松嶋が俳優セクションのドアを開けて入ってきた。女性を連れている。最初、松島の影になっていたときは誰も気にも止めなかった。俳優セクション部長が俳優セクションにいることは不思議なことではない。誰かが一緒なのもさして珍しいことではない。それは部下だったり、俳優だったり、業界関係者だったりするが決して珍しいことではない。


新人が来ることになっていたから、きっとあの訳あり新人なのだろうと思ったが社は電話中で目の端で捉えただけですぐに相手との会話に集中した。少々厄介な相手で手間取ったがどうにか仕事をとることができた。ホッとして周囲を見回すと何か雰囲気がおかしい。魅入られるように一点を見ている。社が周囲の視線を辿ると松嶋部長とその連れに向っている。正確には連れのほうだった。


至って普通の黒いパンツスーツ、白いブラウス、黒いパンプスはよく見るリクルートの格好と大差ない。新人らしいといえば至極新人らしい。髪は明るめの茶でショートボブ。緩くパーマがかかっているのか動きのある髪が女らしいが、あくまでできる女風だ。大きな瞳と形のいい口が印象的で、まぁ簡単に言えば美人なのだが特筆すべきはその雰囲気か…。美しい立ち居振る舞いは気品を、力のある目は強い意志を感じさせる。


美人を見慣れているはずの社員達が見惚れている。社はまさかコレが新人なわけないだろう、訳ありの『訳』がこれじゃやってられないと思ったが、厭なこと程よくあたるもので松嶋に声をかけられた。


「社!それから皆にも紹介しておく。新人マネージャーの宮津君だ。季節外れだが、今回アメリカ留学を終えて我が社の仲間になった。社のチームに入ってもらうことになったからそのつもりで。担当はまだ未定なので、暫くは雑用をしてもらうこともあるだろう。よろしく頼む。」


「宮津小夜子と申します。至らないことも多いかと思いますがよろしくお願い致します。」


最近ではなかなかお目にかかれない綺麗なお辞儀だったが、そんなことよりも社は爆弾を背負わされた感が拭えない。新人に新しく用意されたデスクに座っているように告げると部長を追いかけて部屋をあとにした。



「部長!」


松嶋はやはり来たかと思ったが、顔には出さずにどうかしたかと聞いた。


「どうかしたかじゃありません!会えばわかるというのは、このことだったんですね。あんなの困ります。アレは裏方じゃなく表に出た方がいい。女優か、それともモデルなんてどうです?立ち居振る舞いも上品だし存在感も十分でイケると思いますよ。とにかく並みの女優じゃ霞んでしまうし、マネージャー業ができたとしてもおかしな輩に言い寄られそうだ。俳優とマネージャー両方守らなきゃいけないなんて厄介すぎます。」


松嶋はほんの少し見ただけで、容姿以外のカリスマ性を言い当てたりするところは敏腕と言われるだけあると感心した。しかし、社長に頼まれた以上やってもらうしかない。誰のチームに入れるかという選択肢はほとんどないに等しかった。どこのチームも既に満員で新たにチームを作るにもチーフになれそうな人材が今はいなかった。社のチームとて余裕があるわけではないのだか、何せ社が懸念するほどの容姿だ。チームの中によからぬ輩がいては困るのだ。その点、チーフが社なら信頼がおけるし本人が美形であるにも関わらずマネージャーとして上手くやってきた実績がある。そんなわけで所属チームはすぐに決まってしまったのだ。


「そんなに厄介か?」


「ご自分が言ったんじゃないですか、部長ならおわかりでしょう?!アレではどっちが俳優なのかマネージャーなのかわからないじゃないですか。」


「お前だってそうだろう?」


「?!」


社は思い切り、眉を寄せる。時折り言われることだが、それは蓮の担当だった時にそれ相応に見えるように努力しただけであって自分は至って普通の域を出ていない…。


「俺はモデルのように歩けないし、タレントのように気の利いた会話も無理だし、まして演技なんてできません!アレはモデルとしてなら少し訓練すればイケますよ。既に基礎ができてそうだ。」


女優やタレントでなく、モデルを押すあたりが流石だと思いながらも松嶋はすげなく却下した。本人は並だと思っているが社本人が望めば表舞台でも十分にいけていたのではないだろうか。相手が何を求めているのかを察知する能力に優れているから気の利いた会話はお手のものだし、芝居はできないかもしれないがハッタリや脅しすかしといった腹芸は超一流だ。しかもそれが至って自然で嫌みがない。やり方は違うがある意味社長に近い。なんて本人に言ったら怒るか笑い飛ばすかどちらかだろう。気が立っている今なら前者か…。それに誰にも真似できない特技があるではないか、マシンクラッシュという特技が。それは特技ではなく短所だと言われそうなので本人に言うのはやめて松嶋は社を宥めにかかる。


「そう思うのも分からないではないが、本人が裏方がいいと言ってるんだ。ヤル気のないことを無理矢理させるわけにはいかないだろう。確かに見てくれはあぁだが、頭ん中も負けてない。大学はオールAで卒業してる。ビジネススクールにも行ったらしい。もっともそっちは新しく学ぶべきことがなかったとかですぐにやめたらしいが…。それなら実務経験を積んだほうがいいということで中途半端な時期だが今回の入社になったらしい。とにかく、わかっているだろうが社長命令だ。これ以上言いたいことがあるなら社長に言ってくれ。」


「それは、社長の遠縁として特別扱いしろということですか?」


いまだ納まらない社に松嶋は溜息をつくとうんざり顔で言った。


「特別扱いは季節外れの入社だけだ。あとは、他の社員となんら違いはない。おかしな特別扱いをしたほうが返って社長は嫌がるだろう。わかってるよな?」


それは社だってわかっている。社長は常識外れと真っ当な考えをなぜか両立できる稀有な人間なのだ。例え、凝りすぎたコスプレをしていたとしてもだ。いつだったかクリスマスに暴走トナカイを社内で疾走させた時は、部長はじめ平社員にまで苦情を言われたが、だからと言って誰1人解雇された者などいない。その後は外の危険のない場所で大人しく調教していた。だが、テレビ局のヤラセに関与した社員は即刻解雇だった。経営者としては、かなり厳しいヤリテなのだ。自分の身内にだって平等だろう。だからこそ、部長と社にしか知らせていないのだ。


「…わかってます。」


諦め顔の社に松嶋は同情する。


「モノにならなさそうならそう言ってくれ。他の部署への異動も考えるから。」


「…わかりました。」