坊の恋愛相談とは関係ありません。

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「敦賀君さぁ、無駄に色気振りまくのやめない?」

貴島に声をかけられて蓮は顔をあげた。スタジオの隅で申し訳なさげにおかれているパイプ椅子に腰掛け、撮影の準備をするスタッフを見るともなしに眺めていただけだ。一応、手には今日のCMの台本も持ってはいるが明らかに持っているだけで読んではいなかった。

貴島は蓮の横にパイプ椅子をガタガタと引っ張ってくると断りもなく腰掛ける。

「そんなことしてないよ。」
「そんなことしてるよ。」

まったくもって蓮には心当たりはなく、不審げに眉をひそめる。

「さっき、ため息ついてたじゃないか。」
「ため息なんてしてた?だからと言って、ため息がどうして色気を振りまくことになるのさ。」

今度はわざとらしく貴島がため息をつく。

「これだから、色男は…。無自覚って嫌味だよねぇ。」
「なんだか分からないけど、今日はつっかかるね。」
「だって、さっきのため息なんてセツナサてんこ盛りの憂い顔、スタッフの女の子たちなんて動きが停まっちゃってたよ。そのせいで無遅刻キングの名前に傷がついても知らないからな。」

蓮がスタッフに視線を走らせると何人かはこちらを見て頬を染めているから貴島の言うこともあながち嘘ではないようだ。多少、オーバーに言っている気はするが。

「敦賀君さぁ、実は策士だけど真面目で一途なのはホントなんだからいい加減ハッキリさせたらどうかなぁ。」
「それ、褒めてる?」
「事実を述べただけだよ。」
「ふ~ん。で、何が言いたいのさ?」

辺りには蓮と貴島以外に誰もいなかったが、それでも貴島は様子を伺いながら声をひそめた。

「だからさ、そろそろいいと思うんだよね。どうせ、他の女の子なんて眼中にないんだからちゃんとまとまってくれるとコッチとしては助かるわけ。いっそのこと、結婚でもしてくれればおかしな期待もしないですむでしょ。女の子たちを敦賀君の呪縛から解放してあげてよ。」

「呪縛って…。ひどいな。」
「だって、そりゃあね。ほとんどの女の子はわかってるよ。敦賀君が手にはいるなんて夢のまた夢だってね。でもさ、誰のものでもなければ夢をみるのは勝手だからね。そうすると俺のところにまわってくる女の子が減るわけで。ここらでハッキリさせてほしいんだよねぇ。で、彼女とはどうなってんの?」

蓮はジロリとにらんでみるものの一向に気にすることなく貴島はニコニコとしている。遠目には仲良さげに雑談しているだけに見えるだろう。

「はぁ~。」

今度こそ蓮は自覚のあるため息を盛大についた。

「別に。どうにもならないよ。深読みしすぎだよ。」

肯定とはとてもいえない返事なのに、貴島は構わず先を続ける。

「困るんだよね、そんなことじゃ。相手が天然すぎるのもあるけど、敦賀君にも問題あるよね。どうせ、いつも相手から惚れられちゃうから自分からどうにかしたことなんかないんだろう?これだから色男は…。」

まさか貴島に己の恋愛遍歴を言い当てられるとは思わず驚いてしまった。隠したつもりだが、ほんの少し開いた瞳でわかってしまったらしい。

「やっぱりか。う~ん、どんな手がいいかな。俺もああいう感じの子は初めてなんだよね。」
「何か勝手に盛り上がってるみたいだけど、決めつけないでほしいな。」
「ほ~、じゃあ、敦賀君は今のところ好きな人はいない、仕事一筋っと。いいけどね、そういうことにしておいても。なら、彼女に恋人ができても構わないよね?少なくとも片手に余る以上に彼女を狙っている男を知ってるんだけどな。俺からみてもオススメってのもいるし、反対に厄介なのもいるけどね。まぁ、それも敦賀君には何の関係もないよね。」

ギリリと奥歯を噛みしめる蓮に貴島は苦笑いを返す。

「だからさぁ、一番のオススメは敦賀君なんだよ。彼女のためにも俺のためにもさ。ここは素直になって、共同戦線を張るってのはどうかな。」

否定をし続けるのも面倒になってきた。貴島には彼女のことでは常にない余裕のないところを見られてしまっている。貴島は浮わついた感じに見せてはいるが他人と争うことはしないし、実は筋もキッチリ通す。口も固い。それに蓮自身も過去を受け止めることができた今、彼女を手に入れたいのは事実だ。みすみす誰かに奪われるのは我慢ならない。

「もう、どうしていいかわかんないよ。」
「おっ、やっと認めたな。やっぱり、ちゃんと自分をわかってないと先には進めないからな。一応、確認するけどどの程度の気持ち?」
「どういう意味?」
「ん?とりあえず付き合ってみたいとか、結婚したいとか。まぁ、ないとは思うけど一晩お願いしたいだけとか。」

最後の言葉は、蓮の逆鱗に触れた。今までとは比べ物にならないくらいの眼力で睨まれる。

「だ、だからないとは思うけどって言っただろう。確認しただけじゃないか。結婚を前提ってことでいいんだな?」
「俺は何も言ってない。」
「言ったも同然だよ。それに間違ってないだろう?」
「若い彼女を縛りたくない。」
「はいはい、じゃ、目標はいずれ結婚ってことで。」
「…。」


泣き出したキョーコをどうしていいかわからずに蓮はオロオロとする。

「最上さん?どっか痛い?そんなことないか…。えっと、なんか飲む?俺、言っちゃいけないこと言った?どうすればいい?」

矢継ぎ早な蓮の問いかけにキョーコは全て首を横にふる。お手上げ状態の蓮はキョーコをそっと胸に抱いた。

「もういいや。泣きたいだけ泣いて。落ち着くまでこうさせて。」

不意のぬくもりと蓮の匂い。逞しい胸は硬くてなにものからも守ってくれそうな安心感がある。キョーコは声を出して泣いた。いつも虚勢を張って辛い時こそ背筋を伸ばして何でもないフリをしてきた。でもこの胸と腕はそんな鎧を外させてしまう。こんな弱さなんてさらけ出したくないのに。だから愛なんて望まなかったのに。失ったあとが辛いから。

時折、しゃくりあげるキョーコに蓮は背中を優しくさすり頭の天辺にキスをする。幼子をあやすように辛抱強くキョーコが落ち着くのを待った。

やがてキョーコの泣き声がやんだ。

「最上さん?」

静かになったキョーコの顔を覗き込むと泣き疲れたのだろう眠ってしまっている。先ほどの泣き方とは正反対の穏やかな寝顔だ。

「まったく…。」

蓮はキョーコを抱きかかえると自分の寝室に運んだ。ゲストルームになんて考えはちらとも浮かばなかった。目が覚めた時に側にいたい。なぜ泣き出したのかはわからないが、鬱積したものがあったのだろう。キョーコが辛い時こそ側にいてあげたい。何もかも一人でやってきたキョーコが泣ける唯一つの場所でありたい。

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あぁ~、瞼が重い。

喉が痛い…。

なんでだっけ?

あぁそっか、あれだけ泣けば。

あんなに泣いたのは子どもの頃以来…。

でも、まっ、いいか。

なんだかあったかいし。

キョーコは頬をすり寄せるとぴったりとあたたかなモノに体をそわせる。

「気持ちイイ~。」

自分でも声に出していたなんて思っていなかったので、返事がかえってきたことに驚いた。

「おはよう。ホントだ、気持ちイイね。それにイイ匂いだ。」

蓮はキョーコを抱えこむと首筋に顔を埋める。蓮に抱きつかれてやっと本当にキョーコは覚醒した。

「なっ、なにするんです?!放してください!」

腕の中でジタバタと暴れるがその程度で蓮の腕から逃げられるわけもない。

「自分からひっついてきたくせに。」

その一言にキョーコはこれでもかと真っ赤になった。

「そっ、それは寝ぼけてたからで!敦賀さんだなんて思ってませんでしたから!」

「ヒドイなぁ。他の誰だと思ってたの?俺のこと弄んだんだ。傷物にした責任はとってもらうよ。」

「傷物って…。責任とってもらうって、それ女性側の言い分です。それに敦賀さんに傷なんてついてません。」

「男女差別はいけないなぁ。見た目にはね。でもこれからついちゃうかもしれないだろう?」

「なんなんです、さっきから。だいたいどこが差別ですかぁ!」

ムリだとわかっているのに往生際悪く抜け出そうとキョーコはもがき続けるが、そんなことどこ吹く風で蓮は続けた。

「元気になったみたいで良かった。」

急に微笑まれてキョーコの勢いがしぼむ。きっと夕べ大泣きしてそのまま眠ってしまったのだろう。それなのに気分が晴ればれしているのは…やっぱり蓮の腕の中だったからに違いない。

「夕べはすみませんでした、すっかりご迷惑おかけしてしまって。」

「迷惑なんかじゃないよ。嬉しかった。」

「人が泣いてるのが嬉しいって、どんだけイジメっ子なんですか。」

スネて膨れるキョーコも可愛らしいと思えるのは惚れた者負けか。なにより、腕の中にいてくれるのが嬉しい。今はただ話に気が削がれているだけな気がするけれど。

「そりゃあね、笑ってるほうが好きだけど。泣きたいときは俺のそばで泣いて。涙の理由を教えて、一人で泣かないで。二人なら悲しみは半分に、喜びは二倍っていうじゃない?俺に悲しみも喜びもわけて。」

泣くなと言われたことは何回もある。泣いて許されると思うなとも言われたことだってある。でも、泣いてもいいと言ってくれた人は今までキョーコの周囲にはいなかった。どうしていつもこの人は欲しい言葉をくれるのだろう。キョーコの目にまた涙が溢れてきた。昨日のようなしゃくりあげるようなものではないけれど、みるみるうちにふくらんでもうすぐこぼれおちそうだ。

「なんで泣いてるの?」

蓮は静かに問う。

「ズルいです。どうして私の欲しいものがわかるんですか?」

「どうしてだろうね?」

黒髪に翠の瞳の蓮はなんとなく不思議だが、蓮がコーンだと同一人物だと納得できる。その蓮が極上の笑みを向けてくれる。

「敦賀さんには何をさしあげればいいんでしょう?私ばっかり頂いてばかりで申し訳ないです。」

「俺こそもらってばかりな気がするけど...。そう思ってくれるなら、そのままの最上さんをちょうだい。一生、そばにいて。」

「本当に?そんなことでいいんですか?」

「そんなことなんかじゃないよ。昨日も言ったけど俺が君のそはにいたいんだ。いい?」

「…はい…私でよければ。」

「嬉しい!約束だよ。もう一人で泣かないで、いつでも側にいるよ。」

蓮はキョーコにキスをした。優しい優しいキスだった。ちょっと長めのキスのあとに満面の笑みを見せる。キョーコの瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちた。キスが恥ずかしかったのか真っ赤になってはいるがキョーコもまた満面の笑みだ。

「泣かないで。」

蓮はキョーコの涙を唇ですくいとった。

「こっ、これは!そういうのではなくて!」

「うん、悲しいわけではないんだよね?嬉しいって思ってくれてるってことでいいんだよね?」

「はっ、はい。」

「俺も嬉しい。幸せになろうね。」

蓮はそのまま何度もキスをして……。そしてその日、キョーコは『付き合ったら日本人ではないことがバレる』ことの意味を知ったのだった。

幸せになっていいと心から思える。

キョーコ本人が幸せになる努力をするべきだと言ってくれている。真実を打ち明けて肩の荷がひとつおりた。それならば次に進むべきだろう?蓮はニヤリと笑うとキョーコに質問した。


「ありがとう。そんな風に言ってもらえてすごく嬉しいよ。俺も幸せになっていいんだって思えるようになったんだ。だから、今度は最上さんの想い人の話しを聞かせてもらおうか?過去に好きだと思っていた相手は不破のことだよね?なら、今現在の君の想い人は誰?」

「『だから』って何でですか?どこをどうすると敦賀様の幸せとわたくしの想い人の話がつながるんですか?!そっ、そんな話しはなんの意味もないことです。敦賀様がこれっぽっちもお気にかける価値もないことです。どうかお捨ておきくださいませ。できれば宇宙の果て、何万光年も先までお願いいたします。」

まさか敦賀蓮のトップシークレットを聞かされてすぐ後に自分のちっぽけなコイバナに話を戻されるとは思わなかった。もともと告げる気はなかったが、そんな話を聞かされたらますます言えるわけがない。慌てたキョーコはおかしな敬語がぶり返してしまう。

「却下。関係あるかないかは俺が決める。君は俺の想い人『キョーコちゃん』のことを知ってるのに俺が君の想い人のことを知らないのはズルいだろう。フェアじゃない。それにもしかしたら何か解決策が見つかるかもしれないだろう。今までさんざんお世話になったんだ、恩返しさせてよ。」

敦賀さんが認めた。

想い人は『キョーコちゃん』だって。やっぱり当ってたんだ。本人に言われると現実が胸を重くする。

「そんな、ご無体な。堪忍です、それだけは許してください。二度と恋などしない、バカ女になどならないと誓ったのに、見事大きな穴に堕ちてしまったダメ女でございます。この件は地獄の果てまでこの胸に秘めておきますので、どうぞこのままするっと流して下さい。」

「ダメ。で、どこの誰?最初は嫌いでその後打ち解けて、今ではパーツでもわかるくらい好きな人。さらに、最上さんじゃない誰かを恋い焦がれている業界人って?」

キョーコは俯きながら小さく舌打ちをする。本当にどうでもいいことをイチイチイチイチ覚えてくれていやがりますこと!

「いま、ねちっこい男だって思ったろ?本当に君は思ったことが顔にでるな。気をつけないと悪い男に騙されるよ。」

キョーコはガバリと顔をあげる。騙されてはいないけれど、もうすでに悪い男には引っかかっている。目の前の男に…。

「だから言ったろ?すぐ顔にでるって。悪い男で申し訳ないね。隠しても無駄だから、そろそろ白状しようか?」

再び俯き加減で蓮を上目遣いでみる。話せる訳がない。貴方ですなんてどんな顔で告げればいいのか…。第一聞かされて困るのは敦賀さん自身だろうに。いつまでもだんまりのキョーコに蓮はゆっくりと話し始めた。期待を胸に秘めて。

「初めて会った時、俺たち険悪だったよね。その後はそう、代マネのあとから普通に話すようになって。ダークムーンでは最上さんにも『坊』にもお世話になった。その後も色々公私に渡ってお世話になった。業界じゃ仲のいい先輩後輩で通ってる。そうそう、カインでは一発で俺の正体見破ったよね。パーツでわかるってさ。ね、最上さん?!」

キョーコは目に見えて蒼くなった。まさかまさかさっきの説明で蓮自身のことだと気づくなんて!坊に託けて想いの丈を聞いてもらって気持ちの整理をしようなんて自分勝手に考えていたらとんだしっぺ返しだ。あぁ、神様お助けください。せめて、一回くらいは私にも神の恵みをわけてください!

キョーコはゴクンと息をのむ。断崖絶壁に追い詰められた気分だ。蒼くなったキョーコに一瞬、蓮の膨らんだ期待が萎みかける。いや、これはバレたことへの蒼白さかもしれない。彼女自身、恋はしないと頑なに否定しているのだ。その彼女が恋に落ちてしまったと認めただけで相当なものだろう。

「俺は君を決しておいていかない。絶対に。」

今までの軽さは全くなく、真剣な瞳で見てめられる。突然の話題の転換にキョーコはついていけずに呆然としてしまった。

「あっ、あの…どういう…?」

「ごめん、卑怯だったね。」

蓮はソファに座っているキョーコの前に跪くと手をとった。

「最上キョーコさん、好きです。一生側にいさせて下さい。」

もう、キョーコはパニックだ。蓮の言葉をそのまま受け入れたい自分と何かの間違いだと思う自分…。

「そんな、そんなことって…。でも、でも…。」

「代マネの時に言った『キョーコちゃん』は君のことだよ。夢を見てたんだ。あの川原でのぼせた俺にタオルを貸してくれた時の夢。だから、君が思ったことは正解。俺の想い人が君だってこと。ちゃんと気づいてくれてたんだね、嬉しいよ。」

「えっ?!」

「最上さんの想い人が俺と重なることが嬉しい。正直、期待している。もし、俺じゃなければ悲しいけど、だからと言って諦める気もないんだ。っていうか諦めるなんて無理だし。ねっ、教えてくれないか?君の想い人…。」

蓮の瞳は相変わらず真剣さをたたえている。演技でないことはひしひしと伝わってくる。それでもキョーコは言葉にすることができない。不幸に慣れた自分には幸せは次の不幸を更に大きく感じさせる序章にしか感じられない。幸せはキョーコには掴めない。期待しないことで自分を保っているのだ。

「最上さんが置き去りにされるくらいなら一人で生きていくほうがいいと思っているのは知ってる。どうすれば信じてもらえるのかな。俺が最上さんに置いてかれることがあっても、俺が最上さんを置いていくことは絶対にないから。契約があれば安心するならすぐにでも契約する。っていうかしてほしい。俺が安心できるから。」

「契約?」

「最上キョーコさん、俺と結婚してください。愛しています。」

左手の薬指にそっとキスを落とされる。昔、夢みた王子様のプロポーズのようだ。キョーコの瞳からはポロポロと涙が溢れた。

「も、最上さん?!ごめん、俺焦ってて。想い人って俺じゃなかった?泣かないで、ねっ?お願いだから。」




゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

書いているうちに話が最初思っていたのとかわってしまいました。
最初は、坊が蓮に恋愛相談するって予定だったんです。
コメディーチックにさらっとの予定でしたが
我が家の蓮さんは真面目なので真剣にプロポーズになっちゃいました。
というわけでこのままあと1・2話で終わるつもりです。



昨日、今日とアクセス数が半端ないです。
いったいどうした、大丈夫なのか?
と怯えています。