社はデスクに戻ると新人に声をかけた。

「出かけるから、ついてきて。」

「はい。少し待っていただけますか?」

小夜子はデスクで宛名書きをしていた。パーティの招待状だった。大概はパソコンでプリントアウトするが、うるさ型のスポンサーには今でも筆で手書きだ。待っている間に頼まれたのだろうが、覗いてみると綺麗な楷書で書いてあった。線もないのに真っ直ぐに。小夜子は宛名書きを頼んだのだろうスタッフのもとに向かうと二言三言話すとすぐに戻ってきた。

「今すぐでなくてもいいそうなので戻ってから続きはやります。どちらへ向かうんです?」

「○○スタジオだよ。」

スタジオは遠い。しかもその広大な広さを確保するために駅からも離れた場所にある。小夜子は知っていたのか車で行くと言った。

「そうすると車ですね。社用車でいいですか?総務に行って借りてきます。」

「いや、運転は…。タクシーで行くから。」

社は特異体質のため運転できないのでタクシーの利用が他の社員よりも多く認められている。今もタクシーでいくつもりだった。

「私が運転します。チーフは運転しなくても大丈夫です。」

新人まで自分の特異体質を知っているなんて、そんなに有名なのかとうんざりする。

「じゃあ、頼むよ。」

小夜子はスタスタと先を歩いていく。総務に行くまでの間に何人もが見惚れていた。事務所内でこれでは先が思いやられる。総務につくとテキパキと借り出し申請をして社用車駐車場へと向かう。

「道はわかる?ナビもあるけど。」

「多分、大丈夫だと思いますが念のためつけておいたほうがいいですよね。先方とは時間の約束がしてありますか?」

「いや、ない。今日はずっとスタジオにいるから、適当な時に資料を取りに来てくれと言われている。だから、急がなくても大丈夫だよ。現場に行ったことは?」

「…ないです。」

「そう。じゃあ、とにかく挨拶だけはしっかりと頼むよ。俳優だけじゃなくマネージャーも顔を覚えてもらうのは大事だから。」

「はい。」

小夜子は運転中なので、社の顔は見ないで答えた。社はじっと小夜子の横顔を見る。やっぱり、並みの芸能人より綺麗だと思うし存在感もある。

「なんでマネージャーなの?君なら芸能人でイケると思うけど?立ち居振る舞いが綺麗だからモデルなんてどう?」

運転しながらもチラリと社を見る。

「私ではマネージャーは務まりませんか?まだマネージャーのマ程度もお仕事してませんから、せめてもう少しやらせて頂いてから判断していただけませんか?」

自分でも少々キツメの物言いになってしまったことは否めない。でも、散々同じことを言われ続けたのでかなりウンザリしていたのだ。それを社に言われたことも拍車をかけた。マネージャーとして社のことは尊敬していたのだ。その社にマネージャー失格のように言われてカチンときた。

「務まるとか務まらないではなくて、素朴な疑問だよ。資質についてはおいおいわかるだろう。」

つっけんどんな社の答えはできるものならやってみろと言わんばかりで腹立たしいが、ここで言い返したところで実績がないのは事実だ。コツコツと積み上げていくしか見返す方法はない。

「…精一杯やらせて頂きす。」

スタジオにつくと社はスタッフに小夜子を紹介して回った。先程の車内の雰囲気とは雲泥の差で愛想よく…。小夜子も丁寧に挨拶をしていった。やはり何人かには裏方なんて勿体無いと言われたがやんわりと笑顔でかわす。用事のあったプロデューサーに至っては上から下まで眺めると、含みのある笑を浮かべ何かあったら連絡をくれとまで言った。すかさず社が割って入ったが…。

帰りの車内で社は溜息をついた。だから言わんこっちゃない。たった1回スタジオにきただけでこれだ。裏方がいいなら本社の中でできる仕事にすればいいのに、なぜマネージャーで自分のチームなのか…。

「さっきのプロデューサーには気をつけるように。」

「何をですか?」

小夜子はやはり運転中でチラリと社を見ただけですぐに前方に視線を戻した。

「気づいてないなら君にはマネージャーは無理だ。俳優どころか自分の身も守れない。」

「あぁ、そういうことですか。わかっています。二人きりにはなりません。」

社の視線に疑いの色を感じて小夜子は言葉を続けた。

「あぁいう輩は何もこの業界にしかいないわけではありませんし、私のこの顔も昨日や今日にいきなりなったわけではありません。ですから心得ているつもりです。」

気の強い物言いに社はため息をつかずにはいられなかった。

松嶋が俳優セクションのドアを開けて入ってきた。女性を連れている。最初、松島の影になっていたときは誰も気にも止めなかった。俳優セクション部長が俳優セクションにいることは不思議なことではない。誰かが一緒なのもさして珍しいことではない。それは部下だったり、俳優だったり、業界関係者だったりするが決して珍しいことではない。


新人が来ることになっていたから、きっとあの訳あり新人なのだろうと思ったが社は電話中で目の端で捉えただけですぐに相手との会話に集中した。少々厄介な相手で手間取ったがどうにか仕事をとることができた。ホッとして周囲を見回すと何か雰囲気がおかしい。魅入られるように一点を見ている。社が周囲の視線を辿ると松嶋部長とその連れに向っている。正確には連れのほうだった。


至って普通の黒いパンツスーツ、白いブラウス、黒いパンプスはよく見るリクルートの格好と大差ない。新人らしいといえば至極新人らしい。髪は明るめの茶でショートボブ。緩くパーマがかかっているのか動きのある髪が女らしいが、あくまでできる女風だ。大きな瞳と形のいい口が印象的で、まぁ簡単に言えば美人なのだが特筆すべきはその雰囲気か…。美しい立ち居振る舞いは気品を、力のある目は強い意志を感じさせる。


美人を見慣れているはずの社員達が見惚れている。社はまさかコレが新人なわけないだろう、訳ありの『訳』がこれじゃやってられないと思ったが、厭なこと程よくあたるもので松嶋に声をかけられた。


「社!それから皆にも紹介しておく。新人マネージャーの宮津君だ。季節外れだが、今回アメリカ留学を終えて我が社の仲間になった。社のチームに入ってもらうことになったからそのつもりで。担当はまだ未定なので、暫くは雑用をしてもらうこともあるだろう。よろしく頼む。」


「宮津小夜子と申します。至らないことも多いかと思いますがよろしくお願い致します。」


最近ではなかなかお目にかかれない綺麗なお辞儀だったが、そんなことよりも社は爆弾を背負わされた感が拭えない。新人に新しく用意されたデスクに座っているように告げると部長を追いかけて部屋をあとにした。



「部長!」


松嶋はやはり来たかと思ったが、顔には出さずにどうかしたかと聞いた。


「どうかしたかじゃありません!会えばわかるというのは、このことだったんですね。あんなの困ります。アレは裏方じゃなく表に出た方がいい。女優か、それともモデルなんてどうです?立ち居振る舞いも上品だし存在感も十分でイケると思いますよ。とにかく並みの女優じゃ霞んでしまうし、マネージャー業ができたとしてもおかしな輩に言い寄られそうだ。俳優とマネージャー両方守らなきゃいけないなんて厄介すぎます。」


松嶋はほんの少し見ただけで、容姿以外のカリスマ性を言い当てたりするところは敏腕と言われるだけあると感心した。しかし、社長に頼まれた以上やってもらうしかない。誰のチームに入れるかという選択肢はほとんどないに等しかった。どこのチームも既に満員で新たにチームを作るにもチーフになれそうな人材が今はいなかった。社のチームとて余裕があるわけではないのだか、何せ社が懸念するほどの容姿だ。チームの中によからぬ輩がいては困るのだ。その点、チーフが社なら信頼がおけるし本人が美形であるにも関わらずマネージャーとして上手くやってきた実績がある。そんなわけで所属チームはすぐに決まってしまったのだ。


「そんなに厄介か?」


「ご自分が言ったんじゃないですか、部長ならおわかりでしょう?!アレではどっちが俳優なのかマネージャーなのかわからないじゃないですか。」


「お前だってそうだろう?」


「?!」


社は思い切り、眉を寄せる。時折り言われることだが、それは蓮の担当だった時にそれ相応に見えるように努力しただけであって自分は至って普通の域を出ていない…。


「俺はモデルのように歩けないし、タレントのように気の利いた会話も無理だし、まして演技なんてできません!アレはモデルとしてなら少し訓練すればイケますよ。既に基礎ができてそうだ。」


女優やタレントでなく、モデルを押すあたりが流石だと思いながらも松嶋はすげなく却下した。本人は並だと思っているが社本人が望めば表舞台でも十分にいけていたのではないだろうか。相手が何を求めているのかを察知する能力に優れているから気の利いた会話はお手のものだし、芝居はできないかもしれないがハッタリや脅しすかしといった腹芸は超一流だ。しかもそれが至って自然で嫌みがない。やり方は違うがある意味社長に近い。なんて本人に言ったら怒るか笑い飛ばすかどちらかだろう。気が立っている今なら前者か…。それに誰にも真似できない特技があるではないか、マシンクラッシュという特技が。それは特技ではなく短所だと言われそうなので本人に言うのはやめて松嶋は社を宥めにかかる。


「そう思うのも分からないではないが、本人が裏方がいいと言ってるんだ。ヤル気のないことを無理矢理させるわけにはいかないだろう。確かに見てくれはあぁだが、頭ん中も負けてない。大学はオールAで卒業してる。ビジネススクールにも行ったらしい。もっともそっちは新しく学ぶべきことがなかったとかですぐにやめたらしいが…。それなら実務経験を積んだほうがいいということで中途半端な時期だが今回の入社になったらしい。とにかく、わかっているだろうが社長命令だ。これ以上言いたいことがあるなら社長に言ってくれ。」


「それは、社長の遠縁として特別扱いしろということですか?」


いまだ納まらない社に松嶋は溜息をつくとうんざり顔で言った。


「特別扱いは季節外れの入社だけだ。あとは、他の社員となんら違いはない。おかしな特別扱いをしたほうが返って社長は嫌がるだろう。わかってるよな?」


それは社だってわかっている。社長は常識外れと真っ当な考えをなぜか両立できる稀有な人間なのだ。例え、凝りすぎたコスプレをしていたとしてもだ。いつだったかクリスマスに暴走トナカイを社内で疾走させた時は、部長はじめ平社員にまで苦情を言われたが、だからと言って誰1人解雇された者などいない。その後は外の危険のない場所で大人しく調教していた。だが、テレビ局のヤラセに関与した社員は即刻解雇だった。経営者としては、かなり厳しいヤリテなのだ。自分の身内にだって平等だろう。だからこそ、部長と社にしか知らせていないのだ。


「…わかってます。」


諦め顔の社に松嶋は同情する。


「モノにならなさそうならそう言ってくれ。他の部署への異動も考えるから。」


「…わかりました。」




























「えっ、もう1人ですか?うちのチームはもう3人いますよ。それも3人中、2人が新人なんですよ?!やっとどうにか独り立ちしたヒヨッコなんです。その上さらに新人をもう1人なんていくらなんでもムリですよ。」

「まぁな、それはわかってるんだが…。他のチームも同じようなもんだし、こんなこと頼めるのはお前んとこぐらいなんだよ。」

「だいたい、なんでこんな中途半端な時期に新人が入ってくるんです?もう8月ですよ。どうせ訳ありなんでしょう?」

「う~ん、まぁ訳はなくもないんだが…。」

やっぱり、何かあるのかと社はため息をつく。自分が忙しいだけなら何とも思わない。しかし、今はチーフマネージャーだ。専任の担当俳優こそいないものの部下がマネージメントする俳優3人の責任は自分にある。さらに部下2人は今年入社した新人で、どうにかこうにか基本を教え込んだ所だ。まだまだ一人前にはほど遠い。俳優、マネージャーともどもフォローが必要なのにこの上もう1人『訳あり』の新人なんて冗談じゃない。

「松嶋部長、勘弁して下さい。新人2人で手いっぱいです。」

「そこを何とか頼まれてくれないか。他の奴にはとてもじゃないが頼めないだ。」

「なんなんです?その訳っていうのは…。」

ここまで松嶋がいう訳とはなんなのだろう。つい好奇心が勝って聞いてしまったが、これが仇となった。松嶋の顔が急に明るくなる。

「いやっ、伺ったからって引き受けるというわけではないです。」

慌てて否定するがもう松嶋は引き受けてもらったものとして話し始めた。

「この時期になってしまったのは、アメリカ留学から帰ってきたからなんだ。それと社長の遠縁にあたるらしい。まぁ、これはそんなに考慮にいれなくていいと社長自身が言っていた。俺とお前以外は知らないことだ。社長からも遠慮せずにビシビシ鍛えてやってくれと言われている。ただ1番厄介なのは…。会ってもらえばすぐわかる。」

他の者に伝える気がないことをあっさりと明かしたということは社長自ら社に世話させると決めていたということだ。既にあの社長が決定したことを社ごときが覆せるはずがない。深く息を吐き出して仕方なく聞いた。

「で、誰を担当させるんですか?」

「それはまだ決めてない。9月にオーディションがあるだろう?それで適当なのがいたら担当させるそうだ。それまではお前の補助ってことでいろいろ教えてやってくれ。」

「どうしても断れないんでしょうね?」

「あぁ、残念ながら。」

「…いつから出勤するんです?」

「今度の月曜からだ。」

「 ! もう金曜ですよ。」

「だな。」

松嶋は諦めろと目でいって、これで話は終わりだと言わんばかりに電話をとる。

「呼びたててすまなかったな。電話しなきゃならないんだ。」

「失礼します。」

社は俳優セクション部長室をあとにした。

結局、訳ありの訳は教えてもらえなかった。社長のことだからどうせ飛んでもない訳なんだろうとため息をついてデスクに戻る。


仕事は嫌いではない。月曜日が憂鬱なんてことはないのだが今度の月曜日は別になりそうだ。そもそも、この業界は世間様のカレンダーなんて関係ない。何年か前に社長が売れっ子タレントのマネージャーが倒れたのをきっかけにチームマネージングを導入してチーフマネージャー1人にマネージャー3人で1チームという体制を作った。

タレントや俳優にも最低週に1日は休みを取るようにスケジュールを組むように指示は出されているが売れ始めたばかりとかドラマ等の撮影があればそうもいかないのが現状だ。それに付き添うマネージャーも同じ。タレントや俳優とは違う気遣いや細やかな配慮が必要とされるマネージャーは心労がたまり易い。


そこで担当マネージャーが休みの日にはチーフマネージャーが代わりに現場に行くことにした。これは休みを取るだけではなく、マネージャーの質をあげることにも繋がる。チーフマネージャーはベテランだ。代わりに現場に出ることで担当マネージャーが気づかないことに気づいてアドバイスすることができる。また、各スタッフとも顔見知りで新人や中堅のできない根回しもできる。チームマネージングは新人マネージャーの育成に役立っているのだ。

さらに担当タレントや俳優の売り出し方はチームで話し合って決定される。新人のためでもあるし、これは中堅やベテランのためでもある。ついついベテランは同じような売り出し方をするクセがあるが新人のまだ枠にはまらない考え方は思わぬ収穫を生むことがある。

この方法を採用してからは、LMEの芸能人は飛躍的に活動範囲を拡げた。もとより大手だったが業界最大手になって久しく他の追随を許していない。それでも驕りがないのはひとえにローリィの『愛』という信条があるからだろう。

とはいえ、チームにマネージャーが4人は異例だ。社の覚えている限り、前例はない。正確には1回だけあったが、それは、チーフの病気が原因で一時的に他チームに振り分けた時だけだったはずだ。しかもその時は同じチームに新人が3人なんてことはなかった。新人が2人いるだけで既にイレギュラーなのに…。社は頭を抱えた。






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おかしな改行が読みづらくてすみません。

何度直しても直りません。

スマホで書いて貼り付けたからでしょうか...。