七色遠景 -9ページ目

ねんど(脱力アートおまけ)

そっといのちを吹き込んでいます。
この儀式がねんど作りの大切な仕上げです。

というのは
もちろんうそです。

ねんど(おまけ)

わかりにくかったので
色の付く前です。

山手線


まるで二十九枚撮りのフィルムのネガみたいに


山手線は

昔の恋人が今どこでどうしてるか

尋ねてもいないのに喋りだす

お節介な友達みたいに

駅で扉が開く毎に

堰を切ったように饒舌に教えてくれる

各駅停車で三分おきに止まってばかり

けたたましい音で扉が開けば

わたしの閉ざされた窓ばかり開ける

街はわたしに伝えたいことなど

もう何もないくせに

ひっきりなしにかき乱していく

電車から見る景色は断片的で

想い出も断片的で


恵比寿

渋谷

原宿

新宿

池袋

高田馬場

上野

有楽町

駅毎の想い出

断片的な想い出を 一つに繋げることもせず

あの場所に置いたままのわたし

わたしにさえも忘れ去られて

置き去りの 駅毎のわたし

駅前の放置自転車のタイヤが

転んだまま宙を漕ぎ回り続けるように

あの頃の笑い声も涙も憤りも

映し出された幻影

風化なんてちっともしてないのに

街は勝手に

何事も起きてなかったことにして

現在を映してみせる

手を翳しても掴めない

息苦しい

緑色のフィルム




ミシン


わたしの手元を離れたミシンは
猛スピードで
縫い続ける
何を作るかなんて
考えずに
余った布きれを
みんな持ってっちゃって
細かすぎる点線が
きゅうきゅうに
布を縛り付けるから
わたしは
小さな銀色の鋏で
そっと縫い目を掬い上げ
ぱちんと切るでもなく
引き裂いてしまう

手の痛みは気にならないけれど
布を裂くときの 音が堪らない

布はまして気にならない

赤い携帯


 煙の向こうの彼は遠くを見ている。
彼の背中。広いとは思わない。ただ遠い。
手の届く距離にいるのに、彼はわたしに背を向けて座って、煙草を吸っていた。
彼との、初めての夜。
繁華街の裏通りのホテル街。
 情熱的な彼にお似合いの、鮮やかな赤い色の携帯が鳴る。
彼は携帯を開いて閉じて、そのまま黙っている。
「誰から?」とは訊けない。
わたしは不安が口から出てくるのが怖くて、
その言葉を押し込める代わりの台詞を探していた。
「ねえ、これから、何て呼んだらいい?さん付けじゃ変でしょ?」
わたしは上半身だけ起き上がり、白い携帯を取り出して
「携帯に登録したいから」
と言った。
「何でもいいよ。自分のことは自分で決めな」
いつもと変わらぬ軽い口調。

自分のこと。

恋が終わるのを知った。
彼の中でははじまってもいなかった。
これからなんて、ないんだ。
彼はただ赤い血潮の情動に駆られ、狩猟本能に従っただけ。

首根っこを噛まれた虚ろな瞳をしたシカのように
わたしは白く柔らかなベッドで、静かに息をしてじっと横たわっていた。
天井には一面に小宇宙の絵。かすかに響くクラシックのBGM。
性の匂いのする場所は、いつも死の匂いがする。
天国の雲みたいに柔らかなベッドに、わたしの屍が声も立てずに沈む。
こうなることはわかっていたのに。
手をひかれてついて来たのは、ほんの少しだけ、まだ人を信じたかったから。
わたしは、寝返りを打って彼に背を向けて、彼の名前の「さん」付けのメモリーを消した。
それからキスをして、コートを羽織り、北風の中を肩を抱かれて街に出た。

冬の夜は幾つも過ぎたけれど、
あの夜から、わたしの潔癖な白い携帯に、メモリー以外の電話はなかった。