。
嘘には都合もあれば、
少なくとも彼の優しさが注ぎ込まれている。
人間というのはなんて哀しい生き物なんだ。
彼も、そしてぼくだって。
人生を映画にたとえる人がいる。
筋のわかった映画を観るのはつらく、
少しだけおかしい。
フィルムの中の役者はぼくが結末を知っていることをしらない。
少なくともあの雑誌ではハッピー・エンドではなかった。
それとも茶番を演じているのはぼく自身なんだろうか。
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坊主バー
笑えない。
いや、笑わない、か。
笑いは芸か、シュール。
そのどちらかでないと。
そういったわけで、
<お笑い>と言われるもので笑ったことがない。
最後に笑ったのはビートたけしがツービートで出てきた時だと思う。
彼はシュールなものを持っていた。
まったく笑えない。
どうしてここまで<お笑い>がもてはやされ、
<第○次お笑いブーム>
と言われ続けるのか。
まったく笑えない。
久々に笑っている自分に気づいていた。
腹を抱えてとまではいかないけれど。
誰もいない部屋に笑い声が響く。
もうどれくらいになるんだろう?
癒しという言葉が世情でもてはやされるようになって。
今も癒しを求める人が多い。
元気も、力も、癒しも。
このごろは人に頼る。
他力本願。
3日前、日本のニュースの特集コーナーだった。
多くの人が僧侶に癒しを求めているらしい。
お金を払って説法を聴きに行ったり。
寺によってはカフェを作り女性客を集める。
「おい、税金の方はどうなんだ」
「宗教法人はやっぱり非課税か?」
「消費税アップなんて関係ないんだろうな!?」
それくらいでは笑わない。
最初に笑ったのは飲み屋の看板を見たとき。
《坊主バー》
カメラが入ると、
剃髪の僧侶たちが僧衣を着て、
カウンターの向こうで飲み物を作る。
客に飲み物を持っていくのもまた僧侶。
ナレーションが入る。
「こちらで一番人気の飲み物《極楽浄土》です」。
ここで爆笑してしまった。
眠っているネコくんが起きてしまうほどに。
毎夜数度のライブが行われる。
小さな畳のスペース。
正座をして読経する若い坊さん。
料金ではなくお布施。
おい。
税金の方はどうなんだ?
おい。
高橋克也か?
おい、
極楽浄土行けたか?
良質な洒落としか思えない。
そうであって欲しい。

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いや、笑わない、か。
笑いは芸か、シュール。
そのどちらかでないと。
そういったわけで、
<お笑い>と言われるもので笑ったことがない。
最後に笑ったのはビートたけしがツービートで出てきた時だと思う。
彼はシュールなものを持っていた。
まったく笑えない。
どうしてここまで<お笑い>がもてはやされ、
<第○次お笑いブーム>
と言われ続けるのか。
まったく笑えない。
久々に笑っている自分に気づいていた。
腹を抱えてとまではいかないけれど。
誰もいない部屋に笑い声が響く。
もうどれくらいになるんだろう?
癒しという言葉が世情でもてはやされるようになって。
今も癒しを求める人が多い。
元気も、力も、癒しも。
このごろは人に頼る。
他力本願。
3日前、日本のニュースの特集コーナーだった。
多くの人が僧侶に癒しを求めているらしい。
お金を払って説法を聴きに行ったり。
寺によってはカフェを作り女性客を集める。
「おい、税金の方はどうなんだ」
「宗教法人はやっぱり非課税か?」
「消費税アップなんて関係ないんだろうな!?」
それくらいでは笑わない。
最初に笑ったのは飲み屋の看板を見たとき。
《坊主バー》
カメラが入ると、
剃髪の僧侶たちが僧衣を着て、
カウンターの向こうで飲み物を作る。
客に飲み物を持っていくのもまた僧侶。
ナレーションが入る。
「こちらで一番人気の飲み物《極楽浄土》です」。
ここで爆笑してしまった。
眠っているネコくんが起きてしまうほどに。
毎夜数度のライブが行われる。
小さな畳のスペース。
正座をして読経する若い坊さん。
料金ではなくお布施。
おい。
税金の方はどうなんだ?
おい。
高橋克也か?
おい、
極楽浄土行けたか?
良質な洒落としか思えない。
そうであって欲しい。
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吉田類の亜米利加
吉田類の亜米利加
時代が変わったからかもしれない。
この国もたしかに変わった。
ぼく自身だって変わっている。
幻だったということもある。
だれも悪くはない。
だれも正しくはないように。
ただ陽に焼けた古い本のように、
<そんなもの>として今もそこにある。
その事実だけで。
20歳の頃、<アメリカ>だとか<ニューヨーク>だとか。
タイトルに、帯に文字を見つけると見境なく買ってた。
スーツケースに放り込み海を渡ったものもある。
散逸してしまったけれど。
余談だけれど、16年ほど前に起こった大散逸は自分のためによかったのか。
それとも悪かったのか。
いまでも不意に立ち止まってしまうことがある。
写真、本、ノート、服、靴、鍋、パスポート……自分。
形あるもののすべてが、
あの日散逸してしまった。
エッセイでも、紀行文でも、小説でも。
それこそなんでも読みあさり、
今も深く刻み込まれているものもある。
懐かしいタイトルにブックオフでたまに会う。
何冊かは買ってみた。
色あせてないものもあるのだけれど、
どちらかといえば褪色し古びてしまったものが多い。
それは仕方のないことなんだ。
ぼくだってシワが増えたり、髪が抜けたりしてきてる。
思い出はだれだって大切にしておきたい。
いっしょに年を重ねていくのなら別だが、
大好きだったガールフレンドが、
30年後ババアになって突然現れ
「好き」と言われても困ってしまう。
たった2つの点と点でそんなことを言われてしまってもね。
今日は『ハーレムの熱い日々』というのを見かけた。
30年近く前に読んだ本だ。
彼女の『吉田ルイ子のアメリカ』は繰り返し何度も、何度も読んだ。
そして今の僕にとって吉田ルイといえば。
吉田類になっている。
そんなことに気づくニューヨークの夏。

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時代が変わったからかもしれない。
この国もたしかに変わった。
ぼく自身だって変わっている。
幻だったということもある。
だれも悪くはない。
だれも正しくはないように。
ただ陽に焼けた古い本のように、
<そんなもの>として今もそこにある。
その事実だけで。
20歳の頃、<アメリカ>だとか<ニューヨーク>だとか。
タイトルに、帯に文字を見つけると見境なく買ってた。
スーツケースに放り込み海を渡ったものもある。
散逸してしまったけれど。
余談だけれど、16年ほど前に起こった大散逸は自分のためによかったのか。
それとも悪かったのか。
いまでも不意に立ち止まってしまうことがある。
写真、本、ノート、服、靴、鍋、パスポート……自分。
形あるもののすべてが、
あの日散逸してしまった。
エッセイでも、紀行文でも、小説でも。
それこそなんでも読みあさり、
今も深く刻み込まれているものもある。
懐かしいタイトルにブックオフでたまに会う。
何冊かは買ってみた。
色あせてないものもあるのだけれど、
どちらかといえば褪色し古びてしまったものが多い。
それは仕方のないことなんだ。
ぼくだってシワが増えたり、髪が抜けたりしてきてる。
思い出はだれだって大切にしておきたい。
いっしょに年を重ねていくのなら別だが、
大好きだったガールフレンドが、
30年後ババアになって突然現れ
「好き」と言われても困ってしまう。
たった2つの点と点でそんなことを言われてしまってもね。
今日は『ハーレムの熱い日々』というのを見かけた。
30年近く前に読んだ本だ。
彼女の『吉田ルイ子のアメリカ』は繰り返し何度も、何度も読んだ。
そして今の僕にとって吉田ルイといえば。
吉田類になっている。
そんなことに気づくニューヨークの夏。
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ウィンピー
ほんとうなのか。
それとも嘘、方便なのか。
ほんの少しだけとまどっていた。
すぐに結論は出たんだけれど。
石畳の街。
以前に入ったことのあるビール屋へ入ろうか。
よしとこうか。
行ったり来たり。
素人だかプロなのかわからない、
カメラ・クルー4人を横目にドアの前に立ったときだった。
振り返ったぼくはウィンピーを思い出し、
次に女性物のストッキングのことを考えていた。
そう、漫画『ポパイ』でなくてはならないキャラクターを演じている、
あのウィンピーのことだ。
ひょうひょうとした空気こそ薄かったものの、その風貌が。
どことなく情けない風なんだが、ご当人はぜんぜん感じてない。
んだろう。
外見が似ていると喋り方まで似てくるのか。
人間をひとつのいれものと考えると、そう言えないこともない。
骨格だとか、体内での響き具合いだとか。
似たような外見は、
似たような経験をして、
似たような行動を取り、
似たような外見に還元され、
そういったものが層になって人はできあがっていくのかもしれない。
喋り出した内容までが似ていたので、心のなかで苦笑してしまう。
さすがに、
「火曜日にはきっと返すからハンバーガーをおごってくれないか」
とは言われなかったが。
「ぼくは学生なんだけどね、車のタイミング・ベルトが切れて困ってんだ。
免許証を預けるから12ドル貸してくれないかな?」
右手にほどけた輪のゴムひも。
左手に免許書を持って佇む男。
人を顔や姿形で判断してしまうのは実に危険なことなんだけれど、
この、どう見ても40歳過ぎの男から学生という言葉を導き出すことができない。
格好はというと薄い水色の上下。
そう、病院でよくみかけるあのテレンとした服だ。
果たしてこの男、
ベッドの脇に立つ人なのか。
それとも中で横たわっているべき人なのか。
「悪いね。NYからなんだ。
免許証預かってもやりとりするのに時間かかっちゃうしね……」
(それに免許証預けたら車乗れないでしょ)
「そうかい。それならChange(小銭)を恵んでくれないか?」
ふくらんでる右ポケットからひとつかみを男に渡しドアを押す。
「いらっしゃいませ!
お1人様?お好きな席へどうぞ」
閉まりかけるドアの隙間からウィンピーの声が聞こえてくる。
「ぼくは学生なんだけれどね、車の……」
半年前の追憶。

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それとも嘘、方便なのか。
ほんの少しだけとまどっていた。
すぐに結論は出たんだけれど。
石畳の街。
以前に入ったことのあるビール屋へ入ろうか。
よしとこうか。
行ったり来たり。
素人だかプロなのかわからない、
カメラ・クルー4人を横目にドアの前に立ったときだった。
振り返ったぼくはウィンピーを思い出し、
次に女性物のストッキングのことを考えていた。
そう、漫画『ポパイ』でなくてはならないキャラクターを演じている、
あのウィンピーのことだ。
ひょうひょうとした空気こそ薄かったものの、その風貌が。
どことなく情けない風なんだが、ご当人はぜんぜん感じてない。
んだろう。
外見が似ていると喋り方まで似てくるのか。
人間をひとつのいれものと考えると、そう言えないこともない。
骨格だとか、体内での響き具合いだとか。
似たような外見は、
似たような経験をして、
似たような行動を取り、
似たような外見に還元され、
そういったものが層になって人はできあがっていくのかもしれない。
喋り出した内容までが似ていたので、心のなかで苦笑してしまう。
さすがに、
「火曜日にはきっと返すからハンバーガーをおごってくれないか」
とは言われなかったが。
「ぼくは学生なんだけどね、車のタイミング・ベルトが切れて困ってんだ。
免許証を預けるから12ドル貸してくれないかな?」
右手にほどけた輪のゴムひも。
左手に免許書を持って佇む男。
人を顔や姿形で判断してしまうのは実に危険なことなんだけれど、
この、どう見ても40歳過ぎの男から学生という言葉を導き出すことができない。
格好はというと薄い水色の上下。
そう、病院でよくみかけるあのテレンとした服だ。
果たしてこの男、
ベッドの脇に立つ人なのか。
それとも中で横たわっているべき人なのか。
「悪いね。NYからなんだ。
免許証預かってもやりとりするのに時間かかっちゃうしね……」
(それに免許証預けたら車乗れないでしょ)
「そうかい。それならChange(小銭)を恵んでくれないか?」
ふくらんでる右ポケットからひとつかみを男に渡しドアを押す。
「いらっしゃいませ!
お1人様?お好きな席へどうぞ」
閉まりかけるドアの隙間からウィンピーの声が聞こえてくる。
「ぼくは学生なんだけれどね、車の……」
半年前の追憶。
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ビーチからボール・パークまで
扉の向こうで夏の来ていることを知る。
それは効きすぎた冷房のせいではなく、
満員の体温に追いつけない冷房でもなく。
夏は肌ではなく、目からやってきた。
眠りこけている。
4人の黒人の子供たち。
折りたたみ椅子、天幕、敷物、アイス・ボックス。
年長の少年は抱きかかえるように眠る。
タンクトップというよりもランニングといった方が近い。
黄ばんだシャツとピンクの短パンの中で破裂しそうな母親の巨体。
何を書いてるんだろう。
分厚いノートに鉛筆で文字を書きつづける長女らしい少女。
黒いフードをかぶったスリムな身体。
母親ではなく父親しか見えてこない。
この線が海へ通じていることをしばらく忘れてた。
少しずつ自分は変わっていっている。少しずつ。
土曜夕方、コニーアイランド発の地下鉄車中。
大声をあげ、走り回り、怒鳴られ、陽にあたり、コークを飲んで、潮風に吹かれて。
心地よい疲労の中で眠る海水浴帰りの家族。
ビーチ・ボールが見えない。
止まるたびに騒がしくなってくる。
小さなグループがここにも。
向こうのドアからも乗り込んできた。
灰色地に紺のパイピングがほどこされた半袖シャツを着て。
帽子をかぶっている女。
グローブを持つ子供。
地元で試合のあることを知る。
この線は野球場にもつながっている。
夕方から雨だといっていたが。
まあ、ぼくには関係ない。
小さなフロント・ヤードに黄色い花が咲いた。
咲くまではそこにあることにすら気づいていない。
覚えていなかった。
そんな自分が少しいやになる。
よく見ると。
何度も倒れそうになり、
何度あきらめようとしたのだろう。
それでも天を目指す。
少しでも太陽のそばに。
なんとか指を離さずつかまっていた。
フェンスの黒い鉄棒に朝顔のように茎をからみつかせ。
少しでも太陽のそばに。
そんな季節になっていた。
雨が少なく、
仕事から帰るとジョウロを持って3階から。
何度も往復。
去年の酷暑がよみがえる。
毎日息絶えそうな鉢植えの方のヒマワリ。
生命をつなぎとめることができた。
そんな花から落ちた種は殻の中に生命を閉じ込め。
ひと冬を地中で過ごして見事な黄色がはじけた。
太陽のように。
旧い友人が声をかけてくる。
ここ1週間ほどのこと。
ネコ君のおなかをなでてると何かがあたる。
ひと粒のときもあれば、3粒ほどのときも。
毛の間からつまみ出して無造作にゴミ箱へ入れる。
感情に波は立たない。
今考えてみると。
ぼくはそこで命の連鎖を断ち切ってしまったんだ。
申し訳ないことだ。
日向で昼寝をしたり。
土を掘り返して腹をうずめてみたり。
気のふれたように芝生の上を転げまわったり。
電線にとまる鳥におちょくられたり。
階段から落ちたり。
実に気ままに生きているようにしかみえないけれど。
ネコ君たちのほうが地球というサイクルの中では、
ちゃんとした役割を果たしている。
さて自分はどうだろう?
なにかやってるだろうか。
人間界ではなく地球界の一員として。
陽を受けたヒマワリの力強い黄色はいつも夏を思わせる。
去年からはひとつ増えた。
いやでも原発事故を思い出してしまう。
夏の花の向こうの涙。
無為とわかっていながらも種をまかずにはいられない人々。
いったい何万、何億の種が、そして花が。
こっけいに思えるかもしれないが、
3月の頃には真剣にヨウ素入りうがい薬を飲んでいた人がいた。
あのときの無力感を忘れてしまったんだろうか。
みんなは。
福井県知事がどうしてあそこまで再稼動にこだわるのか。
ぼくには理解できない。
大飯に知事公舎を移せばいいのに。
いっそのこと内閣府も経団連も引っ越そう。
NJではかなり手前のバス停で降りてしまった。
緑の匂いとたまに通る排気ガスに包まれて歩く。
ヤブから飛び出してきた野うさぎと目が合う。
いつから野うさぎと呼ぶようになったんだろう。


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それは効きすぎた冷房のせいではなく、
満員の体温に追いつけない冷房でもなく。
夏は肌ではなく、目からやってきた。
眠りこけている。
4人の黒人の子供たち。
折りたたみ椅子、天幕、敷物、アイス・ボックス。
年長の少年は抱きかかえるように眠る。
タンクトップというよりもランニングといった方が近い。
黄ばんだシャツとピンクの短パンの中で破裂しそうな母親の巨体。
何を書いてるんだろう。
分厚いノートに鉛筆で文字を書きつづける長女らしい少女。
黒いフードをかぶったスリムな身体。
母親ではなく父親しか見えてこない。
この線が海へ通じていることをしばらく忘れてた。
少しずつ自分は変わっていっている。少しずつ。
土曜夕方、コニーアイランド発の地下鉄車中。
大声をあげ、走り回り、怒鳴られ、陽にあたり、コークを飲んで、潮風に吹かれて。
心地よい疲労の中で眠る海水浴帰りの家族。
ビーチ・ボールが見えない。
止まるたびに騒がしくなってくる。
小さなグループがここにも。
向こうのドアからも乗り込んできた。
灰色地に紺のパイピングがほどこされた半袖シャツを着て。
帽子をかぶっている女。
グローブを持つ子供。
地元で試合のあることを知る。
この線は野球場にもつながっている。
夕方から雨だといっていたが。
まあ、ぼくには関係ない。
小さなフロント・ヤードに黄色い花が咲いた。
咲くまではそこにあることにすら気づいていない。
覚えていなかった。
そんな自分が少しいやになる。
よく見ると。
何度も倒れそうになり、
何度あきらめようとしたのだろう。
それでも天を目指す。
少しでも太陽のそばに。
なんとか指を離さずつかまっていた。
フェンスの黒い鉄棒に朝顔のように茎をからみつかせ。
少しでも太陽のそばに。
そんな季節になっていた。
雨が少なく、
仕事から帰るとジョウロを持って3階から。
何度も往復。
去年の酷暑がよみがえる。
毎日息絶えそうな鉢植えの方のヒマワリ。
生命をつなぎとめることができた。
そんな花から落ちた種は殻の中に生命を閉じ込め。
ひと冬を地中で過ごして見事な黄色がはじけた。
太陽のように。
旧い友人が声をかけてくる。
ここ1週間ほどのこと。
ネコ君のおなかをなでてると何かがあたる。
ひと粒のときもあれば、3粒ほどのときも。
毛の間からつまみ出して無造作にゴミ箱へ入れる。
感情に波は立たない。
今考えてみると。
ぼくはそこで命の連鎖を断ち切ってしまったんだ。
申し訳ないことだ。
日向で昼寝をしたり。
土を掘り返して腹をうずめてみたり。
気のふれたように芝生の上を転げまわったり。
電線にとまる鳥におちょくられたり。
階段から落ちたり。
実に気ままに生きているようにしかみえないけれど。
ネコ君たちのほうが地球というサイクルの中では、
ちゃんとした役割を果たしている。
さて自分はどうだろう?
なにかやってるだろうか。
人間界ではなく地球界の一員として。
陽を受けたヒマワリの力強い黄色はいつも夏を思わせる。
去年からはひとつ増えた。
いやでも原発事故を思い出してしまう。
夏の花の向こうの涙。
無為とわかっていながらも種をまかずにはいられない人々。
いったい何万、何億の種が、そして花が。
こっけいに思えるかもしれないが、
3月の頃には真剣にヨウ素入りうがい薬を飲んでいた人がいた。
あのときの無力感を忘れてしまったんだろうか。
みんなは。
福井県知事がどうしてあそこまで再稼動にこだわるのか。
ぼくには理解できない。
大飯に知事公舎を移せばいいのに。
いっそのこと内閣府も経団連も引っ越そう。
NJではかなり手前のバス停で降りてしまった。
緑の匂いとたまに通る排気ガスに包まれて歩く。
ヤブから飛び出してきた野うさぎと目が合う。
いつから野うさぎと呼ぶようになったんだろう。

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