水曜朝に見た歴史
イタチもたまには道をそれる。
ネコくん関係で思ったより時間を食ってしまい、
いつもよりひとつ遅い電車に乗る。
ホームには前の電車ほどの人はいないけれど、
中はそれなりに混んでいる。
とはいっても鈍行電車、坐れないほどじゃない。
ひとつ目、ふたつ目……。
降りる人よりも乗り込む人のほうが多い。
駅を追うごとに密度は高くなり、
席も次第に埋まっていく。
ぼくの隣をのぞいて。
そこだけポッカリと穴が開いていた。
そばまでみんな来るんだがすぐに背を向ける。
とはいっても強烈な体臭がするわけじゃない。
と、思う。
プラスチックでできたオレンジ色の座席。
くぼんだ所にできたミルクコーヒーの水たまり。
座席のひとつひとつは独立した作りなので、
その上真ん中が凹んでいるので流れてくる心配はない。
電車の揺れに波が立つ。
小舟を浮かべれば、
大洋で遭遇した嵐にもまさる揺れなのだろうが。
市役所を過ぎる電車はいっぺんにガランとなる。
それでも駅を追うごとにまた少しずつ。
少しずつ増えてくる。
口の中で噛み潰された叫びを聞いた。
目を開けると灰色の大きな尻が勢いよく立ち上がっるところだ。
34丁目を出ようとしている。
ドアから空席を目指してきた女の人が坐ってしまったらしい。
お尻は何秒間ついていたんだろう?
42丁目でドアが開くと紺色スーツの男が近づいてくる。
何のためらいもなくクルリと背を向けると腰を下ろした。
女のパンツにあらかた吸われてしまったミルクコーヒーの海は、
気をつけなければわからないほどに浅くなってしまっていた。
女が雑巾で吸い取り、男が乾拭きをした。
「そこは海だった」
そのことを知るのは数人しかいない。
もう数分も経てば誰一人として知る者はいない。
47丁目で降りる。
あの男が立ち上がったあとの座席は、
それこそ平常どおりに普通の椅子として、
これから数十時間、きっちりと仕事をしていくことだろう。
昔、そこで戦争があった。
昔、あの町は津波に飲まれた。
その場所に立つだけではわからないことがある。
それでも、それは、その地に、事実としてあった。
大小、善悪に関わることなくすべては時の中に埋もれてゆく。
ぼくの坐っていた座席も今ごろはその痕跡もないことだろう。
通り過ぎる人、そこで暮らす人によって、
痕跡は次第に薄れ、ある時期を境に、
それは歴史としてでしか存在をしなくなる。
水曜朝、歴史のヒトコマ。

にほんブログ村
ネコくん関係で思ったより時間を食ってしまい、
いつもよりひとつ遅い電車に乗る。
ホームには前の電車ほどの人はいないけれど、
中はそれなりに混んでいる。
とはいっても鈍行電車、坐れないほどじゃない。
ひとつ目、ふたつ目……。
降りる人よりも乗り込む人のほうが多い。
駅を追うごとに密度は高くなり、
席も次第に埋まっていく。
ぼくの隣をのぞいて。
そこだけポッカリと穴が開いていた。
そばまでみんな来るんだがすぐに背を向ける。
とはいっても強烈な体臭がするわけじゃない。
と、思う。
プラスチックでできたオレンジ色の座席。
くぼんだ所にできたミルクコーヒーの水たまり。
座席のひとつひとつは独立した作りなので、
その上真ん中が凹んでいるので流れてくる心配はない。
電車の揺れに波が立つ。
小舟を浮かべれば、
大洋で遭遇した嵐にもまさる揺れなのだろうが。
市役所を過ぎる電車はいっぺんにガランとなる。
それでも駅を追うごとにまた少しずつ。
少しずつ増えてくる。
口の中で噛み潰された叫びを聞いた。
目を開けると灰色の大きな尻が勢いよく立ち上がっるところだ。
34丁目を出ようとしている。
ドアから空席を目指してきた女の人が坐ってしまったらしい。
お尻は何秒間ついていたんだろう?
42丁目でドアが開くと紺色スーツの男が近づいてくる。
何のためらいもなくクルリと背を向けると腰を下ろした。
女のパンツにあらかた吸われてしまったミルクコーヒーの海は、
気をつけなければわからないほどに浅くなってしまっていた。
女が雑巾で吸い取り、男が乾拭きをした。
「そこは海だった」
そのことを知るのは数人しかいない。
もう数分も経てば誰一人として知る者はいない。
47丁目で降りる。
あの男が立ち上がったあとの座席は、
それこそ平常どおりに普通の椅子として、
これから数十時間、きっちりと仕事をしていくことだろう。
昔、そこで戦争があった。
昔、あの町は津波に飲まれた。
その場所に立つだけではわからないことがある。
それでも、それは、その地に、事実としてあった。
大小、善悪に関わることなくすべては時の中に埋もれてゆく。
ぼくの坐っていた座席も今ごろはその痕跡もないことだろう。
通り過ぎる人、そこで暮らす人によって、
痕跡は次第に薄れ、ある時期を境に、
それは歴史としてでしか存在をしなくなる。
水曜朝、歴史のヒトコマ。
にほんブログ村