小夜子の休みの連絡を人づてに聞き、社は憤りを隠せない。


だから言わんこっちゃない。


どんなに気を付けていても一人になってしまう時はあるのだ。

腕に痣ができたが、それ以外は被害がなかったから良かったもののやはりそこは女性だ。男に暗がりに引っ張りこまれればそうとうなダメージを受けるだろう。


会社に来られないのも当然だと思う。少々休んだくらいでどうにかなるものなのか?病院?カウンセリング?法的措置?


事が事なだけに今回は社長に直訴した。あの社長のことだから悪いようにはしないはずだが、心の傷はそう簡単に癒せるはずもない...。


苦々しく思いだされるのは、小夜子を一人にしてしまった自分。なぜ、あの場を離れてしまったのか...。他に方法はなかったのか...。


「社チーフ、これなんですけど...。」


考え事をしているところへ突然、声をかけられて思わず睨みつけてしまい、相手が小さく「ひぃっ」と声を出した。


「あっ、いいです。お忙しいようなので後にします...。」


すごすごと引き下がるスタッフに申し訳ないと思いつつイライラは消えない。社はどうにかイライラを隠してスタッフに笑顔を見せた。


「あぁ、悪い。ちょっと考え事をしていたもので。何か?」


スタッフは自分が睨まれたわけではないと分かると安堵の表情を浮かべて書類を差し出した。


「これなんですけど、頼まれていたリサーチの結果です。」

「ありがとう。」


社は書類をパラパラと捲ると少し考えて名前を呼ぼうとしたが、途中で言葉を切った。そうだ、今日は宮津さんはいないんだった。彼女に頼めばこの程度のリサーチの分析はすぐにまとめあげてしまうだろうに...。返す返すもここにいない理由が腹立たしい。





結局、小夜子は1週間ほど休んでいる。いまだ担当のいない新人なだけに特に業務に支障はない。あったとしても社の残業時間が今まで通りに戻ったくらいだ。小夜子が入社してからというもの細々としたことはまかせられたので社の残業時間は減っていた。残業が嫌な訳ではない、小夜子の休んでいる理由が理由なだけに気が気ではないのだ。表向きはインフルエンザだが社は違うことを知っている。さすがに今日も出社しないようなら社長のところへ行ってみようと思っていた。



「チーフ、長らくのお休みありがとうございました。」


いつの間に来たのかデスクの横で綺麗なお辞儀をした女性を見て社は驚いた。


「みやつ...さん?」


「はい。そうですけど?」


ちょっとやそっとのことでは驚かなくなった社だが小夜子の変身には驚きを隠せない。特殊メイクは...もちろんしていない。変わったところは眼鏡をかけていることくらいでできる女風の暗めの色のスーツも化粧もさほど変化ない。でも休む前の小夜子とは格段に違う。そう、普通に見えるのだ。


「...もう、大丈夫なの?」


社以外は本当の休みの理由を知る者はいない。心の傷がどうなのかをここで聞くわけにはいかずに社は言葉を飲み込んだ。


「えぇ。ご迷惑をおかけしました。もうすっかり大丈夫です。」


社が何を言いたいのかはわかっていたが、小夜子とて事情を知らないスタッフの大勢いる事務所で話すわけにはいかない。当たり障りのない返事をした。社のデスクの上に分厚い書類を見つけるとニッコリと営業スマイルで指差した。


「それ、こないだのリサーチ結果ですよね?特に急ぎの仕事がなければまとめましょうか?」

「あぁ、そうだね。よろしく頼むよ。午後は出かけるから、そのつもりで。」

呆気にとられたままの社から小夜子は書類をもらうと自分のデスクに戻り久しぶりにパソコンを開けた。




*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆


本当にお久しぶりです。

なんとなく書く気がおきず、放置でした。

インはしてたんですけどねぇ。

全く更新してないのに、時々アクセス数がポンと増えるのです。

そうすると書かなきゃ...。書き始めたからには終わらせないとと思うわけです。

で、やっとのことで再開です (・・;)





「どう?今夜、食事でもさぁ。いい店知ってるんだ。」

「ありがとうございます。しばらくは遅くまで仕事がつまっていまして...。また、今度誘ってください。」


またか...。

社がほんの少し離れたすきに小夜子は声をかけられていた。


社は小夜子を連れ歩くたびに同じような場面を何度も見た。社が離れると、いや、いたとしても同じ誘いを受ける。時には社もひっくるめて誘われる。

小夜子はその都度ニッコリと笑顔で答えているが、それ以上は言わせない雰囲気をだしている。あの笑顔を見たらよっぽど空気のよめない者でもなければ、あれ以上は何とも言えなくなるだろう。そう、蓮の似非紳士笑顔を彷彿とさせる。


小夜子が社に気づき「お疲れ様です」と笑顔で言った。ただし、不埒な輩にみせた笑顔でもなければ助かったという安堵でもない。その顔には怒りマークこそ浮かんでいないが「たかが挨拶に何分かかってるんだ?おせーよ」と書いてある。一言一句間違いないとは言わないが、恐らくそんな感じのことを考えているはずだ。


社も小夜子を誘っているスタッフに笑顔で「おはようございます」と挨拶し一言二言どうでもいい話をして場を和ませてから移動した。小夜子の運転で事務所に帰る途中、社は話し始めた。


「宮津さん、やっぱりマネージャー向いてないよ。裏方がいいなら事務所内で働いたらどうかな?」

チラリと小夜子は社を見ると苦い顔をしていた。

「なぜですか?」

「今日だって誘われていたろう?出歩くたびにあれじゃ仕事にならない。」

「それが向かない理由ですか?能力の問題なら諦めますけど、容姿で向かないと言われるのは心外です。」

「能力はね十分だと思う。それは認める。ただ、何かあっては遅いんだ。傷つくのは君だよ。」

「本当ですか?」

社の言葉の前半部分だけを聞いて小夜子は喜びの声をあげた。尊敬する社に能力を認められるのは素直に嬉しい。


「全部聞いてた?何かあってからでは遅いんだよ?」

「何かって...。私、今日だってちゃんとお断りできたと思いますけど?」

「そうだね。でもあの笑顔は常識ある相手にしか通じない。残念ながらそうじゃない相手には通じない。そしてそうじゃない相手は何をするかわからない。」


そんなことは分かっている。小夜子はキュッと唇を噛んで言葉を続けた。

「いざとなれば反撃もできます。護身術だってちゃんと身に着けています!」

社は疑いのまなざしを向けた。それでも、やっぱり女性だ男の力にかなうはずがない。

「相手が一人とは限らないよ?それにいくら護身術がつかえても、力じゃかなわないだろう?」

「そんなにこの容姿が問題なら特殊メイクでもして仕事をします!」

小夜子の強い調子にこの会話は打ち切りになった。






「お呼びでしょうか?」

小夜子はセバスチャンにドアを開けてもらうとローリィの座るソファの横までいき心外だというようにジロリと睨んだ。


「...座らないのか?」

「用が済めばすぐにお暇しますので...。」

ローリィは葉巻を一口含むと煙ともため息ともとれる息を深く吐き出した。


「クレームがきてるぞ。」

小夜子は右眉だけピクリとあけると静かに答えた。

「特に失態をおかした覚えはありませんが?」

「仕事じゃねぇ。お前が美しすぎるんだとさ。」

小夜子は内心で『またか』と思いウンザリとした。


「私が美しいかどうかは別として、それは私のせいではありません。それにマネージャーの仕事に関係はないはずです。」

「お前なぁ...。わかってんだろう?他人は見てくれを気にするんだ。それが芸能界なら尚更だ。本当にわからないようならこの業界で仕事はできないぞ。」


「うちのチーフはそれでも仕事をしてますよ。」

「社のことか?あれは美形だがちゃんとオーラを消してるからな。お前は消しきれてないだろう?それに男だからな、女よりは格段に危険が少ない。お前、ヤバイことが何度かあったろう?」


確かに何度かあった。どんなに気をつけていても巧妙に仕組まれることがある。小夜子は護身術を身に着けてはいたが複数でかかってこられたらどうにもならない。唇をキュッと噛んだ。


「なぜ、知っているのですか?」

ローリィは答えずにじっと小夜子の目を見ていたが徐に小夜子の腕を引いた。

「つっ!」

手首の赤黒い痣を見てローリィは顔を顰める。無理やりローリィの手を振り払い痣を隠したがもちろんもう遅い。


「チーフですね?」


社が心配して小夜子を一人にしないようにしていた。それでもどうしても一人になってしまう瞬間がある。その隙を狙われて人気のない暗がりに連れ込まれたのだ。すぐに社が気付いて大事には至らなかったのだが。


「まだ、それでも諦めないのか?」

「...はい。」


長い長い睨みあいの末に折れたのはローリィだった。


「わかった。だが、ひとつ条件がある。」

「まさか特殊メイクでもしろと?」

「それもいいな。」

「!」

ニヤリと笑うローリィに一瞬本気なのかと思ってしまう。冗談のようなことを本気でやってしまうのがローリィだから始末が悪い。


「冗談だ。気配を消せ。それができたら文句はない。」






小夜子は社について仕事をしていた。


事務所にいれば手伝えることであれば手伝っていたし、なければ雑用をしていた。清書を頼めばタイピングは正確だった。どちらかといえば誤りをみつけて訂正して持ってきていたし、企画書もわかりやすく仕上げてくる。雑用も手早く正確に仕上げるので社の仕事をしていない時を狙って他のスタッフから頼まれることが増えた。それでも嫌なそぶりは全くみせずに黙々とこなしていく。さらに驚きなのは本来のチームの仕事に支障をきたさないことだった。社の動きを良く見ていてチームの仕事が入りそうなときには余計な雑用は引き受けないのだ。

社が現場に出る時には一緒についていって現場のマネージャー業を直に学びつつ、スタッフに顔をうる。勘がいいのか現場には出たことがほとんどないのに社が説明しなくても独特なはずの業界のルールを踏み外すことがない。チームミーティング(皆が顔をあわすことはほぼ無理なので各現場にいながらのネット会議だが)でする質問や意見は先に入った新人なんかよりも的確で鋭いものだった。事務にしろマネージャー業にしろ、1を聞いて10を知るタイプで呑み込みが早い。場の雰囲気を読み取るのにも長けている。


社は1か月ほど一緒に仕事をしていて小夜子の外見をのぞけば、マネージャーに向いていると思い始めていた。次のオーディションでいい人材が見つかれば担当をもたせてもいいかもしれない。


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「...ありがとうございます。それではスケジュールが決定し次第ご連絡ください。」

社がプロデューサーと挨拶を交わして控室に戻る。


小夜子は新人マネージャーとその担当俳優と番組スタッフの4人で打ち合わせをしているはずだった。社が控室に戻ると既に終わってしまったようで新人マネージャーと雑談をしていた。二人の会話が漏れ聞こえてくる。なんとなく立ち止まってしまい二人の会話に耳を澄ませた。


「へぇ~。14歳から8年もアメリカにいたの。じゃあ、英語はバッチリだね。」

「まぁ、会話に困るようなことはありませんね。」


― 英語は聞いたことないけど、あの賢さならネイティブだろうな。えっ?!今、22歳?落ち着いていて大人っぽいからもっと上かと思ってた...―


「なんで日本に帰ってきたの?私ならアメリカで仕事するけどなぁ。」

「...そうですか?日本がスキなんです。」

「ふ~ん、そんなもの?」


― おい、今ごまかされたぞ。そんな答えで納得するな。ここはもっと突っ込んで聞くところだ。―


「でもさぁ、宮津さんみたいに綺麗だったら裏方じゃあ勿体ないよ。あたしだったら絶対に女優目指すけどなぁ。」


― 『あたし』じゃない、『私』だ。何回も言っただろう!―


「そんなことないですよ。それに表舞台ってガラじゃないですし、縁の下の力持ちのほうが性に合うんです。」

「そうかなぁ。だって、うちの事務所の人たちが勿体ないって言ってるよ。ダメもとでやってみてもいいんじゃない?芸能プロに入ったくらいだから芸能界に興味がないわけじゃないんでしょ。」


― よし、その調子だ!もっと攻めろ!空気を読めないのもたまには役に立つな。 ―


「...やっぱり私じゃ、マネージャーみたいに大変なお仕事無理ですかねぇ。」


目に見えて(社から姿は見えないが)落ち込んだ小夜子の声に新人マネージャーは慌てて慰めにかかった。ひがみじゃなく素直に小夜子のことも褒めているし、心配もしている。この新人マネージャーのいいところでもあり、悪いところでもある。


「いや、そんなことないって。皆、気が利くし仕事も早いって褒めてるから!それに何よりあのチーフが何にも注意しないなんて凄いことだよ?!」


― 女優にもなれるんじゃないか?話をそらしやがった。しかも、ここで俺の話題?! ―


「どういう意味ですか?」


「あたしなんて、1から10まで直されたもん。お辞儀の仕方からドアの開け閉め、話し方...とにかくなんでも!なのに宮津さん、注意されたことないでしょ?それって出来てるってことじゃない。あたしが一番チームの中で注意されるんだけど、何にも注意されない人なんていないんだよ。凄いよね!」


― お前がひどすぎるんだよ!しかもまだ直ってないし、宮津を見習え! ―


「そうなんですか...ねぇ。」


「そうだよ!凄いことだよ。チーフってかなり細かいし口うるさいし、仕事には相当厳しいし。言い方はぶっきらぼうで優しくないし!」


「えっと...そうなんですか?確かに愛嬌がある感じではありませんけど。」


― 悪かったな、小姑みたいで。 ―


「あっ、違うの!悪口じゃなくて!!そんなだけど見る所はちゃんと見ててくれるし、さりげなくサポートしてくれるし。直さなきゃいけないところは、何回でもちゃんと注意してくれて...面倒見がすごくいいのよ。でなきゃ、がさつなあたし...私がこんなに続けられなかったって。」


― ... ―


「あの、チーフって...昔からそうなんですか?」


「どうなんだろうね?私は今のチーフしか知らないけど、先輩に聞くとイロイロあって変わっちゃったって言ってた。面倒見のいいところなんかは変わってないらしいけど。」


「えっ?イロイロって...」


「う~ん、ここだけの話ね。3年くらい前に離婚してから変わっちゃったんだって。前はもっとフレンドリーだったらしいよ。」


「それって皆さん知らないことなんですか?」


「うん?そうでもないと思うよ。そんなに古い話でもないし、ただそういう話題って触れづらいじゃない?だから話題にしないだけだと思うけどね。」


― そう、触れてほしくないんだよ。 ―


社はそれ以上話させないように素知らぬ顔でノックしてドアを開けた。