359ドルのマスタード
暇で放心している事に耐えられない人は、
何を考えているのだろうか?
誰にも邪魔されないで、
一人で変な事をしているのが一番いいのだ。
ひとりで変なことをしてるんじゃない。
暇で手持ちぶたさなわけでもない。
やることだって。
やらなきゃならないことだって。
それなりにある。
それでも徒然草の第75段を読んでいた。
1行目で、
起きてからだれとも話していないことに気づく。
1日中誰ともしゃべらない。
珍しいことじゃない。
そんな日は結構ある。
ただそのことに気づいているかどうかということだけで。
気づいたとしても、
会話をするためだけにわざわざどこかへ出かけたり、
嫌いな電話を手にするはずもない。
どこかが、何かがおかしかった。
どうも調子が出ない。
1週間和食を口にしてなかった。
だれとも話さない日は珍しくないけれど、
和食を食べない1週間というのは珍しい。
そんなわけで朝から土鍋に味噌雑炊を作る。
昼飯はサンドイッチ。
食パン食べてしまわなくちゃね。
どうしてそんなことに気づいたんだろう。
あのときぼくは何を考えていたんだろう。
思い出せない。
珍しいことじゃない。
マスタード瓶に貼られたシールに目が静止していた。
そこに記されている数字に。
「??????」
値段だ。
あたりまえだ。
食品に貼られたシールに携帯番号なんて誰も書かないだろう。
世界的に値段と相場は決まってる。
ただ不可解だっただけで。
「そんなはずはない」
マスタードが359ドルもするなんて。
小数点が抜けていることはすぐわかった。
それにしてもどうして気づかなかったんだろう。
マスタードが359ドルもするわけがない。
常識が勝手に点を打っていたんだろうか。
それでも値札にはちゃんと359ドルと書かれている。
「はい359ドルね」
レジのネーさんから手のひらを出されても二の句がつけない。
ここは契約社会だ。
どうしてもマスタードが欲しかったなら359ドルを出すしかない。
そこには359とちゃんと書かれているんだから。
冷蔵庫の中を見てみた。
卵 169ドル
牛乳 119ドル
ケチャップ 169ドル
チーズ 449ドル
わが家の白い箱にはなんと数千ドルが詰まっている。
どうしてこれまで気づかなかったのだろう。
この店には10年以上も通っているというのに。
このことに気づいている人はどれくらいいるんだろう。
何気なく見過ごしていたんだろう。
何気なく見落としていたんだろう。
あたりまえのこととして。
常識として。
疑うことすらせずに。
周囲を見渡せばそんなことばかりだ。
「あたりまえ」で片付けられてしまうことにあふれてる。
そこにあるのに見えない。
見えているのに見ていない。
だれかと話すことが、あたりまえ、の1日では決してない。
「一人で変な事をしているのが一番いい」
徒然草の第75段はつづく。
浮き世に洗脳されると、
心は下界の汚れでベタベタになり、すぐ迷う。
他人と関われば、
会話は機嫌を伺うようになり、
自分の意志も折れ曲がる。
人と戯れ合えば、
物の奪い合いを始め、
恨み、
糠喜びするだけだ。
すると、
常に情緒不安定になり、
被害妄想が膨らみ、
損得勘定だけしか出来なくなる。
正に迷っている上に酔っぱらっているようなものである。
泥酔して堕落し路上で夢を見ているようでもある。
忙しそうに走り回るわりには、
ボケッとして、
大切なことは忘れてしまう。
人間とは皆この程度の存在である。
「仏になりたい」と思わなくても、
逐電して静かな場所に籠もり、
世の中に関わらず放心していれば、
仮寝の宿とは言っても、
希望はある。
「生き様に悩んだり、
人からどう見られているか気にしたり、
手に職を付ける為に己を研鑽したり、
教典を読み込んで論じる事など、
面倒だから全て辞めてしまえ」
と中国に伝わる『摩訶止観』に書いてある。

実はこのマスタード、
本当の値段は1ドル39セント。
蓋の方に -小数点があれば- 正しい値札が貼られている。
ボディーのは間違い。
しかも逆さに貼られてるし。
忙しそうに走り回るわりには、
ボケッとして、
大切なことは忘れてしまう。
徒然草(吉田兼好著・吾妻利秋訳)

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何を考えているのだろうか?
誰にも邪魔されないで、
一人で変な事をしているのが一番いいのだ。
ひとりで変なことをしてるんじゃない。
暇で手持ちぶたさなわけでもない。
やることだって。
やらなきゃならないことだって。
それなりにある。
それでも徒然草の第75段を読んでいた。
1行目で、
起きてからだれとも話していないことに気づく。
1日中誰ともしゃべらない。
珍しいことじゃない。
そんな日は結構ある。
ただそのことに気づいているかどうかということだけで。
気づいたとしても、
会話をするためだけにわざわざどこかへ出かけたり、
嫌いな電話を手にするはずもない。
どこかが、何かがおかしかった。
どうも調子が出ない。
1週間和食を口にしてなかった。
だれとも話さない日は珍しくないけれど、
和食を食べない1週間というのは珍しい。
そんなわけで朝から土鍋に味噌雑炊を作る。
昼飯はサンドイッチ。
食パン食べてしまわなくちゃね。
どうしてそんなことに気づいたんだろう。
あのときぼくは何を考えていたんだろう。
思い出せない。
珍しいことじゃない。
マスタード瓶に貼られたシールに目が静止していた。
そこに記されている数字に。
「??????」
値段だ。
あたりまえだ。
食品に貼られたシールに携帯番号なんて誰も書かないだろう。
世界的に値段と相場は決まってる。
ただ不可解だっただけで。
「そんなはずはない」
マスタードが359ドルもするなんて。
小数点が抜けていることはすぐわかった。
それにしてもどうして気づかなかったんだろう。
マスタードが359ドルもするわけがない。
常識が勝手に点を打っていたんだろうか。
それでも値札にはちゃんと359ドルと書かれている。
「はい359ドルね」
レジのネーさんから手のひらを出されても二の句がつけない。
ここは契約社会だ。
どうしてもマスタードが欲しかったなら359ドルを出すしかない。
そこには359とちゃんと書かれているんだから。
冷蔵庫の中を見てみた。
卵 169ドル
牛乳 119ドル
ケチャップ 169ドル
チーズ 449ドル
わが家の白い箱にはなんと数千ドルが詰まっている。
どうしてこれまで気づかなかったのだろう。
この店には10年以上も通っているというのに。
このことに気づいている人はどれくらいいるんだろう。
何気なく見過ごしていたんだろう。
何気なく見落としていたんだろう。
あたりまえのこととして。
常識として。
疑うことすらせずに。
周囲を見渡せばそんなことばかりだ。
「あたりまえ」で片付けられてしまうことにあふれてる。
そこにあるのに見えない。
見えているのに見ていない。
だれかと話すことが、あたりまえ、の1日では決してない。
「一人で変な事をしているのが一番いい」
徒然草の第75段はつづく。
浮き世に洗脳されると、
心は下界の汚れでベタベタになり、すぐ迷う。
他人と関われば、
会話は機嫌を伺うようになり、
自分の意志も折れ曲がる。
人と戯れ合えば、
物の奪い合いを始め、
恨み、
糠喜びするだけだ。
すると、
常に情緒不安定になり、
被害妄想が膨らみ、
損得勘定だけしか出来なくなる。
正に迷っている上に酔っぱらっているようなものである。
泥酔して堕落し路上で夢を見ているようでもある。
忙しそうに走り回るわりには、
ボケッとして、
大切なことは忘れてしまう。
人間とは皆この程度の存在である。
「仏になりたい」と思わなくても、
逐電して静かな場所に籠もり、
世の中に関わらず放心していれば、
仮寝の宿とは言っても、
希望はある。
「生き様に悩んだり、
人からどう見られているか気にしたり、
手に職を付ける為に己を研鑽したり、
教典を読み込んで論じる事など、
面倒だから全て辞めてしまえ」
と中国に伝わる『摩訶止観』に書いてある。

実はこのマスタード、
本当の値段は1ドル39セント。
蓋の方に -小数点があれば- 正しい値札が貼られている。
ボディーのは間違い。
しかも逆さに貼られてるし。
忙しそうに走り回るわりには、
ボケッとして、
大切なことは忘れてしまう。
徒然草(吉田兼好著・吾妻利秋訳)
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