小夜子は社について仕事をしていた。
事務所にいれば手伝えることであれば手伝っていたし、なければ雑用をしていた。清書を頼めばタイピングは正確だった。どちらかといえば誤りをみつけて訂正して持ってきていたし、企画書もわかりやすく仕上げてくる。雑用も手早く正確に仕上げるので社の仕事をしていない時を狙って他のスタッフから頼まれることが増えた。それでも嫌なそぶりは全くみせずに黙々とこなしていく。さらに驚きなのは本来のチームの仕事に支障をきたさないことだった。社の動きを良く見ていてチームの仕事が入りそうなときには余計な雑用は引き受けないのだ。
社が現場に出る時には一緒についていって現場のマネージャー業を直に学びつつ、スタッフに顔をうる。勘がいいのか現場には出たことがほとんどないのに社が説明しなくても独特なはずの業界のルールを踏み外すことがない。チームミーティング(皆が顔をあわすことはほぼ無理なので各現場にいながらのネット会議だが)でする質問や意見は先に入った新人なんかよりも的確で鋭いものだった。事務にしろマネージャー業にしろ、1を聞いて10を知るタイプで呑み込みが早い。場の雰囲気を読み取るのにも長けている。
社は1か月ほど一緒に仕事をしていて小夜子の外見をのぞけば、マネージャーに向いていると思い始めていた。次のオーディションでいい人材が見つかれば担当をもたせてもいいかもしれない。
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「...ありがとうございます。それではスケジュールが決定し次第ご連絡ください。」
社がプロデューサーと挨拶を交わして控室に戻る。
小夜子は新人マネージャーとその担当俳優と番組スタッフの4人で打ち合わせをしているはずだった。社が控室に戻ると既に終わってしまったようで新人マネージャーと雑談をしていた。二人の会話が漏れ聞こえてくる。なんとなく立ち止まってしまい二人の会話に耳を澄ませた。
「へぇ~。14歳から8年もアメリカにいたの。じゃあ、英語はバッチリだね。」
「まぁ、会話に困るようなことはありませんね。」
― 英語は聞いたことないけど、あの賢さならネイティブだろうな。えっ?!今、22歳?落ち着いていて大人っぽいからもっと上かと思ってた...―
「なんで日本に帰ってきたの?私ならアメリカで仕事するけどなぁ。」
「...そうですか?日本がスキなんです。」
「ふ~ん、そんなもの?」
― おい、今ごまかされたぞ。そんな答えで納得するな。ここはもっと突っ込んで聞くところだ。―
「でもさぁ、宮津さんみたいに綺麗だったら裏方じゃあ勿体ないよ。あたしだったら絶対に女優目指すけどなぁ。」
― 『あたし』じゃない、『私』だ。何回も言っただろう!―
「そんなことないですよ。それに表舞台ってガラじゃないですし、縁の下の力持ちのほうが性に合うんです。」
「そうかなぁ。だって、うちの事務所の人たちが勿体ないって言ってるよ。ダメもとでやってみてもいいんじゃない?芸能プロに入ったくらいだから芸能界に興味がないわけじゃないんでしょ。」
― よし、その調子だ!もっと攻めろ!空気を読めないのもたまには役に立つな。 ―
「...やっぱり私じゃ、マネージャーみたいに大変なお仕事無理ですかねぇ。」
目に見えて(社から姿は見えないが)落ち込んだ小夜子の声に新人マネージャーは慌てて慰めにかかった。ひがみじゃなく素直に小夜子のことも褒めているし、心配もしている。この新人マネージャーのいいところでもあり、悪いところでもある。
「いや、そんなことないって。皆、気が利くし仕事も早いって褒めてるから!それに何よりあのチーフが何にも注意しないなんて凄いことだよ?!」
― 女優にもなれるんじゃないか?話をそらしやがった。しかも、ここで俺の話題?! ―
「どういう意味ですか?」
「あたしなんて、1から10まで直されたもん。お辞儀の仕方からドアの開け閉め、話し方...とにかくなんでも!なのに宮津さん、注意されたことないでしょ?それって出来てるってことじゃない。あたしが一番チームの中で注意されるんだけど、何にも注意されない人なんていないんだよ。凄いよね!」
― お前がひどすぎるんだよ!しかもまだ直ってないし、宮津を見習え! ―
「そうなんですか...ねぇ。」
「そうだよ!凄いことだよ。チーフってかなり細かいし口うるさいし、仕事には相当厳しいし。言い方はぶっきらぼうで優しくないし!」
「えっと...そうなんですか?確かに愛嬌がある感じではありませんけど。」
― 悪かったな、小姑みたいで。 ―
「あっ、違うの!悪口じゃなくて!!そんなだけど見る所はちゃんと見ててくれるし、さりげなくサポートしてくれるし。直さなきゃいけないところは、何回でもちゃんと注意してくれて...面倒見がすごくいいのよ。でなきゃ、がさつなあたし...私がこんなに続けられなかったって。」
― ... ―
「あの、チーフって...昔からそうなんですか?」
「どうなんだろうね?私は今のチーフしか知らないけど、先輩に聞くとイロイロあって変わっちゃったって言ってた。面倒見のいいところなんかは変わってないらしいけど。」
「えっ?イロイロって...」
「う~ん、ここだけの話ね。3年くらい前に離婚してから変わっちゃったんだって。前はもっとフレンドリーだったらしいよ。」
「それって皆さん知らないことなんですか?」
「うん?そうでもないと思うよ。そんなに古い話でもないし、ただそういう話題って触れづらいじゃない?だから話題にしないだけだと思うけどね。」
― そう、触れてほしくないんだよ。 ―
社はそれ以上話させないように素知らぬ顔でノックしてドアを開けた。