色つきの街
(オレンジか……)
驚きに近い、ため息まじりのつぶやき。
色つきであることがわかった瞬間に「当然、ピンク」と思ったし、
手にしてしばらくはそう思い込んでいた。
アイスコーヒーは買わない。
習慣がないから。
やむを得ず外で飲み物を買うときは迷わない。
ビール。
ほとんどの場合そっちの方が安い。
ドーナツ屋へは行かない。
きらいじゃないが、
6年ほどの間に生涯量の3倍ほど食べたから。
それにしても初めてのドーナツ屋カウンターでの朝食は思い出深い。
トラック・ドライバーや工員に混じりドーナツとコーヒーの朝ごはん。
自分がアメリカの一部になったような気がして。
ドーナツと朝食を等号で結びつけるのに4年はかかった。
不思議なことだがドーナツ屋のカウンターは、
どの店にもおばちゃんしかいない。
そういえば10年ほど朝食にチョコバーをかじる人を見ない。
うれしいような、さびしいような。
勝手だね。
スムージーを飲みながらさっそうと出勤。
ガラス・ケージの向こうタイトな身体でベルトコンベアーの上を走る。
アメリカ人はブヨブヨ無意味に太ってたほうが、らしい。
なんて無責任なことをつぶやく。
そんなぼくだが。
ダンキン・ドーナツのアイスコーヒーを飲んでいる。
タダ券をもらったから。
それもただのFREEではなくて、
No Purchase Necessary
とまで書いてあるではないか。
別に飲みたかったわけじゃない。
ただ、
せっかくの好意を無にするのもナニだからナニした。
感想は?
タダ飲みをしていて図々しいかもしれないけれど。
おいしくはない。
まずくはない。
薄すぎる。
普通に淹れたコーヒーを冷ましただけ。
味も、風味も薄い。
熱かったら実にアメリカらしい薄いコーヒーで、
それはそれで消えゆくアメリカを想うこともできたのだろうけれども。
Hotは何も入れないブラックで飲む。
Iceはクリームを入れる。
最後にそっとたらす。
ストローで真っ黒な底の方を飲んだり。
表面近い薄茶色のところを吸ってみたり。
なにより。
混じっているような、混じっていないような。
中間層を飲むのが一番の愉しみ。
それなのに。
それなのに。
"No sugar."
聞いた途端。
メキシカンおばばはドバッとクリームを入れ、
それからコーヒーを注ぎ、
「ガラガラガラ……」
大きなスプーンで豪快にかきまぜてくれた。
タダだから。
紙袋を破ったときに足が止まってしまっていた。
毒々しい色に。
驚きのせいもあっただろう、それに地下街の薄暗い照明も。
色を認識するまでにしばらくかかっていた。
意表をつかれた。
オレンジ色。
細いピンクの筋が2本走る。
開けたときにはピンクと思っていたのだが。
まあ、あたりまえのことだ。
ダンキンのロゴカラーはピンクとオレンジなんだから。
スターバックスのストローが緑色であるのと同じだ。
それでも想像をしていなかった。
アイスコーヒーを買ってから飲むまで。
そこには一連の動きがあるだけで色の要素は含まれていなかった。
よくある半透明のストローや、何の関係もない赤や青であることすら。
無色の動きがあっただけで。
色というパーツの完璧な欠落。
だからこそ虚を突かれ足が止まった。
あとひとつ。
ストローが袋に入っていたということも慮外だった。
そこにきてオレンジ。
ダンキンといえばオレンジよりピンクの方ぼくの中では前に出てくる。
「裏切られた」
「敗北」
そんな思いまでがにじみ出る。
たかだかタダのアイスコーヒーを飲んだだけで、
これだけの感情の起伏がある。
なんだか損をしてしまったような。
いや、発見はいつだって得なんだ。
タダ券をもらうことがなかったら、
2012年の夏、
ダンキンは2筋ピンクの入ったオレンジのストローを使っていた。
そんなことすらも知らぬまま墓場へ行ってしまった可能性が高い。
いつもの生活では絶対に気づかないこと。
街の情景のはしっこを流れて消えた。
なんの面白味もない日記だけど、
ぼくには重要なこと。

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驚きに近い、ため息まじりのつぶやき。
色つきであることがわかった瞬間に「当然、ピンク」と思ったし、
手にしてしばらくはそう思い込んでいた。
アイスコーヒーは買わない。
習慣がないから。
やむを得ず外で飲み物を買うときは迷わない。
ビール。
ほとんどの場合そっちの方が安い。
ドーナツ屋へは行かない。
きらいじゃないが、
6年ほどの間に生涯量の3倍ほど食べたから。
それにしても初めてのドーナツ屋カウンターでの朝食は思い出深い。
トラック・ドライバーや工員に混じりドーナツとコーヒーの朝ごはん。
自分がアメリカの一部になったような気がして。
ドーナツと朝食を等号で結びつけるのに4年はかかった。
不思議なことだがドーナツ屋のカウンターは、
どの店にもおばちゃんしかいない。
そういえば10年ほど朝食にチョコバーをかじる人を見ない。
うれしいような、さびしいような。
勝手だね。
スムージーを飲みながらさっそうと出勤。
ガラス・ケージの向こうタイトな身体でベルトコンベアーの上を走る。
アメリカ人はブヨブヨ無意味に太ってたほうが、らしい。
なんて無責任なことをつぶやく。
そんなぼくだが。
ダンキン・ドーナツのアイスコーヒーを飲んでいる。
タダ券をもらったから。
それもただのFREEではなくて、
No Purchase Necessary
とまで書いてあるではないか。
別に飲みたかったわけじゃない。
ただ、
せっかくの好意を無にするのもナニだからナニした。
感想は?
タダ飲みをしていて図々しいかもしれないけれど。
おいしくはない。
まずくはない。
薄すぎる。
普通に淹れたコーヒーを冷ましただけ。
味も、風味も薄い。
熱かったら実にアメリカらしい薄いコーヒーで、
それはそれで消えゆくアメリカを想うこともできたのだろうけれども。
Hotは何も入れないブラックで飲む。
Iceはクリームを入れる。
最後にそっとたらす。
ストローで真っ黒な底の方を飲んだり。
表面近い薄茶色のところを吸ってみたり。
なにより。
混じっているような、混じっていないような。
中間層を飲むのが一番の愉しみ。
それなのに。
それなのに。
"No sugar."
聞いた途端。
メキシカンおばばはドバッとクリームを入れ、
それからコーヒーを注ぎ、
「ガラガラガラ……」
大きなスプーンで豪快にかきまぜてくれた。
タダだから。
紙袋を破ったときに足が止まってしまっていた。
毒々しい色に。
驚きのせいもあっただろう、それに地下街の薄暗い照明も。
色を認識するまでにしばらくかかっていた。
意表をつかれた。
オレンジ色。
細いピンクの筋が2本走る。
開けたときにはピンクと思っていたのだが。
まあ、あたりまえのことだ。
ダンキンのロゴカラーはピンクとオレンジなんだから。
スターバックスのストローが緑色であるのと同じだ。
それでも想像をしていなかった。
アイスコーヒーを買ってから飲むまで。
そこには一連の動きがあるだけで色の要素は含まれていなかった。
よくある半透明のストローや、何の関係もない赤や青であることすら。
無色の動きがあっただけで。
色というパーツの完璧な欠落。
だからこそ虚を突かれ足が止まった。
あとひとつ。
ストローが袋に入っていたということも慮外だった。
そこにきてオレンジ。
ダンキンといえばオレンジよりピンクの方ぼくの中では前に出てくる。
「裏切られた」
「敗北」
そんな思いまでがにじみ出る。
たかだかタダのアイスコーヒーを飲んだだけで、
これだけの感情の起伏がある。
なんだか損をしてしまったような。
いや、発見はいつだって得なんだ。
タダ券をもらうことがなかったら、
2012年の夏、
ダンキンは2筋ピンクの入ったオレンジのストローを使っていた。
そんなことすらも知らぬまま墓場へ行ってしまった可能性が高い。
いつもの生活では絶対に気づかないこと。
街の情景のはしっこを流れて消えた。
なんの面白味もない日記だけど、
ぼくには重要なこと。
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地下鉄のVega
術、道、学……。
たとえば医術と医学。
たとえば柔術と柔道。
定義や技術にちがいのあることはわかる。
それでもそれを術と呼んだり、道と呼んだりするとき。
辞書の説明はいらない。
心におこる波立ちがちがう。
たとえば忍術を忍びの道と呼び、
たとえば芸術を芸道と呼ぶ。
読唇術というのをはじめて知ったのは子供の時分。
人気ドラマの「キーハンター」の中だった。
ガラス越しに、主人公が男の唇を見つめる。
彼の口から漏れた言葉を再現していく。
これに憧れ、かなりの修行を積んだつもりだけれど、
道は遠く、術は困難を極める。
少年は老いやすく、学は成らなかった。
40年が経つというのに。
いまだに「ばか」と「死ね」くらいしかわからない。
「ピン ポーン」
間遠なチャイムが鳴りドアが閉まりはじめる。
さっきまで並んで坐っていた若いカップル。
この駅で降りた男、今はホームに立つ。
ドアをぐるりと回りガール・フレンドの坐る窓の向こうに。
ガラス1枚を間に手のひらと手のひらをぴたりとあわせる。
男が何かを語りかけ、
女が返す。
男が応える、
女が頷く。
ガラスをはさむ2枚の磁石のように手のひらをしっかりとあわせたまま。
唇が読めてはいなくても、
心は互いに読めているのだろう。
言葉は重要で重要じゃない。
ただ時だけが。
電車が動き出した。
男も歩きはじめる。
だんだん早歩きになる。
手のひらがガラスをすべりはじめ。
小さくなっていく。
消えた。
一緒にいる時間を1秒でも長くしたいだけじゃない。
別れている時間を1秒でも短くしたいんだ。
ガラスから手を離さぬ女。
闇の向こうの手に自分の手のひらをあわせる。
もうひとつの顔に頬を預けた。
どんな声を聞いてるんだろう。
何を語りかけてるんだろう。
唇が見えない。

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たとえば医術と医学。
たとえば柔術と柔道。
定義や技術にちがいのあることはわかる。
それでもそれを術と呼んだり、道と呼んだりするとき。
辞書の説明はいらない。
心におこる波立ちがちがう。
たとえば忍術を忍びの道と呼び、
たとえば芸術を芸道と呼ぶ。
読唇術というのをはじめて知ったのは子供の時分。
人気ドラマの「キーハンター」の中だった。
ガラス越しに、主人公が男の唇を見つめる。
彼の口から漏れた言葉を再現していく。
これに憧れ、かなりの修行を積んだつもりだけれど、
道は遠く、術は困難を極める。
少年は老いやすく、学は成らなかった。
40年が経つというのに。
いまだに「ばか」と「死ね」くらいしかわからない。
「ピン ポーン」
間遠なチャイムが鳴りドアが閉まりはじめる。
さっきまで並んで坐っていた若いカップル。
この駅で降りた男、今はホームに立つ。
ドアをぐるりと回りガール・フレンドの坐る窓の向こうに。
ガラス1枚を間に手のひらと手のひらをぴたりとあわせる。
男が何かを語りかけ、
女が返す。
男が応える、
女が頷く。
ガラスをはさむ2枚の磁石のように手のひらをしっかりとあわせたまま。
唇が読めてはいなくても、
心は互いに読めているのだろう。
言葉は重要で重要じゃない。
ただ時だけが。
電車が動き出した。
男も歩きはじめる。
だんだん早歩きになる。
手のひらがガラスをすべりはじめ。
小さくなっていく。
消えた。
一緒にいる時間を1秒でも長くしたいだけじゃない。
別れている時間を1秒でも短くしたいんだ。
ガラスから手を離さぬ女。
闇の向こうの手に自分の手のひらをあわせる。
もうひとつの顔に頬を預けた。
どんな声を聞いてるんだろう。
何を語りかけてるんだろう。
唇が見えない。
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A∩B=紫
このごろ、どうしたわけか縁がある。
ジャック・ロンドン、レイモンド・カーヴァー、ローレンス・ブロック。
このごろ、読んでいる作家たち。
1人はついにモルヒネを飲んで自殺した。
1人はこちら側へ還ってきて、晩年は1滴も飲まなかった。
1人はちがうが、魅力ある主人公が元アル中。
そんな作家や本ばかりを選んでるわけじゃないけれど、
どうしたわけか枕元にはそんな本が積まれている。
上から5冊目くらいにヘミングウェイがいて、
その少し下にブコウスキーがある。
トルーマン・カポーティはまだない。
そういえばピート・ハミルも元、だ。
なぜかそんな作家や本が集まってしまったのではなくて、
作家という職業にアル中が多いだけだろう。
大きな円が2つ。
左の赤色にはAと書かれ、
右の青色にはBと書かれている。
重なったところが紫色になっている。
小学校の算数の時間に習った集合の図形。
A∩B
そんな図を思い浮かべながら。
個人的には A∪Bのほうが好きだった。
別に民主党のファンというわけじゃない。
あの人もよく酒を飲む人だった。
偶然同じ店に居合わせたのは5年でただの2回。
いつも1人カウンターで本を広げてた。
机を並べてた頃には笑いながら酒場の話をよくしていた。
古本屋では何度か顔を合わせた。
酒場と本の人。
酒を飲んで赤くなる人と青くなる人がいる。
紫はまだ見たことがない。
ぼくと彼。
やっていることは似ているが酒場行動範囲はわずかしか重ならない。
A∩B
小さな紫色。
日曜日、そんな彼が心臓発作を起こし病院へ運ばれたという。
まだ詳しい様態はわかっていない。
60歳を過ぎた方だったから少し無理が過ぎたのかもしれない。
ぼくも酒量は確実に落ちてきている。
体力にはかなり自信があるのだけれど、
貯金は使えばなくなっていく。
貯金をしなければ。
いつまでもうまい酒を飲むために体力をつけなければ。
それとも貯めても借金の利子のように消えて行ってしまうのか。
とにかく体をつくろう。
一時期仕事の面では大きな紫を彼と持っていたのだけれど、
今では小さなものとなってしまった。
それでもすごく心配だ。
オート。
自動というのは残酷でもある。
誰もいない部屋で毎朝鳴る目覚まし時計はぞっとしない。
表紙に彼の名を記した書類がプリンターから出てくる。
引き取り手のないものが棚に重ねられていく。
早く書類の山が消えますように。
また笑顔を見せて下さい。
さて、空き缶・空き瓶を生産しようか。
作家・葛西善蔵が書き遺している。
酒をやめるなんていけない。
体を悪くするのは、自分が悪いからで、決して酒に罪があるのじゃない。
ぼくなんか、酒をやめるなんてせんえつなことは、夢にも考えたことはないですな。
酒をやめるなんて、思い上がった気持ちは絶対にいけません。
ぼくなんか、もし酒で、腹を壊すようなことがあると
『わしが悪かったのだ。許してくれ。おまえに罪があるのじゃないんだから……』
と腹をさすりながら謝るんです。
すると、大変気持ちがよくなる。

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ジャック・ロンドン、レイモンド・カーヴァー、ローレンス・ブロック。
このごろ、読んでいる作家たち。
1人はついにモルヒネを飲んで自殺した。
1人はこちら側へ還ってきて、晩年は1滴も飲まなかった。
1人はちがうが、魅力ある主人公が元アル中。
そんな作家や本ばかりを選んでるわけじゃないけれど、
どうしたわけか枕元にはそんな本が積まれている。
上から5冊目くらいにヘミングウェイがいて、
その少し下にブコウスキーがある。
トルーマン・カポーティはまだない。
そういえばピート・ハミルも元、だ。
なぜかそんな作家や本が集まってしまったのではなくて、
作家という職業にアル中が多いだけだろう。
大きな円が2つ。
左の赤色にはAと書かれ、
右の青色にはBと書かれている。
重なったところが紫色になっている。
小学校の算数の時間に習った集合の図形。
A∩B
そんな図を思い浮かべながら。
個人的には A∪Bのほうが好きだった。
別に民主党のファンというわけじゃない。
あの人もよく酒を飲む人だった。
偶然同じ店に居合わせたのは5年でただの2回。
いつも1人カウンターで本を広げてた。
机を並べてた頃には笑いながら酒場の話をよくしていた。
古本屋では何度か顔を合わせた。
酒場と本の人。
酒を飲んで赤くなる人と青くなる人がいる。
紫はまだ見たことがない。
ぼくと彼。
やっていることは似ているが酒場行動範囲はわずかしか重ならない。
A∩B
小さな紫色。
日曜日、そんな彼が心臓発作を起こし病院へ運ばれたという。
まだ詳しい様態はわかっていない。
60歳を過ぎた方だったから少し無理が過ぎたのかもしれない。
ぼくも酒量は確実に落ちてきている。
体力にはかなり自信があるのだけれど、
貯金は使えばなくなっていく。
貯金をしなければ。
いつまでもうまい酒を飲むために体力をつけなければ。
それとも貯めても借金の利子のように消えて行ってしまうのか。
とにかく体をつくろう。
一時期仕事の面では大きな紫を彼と持っていたのだけれど、
今では小さなものとなってしまった。
それでもすごく心配だ。
オート。
自動というのは残酷でもある。
誰もいない部屋で毎朝鳴る目覚まし時計はぞっとしない。
表紙に彼の名を記した書類がプリンターから出てくる。
引き取り手のないものが棚に重ねられていく。
早く書類の山が消えますように。
また笑顔を見せて下さい。
さて、空き缶・空き瓶を生産しようか。
作家・葛西善蔵が書き遺している。
酒をやめるなんていけない。
体を悪くするのは、自分が悪いからで、決して酒に罪があるのじゃない。
ぼくなんか、酒をやめるなんてせんえつなことは、夢にも考えたことはないですな。
酒をやめるなんて、思い上がった気持ちは絶対にいけません。
ぼくなんか、もし酒で、腹を壊すようなことがあると
『わしが悪かったのだ。許してくれ。おまえに罪があるのじゃないんだから……』
と腹をさすりながら謝るんです。
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北へ西へ
枝垂桜が花をつけた。
五分。
自然は正直だ。
自然は自然にしたがう。
水は海へ流れ。
花は下から開く。
4月末、
Brooklyn Botanic Garden:Sakura Matsuri
の頃は葉桜だろう。
それもまたいい。
だれもが週末の終末へ向かう日曜夕方6時。
たまっていた空き缶、近所のリサイクル・センターへ持って。
おばちゃんか、いつものおっちゃんはいるかな?
誰もいない。
ここにも週末の終末の空気。
ガラガラガラ……。
錆びついたワゴンを男が引く。
機械で粉々になったガラスの入ったコンテナをのせて、
思い車輪の音。
気だるそうに倉庫へと向かう。
ボタンのかけられぬ制服の紺色ベスト、裾をなびかせて。
仕方ない。
回収機の前に袋を置き自分の足跡をなぞる。
日本中に銀座通りがあるように、
アメリカ中に5th Ave.Main St.そしてBroadwayがある。
ここブルックリンにも。
誰もが自分の5th Ave.を持つ。
近所を南北に走る5th Ave.
ここがぼくの5th Ave.
5th Ave.を北へ、北へ。
途中を折れ西へ、西へ。
沙悟浄のように。
再び折れて南へ、南へ。
角の店で空き缶の素を手に入れ東へ、東へ。
マルコポーロが東を目ざしたように。
コンクリート階段に置かれたままの小さなスニーカー。
昨日のまま、拾う者はいない。
少し寂しげに見える黒いニューバランス。
フェンスに下げられたレジ袋から透けるメキシコ産ビールの空き缶。
ゲートを開て、閉めて。
2枚の扉を開けて、閉めて。
鍵をおろし階段を昇る。
先週の残り、そして未来とを想いながら。
小鳥のさえずりを聞いて。
夕方の音に猫が目を覚ます。
空き缶を作ろうか。

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五分。
自然は正直だ。
自然は自然にしたがう。
水は海へ流れ。
花は下から開く。
4月末、
Brooklyn Botanic Garden:Sakura Matsuri
の頃は葉桜だろう。
それもまたいい。
だれもが週末の終末へ向かう日曜夕方6時。
たまっていた空き缶、近所のリサイクル・センターへ持って。
おばちゃんか、いつものおっちゃんはいるかな?
誰もいない。
ここにも週末の終末の空気。
ガラガラガラ……。
錆びついたワゴンを男が引く。
機械で粉々になったガラスの入ったコンテナをのせて、
思い車輪の音。
気だるそうに倉庫へと向かう。
ボタンのかけられぬ制服の紺色ベスト、裾をなびかせて。
仕方ない。
回収機の前に袋を置き自分の足跡をなぞる。
日本中に銀座通りがあるように、
アメリカ中に5th Ave.Main St.そしてBroadwayがある。
ここブルックリンにも。
誰もが自分の5th Ave.を持つ。
近所を南北に走る5th Ave.
ここがぼくの5th Ave.
5th Ave.を北へ、北へ。
途中を折れ西へ、西へ。
沙悟浄のように。
再び折れて南へ、南へ。
角の店で空き缶の素を手に入れ東へ、東へ。
マルコポーロが東を目ざしたように。
コンクリート階段に置かれたままの小さなスニーカー。
昨日のまま、拾う者はいない。
少し寂しげに見える黒いニューバランス。
フェンスに下げられたレジ袋から透けるメキシコ産ビールの空き缶。
ゲートを開て、閉めて。
2枚の扉を開けて、閉めて。
鍵をおろし階段を昇る。
先週の残り、そして未来とを想いながら。
小鳥のさえずりを聞いて。
夕方の音に猫が目を覚ます。
空き缶を作ろうか。
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1994年9月27日
浜辺で足にあたるものがある。
青色がかったガラス瓶。
ボロボロになってしまったコルクで栓をされた。
しゃがんで手にとると、
折り曲げられた紙片が見える。
手紙かな。
どこから。
何年をかけて流れてきたんだろう。
ロマンチストじゃないから、
そんな方法で誰かに何かを伝えるということはない。
それでも。
瓶の中かすかな音を立てながら転がる。
紙片を広げてみることを思い心はたかまる。
誰が。
どうして。
小学校のときタイムカプセルを埋めたはずだ。
開校●十周年を記念して。
運動場の片隅にある百葉箱の横、緑色の芝生の下に。
あれはもう掘り出されたんだろうか?
それとも廃校となり文化会館となった今も、
駐車場のアスファルトの下で眠っているのだろうか?
そんなことを考えていたのがちょうど1年前。
古本を読み進めていると粗いパルプの手触りが違う。
146ページ。
次のページに何かがある。
148ページと149ペジの間に。
ページの向こうの何か。
レシートだった。
大手書店Barnes & Nobleのもの。
店舗番号を検索してみると3年ほど前に閉店してしまった店舗。
6番街21丁目と22丁目の間にあった店。
しばらく広大な空き店舗だったが、
今はTrader Joe's、スーパーマーケットになっている。
260ページを超えるペーパーバックが$4.99で買えた頃。
消費税はそんなに上がっていない。8.25%。
サーマルペーパーではなくて、
薄紙にインクで印字されている。
そうだあのレジスターは甲高い音を出していたんだった。
男は、あるいは女は。
20ドル札1枚と小銭で支払い15ドル10セントの釣りを受けとっている。
ということは小銭は25セント玉2枚だったはずだ。
小銭入れは持っていたんだろうか?
それともポケットの中をまさぐり、ひねりだしたのだろうか。
20ドル札を取り出し、
1枚の10ドル札、4枚の1ドル札と3枚の小銭を受け取るよりも、
小銭を探しだし20ドルに足して、
1枚の10ドル札、1枚の5ドル札と1枚の小銭を受け取る。
そちらを選ぶ人間。
どうもぼく側の人ではなさそうだ。
あの店のレジ・カウンターを思い浮かべている。
火曜日午後9時33分。
しばらく列の後ろで待ったのだろうか。
どこかで食事を終えた後に立ち寄ったんだろうか。
何を食べたのだろう。
誰と一緒だったのだろう。
カウンターで1人だったかもしれない。
天気が悪くて傘から滴はたれていなかったか。
秋風の吹き始める季節。
あの頃のコートはどんなシルエットをしていたっけ。
…………
1994年9月27日。
ぼくはなにをしていたろう?
グリーンカードが取れ3年弱。
自分で会社をやっていた頃だ。
ニューヨークにいるより、
ワシントンDC、フィラデルフィア、ボルチモアにいる時間のほうが長かった頃。
地下鉄より車に乗ることのほうが多かった頃。
ニューヨークにいるときは、
いつもイースト・ヴィレッジのDoc Holiday'sのカウンターにいた。
もしかすると9月27日も。
この店には今も月に1度ほど顔を出す。
バーテンダーは変わってしまったが。
プール・テーブルとジュークボックス。
カウンターのあの席には今もカルロスが坐る。
あの頃と同じ、スパニッシュ・カウボーイの格好で。
4時42分。
"Library will close 10 minutes."
吹き抜けの空間に声が響く。
4時48分
"Library is closing."
雰囲気作りに余念のないスタップたち。
まだ現在進行形だが、
現在形に、過去形になる前に席を立つことにした。
まだ書きかけだけれど。
あと少しで終わるんだけれど。
角にあるコンクリート製の階段に腰を下ろし残りを書くことに。
昨日、一昨日とはちがいほんの少し肌寒い。
門を出て逆方向へ向かう。
地下鉄ホームにある木製ベンチをめざして。
改札に立つ警官の前を通り過ぎて。
"Ladies and gentlemen.
There is Manhattan-bound express train is now arriving.
Please stand away from platform edge.
Especially trains are entering and leaving the station."
録音された女の声が響く。
1994年。
日記はつけていなかった。
つけはじめたのはほんの5年前のこと。
いや、たとえつけていたとしても、
すべてを失ったその数年後にぼくの前から消えてしまっていたことだろう。
1994年9月27日火曜 午後9時33分。
ぼくはどこで何をしていただろう?
あの人は?
この人は?
ベンチの背後に座る白髪の女性は?
2029年。
ぼくはどこに誰といて、何をしているだろう?
そして今、このときのことを急に思い出したりするのだろうか?
そのときぼくの手には日記があるのだろうか?
昨日食べた焼き鳥、ビールの味。
見上げていた空の色。
感じたこと。
腹の立ったこと。
ページの間から1枚のレシートをつまむように、
立体化させ、生命を吹き込み眺めている自分がいるのだろうか。
その頃このペーパーバックはどうなっているのだろう。
1994年9月27日のレシートはまだ149ページにあるんだろうか。
レシートをページの間に戻し150ページを開く。

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青色がかったガラス瓶。
ボロボロになってしまったコルクで栓をされた。
しゃがんで手にとると、
折り曲げられた紙片が見える。
手紙かな。
どこから。
何年をかけて流れてきたんだろう。
ロマンチストじゃないから、
そんな方法で誰かに何かを伝えるということはない。
それでも。
瓶の中かすかな音を立てながら転がる。
紙片を広げてみることを思い心はたかまる。
誰が。
どうして。
小学校のときタイムカプセルを埋めたはずだ。
開校●十周年を記念して。
運動場の片隅にある百葉箱の横、緑色の芝生の下に。
あれはもう掘り出されたんだろうか?
それとも廃校となり文化会館となった今も、
駐車場のアスファルトの下で眠っているのだろうか?
そんなことを考えていたのがちょうど1年前。
古本を読み進めていると粗いパルプの手触りが違う。
146ページ。
次のページに何かがある。
148ページと149ペジの間に。
ページの向こうの何か。
レシートだった。
大手書店Barnes & Nobleのもの。
店舗番号を検索してみると3年ほど前に閉店してしまった店舗。
6番街21丁目と22丁目の間にあった店。
しばらく広大な空き店舗だったが、
今はTrader Joe's、スーパーマーケットになっている。
260ページを超えるペーパーバックが$4.99で買えた頃。
消費税はそんなに上がっていない。8.25%。
サーマルペーパーではなくて、
薄紙にインクで印字されている。
そうだあのレジスターは甲高い音を出していたんだった。
男は、あるいは女は。
20ドル札1枚と小銭で支払い15ドル10セントの釣りを受けとっている。
ということは小銭は25セント玉2枚だったはずだ。
小銭入れは持っていたんだろうか?
それともポケットの中をまさぐり、ひねりだしたのだろうか。
20ドル札を取り出し、
1枚の10ドル札、4枚の1ドル札と3枚の小銭を受け取るよりも、
小銭を探しだし20ドルに足して、
1枚の10ドル札、1枚の5ドル札と1枚の小銭を受け取る。
そちらを選ぶ人間。
どうもぼく側の人ではなさそうだ。
あの店のレジ・カウンターを思い浮かべている。
火曜日午後9時33分。
しばらく列の後ろで待ったのだろうか。
どこかで食事を終えた後に立ち寄ったんだろうか。
何を食べたのだろう。
誰と一緒だったのだろう。
カウンターで1人だったかもしれない。
天気が悪くて傘から滴はたれていなかったか。
秋風の吹き始める季節。
あの頃のコートはどんなシルエットをしていたっけ。
…………
1994年9月27日。
ぼくはなにをしていたろう?
グリーンカードが取れ3年弱。
自分で会社をやっていた頃だ。
ニューヨークにいるより、
ワシントンDC、フィラデルフィア、ボルチモアにいる時間のほうが長かった頃。
地下鉄より車に乗ることのほうが多かった頃。
ニューヨークにいるときは、
いつもイースト・ヴィレッジのDoc Holiday'sのカウンターにいた。
もしかすると9月27日も。
この店には今も月に1度ほど顔を出す。
バーテンダーは変わってしまったが。
プール・テーブルとジュークボックス。
カウンターのあの席には今もカルロスが坐る。
あの頃と同じ、スパニッシュ・カウボーイの格好で。
4時42分。
"Library will close 10 minutes."
吹き抜けの空間に声が響く。
4時48分
"Library is closing."
雰囲気作りに余念のないスタップたち。
まだ現在進行形だが、
現在形に、過去形になる前に席を立つことにした。
まだ書きかけだけれど。
あと少しで終わるんだけれど。
角にあるコンクリート製の階段に腰を下ろし残りを書くことに。
昨日、一昨日とはちがいほんの少し肌寒い。
門を出て逆方向へ向かう。
地下鉄ホームにある木製ベンチをめざして。
改札に立つ警官の前を通り過ぎて。
"Ladies and gentlemen.
There is Manhattan-bound express train is now arriving.
Please stand away from platform edge.
Especially trains are entering and leaving the station."
録音された女の声が響く。
1994年。
日記はつけていなかった。
つけはじめたのはほんの5年前のこと。
いや、たとえつけていたとしても、
すべてを失ったその数年後にぼくの前から消えてしまっていたことだろう。
1994年9月27日火曜 午後9時33分。
ぼくはどこで何をしていただろう?
あの人は?
この人は?
ベンチの背後に座る白髪の女性は?
2029年。
ぼくはどこに誰といて、何をしているだろう?
そして今、このときのことを急に思い出したりするのだろうか?
そのときぼくの手には日記があるのだろうか?
昨日食べた焼き鳥、ビールの味。
見上げていた空の色。
感じたこと。
腹の立ったこと。
ページの間から1枚のレシートをつまむように、
立体化させ、生命を吹き込み眺めている自分がいるのだろうか。
その頃このペーパーバックはどうなっているのだろう。
1994年9月27日のレシートはまだ149ページにあるんだろうか。
レシートをページの間に戻し150ページを開く。
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右が後ろで。下が前で。
少なくとも。
ひとつはmissing。
何かを手にするということは。
何かを失うということ。
あたりまえだ。
コップに小皿を敷いても、
いつか酒はあふれ出てしまう。
小皿を枡に置き換えたとしても。
失わぬためには一生飲みつづけなければならない。
それか、注いでもらうのをもうそろそと諦めなければ。
それにしても一升瓶の首をつかみ、
コップからあふれようと何のその、
豪快に酒を注いでもらうのは気持ちのいいもんだ。
NYで味わった最後のあの瞬間はだれとテーブルを囲んでいたんだっけ?
今はもうなくなってしまったGo Restaurantでだった。
仕事のパターンが少し変わった。
ありがたい方向に。。
一方で失ったものもある。
いくつかあるもののひとつ。
気づいているもののひとつ。
水曜夜、10時30分ごろのRトレイン(鈍行)。
同夜、同時刻の特急や、
週末のRトレインにないものがそこにはある。
閑散としている。
ポツリ、ポツリ。
思い思いに腰かける乗客。
ポツリ、ポツリ。
思い思いではないが各駅に停まっていく。
足を投げ出す人。
折り曲げた新聞、Sudokuを鉛筆で埋めていく人。
携帯でメッセージを打つ人。
目をと閉じヘッドセットの音にあわせ首を揺らす人。
伸ばした足の上大判のハード・カバーを広げる人。
横にした携帯でゲームに熱中している人。
今にも吐きそうな酔払い。
平日、この時間のRトレインが好きだ。
先を急ぐこともなく一駅ずつていねいに停まっていく。
あたりまえだが。
そんなことよりなにより、
ぼくが一番気に入っているのは車内に満ちる空気。
空気の合奏。
箱全体が空気を作り出す。
たとえれば浮くでもなし、沈むでもなし。
流されるわけでもなく、止まっているわけでもない。
水中半ばに静止するように微妙なバランスを取り続ける物体のような。
少しけだるい。
Laid Backの空気がある。
隣の女も本を読んでいた。
少し不思議な気分だ。
酔いのせいじゃない。
ぼくは左のページを右にめくる。
女は右のページを左に。
「パサッ」
「パサッ」
同じ周期でページをめくる。
ぼくは左から右。
女は右から左。
ぼくが男であり、女が女であるからではない。
目が動く。
ぼくは上から下。右から左。
女は左から右。上から下。
ぼくが酔っていて、女が(たぶん)しらふだからではない。
まったくおんなじ行為をしているのに。
逆とも言える動きをしつづける。
きっと使う脳みそも別の部位だろう。
もしぼくと女が同じ小説をそれぞれの言葉で読んでいたらどうだろう。

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ひとつはmissing。
何かを手にするということは。
何かを失うということ。
あたりまえだ。
コップに小皿を敷いても、
いつか酒はあふれ出てしまう。
小皿を枡に置き換えたとしても。
失わぬためには一生飲みつづけなければならない。
それか、注いでもらうのをもうそろそと諦めなければ。
それにしても一升瓶の首をつかみ、
コップからあふれようと何のその、
豪快に酒を注いでもらうのは気持ちのいいもんだ。
NYで味わった最後のあの瞬間はだれとテーブルを囲んでいたんだっけ?
今はもうなくなってしまったGo Restaurantでだった。
仕事のパターンが少し変わった。
ありがたい方向に。。
一方で失ったものもある。
いくつかあるもののひとつ。
気づいているもののひとつ。
水曜夜、10時30分ごろのRトレイン(鈍行)。
同夜、同時刻の特急や、
週末のRトレインにないものがそこにはある。
閑散としている。
ポツリ、ポツリ。
思い思いに腰かける乗客。
ポツリ、ポツリ。
思い思いではないが各駅に停まっていく。
足を投げ出す人。
折り曲げた新聞、Sudokuを鉛筆で埋めていく人。
携帯でメッセージを打つ人。
目をと閉じヘッドセットの音にあわせ首を揺らす人。
伸ばした足の上大判のハード・カバーを広げる人。
横にした携帯でゲームに熱中している人。
今にも吐きそうな酔払い。
平日、この時間のRトレインが好きだ。
先を急ぐこともなく一駅ずつていねいに停まっていく。
あたりまえだが。
そんなことよりなにより、
ぼくが一番気に入っているのは車内に満ちる空気。
空気の合奏。
箱全体が空気を作り出す。
たとえれば浮くでもなし、沈むでもなし。
流されるわけでもなく、止まっているわけでもない。
水中半ばに静止するように微妙なバランスを取り続ける物体のような。
少しけだるい。
Laid Backの空気がある。
隣の女も本を読んでいた。
少し不思議な気分だ。
酔いのせいじゃない。
ぼくは左のページを右にめくる。
女は右のページを左に。
「パサッ」
「パサッ」
同じ周期でページをめくる。
ぼくは左から右。
女は右から左。
ぼくが男であり、女が女であるからではない。
目が動く。
ぼくは上から下。右から左。
女は左から右。上から下。
ぼくが酔っていて、女が(たぶん)しらふだからではない。
まったくおんなじ行為をしているのに。
逆とも言える動きをしつづける。
きっと使う脳みそも別の部位だろう。
もしぼくと女が同じ小説をそれぞれの言葉で読んでいたらどうだろう。
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White Room
小部屋にいる。
3mX6mくらいの。
窓はない、ドア1枚があるだけで。
ドアを閉めライトを落とすと別世界への入り口になってしまいそうな。
これまで窓のない部屋に住んだことはあるか?
思い出せない。
きっとない。
真の、いや真に近い暗闇を知らないということだ。
2m四方でいい。
窓のない部屋が欲しくなってきた。
黒い部屋にしようか。
黒いカーテンのかかる白い部屋にしようか。
なににも邪魔されない。
惑わされない。
自分の深部に座るような部屋。
思い出したようにプリンターがうなりだし紙を吐き出しはじめた。
しばらく耳をかたむけているとプリントの終わるタイミングがわかるようになってくる。
プリンター・ルーム。
詰まってしまった紙がなかなかとれない。
思わず振り返っていた。
誰かがドアを閉めるんじゃないか?
開かなくなったら?
ちょっとした恐怖。
小さな紙片がやっととれた。
たまっていたデータが紙になって吐き出されはじめる。
じっと見ている。
ほかになにもやることはない。
「見る鍋は煮えない」
この言葉を知った沢木耕太郎の本はなんという題名だっけ。
まだ吐き出されている。
どうやら大丈夫みたいだ。
でも、最後まで見届けていこう。
4台のプリンターが並ぶ部屋。
それに
スキャナー。
シュレッダー。
具現化する道具。
夢幻化する道具。
破壊する道具。
小部屋には3種の道具だけが並ぶ。
こっちへの出口。
あっちへの入り口。
消滅。
まだ吐き出されつづけている。
「終わりというものはほんとうにあるんだろうか?」
窓のない部屋で芽生えはじめる小さな不安。
自分は今こっちの世界にいるのか。
それともあっちなのか。
ドアを出たらさっきと同じ世界なのか。
同じあの人が笑っていたとしても。
形にする機械がある。
形を消す機械がある。
形を壊す機械がある。
同じスペースに。
深夜のオフィス。
コピー機にまたがる女。
そんな都市伝説がある。
「スキャナーに取り込まれるのもいいな」
そんな気がしてきた。
魑魅魍魎。
あっちの世界を漂う。
ボタンひとつ世界の旅。
吐く。
吸う。
裂く。
そんな機械が小さなスペースに。
スペースといっても宇宙じゃない。
いやこの小部屋は宇宙かもしれない。
プリンター、スキャナー、シュレッダー。
どれも日々高速化していく。
「紙でなきゃ……」という人が別の場面では
「ペーパーレス」と口にする。
まるでこの小部屋は人間の深部みたいだ。
両手いっぱいに矛盾をかかえた。

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3mX6mくらいの。
窓はない、ドア1枚があるだけで。
ドアを閉めライトを落とすと別世界への入り口になってしまいそうな。
これまで窓のない部屋に住んだことはあるか?
思い出せない。
きっとない。
真の、いや真に近い暗闇を知らないということだ。
2m四方でいい。
窓のない部屋が欲しくなってきた。
黒い部屋にしようか。
黒いカーテンのかかる白い部屋にしようか。
なににも邪魔されない。
惑わされない。
自分の深部に座るような部屋。
思い出したようにプリンターがうなりだし紙を吐き出しはじめた。
しばらく耳をかたむけているとプリントの終わるタイミングがわかるようになってくる。
プリンター・ルーム。
詰まってしまった紙がなかなかとれない。
思わず振り返っていた。
誰かがドアを閉めるんじゃないか?
開かなくなったら?
ちょっとした恐怖。
小さな紙片がやっととれた。
たまっていたデータが紙になって吐き出されはじめる。
じっと見ている。
ほかになにもやることはない。
「見る鍋は煮えない」
この言葉を知った沢木耕太郎の本はなんという題名だっけ。
まだ吐き出されている。
どうやら大丈夫みたいだ。
でも、最後まで見届けていこう。
4台のプリンターが並ぶ部屋。
それに
スキャナー。
シュレッダー。
具現化する道具。
夢幻化する道具。
破壊する道具。
小部屋には3種の道具だけが並ぶ。
こっちへの出口。
あっちへの入り口。
消滅。
まだ吐き出されつづけている。
「終わりというものはほんとうにあるんだろうか?」
窓のない部屋で芽生えはじめる小さな不安。
自分は今こっちの世界にいるのか。
それともあっちなのか。
ドアを出たらさっきと同じ世界なのか。
同じあの人が笑っていたとしても。
形にする機械がある。
形を消す機械がある。
形を壊す機械がある。
同じスペースに。
深夜のオフィス。
コピー機にまたがる女。
そんな都市伝説がある。
「スキャナーに取り込まれるのもいいな」
そんな気がしてきた。
魑魅魍魎。
あっちの世界を漂う。
ボタンひとつ世界の旅。
吐く。
吸う。
裂く。
そんな機械が小さなスペースに。
スペースといっても宇宙じゃない。
いやこの小部屋は宇宙かもしれない。
プリンター、スキャナー、シュレッダー。
どれも日々高速化していく。
「紙でなきゃ……」という人が別の場面では
「ペーパーレス」と口にする。
まるでこの小部屋は人間の深部みたいだ。
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大将でピッチャーを
そのときに。
手に入れておかなければ。
戻ることはできないんだから。
「縁がなかった」
あきらめきれればいいのだけれど。
そんな生き方の方が楽なことはよくわかっるけれど。
でも、なかなか。
うじうじし。
「なんであのとき……」
そんなことのオンパレードで、
先頭はMacy's百貨店に着こうとしているのに、
パレードの最後尾はまだセントラル・パークで足踏みをはじめたばかり。
「映画よりずっとおもしろいから読んでみるといいよ」
ずいぶん昔にすすめられたことがあった。
2週間ほど前にやっと古本屋で出会う。
でも、映画を思わせる表紙の軟弱さがなんだか気に食わなくて。
恋焦がれていたはずの女の実物がちょっとずれてた。
1度手にしたものを棚へ。
古本屋へ寄るたびにそんなことを繰り返しているうちに、
消えた。
次に出会えるのはいつだろう?
また1人。
パレードに参加した。
トルーマン・カポーティ『ティファニーで朝食を』
宝石屋でパンケーキにシロップをたらし、ソーセージを頬ばるわけじゃなく。
それは、
「どんなに自分が成功をしたとしても、
本当の自分を、本質を失いたくない。
失わずにいよう」
希望とも、決意ともいえる喩え。
週末ネットを見ていたら
「餃子の王将、スマホ向け公式アプリ登場」
店舗情報やメニュー、うんちくなんかがあるらしい。
そういえば王将へ通い始めたころ
「イーガー、コーテー」
叫ぶ兄さんの真っ赤な顔がやたら怖かった。
そんなわけでここ数日王将のこと、
そのころのことをいろいろ思い出していたわけだけれど。
威勢のよいかけ声。
満足いく量。
値段。
スピード。
脂でテカるカウンター。
明るいうちに飲むビール。
ちょっと比喩としての切り込み方はちがうけれど、
ぼくはやっぱり
『王将で瓶ビールを』
「マーボドーフ」と言いながら餃子券を出すのを忘れずに。
ニューヨークなら。
『大将でピッチャーを』
ピッチャーといっても野球じゃなくてビールの方。
大将はニューヨークの焼き鳥屋。
金持ちになることなんてまず起こらないだろう。
どちらかといえば最低でもこの一線はゆずらないぞ、
そんな決意のようなもの。
どんな自分になっても大将でピッチャーを飲んでいたい。
自分の本質を決して失うことなく。
「王将で焼酎を。
普通にそうしてるよ」
昨日、友達か届いたメッセージ。

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手に入れておかなければ。
戻ることはできないんだから。
「縁がなかった」
あきらめきれればいいのだけれど。
そんな生き方の方が楽なことはよくわかっるけれど。
でも、なかなか。
うじうじし。
「なんであのとき……」
そんなことのオンパレードで、
先頭はMacy's百貨店に着こうとしているのに、
パレードの最後尾はまだセントラル・パークで足踏みをはじめたばかり。
「映画よりずっとおもしろいから読んでみるといいよ」
ずいぶん昔にすすめられたことがあった。
2週間ほど前にやっと古本屋で出会う。
でも、映画を思わせる表紙の軟弱さがなんだか気に食わなくて。
恋焦がれていたはずの女の実物がちょっとずれてた。
1度手にしたものを棚へ。
古本屋へ寄るたびにそんなことを繰り返しているうちに、
消えた。
次に出会えるのはいつだろう?
また1人。
パレードに参加した。
トルーマン・カポーティ『ティファニーで朝食を』
宝石屋でパンケーキにシロップをたらし、ソーセージを頬ばるわけじゃなく。
それは、
「どんなに自分が成功をしたとしても、
本当の自分を、本質を失いたくない。
失わずにいよう」
希望とも、決意ともいえる喩え。
週末ネットを見ていたら
「餃子の王将、スマホ向け公式アプリ登場」
店舗情報やメニュー、うんちくなんかがあるらしい。
そういえば王将へ通い始めたころ
「イーガー、コーテー」
叫ぶ兄さんの真っ赤な顔がやたら怖かった。
そんなわけでここ数日王将のこと、
そのころのことをいろいろ思い出していたわけだけれど。
威勢のよいかけ声。
満足いく量。
値段。
スピード。
脂でテカるカウンター。
明るいうちに飲むビール。
ちょっと比喩としての切り込み方はちがうけれど、
ぼくはやっぱり
『王将で瓶ビールを』
「マーボドーフ」と言いながら餃子券を出すのを忘れずに。
ニューヨークなら。
『大将でピッチャーを』
ピッチャーといっても野球じゃなくてビールの方。
大将はニューヨークの焼き鳥屋。
金持ちになることなんてまず起こらないだろう。
どちらかといえば最低でもこの一線はゆずらないぞ、
そんな決意のようなもの。
どんな自分になっても大将でピッチャーを飲んでいたい。
自分の本質を決して失うことなく。
「王将で焼酎を。
普通にそうしてるよ」
昨日、友達か届いたメッセージ。
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Killing Me Softly
あの歌が。
流れている。
もちろん頭の中で。
BGMの流れる仕事場じゃない。
実際、耳に入る音といえば空調の渦の隙間を、
縫うように聞こえてくるサーバーのうなりくらい。
彼女の声がかぶさりはじめ、
しばらくすると無限という言葉がちらつきはじめる。
初めて聴いたのはテレビCMだった。
記憶というのは面白いもので、
きっかけがあると突拍子もないものを連れてくる。
つい先週もビルを曲がった途端に、
ロッカ・フラ・ベイビーを口ずさみはじめていた。
Elvisのではなくて。
ささきいさおの日本語カバーが。
♪赤いレイをかけたあの娘が 腰を振りながら
フラを踊れば島の電車が 止まっちまうさ……♪
歌いながら回転扉を押す。
いったい頭のジューク・ボックスには何枚のレコードが入ってるんだろう。
ランダムにプレイバックされるわけではない。
今の自分と何かのつながりがあるからこそターンテープルにのせられる。
わけのわからないときの方が多いけど。
日本で必ず買って帰るものがある。
インスタント・コーヒー。
日本のものの方がうまい。
と言うよりもアメリカのものはまずすぎる。
初めて飲んだときの衝撃は今もよみがえってくる。
しかし、あの味こそ。
ぼくが憧れていたアメリカだったのだが。
インスタント・コーヒー。
特にアイスコーヒー用のものは重宝する。
あの歌。
最初に聴いたのはインスタント・コーヒーのCMだった。
大統領がインスタント・コーヒーを飲むかどうかは別として。
まだ「違いのわかる男」がいなかった頃。
黒ラベルの大瓶。
もやのかかるフィルム奥に彼女の声が流れる。
寒い。
とはいっても今日のNYは72F(22C)。
一方、ポートランドは35F(1.5C)で雪だったらしい。
寒いのはぼくの仕事場で、
ここでは人間よりコンピューターの方が大切にされる。
いや、コンピューターのしもべとしての仕事をもらっている。
そんなわけで室温は1年を通じて68F(20C)。
豪雪の日も、熱帯夜も68F。
しかしコンピューターの発し続ける熱を中和するためには、
68F以下の空気を噴き出されているわけで、
それが部屋をぐるぐる回り体感温度はいかほどか。
月曜の朝。
出かけるときに巻いてきたコットン製のマフラーをはずすのを忘れていた。
体が感じ取ったのだろう。
訴えているのだろう「いつもより寒いよ」と。
温度設定を見ると63F(17C)。
だれが設定を変えたんだろう?
どうして……。
このときだった。
あの歌が流れ出したのは。
♪Killing me softly......♪
ロバータ・フラックの歌う『やさしく愛して』
歌詞の意味からは少しはずれるけれど、
この63Fという室温がやさしくぼくを殺していくような気がして。
少しずつ毒を盛られるように。
蓄積したものが少しずつ致死量に近づいていくように。
頭のてっぺんに一滴ずつしずくが落ちてくるように。
だれが設定を変えたんだろう?
昼を過ぎるころ鼻水が出てきた。
さっきから少し頭が痛む。
雪山で遭難するときってどんな気持ちなんだろう。
だれが設定を変えたんだろう……。
同じ温度のはずなのに。
暖房から出る風と、冷房からのそれが違って感じられるのはなぜだろう?
それは同じ明るさの夜明けと、夕暮れが違うようなものなんだろうか。
その先に、未来に見える、思い描くものが違うからなんだろうか。
だれが設定を変えたんだろう?
でも、殺されるなら。
やさしく。
の方がいい。

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流れている。
もちろん頭の中で。
BGMの流れる仕事場じゃない。
実際、耳に入る音といえば空調の渦の隙間を、
縫うように聞こえてくるサーバーのうなりくらい。
彼女の声がかぶさりはじめ、
しばらくすると無限という言葉がちらつきはじめる。
初めて聴いたのはテレビCMだった。
記憶というのは面白いもので、
きっかけがあると突拍子もないものを連れてくる。
つい先週もビルを曲がった途端に、
ロッカ・フラ・ベイビーを口ずさみはじめていた。
Elvisのではなくて。
ささきいさおの日本語カバーが。
♪赤いレイをかけたあの娘が 腰を振りながら
フラを踊れば島の電車が 止まっちまうさ……♪
歌いながら回転扉を押す。
いったい頭のジューク・ボックスには何枚のレコードが入ってるんだろう。
ランダムにプレイバックされるわけではない。
今の自分と何かのつながりがあるからこそターンテープルにのせられる。
わけのわからないときの方が多いけど。
日本で必ず買って帰るものがある。
インスタント・コーヒー。
日本のものの方がうまい。
と言うよりもアメリカのものはまずすぎる。
初めて飲んだときの衝撃は今もよみがえってくる。
しかし、あの味こそ。
ぼくが憧れていたアメリカだったのだが。
インスタント・コーヒー。
特にアイスコーヒー用のものは重宝する。
あの歌。
最初に聴いたのはインスタント・コーヒーのCMだった。
大統領がインスタント・コーヒーを飲むかどうかは別として。
まだ「違いのわかる男」がいなかった頃。
黒ラベルの大瓶。
もやのかかるフィルム奥に彼女の声が流れる。
寒い。
とはいっても今日のNYは72F(22C)。
一方、ポートランドは35F(1.5C)で雪だったらしい。
寒いのはぼくの仕事場で、
ここでは人間よりコンピューターの方が大切にされる。
いや、コンピューターのしもべとしての仕事をもらっている。
そんなわけで室温は1年を通じて68F(20C)。
豪雪の日も、熱帯夜も68F。
しかしコンピューターの発し続ける熱を中和するためには、
68F以下の空気を噴き出されているわけで、
それが部屋をぐるぐる回り体感温度はいかほどか。
月曜の朝。
出かけるときに巻いてきたコットン製のマフラーをはずすのを忘れていた。
体が感じ取ったのだろう。
訴えているのだろう「いつもより寒いよ」と。
温度設定を見ると63F(17C)。
だれが設定を変えたんだろう?
どうして……。
このときだった。
あの歌が流れ出したのは。
♪Killing me softly......♪
ロバータ・フラックの歌う『やさしく愛して』
歌詞の意味からは少しはずれるけれど、
この63Fという室温がやさしくぼくを殺していくような気がして。
少しずつ毒を盛られるように。
蓄積したものが少しずつ致死量に近づいていくように。
頭のてっぺんに一滴ずつしずくが落ちてくるように。
だれが設定を変えたんだろう?
昼を過ぎるころ鼻水が出てきた。
さっきから少し頭が痛む。
雪山で遭難するときってどんな気持ちなんだろう。
だれが設定を変えたんだろう……。
同じ温度のはずなのに。
暖房から出る風と、冷房からのそれが違って感じられるのはなぜだろう?
それは同じ明るさの夜明けと、夕暮れが違うようなものなんだろうか。
その先に、未来に見える、思い描くものが違うからなんだろうか。
だれが設定を変えたんだろう?
でも、殺されるなら。
やさしく。
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春
が来ている。
非常階段の陽だまり。
丸くうずくまるネコくんを見ていると。
何かが違う。
コの字型に並ぶプランター。
新芽が。
ふいている。
ふいている、然として。
そっと。
でも力強く。
やわらかな陽光に包まれ。
やさしく、頼りなげながら。
生命の凝縮を発している。
燦々と。
再生の季節を思わずにはいられない。
向かいの庭には、
ジーンズ姿でしゃがみこんだ女性。
冬の間にたまってしまった枯れ枝、
長いものは手で折りながら白いゴミ袋へ詰めていく。
都会には再生されない自然がある。
ふた冬以上取り込まれないハンモックの奥。
ハンガーの夏物のドレスたちが風とダンスを踊る。
外で過ごすことが多くなったネコくんたちも。
遊び疲れて帰った我が家では、
台所床のタイルの上でうとうと。
ベッドではなく。
玄関脇のチューリップの丈は日毎に伸びる。
隣の庭先のすみれは終わり、同じ紫色のヒヤシンスが開く。
♪すみれの花咲く頃……♪
口ずさみながら水栽培のヒヤシンス、
白いひげ根の作り出す不思議な形状を思い、
屈折しながら隙間を伸びてくる陽の光を思い出す。
昼過ぎのバーの窓には、
1日時代遅れとなったクローバーのステッカーが舞い、
スーパーではキャベツとコーン・ビーフの安売りが終わった。
信号待ちをしている時に気づく。
「あ、朝顔の芽があったな」
秋に取り込んだはずだけど、
その前に落ちてしまったのか。
硬い殻の下、ひと冬耐え抜いてきた生命。
ひとつの種が芽をふいていた。

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非常階段の陽だまり。
丸くうずくまるネコくんを見ていると。
何かが違う。
コの字型に並ぶプランター。
新芽が。
ふいている。
ふいている、然として。
そっと。
でも力強く。
やわらかな陽光に包まれ。
やさしく、頼りなげながら。
生命の凝縮を発している。
燦々と。
再生の季節を思わずにはいられない。
向かいの庭には、
ジーンズ姿でしゃがみこんだ女性。
冬の間にたまってしまった枯れ枝、
長いものは手で折りながら白いゴミ袋へ詰めていく。
都会には再生されない自然がある。
ふた冬以上取り込まれないハンモックの奥。
ハンガーの夏物のドレスたちが風とダンスを踊る。
外で過ごすことが多くなったネコくんたちも。
遊び疲れて帰った我が家では、
台所床のタイルの上でうとうと。
ベッドではなく。
玄関脇のチューリップの丈は日毎に伸びる。
隣の庭先のすみれは終わり、同じ紫色のヒヤシンスが開く。
♪すみれの花咲く頃……♪
口ずさみながら水栽培のヒヤシンス、
白いひげ根の作り出す不思議な形状を思い、
屈折しながら隙間を伸びてくる陽の光を思い出す。
昼過ぎのバーの窓には、
1日時代遅れとなったクローバーのステッカーが舞い、
スーパーではキャベツとコーン・ビーフの安売りが終わった。
信号待ちをしている時に気づく。
「あ、朝顔の芽があったな」
秋に取り込んだはずだけど、
その前に落ちてしまったのか。
硬い殻の下、ひと冬耐え抜いてきた生命。
ひとつの種が芽をふいていた。
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