「なんで?」

「…。」

「どうして演技なんて思うのさ。」

蓮は明後日の方を見ながらこたえる。

「いろいろあって、最初はつきあうとか考えてなかったんだ。それなのに、ふとしたときに、つい、ハグしちゃったんだ。」

「ハグゥ?!あの京子ちゃんにぃ?!いきなり!?ハレンチぃとか言いそう!」

ゲラゲラ笑う貴島は、ハレンチだとは思わないらしい。楽しむ気満々だ。

「軽蔑とかしないの?」

「はい?なんで?泣いて拒否られたとかじゃないんでしょ。そりゃ、無理やりとかはダメだけど、ハグだけでしょ?!今も仲いいんだから問題なかったんじゃない。それに男ならそういうときあるでしょ。で?」

品行方正、温厚紳士、春の日差しといわれる蓮なのだ。日本なら絶対につきあってもいない女性にいきなりハグは軽蔑されて当然と思っていたが、まさか肯定されるとは。まぁ、貴島は『ハグ』と聞いて軽いものを想像しているようだがアレは『抱き締める』だろう。しかも不可抗力とはいえ横になった状態で上から覆い被さってた。『ハグ』の程度を教える気はサラサラないが詳細を教えたらさすがに軽蔑されそうだ。いや、貴島なら『もったいない』とでも言いかねない。

「たまたま、演技の練習中だったからアドリブってことでごまかしたんだ。」

「へぇ~。演技練習なんてするんだ。真面目だねぇ。それにしてもお互いに贅沢な練習相手だな。俺も交ぜてよ。」

絶対にそんなことするものかという目で貴島を睨む。貴島は『はいはい、ムリなお願いでしたね。』と言うように肩をすくめて見せた。蓮の視線の意味を正しく理解したようなので先を続ける。

「それからは気をつけてたんだけど、ついそういう目で見てる時があるらしくて。そんな時は妙に彼女は怯えるんだよ。」

「怯えられるほどって、どんだけ餓えてんだよ!?」

貴島はまだゲラゲラと笑っている。もう、ここまで笑われれば貴島の反応なんてどうでもいい。

「で、ハッとしていつものように顔作ると彼女も普通に戻るんだ。運がいいのか悪いのかそういうときに限って、恋愛ものを撮っていて勝手に彼女は演技の延長だって理解するんだよ。『プライベートでも演技が抜けないなんて伝説の役者さんみたいですね』って。」

「どうして演技じゃなくて本気だって言わないんだよ?」

「言ったさ。でも、そうすると今度は『からかわないでください。もう、その手にはのりません。』って言われるんだ。」

「『もう』ってことは何度かからかってごまかしたんだ。」

「うっ。だから、その、つきあうとか考えてなくて、好きでいるだけでいいと思っていた時期があったから。」

「あぁ、もしかして俺も牽制されてた頃かな。他の男にも笑顔で脅してたよねぇ。」

思い出を懐かしむように貴島は振り返る。

「好きでいるだけでいいとか言うわりに、他の男は近づけないって。随分、勝手だよなぁ。」

貴島はニヤニヤとしながらつまみの袋をあけにかかった。蓮はといえばあまりにも的を射られすぎてグゥの音もでない。ブスリとしたままビールを口にした。

「まっ、それも恋だよね。青春だなぁ。」

今度はカラカラと老成した笑いをされたものだから、蓮は面白くない。貴島とはたいして年は違わないはずだ。

「どこの年寄りだよ?。」

「この件に関しては、俺のほうがはるかに経験値があるからね。で、『もう』の内容を教えてもらおうか?」

ピンポーン

地方での撮影のために今晩はホテルに泊まりだ。どこかに雲隠れしたかったが明日も撮影がある。この日を逃がす訳があるわけもなく、チャイムが鳴った。

憂鬱な気分でドアを開ける。開けたくない気持ちが強いものだからドアまでのわずかな距離を必要以上に時間をかけた。ドアノブを回す段になっても往生際悪くマネージャーでありますようになんて思ってしまう。

ドアを細く開けて相手をうかがうが、やはりマネージャーではなかった。ドアスコープから覗いて誰だかわかっているのに、それでも実物をみてガックリとする。

「もう、早く開けてよ。一応、俺も芸能人なんだからさ。誰かに見られでもしたら面倒くさいだろう。」

「別に無理しなくていいのに。女の子たちに誘われてたじゃないか。」

「う~ん、あの子たちもいいんだけどね。目先の数人より、将来のたくさんの女の子のほうが大事じゃない?」

貴島は当たり前のように自分が通れるようにドアを開けて蓮より先に部屋の奥へと進んでいく。手にしたレジ袋からビールやつまみを勝手にテーブルに並べる。

「ほら、早く。」

貴島は蓮が座るのも待たずにビールのプルタブを開けて口にした。いつまでも出入り口にいる蓮に目で合図をする。ここまできてはどうにもならない。諦めて貴島の向かいに腰をおろした。

「で、こないだはどこまで話したっけ?あぁ、そうそう。家でメシだけ食べて帰るって話しだった。なんでそんなオイシイシチュエーションなのにバカ真面目にメシだけなの?」

前置きもなく、直球で痛いところをついてくる。本当に勘弁してほしい。蓮が黙りこんでいると貴島が愉しそうに目を細める。

「京子ちゃんはすごいなぁ。抱かれたい男が抱きたい女は超天然鈍感娘なんて!」

「彼女は天然かもしれないけど、鈍感なんかじゃない。他人の心の機微には普通の人より敏感だよ。ただ、自分に好意を向けられるはずがないと思いこんでるだけで。」

「あぁ、なるほど。だから、誰に誘われても社交辞令だと思うんだな。本気でそう思ってるから断られても『受け流されてる』感じじゃなくて『本気で相手にされてない』感じしかなくて男は玉砕感を味わうんだな…。」

貴島はそこまで言ってフフフと笑う。

「敦賀君も素直になったね。『抱きたい』部分は否定しないんだ?」

蓮はごまかすようにビールを手に取り口に含む。

「京子ちゃん、綺麗になったもんな。色気が出てきた。それも聖女がもつようなね。不可侵の女神っていうの?あれじゃ、男が放っておかな…。」

キョーコの美しさを褒められのは嬉しくもあるが男の目線で褒められるのは許せない。それこそそんな目で見られただけで不可侵のキョーコが侵された気がする。ついつい睨み付けると貴島はそこで話の方向を変えた。

「じゃあ、最初からだな。どうやって京子ちゃんを食事によぶの?」

「どうって?普通に食事の誘いをするけど。」

「そんなわけないだろ?あの京子ちゃんが独り暮らしの男のところに一人で来るわけない。何か敦賀君だけが使える手があるはずだ。」

蓮はジトリと貴島を見る。イタズラをみつかってふて腐れた少年のようだ。

「俺…食べないだろ。彼女は食事は健康の基本だと思ってるから、俺が食べないと怒るんだよ。それに一番初めはラブミー部への依頼っだったし。」

「なにそれ。京子ちゃんは仕事のつもりでメシ作りにいくの?」

「はじめの初めは代理マネージャーの時だし、そのあとは俺のマネージャーが食べさせてくれって依頼してたからね。」

「さすが、LME。マネージャーも協力的だ。で、まさか今もマネージャー経由?」

「…そういうときもあるけど、俺からお願いするほうが多いよ。」

「お願いって…。それじゃ、仕事の依頼だと思っちゃうじゃないか。」

「…。」

ふて腐れる蓮に一応、慰め(?)の言葉らしきものをかける。

「まぁ、京子ちゃんを食べたいとは言えないもんなぁ。でも、なんかこうそういう雰囲気になったりしないの?」

「…。」

何も答えられずに、蓮はただひたすらビールを口に運ぶ。その姿に貴島は眉をひそめる。

「ホントに?ただのちょっとも?敦賀君が熱い視線をむけるだけで普通なら腰砕けだよ?!」

「…。そんなことしようものなら、固まるか蒼い顔して子リスのように震えるかだね。」

「はい?!震えるなんて、どんだけ餓えた顔したの?」

「そんなことないと思うけど…。彼女も落ち着いたら『嘉月が美月を見るような目』って言ってたし。」

「なら、わかってるんじゃないか。敦賀君が京子ちゃんをスキだってさ。なんで、そこから進まないんだよ。」

蓮はビール缶を手にしたままうなだれると深いため息をはく。うつむいたままボソボソと答えた。

「演技だと思ってるんだよ。」

「なに。?聞こえない。」

二度も言わされるのは屈辱だと言いたげに視線だけ貴島に向ける。

「だ か ら 演技だと思ってるんだよ。」





「で、今までにどんなアプローチを?」
「食事に誘ったりとかかな。」
「へぇ~、誘いにのるの?」

京子のガードの固さを知る貴島は意外な顔をする。

「まぁね、仕事がなければ来るかな…。」
「何回くらい行った?」
「月に1~2回くらいかな。」

せいぜい全部で4~5回だと思っていた貴島は蓮の言い方に更に意外に思う。ということは、かなり前から定期的にプライベートで会っているのだろう。

「二人っきり?」
「だいたいは。」
「よくスクープされないな。よっぽどしっかりした店なんだろうね。参考までにその店教えてよ。」

蓮は苦虫を噛み潰した顔で小さくつぶやいた。

「店じゃないよ。家。」

貴島は今度は目に見えて驚いた。

「家!?家って敦賀君の家?二人っきりで?」
「あぁ、たまにデリバリーとかもあるけど、大概は作ってくれる。」
「で!?メシ食べて、あとは?」
「彼女が食器を洗って俺が拭いて片付ける。食事のお礼に俺がお茶を淹れて少しおしゃべりして車で送るけど。」
「それだけ?」

貴島の言いたいことがなんとなくわかったので蓮はそっぽを向いた。社にはさんざんヘタレだと言われている。

「家で二人っきりでだよ?!普通、いい雰囲気になるだろう?っていうかその前に、家に来て手料理って時点でデキテナイなんておかしすぎるだろ!?」

それは蓮にだってわかっている。そういう流れが習慣になってしまったのだから仕方ない。

「はは~ん、なんか理由があるだろう?」

「別に…。」

そっぽを向き続ける蓮に貴島は立ち上がって回り込むと無理やり視線を合わせた。

「コッチは死活問題なんだから真剣に考えてもらわないと困るんだよね。」
「死活問題とは大げさだよ。貴島君はちゃんとモテてるじゃないか。」
「いんや、俺の狙った女の子は君のことを狙っている子が多いんだよ。だから十分、死活問題だ。」

貴島は姿勢を正し一伸びすると視線をセットへと向けた。

「撮影始まりそうだな。この話は長くなりそうだから、今度時間をとってきっちり作戦を練ろう。」

蓮は大きなお世話だと言いたげにチロリと貴島を見上げる。

「ダメダメ、そんな目をしても無駄。この件がまとまるまで終わらないよ。なにせ俺の死活問題だからね。」

貴島は蓮を置いて先にセットに向かった。

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今回はちょっと短め…。

やっぱり我が家の蓮さんはヘタレなのです