歯車
歯車がどこかで狂いだした
心臓の奥の銀色の小さな歯車が
細工が分からないから
直すことが出来ない
一本の線の両端は
また誰かを信じたい
もう誰も信じたくない
それを結わいて輪にしてしまうから
話はもっと厄介だ
自分を指す矢印はいつでも不愉快で
誰も信じてはいないから
自分すら信じていないから
それらをまとめて束にして
埋めたそばから蘇る
自信家は絶えず向日葵の如く輝き
魅力的だが非情
自信のない者には選択権を与えない
選ぶのはいつも自信家の側
勝つと宣言した者が
始まる前から勝っている
歯車がどこかで狂いだした
心臓の奥の銀色の小さな歯車が
どう作動するのかまだ知らないから
このまま軋む音を聞いて眠る
慾
雪解けのスニーカーの靴底の溝に詰まった沢山の泥に
手折られた彼岸花を見た通学路の夕暮れに
自らのの隠し持った慾を見た
慾深さは
闇を飲み込んで青白く膨れ上がろうとする月のように
目を背けても追って来て
この視界の隅に入って出て行かない
数字の羅列は振り払い
金色の鍵のかかった箱は開けず
捩れたキャンディには手も付けず
ずっとこの年まで宥めてきたのに
見ない振りをしている間に
それは薔薇色に肥大して 肥大して
命令も聞かずに動き出す
押さえつけることも出来ず
灰色の酸性雨に溶かすことも
繁華街の路地裏に捨てることも出来ず
無抵抗に手を預ければ
軽々と引っ張られてしまうから
その手に掴まれないようにして また逃げる
ルーティン・ピーコック
いつからか、その孔雀は現れるようになった。
最初は、一人で残業をしていた時だったと思う。オフィスの奥の側の電灯は、節約のために切ってあり暗がりになっていて、そこで大量のコピーをしていた。
僕はぼんやりとその様子を眺めていた。緑色のコピー機のランプが動き、白い天井に扇状の光を描き出す。
毎日毎日帰りは遅く睡眠も充分に取れない日は続いた。デスクに肘を付いていると、自然に瞼が重くなる。コピー機の大仰な音も、一定のリズムで聴いていると、子守唄になる。
その時、孔雀が見えた。扇の形をしたコピー機のランプの眩い緑色の孔雀。
それから孔雀は僕に付きまとうようになった。
満員電車、会社の往復。昼と夜のコンビニ弁当と缶コーヒー、一人のアパートの風呂と布団は一直線の道。日は昇りまた沈む。そしてまた昇る。
何も考えずに毎日が過ぎていく。
打ち込む数字の意味なんて知ったことか。これが会社にどう貢献しているのかなんてもうどうでもいい。もう十五分だけでいいから多く眠りたい。
電子メールもファックスも電話も今日は溢れてる。またあの孔雀が来るぞ。
そう思うと必ず孔雀はやって来て、孔雀の丸い模様が時計になっている羽根を広げる。
僕が毎日何回眺めるか分からない、初任給から少しずつ貯めた働く自分への褒美のために買った銀色のオメガの腕時計の文字盤だ。
散りばめた時計を付けた羽根を広げた孔雀は、時計の針の刻む音を一斉に聞かせ、偉そうに一鳴きする。
孔雀は、まだ目も通していない積み重なった書類を放り出す僕のデスクの脇で、早く早くと言わんばかりに羽根を広げる。キーボードを叩く手を休めるだけで、羽根を広げる。一日じゅう座り続けた軋むチェアで伸びをしているだけで、これ見よがしに羽根を広げる。
何か忘れてるなと思って、帰り道に立ち寄るコンビニから出たところで、スーツのポケットに手を突っ込むけれど、毎晩同じような物しか買っていない目の前のコンビニのレシートが、何枚も複写されたように出てくるだけ。
その時、携帯にメールが入った。
“今日、誕生日だったんだよ。一人でケーキ食べてた”
彼女からのメールだった。
“サプライズがあるのかと思って、ずっと黙ってたのに”
サプライズしたのはこっちのほうだった。すっかり忘れていた。
“さよなら”
時計を背負った孔雀は、コンビニの前にまで現れてまた誇らしげに緑の羽根を広げた。夜のコンビニの眩しすぎる蛍光灯に、孔雀の緑が一際輝いた。
威嚇のつもりか?孔雀が羽根を広げるのは求愛か?
どっちにしろもうたくさんだ。
時間に威嚇されるのはまっぴらだ。求愛されるのなんて尚更ご免だ。
腕からオメガの時計を外してポケットに仕舞い、僕はケーキを買うためにコンビニへ戻ってから、タクシーを拾った。
深夜のコンビニの前で別れた孔雀が、その後、また僕みたいな誰かに付いていったのかは、知らない。
「ルーティン・ピーコック」詩はこちらから。
ルーティン・ピーコック
すべての面が白いルービックキューブを
捻るように
今日も一日が
白いスクエアに適正化されてゆく
毎日毎日
デスクの上には紙が重なり高層ビル
夜更けに一人きり
コピー機は大げさに響き
その緑色の光は
天井を照らし扇のように回る
緑色の羽を広げた孔雀のように
端だけ傷んだ革のショルダーバッグ
駅前の薄いコーヒーの割引券は
コートにしまいこんでクリーニング
あまり気に入ってもいない
ありふれた銀色の腕時計だけを頼りにして
携帯はサイレント
メールは未読
シャワーを浴びて
目を伏せて
眠りが誘うのを待つが
緑色の羽を広げた孔雀に
丸い時計がちりばめられて
それぞれの秒針が
時刻を刻み続ける
一日座り続けた軋むチェアで伸びをして
打ち続ける記号の
意味など今日も知らされていない
自分の役目を知らないスパイのように
眠気はミントガムで覚ましながら
どうしてここでこうしているのかなんて
決して考えないようにして
それでも不意に
あの時 失われた言葉を
思い出そうとするのだけれど
その度に
また
時計を背負った孔雀が邪魔をする