5月の雨
アヤメには雨が似合う。
いつもだと雨期は3、4月。
冬らしい日は少なく早い春がきた。
それからはなかなかあたたかくなりきれず、
今年は春が長い。
5月の雨にアヤメが濡れる。
昨朝はかみなり雨のなか。
今朝は薄幕の下りたような霧雨のなか。
5月になっても「ひと雨ごとに」という暖を待つ言葉がくすぶる。
アヤメとはいっても。
日本でよく見た紫色ではなくて。
和紙のような淡い紫色をしている。
この窓がなかったら。
今ごろどんな自分になっていただろう。
トイレに大きな窓がある。
高いところではなくて便器とほぼ同じ高さに。
タバコはそこに坐って。
たまに頬杖をついて。
たまにビールを持って。
もちろん用足しだって。
冬も夏も。
昼も夜も。
窓から外を見るネコのように。
何かを見るのではなくて外を見ている。
静止した風景のなかの動。
いくつものスクリーンが、
重ねられた、並べられた
向かいのアパートの窓。
喜劇、悲劇、叙景。
向こうからはぼくも役者の1人。
10年になる。
トイレの窓から外を見ている。
この窓が高かったら。
コンクリートで埋められていたら。
小さな、小さな四角だったら。
風景とぼくをつなぐ窓。
この先、大きな窓のトイレでなきゃ生きていけない。
そんな気持ちにさえなってくる。
いろいろなことを考えてきた。
1セントにもならぬことばかりだけれど。
1000両にもなる。
今日も窓から外を見る。
アヤメが濡れている。
前庭では10日も前に開いていたのに、
裏庭はやっと咲きはじめたばかり。
だれかを待っているようにも見える。
雨が降りこみはじめた。

こちらは『6月の雨』白浜久さん

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いつもだと雨期は3、4月。
冬らしい日は少なく早い春がきた。
それからはなかなかあたたかくなりきれず、
今年は春が長い。
5月の雨にアヤメが濡れる。
昨朝はかみなり雨のなか。
今朝は薄幕の下りたような霧雨のなか。
5月になっても「ひと雨ごとに」という暖を待つ言葉がくすぶる。
アヤメとはいっても。
日本でよく見た紫色ではなくて。
和紙のような淡い紫色をしている。
この窓がなかったら。
今ごろどんな自分になっていただろう。
トイレに大きな窓がある。
高いところではなくて便器とほぼ同じ高さに。
タバコはそこに坐って。
たまに頬杖をついて。
たまにビールを持って。
もちろん用足しだって。
冬も夏も。
昼も夜も。
窓から外を見るネコのように。
何かを見るのではなくて外を見ている。
静止した風景のなかの動。
いくつものスクリーンが、
重ねられた、並べられた
向かいのアパートの窓。
喜劇、悲劇、叙景。
向こうからはぼくも役者の1人。
10年になる。
トイレの窓から外を見ている。
この窓が高かったら。
コンクリートで埋められていたら。
小さな、小さな四角だったら。
風景とぼくをつなぐ窓。
この先、大きな窓のトイレでなきゃ生きていけない。
そんな気持ちにさえなってくる。
いろいろなことを考えてきた。
1セントにもならぬことばかりだけれど。
1000両にもなる。
今日も窓から外を見る。
アヤメが濡れている。
前庭では10日も前に開いていたのに、
裏庭はやっと咲きはじめたばかり。
だれかを待っているようにも見える。
雨が降りこみはじめた。

こちらは『6月の雨』白浜久さん
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危険なふたり
音楽を聴かないからかもしれない。
鼻歌をよく歌ってる。
というようりも、気づいたら口をついて出てきている。
「なぜにこの歌がここで?」
思うこともあるけれど。
人間の中からランダムというものはとても出にくい、という。
出てくるにはどこかに理由、つながりがある。
らしい。
そしてぼくが鼻歌をうたっているときはたいがいにして機嫌がいい。
らしい、
そんなことはないと思うのだけれど。
特にここのところ<わるい>ほうに近い。
少なくとも<いい>じゃない。
仕事場へ入り書類の整理。
歌っていた。
♪……ぼくにはできないまだ愛してる
あなたは大人のふりをしても別れるつもり……♪
ジュリー(沢田研二)の『危険なふたり』
心あたりなし。
年上の。
しかも美しい女。
まして別れ話なんて。
いったい自分のどことリンクしてるというんだろう?
1時間後。
♪……だれが歌うのか子守唄
わたしの城下町♪
小柳ルミ子『わたしの城下町』
これには心あたりがあった。
週末に見たニュース。
近隣自治体はどこも反対なのに、
原発のある大飯町の住民説明会は賛否が伯仲。
いや、再稼動賛成の方が多いという。
よくわかる。
隣町にほとんど得はなく、
将来の不安を考えると損ばかりなんだから。
人間は損得、欲得で動く。
ところが大飯町にとっては、
大切なお得意さんであり、金主でもあり。
雇用であり、もろもろの金を落としていってくれる。
裏返せばこの人なしで生活が成りたたない。
ぼくの故郷は福岡県大牟田市。
三池炭鉱で栄え、誰が言ったか「三井の城下町」。
「三井さんがくしゃみすれば大牟田は肺炎になる」とまで言われた。
この町では三井ではなく、三井さん。
だった。
「いつまでもそばにいてくれる」
「まさか捨てて他の女に走ったりしないよね」
別に永遠を誓いあったわけじゃない。
約束をしていたわけでもない。
それでも市民の多くはそう思いつづけ、
「旦那も左前だ」とか
「どうやらほかに女が」だとか。
噂を耳にしても首を振り続けてきた。
自分を納得させるかのように。
きっと最後の最後まで。
最盛期には20万以上いた市民も今では12万程度。
「いつかはきっと社員に」
終身雇用を夢見つづけせっせと働いてきた。
あっさり切られた派遣社員みたいなもんだ。
気づいたら齢をとっていて。
これといった特技・資格もなく。
雇用すらもない。
殿様は供を引き連れケツまくる。
「ゴメン」
申しわけなさそうな顔だけはしてくれたが。
それが城下町でなくなったぼくの故郷。
それがだれかの城下町の宿命。
準備をしておかなくちゃ。
"No"なことに、
"No"と言えるように。
何かを質に入れるのではなくて。
「わたしの城下町」をいつまでも
「わたしの城下町」として残していくために。
「わたしの」城下町にしたいから。
みつけた。
『危険なふたり』も『わたしの城下町』も。
作詞は安井かずみさんだった。

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鼻歌をよく歌ってる。
というようりも、気づいたら口をついて出てきている。
「なぜにこの歌がここで?」
思うこともあるけれど。
人間の中からランダムというものはとても出にくい、という。
出てくるにはどこかに理由、つながりがある。
らしい。
そしてぼくが鼻歌をうたっているときはたいがいにして機嫌がいい。
らしい、
そんなことはないと思うのだけれど。
特にここのところ<わるい>ほうに近い。
少なくとも<いい>じゃない。
仕事場へ入り書類の整理。
歌っていた。
♪……ぼくにはできないまだ愛してる
あなたは大人のふりをしても別れるつもり……♪
ジュリー(沢田研二)の『危険なふたり』
心あたりなし。
年上の。
しかも美しい女。
まして別れ話なんて。
いったい自分のどことリンクしてるというんだろう?
1時間後。
♪……だれが歌うのか子守唄
わたしの城下町♪
小柳ルミ子『わたしの城下町』
これには心あたりがあった。
週末に見たニュース。
近隣自治体はどこも反対なのに、
原発のある大飯町の住民説明会は賛否が伯仲。
いや、再稼動賛成の方が多いという。
よくわかる。
隣町にほとんど得はなく、
将来の不安を考えると損ばかりなんだから。
人間は損得、欲得で動く。
ところが大飯町にとっては、
大切なお得意さんであり、金主でもあり。
雇用であり、もろもろの金を落としていってくれる。
裏返せばこの人なしで生活が成りたたない。
ぼくの故郷は福岡県大牟田市。
三池炭鉱で栄え、誰が言ったか「三井の城下町」。
「三井さんがくしゃみすれば大牟田は肺炎になる」とまで言われた。
この町では三井ではなく、三井さん。
だった。
「いつまでもそばにいてくれる」
「まさか捨てて他の女に走ったりしないよね」
別に永遠を誓いあったわけじゃない。
約束をしていたわけでもない。
それでも市民の多くはそう思いつづけ、
「旦那も左前だ」とか
「どうやらほかに女が」だとか。
噂を耳にしても首を振り続けてきた。
自分を納得させるかのように。
きっと最後の最後まで。
最盛期には20万以上いた市民も今では12万程度。
「いつかはきっと社員に」
終身雇用を夢見つづけせっせと働いてきた。
あっさり切られた派遣社員みたいなもんだ。
気づいたら齢をとっていて。
これといった特技・資格もなく。
雇用すらもない。
殿様は供を引き連れケツまくる。
「ゴメン」
申しわけなさそうな顔だけはしてくれたが。
それが城下町でなくなったぼくの故郷。
それがだれかの城下町の宿命。
準備をしておかなくちゃ。
"No"なことに、
"No"と言えるように。
何かを質に入れるのではなくて。
「わたしの城下町」をいつまでも
「わたしの城下町」として残していくために。
「わたしの」城下町にしたいから。
みつけた。
『危険なふたり』も『わたしの城下町』も。
作詞は安井かずみさんだった。
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0.1

(クリックしたらでかくなって読める。と思います)
1秒の十分の一。
それでもその時間はとても長く。
ショックだった。
「顔が見え方がいい」
そんな理由で週末には近所のスーパーへ足を運ぶ。
アパート前のゴミ箱へ放り込んでおけば、
翌朝にはなくなっているんだけれど。
顔は見えてる方がいい。
ぼくのではなくて、相手の。
最後まで所有権にこだわっているだけかもしれないが。
なごやかの日のなごやかな表情の人々。
そんな中を縫ってスーパーへと向かう。
両手に空き缶でパンパンに膨れあがったレジ袋を三つずつ提げて。
2週間に1度。
年寄りがいたら年寄りに。
女性がいたら女性に。
大変なのは誰もが同じなのだけれど、
できるならそんな人たちにあげたい。
「ありがとう」が欲しいのではない。
いってみれば酒を飲んでいる自分への罪ほろぼしかもしれない。
1秒の’十分の一。
"Thanks, man."
空き缶回収機前に居たのはひとりだけだった。
白いものがビンに混じりはじめた黒人の男。
初めて見る顔だった。
1秒の十分の一の間が空いてしまっていた。
礼を言いながらズボンの横で掌を拭き。
差し出された手を握り返すのに。
男の手はヒンヤリとして少しべとついていた。
1秒の十分の一。
それは実に長い時間に感じられた。
以前の。
6年前、7年前の自分だったらどうだろう?
今のぼくはそんなところに居る。
のだろう。
意識、無意識にかかわらず。
もう戻れないのか。
戻ってはいけないのか。
過去の自分と握手ができていない。
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布袋さん。大黒さん。エビスさん。
物持ち。
そんな言葉がある。
LPは消え、CDも消えようとしてる。
ネットで映画を見る。
書類はキャビネットではなくクラウドに放り込む。
物は富の象徴と人は信じたけど、
持たぬことがステイタス・シンボルとなる日がくるかもしれない。
いや、もうとっくの昔から。
信用というフワフワを雲上に預け買い物をしてる。
世には∞マーク入りのクレジット・カードすらあるらしい。
肉体を持つことまでが卑しいとされる時代が来るかもしれない。
肉体を捨て精神世界に生きることがよしとされるような。
いや、もうこれだけ自殺者に満ちているじゃないか。
格差社会とはハナクソ程度の脳味噌が、
無数の肉体を酷使して富の再生産をすることを言う。
祈る。
そこに形はない。
それなのに人は形を求め神を創りだした。
それでも飽きたらず祠におさめた小石に手を合わせたり。
挙句の果て、八百万もいる神では飽きたらず、
現人神や教祖を求めてやまぬ。
形のないあの世ではなく、触れることのできるこの世での幸せを願う。
先週末のこと。
テレビ番組の中で90年代の歌番組が流れていた。
布袋寅泰、大黒摩季。
蛭子能収(えびすよしかず)も出てればいいのに。
すべての欲を形なきもので満足させる世がやってくるかもしれない。
何も食べることなく満腹をおぼえ、
舌つづみを打ち、
エネルギーを補充する。
Hをしなくても。
すっきりして。
気持よくて。
子孫が繁栄する。
そんな世の中が来たとしても、
雲上界のトップ今上天皇をありがたがっている。
そんな気がする。
クレジットカードよりゲンナマなあの国では。
そんなことを考えながら本の背をせっせと切る男。

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そんな言葉がある。
LPは消え、CDも消えようとしてる。
ネットで映画を見る。
書類はキャビネットではなくクラウドに放り込む。
物は富の象徴と人は信じたけど、
持たぬことがステイタス・シンボルとなる日がくるかもしれない。
いや、もうとっくの昔から。
信用というフワフワを雲上に預け買い物をしてる。
世には∞マーク入りのクレジット・カードすらあるらしい。
肉体を持つことまでが卑しいとされる時代が来るかもしれない。
肉体を捨て精神世界に生きることがよしとされるような。
いや、もうこれだけ自殺者に満ちているじゃないか。
格差社会とはハナクソ程度の脳味噌が、
無数の肉体を酷使して富の再生産をすることを言う。
祈る。
そこに形はない。
それなのに人は形を求め神を創りだした。
それでも飽きたらず祠におさめた小石に手を合わせたり。
挙句の果て、八百万もいる神では飽きたらず、
現人神や教祖を求めてやまぬ。
形のないあの世ではなく、触れることのできるこの世での幸せを願う。
先週末のこと。
テレビ番組の中で90年代の歌番組が流れていた。
布袋寅泰、大黒摩季。
蛭子能収(えびすよしかず)も出てればいいのに。
すべての欲を形なきもので満足させる世がやってくるかもしれない。
何も食べることなく満腹をおぼえ、
舌つづみを打ち、
エネルギーを補充する。
Hをしなくても。
すっきりして。
気持よくて。
子孫が繁栄する。
そんな世の中が来たとしても、
雲上界のトップ今上天皇をありがたがっている。
そんな気がする。
クレジットカードよりゲンナマなあの国では。
そんなことを考えながら本の背をせっせと切る男。
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大きなこと。小さな子と。
初ヨーロッパで電車を降りて驚いたことは。
物乞いの多さ。
ジプシー。
言葉はいつだってどこか魅惑的な響きとともに。
ぼくら日本人には。
そして、きっとアメリカ人にも。
異国情緒ただよう自由さ、といった。
物乞いのほとんどはジプシーと呼ばれる人たちで。
アメリカや、子供のころ日本にもいた物乞いとはちがってる。
そこに哀しみや、情けといったものの介在する空気はない。
聞くところによると、
「持てる者が持たぬ者へ与えるのは当然のこと」
そんな思想があり、物乞いは立派な職業として確立をされているという。
したがってそこには恥も、営業上のの哀もない。
ヨーロッパでの不景気のせいか。
この2年ほどNYでもジプシーの姿がよく見かけられるようになった。
そこらの階段に軽く腰をおろし、
軽く丸めた手のひらをぼんやりと差し出している。
声をかけることも、段ボールにメッセージを書くこともない。
所変われどもスタイルは変わらずに。
中でも目立つのが地下鉄ミュージシャンたち。
黒人系。
クラシック学生風系。
組織化されたメキシカン系。
ここのところそんな系統だったけれど、
ジプシーたちも今では一翼をになう。
お決まりのパッケージは、
男と女、アコーディオンと小さな子供。
アコーディオンの腕はどの男もたしかだ。
職業に胸をはれるほどに。
ただ、ただ。
音がでかすぎる。
やかましすぎる。
地下鉄ミュージシャン最大級である。
狭い車内に響く、響く。
痛い、痛い。
上手さよりも、うるささが先に立つ。
男がアコーディオンをかなで始めるやいなや、
女は車内をまわりはじめる。
逆さにした帽子を片手に。
あとひとつで小さな子の手を引いて。
子供のおかげか車内の人の財布も表情もゆるむ。
ピタリ。
女が最後の乗客の前を通り過ぎると静けさが帰る。
次の駅までまだ半分もきていなくても。
曲の中途であろうとも。
いや、小節の途中であろうとも。
ピタリ。
彼らのスタイル。
不思議と。
あたりまえなのかもしれないがここまでが共通している。
音楽家というよりも商人のほうに近い。
彼らのスタイルをどうのこうの言う気はまったくない。
これがニューヨークでの彼らのスタイル。
音は大きく、子供は小さく、情けは大きく、対価は小さく。
近頃発見したことがある。
同じペアが別な子供を連れている。
別のペアにこの間の子供が抱かれている。
子供はレンタル制なのだろうか。

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物乞いの多さ。
ジプシー。
言葉はいつだってどこか魅惑的な響きとともに。
ぼくら日本人には。
そして、きっとアメリカ人にも。
異国情緒ただよう自由さ、といった。
物乞いのほとんどはジプシーと呼ばれる人たちで。
アメリカや、子供のころ日本にもいた物乞いとはちがってる。
そこに哀しみや、情けといったものの介在する空気はない。
聞くところによると、
「持てる者が持たぬ者へ与えるのは当然のこと」
そんな思想があり、物乞いは立派な職業として確立をされているという。
したがってそこには恥も、営業上のの哀もない。
ヨーロッパでの不景気のせいか。
この2年ほどNYでもジプシーの姿がよく見かけられるようになった。
そこらの階段に軽く腰をおろし、
軽く丸めた手のひらをぼんやりと差し出している。
声をかけることも、段ボールにメッセージを書くこともない。
所変われどもスタイルは変わらずに。
中でも目立つのが地下鉄ミュージシャンたち。
黒人系。
クラシック学生風系。
組織化されたメキシカン系。
ここのところそんな系統だったけれど、
ジプシーたちも今では一翼をになう。
お決まりのパッケージは、
男と女、アコーディオンと小さな子供。
アコーディオンの腕はどの男もたしかだ。
職業に胸をはれるほどに。
ただ、ただ。
音がでかすぎる。
やかましすぎる。
地下鉄ミュージシャン最大級である。
狭い車内に響く、響く。
痛い、痛い。
上手さよりも、うるささが先に立つ。
男がアコーディオンをかなで始めるやいなや、
女は車内をまわりはじめる。
逆さにした帽子を片手に。
あとひとつで小さな子の手を引いて。
子供のおかげか車内の人の財布も表情もゆるむ。
ピタリ。
女が最後の乗客の前を通り過ぎると静けさが帰る。
次の駅までまだ半分もきていなくても。
曲の中途であろうとも。
いや、小節の途中であろうとも。
ピタリ。
彼らのスタイル。
不思議と。
あたりまえなのかもしれないがここまでが共通している。
音楽家というよりも商人のほうに近い。
彼らのスタイルをどうのこうの言う気はまったくない。
これがニューヨークでの彼らのスタイル。
音は大きく、子供は小さく、情けは大きく、対価は小さく。
近頃発見したことがある。
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別のペアにこの間の子供が抱かれている。
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祐也さん
ひさびさの祐也さんウォーク。
やっぱり。
出てきたのは力也さん葬儀。
ジョーさん、力也さんがいなくなり、
これから大丈夫かな祐也さん。
その他は奥さんの樹木希林さんの映画のこと。
娘さん夫婦が中島知子さんに貸してたマンションのこと。
そんな中で目を引かれたのがこれ。
実はホームレスをやめた前後に知り合った日本人が、
『週刊SPA』に記事を書いていた。
そんなわけで最初に触れていたのがこの雑誌で、
中でも好きだったのが「だめんず・うぉ~か~」だった。
だめん=ダメな男
なぜかそんな男たちの間だけを渡り歩いてしまう、
哀しい女性たちの物語。
で、祐也さんの「だめん」を占っていたブログがあった。
『だめんず占い』

○予測不可能なエキセントリック系だめんず
【だめポテンシャル】
男は皆、自分の世界を持っている――とはいうが、この彼の場合、「自分の世界」どころの話ではない。「自分が世界」だ。人に合わせようとしないし、偏屈でエキセントリック。彼相手に、普通の恋愛ができると思っていては大ケガをする。「元カレはこうだったから」「男なんだし」なんて事前予想は、ことごとく覆されるだろう。
特徴としては、ちょっと人とは違う感じ。セックスもアブノーマル系に走りやすい。「自分時間」を持っている。適当なようで意外と頑固だったりする。悪いやつではないが、なんか、ついていけない。
【だめ対処法】
「向こう」にいるときにこっちに引っ張り出そうとすると、激しく抵抗する。仕方ないから、彼の世界に自ら踏み込んでいくくらいの覚悟を持ちたい。「すごい!やっぱり他の人とは違うね」などと褒め、理解者として、彼の信頼を勝ち得ていこう。
おー、どうもあたってる。
占いはきらい。、
「だめんず」ならいいかなー、と思い、
自分も占ってみた。

○アーティスト志望っぽい、ヒモ系だめんず
【だめポテンシャル】
苦労だとか気合いといった言葉を嫌う、怠け者肌だ。依存傾向があり、奉仕好き。場合によってはなかなか定職に就かず、ヒモに成り下がる……なんて危険性もある。
特徴としては、楽しいことが大好き。感情豊かで包容力バツグン。芸術のセンスにも恵まれているかもしれない。この上イケメンだったりすると、「彼の才能を信じているの」と勝手に応援してくれる女子が後を絶たない。
【だめ対処法】
甘やかす限り、つけあがる一方である。女に頼ることに慣れきって「男」でなくなる前に、荒療治が必要だ。尽くして甘やかしてたまに小悪魔ぶったりして、肉体的にも精神的にもあなたから離れられないようにした後で、別れを盾に自立を誓わせよう。当然、応援する(金銭的にという意味ではなく)姿勢は見せながら。とはいえ、彼の得意技は「現実逃避」。うまくいく可能性は正直、低い。
あ~。
あたってる。
あたってる。
「ぽい」っていうのが特に。
みなさん、こんな、だめん、についてかないように。
後悔しますよ。
ロックン・ロール!!!
だめんず占い
↑
これです

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やっぱり。
出てきたのは力也さん葬儀。
ジョーさん、力也さんがいなくなり、
これから大丈夫かな祐也さん。
その他は奥さんの樹木希林さんの映画のこと。
娘さん夫婦が中島知子さんに貸してたマンションのこと。
そんな中で目を引かれたのがこれ。
実はホームレスをやめた前後に知り合った日本人が、
『週刊SPA』に記事を書いていた。
そんなわけで最初に触れていたのがこの雑誌で、
中でも好きだったのが「だめんず・うぉ~か~」だった。
だめん=ダメな男
なぜかそんな男たちの間だけを渡り歩いてしまう、
哀しい女性たちの物語。
で、祐也さんの「だめん」を占っていたブログがあった。
『だめんず占い』

○予測不可能なエキセントリック系だめんず
【だめポテンシャル】
男は皆、自分の世界を持っている――とはいうが、この彼の場合、「自分の世界」どころの話ではない。「自分が世界」だ。人に合わせようとしないし、偏屈でエキセントリック。彼相手に、普通の恋愛ができると思っていては大ケガをする。「元カレはこうだったから」「男なんだし」なんて事前予想は、ことごとく覆されるだろう。
特徴としては、ちょっと人とは違う感じ。セックスもアブノーマル系に走りやすい。「自分時間」を持っている。適当なようで意外と頑固だったりする。悪いやつではないが、なんか、ついていけない。
【だめ対処法】
「向こう」にいるときにこっちに引っ張り出そうとすると、激しく抵抗する。仕方ないから、彼の世界に自ら踏み込んでいくくらいの覚悟を持ちたい。「すごい!やっぱり他の人とは違うね」などと褒め、理解者として、彼の信頼を勝ち得ていこう。
おー、どうもあたってる。
占いはきらい。、
「だめんず」ならいいかなー、と思い、
自分も占ってみた。

○アーティスト志望っぽい、ヒモ系だめんず
【だめポテンシャル】
苦労だとか気合いといった言葉を嫌う、怠け者肌だ。依存傾向があり、奉仕好き。場合によってはなかなか定職に就かず、ヒモに成り下がる……なんて危険性もある。
特徴としては、楽しいことが大好き。感情豊かで包容力バツグン。芸術のセンスにも恵まれているかもしれない。この上イケメンだったりすると、「彼の才能を信じているの」と勝手に応援してくれる女子が後を絶たない。
【だめ対処法】
甘やかす限り、つけあがる一方である。女に頼ることに慣れきって「男」でなくなる前に、荒療治が必要だ。尽くして甘やかしてたまに小悪魔ぶったりして、肉体的にも精神的にもあなたから離れられないようにした後で、別れを盾に自立を誓わせよう。当然、応援する(金銭的にという意味ではなく)姿勢は見せながら。とはいえ、彼の得意技は「現実逃避」。うまくいく可能性は正直、低い。
あ~。
あたってる。
あたってる。
「ぽい」っていうのが特に。
みなさん、こんな、だめん、についてかないように。
後悔しますよ。
ロックン・ロール!!!
だめんず占い
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ブレンド・コーヒー Refill (おかわり)
好き嫌いのない。
とりあえず安心して飲める。
お得な。
なにも考えなくていい。
そんな商品として存在する。
店にとっても、客にとっても。
古くなった豆を混ぜて味をごまかす店もあるし、
メーカー製袋入りブレンド出すところもある。
そしてブレンドは「素うどん」になることもある。
ただただブレンドを売りつづけた。
コーヒーの値段の高さや、
時代の嗜好もあっただろう。
それでも喫茶店衰退の一因はブレンドにもある。
出されるままに。
求められるままに。
5年近くダイナーでコーヒーを飲んでない。
コーヒーを飲みたくなったらダイナーに行っていた。
1杯分の値段を払えば「やめてくれ」と言うまで、
延々とコーヒーを注ぎつづけてくれる。
旧いアメリカ人にはあれがコーヒーの味で。
あれがコーヒーの飲み方で。
若い世代にはスターバックスであるように。
ダイナーのメニューにはコーヒーと書かれる。
ブレンドでもモカでもブルマンでもなく。
ホットやアイスでもなく。
サイズすらない。
もちろんアメリカンなんて文字はない。
コーヒー。
今は$1.50くらいはするんだろうか。
目覚めたらすぐヤカンをコンロにかける。
それからネコくんたちにごはん。
歯を磨き終えるころにヤカンが吹きはじめる。
1杯目は日本茶。
モカとかコロンビアはわからないけれど、
玉露と煎茶はわかる。
いったいアメリカ人の何パーセントがコロンビアの味がわかるんだ。
コーヒー屋へ行けば、
カフェオレ、カフェラテ、エスプレッソ、アメリカーノ……。
淹れ方、飲み方の種類、サイズは数あれど、
豆の種類はそれほどでもない。
主流はブレンド。
でも「ブレンド」に誇りを持つ店はどれくらいあるんだろう。
「ブレンド」にこだわりつづける客はどれくらいいるんだろう。
スターバックスのブレンドにだけはいつまでたっても馴染めない。
スターバックス世代がこぶら屋ラーメンへ行けば、
「こぶらラーメン」注文するんだろうな。
ラーメンではなくて。
自分のブレンド。

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とりあえず安心して飲める。
お得な。
なにも考えなくていい。
そんな商品として存在する。
店にとっても、客にとっても。
古くなった豆を混ぜて味をごまかす店もあるし、
メーカー製袋入りブレンド出すところもある。
そしてブレンドは「素うどん」になることもある。
ただただブレンドを売りつづけた。
コーヒーの値段の高さや、
時代の嗜好もあっただろう。
それでも喫茶店衰退の一因はブレンドにもある。
出されるままに。
求められるままに。
5年近くダイナーでコーヒーを飲んでない。
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1杯分の値段を払えば「やめてくれ」と言うまで、
延々とコーヒーを注ぎつづけてくれる。
旧いアメリカ人にはあれがコーヒーの味で。
あれがコーヒーの飲み方で。
若い世代にはスターバックスであるように。
ダイナーのメニューにはコーヒーと書かれる。
ブレンドでもモカでもブルマンでもなく。
ホットやアイスでもなく。
サイズすらない。
もちろんアメリカンなんて文字はない。
コーヒー。
今は$1.50くらいはするんだろうか。
目覚めたらすぐヤカンをコンロにかける。
それからネコくんたちにごはん。
歯を磨き終えるころにヤカンが吹きはじめる。
1杯目は日本茶。
モカとかコロンビアはわからないけれど、
玉露と煎茶はわかる。
いったいアメリカ人の何パーセントがコロンビアの味がわかるんだ。
コーヒー屋へ行けば、
カフェオレ、カフェラテ、エスプレッソ、アメリカーノ……。
淹れ方、飲み方の種類、サイズは数あれど、
豆の種類はそれほどでもない。
主流はブレンド。
でも「ブレンド」に誇りを持つ店はどれくらいあるんだろう。
「ブレンド」にこだわりつづける客はどれくらいいるんだろう。
スターバックスのブレンドにだけはいつまでたっても馴染めない。
スターバックス世代がこぶら屋ラーメンへ行けば、
「こぶらラーメン」注文するんだろうな。
ラーメンではなくて。
自分のブレンド。
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ブレンド・コーヒー 1杯目
こぶら屋ラーメンでは何を注文するんだろう?
ラーメンだろうか。
それとも店イチオシのこぶらラーメンだろうか。
ぼくはラーメンだった。
ずっと。
きっとこれからも。
ラーメン屋へ入ると
「ラーメン」と言う。
威勢がいいわけでもなく。
卑屈になるわけでもなく。
ぶっきらぼうでもなく。
ただ「ラーメン」と言う。
苦心の末創り出されたオリジナル・ラーメンよりも、
普通のラーメンがいい。
文庫本サイズの海苔とか、
チャーシューごろごろとかは勘弁してほしい。
普通のラーメンのほうが。
ごまかしはきかない。
もちろん椅子を引きながらそんなこと考えるはずもなく。
「ズズズズズッ」
引きずられる椅子の脚がたてる音を聞くと、
「ラーメン」と口が動いているだけで。
こぶら屋ラーメンというラーメン屋は、
ラーメン屋とはラーメン屋の形態が違っるんだろう。
東洋軒にも、福龍軒にも、マル千にも
「東洋軒ラーメン」も「福龍軒ラーメン」も「マル千ラーメン」 もなかった。
「ラーメン」があるだけで。
マクドナルドにビッグ・マックができたのはいつだろう。
そんなぼくだけれどそば屋やうどん屋では違う。
「きつね」とか「肉」とか、
しばし考えて「カツ丼」と胸を張ってみたり。
別にかけそばでも、素うどんでもいいはずなのに。
なぜかここではのっけてしまう。
かけや、素が、
気持ちのどこかに
「わびしい」とか、
「貧しい」とか、
「はずかしい」とかにつながってるのかもしれない。
学生の頃はいつもかけか、素だった。
ネギと天かすをどっさりのっけるのが好きで。
(ちなみにぼくの生まれた地方では天かすは無料。
各テーブルには丼に盛られたネギと天かすが置かれる。
(今は知らないけど)
だからテレビなんかで「たぬきうどん」なんて聞いてもなんのことかわからない。
正体を知ったときの感想は、
「『カス』で金取るなんてセコいな~」)
いつからこんなことになってしまったんだろう。
喫茶店はめっきり少なくなってしまった。
それでも、今でもきっとそうだ。
店へ入るなり
「コーヒー」
「ブレンド」
または
「ホット」
と頼む人がほとんどで。
コーヒーが出てくる。
どちらかといえば
素うどんよりもラーメン適である。
何も考えず「ブレンド」。
メニューには
「モカ」だとか「コロンビア」だとか。
「ブルー・マウンテン」なんてのもあるけれど、
味音痴のぼくには猫に小判、豚に真珠、下痢に便秘薬。
だから「ブレンド」
ブレンドの本名はというとハウス・ブレンド。
本来ならこの一杯に命運をかけるべき、
看板であり、誇りでもある存在のはずなんだけれど。
もちろん酒飲みと同じで、
ミックスされたものより生(き)を好む人もいる。
ブレンドにはその店の姿勢が、腕が、ときに店主の人柄までが。
凝縮される真剣勝負の一杯のはずなんだが。
そのことを認識する店や客がどれほどあるだろう。
というようりも、「ブレンド」はやはり「ラーメン」なんだろうな。
ハウス・ブレンドとはまったく別な存在として。
「ふつうの」という。
立場としては、
「こぶら屋ラーメン」の「こぶらラーメン」を「ラーメン」としてメニューに載せでいる。
なんだか早口言葉みたいだけど。
それがブレンド。

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ラーメンだろうか。
それとも店イチオシのこぶらラーメンだろうか。
ぼくはラーメンだった。
ずっと。
きっとこれからも。
ラーメン屋へ入ると
「ラーメン」と言う。
威勢がいいわけでもなく。
卑屈になるわけでもなく。
ぶっきらぼうでもなく。
ただ「ラーメン」と言う。
苦心の末創り出されたオリジナル・ラーメンよりも、
普通のラーメンがいい。
文庫本サイズの海苔とか、
チャーシューごろごろとかは勘弁してほしい。
普通のラーメンのほうが。
ごまかしはきかない。
もちろん椅子を引きながらそんなこと考えるはずもなく。
「ズズズズズッ」
引きずられる椅子の脚がたてる音を聞くと、
「ラーメン」と口が動いているだけで。
こぶら屋ラーメンというラーメン屋は、
ラーメン屋とはラーメン屋の形態が違っるんだろう。
東洋軒にも、福龍軒にも、マル千にも
「東洋軒ラーメン」も「福龍軒ラーメン」も「マル千ラーメン」 もなかった。
「ラーメン」があるだけで。
マクドナルドにビッグ・マックができたのはいつだろう。
そんなぼくだけれどそば屋やうどん屋では違う。
「きつね」とか「肉」とか、
しばし考えて「カツ丼」と胸を張ってみたり。
別にかけそばでも、素うどんでもいいはずなのに。
なぜかここではのっけてしまう。
かけや、素が、
気持ちのどこかに
「わびしい」とか、
「貧しい」とか、
「はずかしい」とかにつながってるのかもしれない。
学生の頃はいつもかけか、素だった。
ネギと天かすをどっさりのっけるのが好きで。
(ちなみにぼくの生まれた地方では天かすは無料。
各テーブルには丼に盛られたネギと天かすが置かれる。
(今は知らないけど)
だからテレビなんかで「たぬきうどん」なんて聞いてもなんのことかわからない。
正体を知ったときの感想は、
「『カス』で金取るなんてセコいな~」)
いつからこんなことになってしまったんだろう。
喫茶店はめっきり少なくなってしまった。
それでも、今でもきっとそうだ。
店へ入るなり
「コーヒー」
「ブレンド」
または
「ホット」
と頼む人がほとんどで。
コーヒーが出てくる。
どちらかといえば
素うどんよりもラーメン適である。
何も考えず「ブレンド」。
メニューには
「モカ」だとか「コロンビア」だとか。
「ブルー・マウンテン」なんてのもあるけれど、
味音痴のぼくには猫に小判、豚に真珠、下痢に便秘薬。
だから「ブレンド」
ブレンドの本名はというとハウス・ブレンド。
本来ならこの一杯に命運をかけるべき、
看板であり、誇りでもある存在のはずなんだけれど。
もちろん酒飲みと同じで、
ミックスされたものより生(き)を好む人もいる。
ブレンドにはその店の姿勢が、腕が、ときに店主の人柄までが。
凝縮される真剣勝負の一杯のはずなんだが。
そのことを認識する店や客がどれほどあるだろう。
というようりも、「ブレンド」はやはり「ラーメン」なんだろうな。
ハウス・ブレンドとはまったく別な存在として。
「ふつうの」という。
立場としては、
「こぶら屋ラーメン」の「こぶらラーメン」を「ラーメン」としてメニューに載せでいる。
なんだか早口言葉みたいだけど。
それがブレンド。
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脱法ドラッグ
「う~~~ん」
米売り場で腕を組む。
ナンのカンのと言ってはみても。
女はやっぱり見目麗しいほうがいい。
男だってそうでしょう。
磯野波平さんより丹下段平のほうが。
最終的な判断は中身だけれど。
やっぱりいい女にこしたことはない。
男っぽい無骨な袋の米は2、3種類。
ほかはどこか女性を連想させる、
しなをつくり、媚をたたえて微笑む袋ばかり。
いつの間に米業界はこんなことになってしまったんだ。
で、中身は?
いい女は性格までいいと勝手に誤解をしてしまう。
俵でいい。
いや、米もしょうゆも枡の量り売りをやればいいのに。
と、時代逆行の言葉をつぶやく。
大水が出て土が締まる。
護りきれなかったからさらに土を積む。
破れた箇所の原因に頭をひねり、工夫する。
ほんとうの起源なんか知らない。
でも字面だけを見ると、
<法>は水と土堤の関係に似ている。
<水(氵)>が<去>ったあとにできあがっていく。
想定外。
人智の及ばぬことがある。
土を盛る、穴をふさぐ。
決して完成することはなく、いつもどこかへの途次にある。
嵐が去り、また土のうを抱えて土堤を上る。
モラルという神さんのいる世界に法という土堤はいらない。
水は決してあふれることはない。
神さんのかわりに法という土堤を造りあがめたてまつる。
それでも台風に吹かれ、津波に襲われ飲み込まれてしまう。
完全無欠と思われた土堤も、
遠くモラルに及ぶことはない。
そしてまた高く、厚く。
そしてまた飲み込まれる。
いつの間にか違う袋に詰め替えられていた。
いったいどれだけの人が気づいたろう。
ニュースの見出しに目を止めると、
<合法>という言葉は<脱法>になっている。
いつの間にか。
死者が出ている。、
危険なものだから規制しなくちゃいけないし、
今さらドラッグで飛んでどこかへ行こうなんて、
さらさら思わない。
それでも。
いつの間にか言葉をすり替えてしまう、
社会に、
マスコミに。
危うさを感じる。

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米売り場で腕を組む。
ナンのカンのと言ってはみても。
女はやっぱり見目麗しいほうがいい。
男だってそうでしょう。
磯野波平さんより丹下段平のほうが。
最終的な判断は中身だけれど。
やっぱりいい女にこしたことはない。
男っぽい無骨な袋の米は2、3種類。
ほかはどこか女性を連想させる、
しなをつくり、媚をたたえて微笑む袋ばかり。
いつの間に米業界はこんなことになってしまったんだ。
で、中身は?
いい女は性格までいいと勝手に誤解をしてしまう。
俵でいい。
いや、米もしょうゆも枡の量り売りをやればいいのに。
と、時代逆行の言葉をつぶやく。
大水が出て土が締まる。
護りきれなかったからさらに土を積む。
破れた箇所の原因に頭をひねり、工夫する。
ほんとうの起源なんか知らない。
でも字面だけを見ると、
<法>は水と土堤の関係に似ている。
<水(氵)>が<去>ったあとにできあがっていく。
想定外。
人智の及ばぬことがある。
土を盛る、穴をふさぐ。
決して完成することはなく、いつもどこかへの途次にある。
嵐が去り、また土のうを抱えて土堤を上る。
モラルという神さんのいる世界に法という土堤はいらない。
水は決してあふれることはない。
神さんのかわりに法という土堤を造りあがめたてまつる。
それでも台風に吹かれ、津波に襲われ飲み込まれてしまう。
完全無欠と思われた土堤も、
遠くモラルに及ぶことはない。
そしてまた高く、厚く。
そしてまた飲み込まれる。
いつの間にか違う袋に詰め替えられていた。
いったいどれだけの人が気づいたろう。
ニュースの見出しに目を止めると、
<合法>という言葉は<脱法>になっている。
いつの間にか。
死者が出ている。、
危険なものだから規制しなくちゃいけないし、
今さらドラッグで飛んでどこかへ行こうなんて、
さらさら思わない。
それでも。
いつの間にか言葉をすり替えてしまう、
社会に、
マスコミに。
危うさを感じる。
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鉄管ビール
アメリカへ来てびっくりしたことは数あれど。
ひとつはバドワイザーの方がコークより安いことだった。
スーパーなんかではなくて、
冷たいものを売るデリで。
今はどうなんだろう?
知らない。
バドの小瓶も買わないし、
コーラを飲むのは年に1度か2度。
道端に咲く花の名を知りたいと思うのに、
通り過ぎる新型車の名前なんて知らない。
興味のないことは記憶にひっつかない。
人の名前を憶えられない。
会ったハナから忘れる。
「興味がない」なんてさすがに言えないから、
「あはは、バカですから」
笑いながら自己紹介。
それにしても1986年。
ペットボトル入りの水が売られていたかどうか。
思い出せない。
「NYの水はアメリカで屈指のおいしさ」
会う人、会う人が言う。
今じゃ「汚い」、「危険」と言う人も多い、
平気。
がぶがぶと飲む鉄管ビール。
「なにをいまさら」
開き直る自分もたしかにいるが。
1年少し前は地元・大牟田市にいた。
3日に1回くらい、
従兄の車にポリタンクを積んで。
山間の湧き水まで細い道をくねくね。
時に温泉地の水まで足を伸ばしたり。
それにしてもこんな日がやってこようとは。
小学生の時分。
いや大学で遊んでいる時だって。
これっぽっちも考えたことがなかった。
そもそもそんな発想の出る隙間を誰も抱えてなかった。
「フランスにアル中が多いのは、ワインより水が高いせいだ」
そんなことを聞いても「あー、いい国だな~」としか思わなかった頃。
「で、どっちがいいの?」
「大きいのも小さいのも値段はそんなに変わんないから。
大きいのが得でしょ」
ハードウエア・ストアの若旦那の口車にまんまとのせられて(?)。
素直な性格。
いや、根がセコイと言っておこう。
とにかくとんでもない重荷を背負い込んでしまった。
ニューヨークであることをどこかで忘れて。
安さに目のくらんだ亡者は苦痛に耐えるしかない。
まだ着かない。
己の墓石を背負って墓場に向かうような気分になってくる。
日本では新1年生が歩きはじめた。
そろそろ朝顔の種をまかなきゃ。
去年大牟田からもらってきたもの。
小中学の越境通学は子供の足には遠く、
長い、長い通学路。
線路沿いに40年変わらぬ朝顔の種を。
昨年は土だけだったけど、
今年はプランターの底に小石を敷き詰める。

少しくらい進歩がないとね。
小石の詰まった大袋。
25㎏くらい。
右肩に担いで。
一歩、一歩。
何度か振り返ってみたけれど、
週末のせいかバスの影は見えてこない。
石を担いで歩く。
ピラミッドを作る、熊本城の石垣を組む。
だんだん、奴隷のような、苦役労働者のような気分になってくる。
まだ、着かない……。

一歩、一歩でいいんだよ。
努力は美しく見える。
励ます人がいる。
でも、大変なんだ。
これが。
言うのは実にたやすいけど、ね。
無責任なことを言うのはやめよう。
やっと。
アパートの角が見えてきた。
街中で喉が渇き水を買うことがある。
たまにだけれど。
不本意ながら。
そして今。
土や石をお金で買い求める自分がいる。
水も、土も、石も。
タダだったはずなんだけれど。
いつからこんな世界になったのか。
空気を購わなければならない日がやってきたとしても、
今じゃぜんぜん不思議じゃない。
「おいおい。バカだねー。
地面に金払ってるよ。
しかも見てみろよ、あの値段」
現代をのぞき見しながら太古の人は苦笑する。
鉄管ビール。
やっとたどり着いた水道。
その旨さをビールにたとえたのか。
「ああ、蛇口からビールが出てこないかな」
酒飲みの妄想だったのか。
墓石をおろし、鉄管じゃない方のビールを抜く。


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ひとつはバドワイザーの方がコークより安いことだった。
スーパーなんかではなくて、
冷たいものを売るデリで。
今はどうなんだろう?
知らない。
バドの小瓶も買わないし、
コーラを飲むのは年に1度か2度。
道端に咲く花の名を知りたいと思うのに、
通り過ぎる新型車の名前なんて知らない。
興味のないことは記憶にひっつかない。
人の名前を憶えられない。
会ったハナから忘れる。
「興味がない」なんてさすがに言えないから、
「あはは、バカですから」
笑いながら自己紹介。
それにしても1986年。
ペットボトル入りの水が売られていたかどうか。
思い出せない。
「NYの水はアメリカで屈指のおいしさ」
会う人、会う人が言う。
今じゃ「汚い」、「危険」と言う人も多い、
平気。
がぶがぶと飲む鉄管ビール。
「なにをいまさら」
開き直る自分もたしかにいるが。
1年少し前は地元・大牟田市にいた。
3日に1回くらい、
従兄の車にポリタンクを積んで。
山間の湧き水まで細い道をくねくね。
時に温泉地の水まで足を伸ばしたり。
それにしてもこんな日がやってこようとは。
小学生の時分。
いや大学で遊んでいる時だって。
これっぽっちも考えたことがなかった。
そもそもそんな発想の出る隙間を誰も抱えてなかった。
「フランスにアル中が多いのは、ワインより水が高いせいだ」
そんなことを聞いても「あー、いい国だな~」としか思わなかった頃。
「で、どっちがいいの?」
「大きいのも小さいのも値段はそんなに変わんないから。
大きいのが得でしょ」
ハードウエア・ストアの若旦那の口車にまんまとのせられて(?)。
素直な性格。
いや、根がセコイと言っておこう。
とにかくとんでもない重荷を背負い込んでしまった。
ニューヨークであることをどこかで忘れて。
安さに目のくらんだ亡者は苦痛に耐えるしかない。
まだ着かない。
己の墓石を背負って墓場に向かうような気分になってくる。
日本では新1年生が歩きはじめた。
そろそろ朝顔の種をまかなきゃ。
去年大牟田からもらってきたもの。
小中学の越境通学は子供の足には遠く、
長い、長い通学路。
線路沿いに40年変わらぬ朝顔の種を。
昨年は土だけだったけど、
今年はプランターの底に小石を敷き詰める。

少しくらい進歩がないとね。
小石の詰まった大袋。
25㎏くらい。
右肩に担いで。
一歩、一歩。
何度か振り返ってみたけれど、
週末のせいかバスの影は見えてこない。
石を担いで歩く。
ピラミッドを作る、熊本城の石垣を組む。
だんだん、奴隷のような、苦役労働者のような気分になってくる。
まだ、着かない……。

一歩、一歩でいいんだよ。
努力は美しく見える。
励ます人がいる。
でも、大変なんだ。
これが。
言うのは実にたやすいけど、ね。
無責任なことを言うのはやめよう。
やっと。
アパートの角が見えてきた。
街中で喉が渇き水を買うことがある。
たまにだけれど。
不本意ながら。
そして今。
土や石をお金で買い求める自分がいる。
水も、土も、石も。
タダだったはずなんだけれど。
いつからこんな世界になったのか。
空気を購わなければならない日がやってきたとしても、
今じゃぜんぜん不思議じゃない。
「おいおい。バカだねー。
地面に金払ってるよ。
しかも見てみろよ、あの値段」
現代をのぞき見しながら太古の人は苦笑する。
鉄管ビール。
やっとたどり着いた水道。
その旨さをビールにたとえたのか。
「ああ、蛇口からビールが出てこないかな」
酒飲みの妄想だったのか。
墓石をおろし、鉄管じゃない方のビールを抜く。

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