「どう?今夜、食事でもさぁ。いい店知ってるんだ。」

「ありがとうございます。しばらくは遅くまで仕事がつまっていまして...。また、今度誘ってください。」


またか...。

社がほんの少し離れたすきに小夜子は声をかけられていた。


社は小夜子を連れ歩くたびに同じような場面を何度も見た。社が離れると、いや、いたとしても同じ誘いを受ける。時には社もひっくるめて誘われる。

小夜子はその都度ニッコリと笑顔で答えているが、それ以上は言わせない雰囲気をだしている。あの笑顔を見たらよっぽど空気のよめない者でもなければ、あれ以上は何とも言えなくなるだろう。そう、蓮の似非紳士笑顔を彷彿とさせる。


小夜子が社に気づき「お疲れ様です」と笑顔で言った。ただし、不埒な輩にみせた笑顔でもなければ助かったという安堵でもない。その顔には怒りマークこそ浮かんでいないが「たかが挨拶に何分かかってるんだ?おせーよ」と書いてある。一言一句間違いないとは言わないが、恐らくそんな感じのことを考えているはずだ。


社も小夜子を誘っているスタッフに笑顔で「おはようございます」と挨拶し一言二言どうでもいい話をして場を和ませてから移動した。小夜子の運転で事務所に帰る途中、社は話し始めた。


「宮津さん、やっぱりマネージャー向いてないよ。裏方がいいなら事務所内で働いたらどうかな?」

チラリと小夜子は社を見ると苦い顔をしていた。

「なぜですか?」

「今日だって誘われていたろう?出歩くたびにあれじゃ仕事にならない。」

「それが向かない理由ですか?能力の問題なら諦めますけど、容姿で向かないと言われるのは心外です。」

「能力はね十分だと思う。それは認める。ただ、何かあっては遅いんだ。傷つくのは君だよ。」

「本当ですか?」

社の言葉の前半部分だけを聞いて小夜子は喜びの声をあげた。尊敬する社に能力を認められるのは素直に嬉しい。


「全部聞いてた?何かあってからでは遅いんだよ?」

「何かって...。私、今日だってちゃんとお断りできたと思いますけど?」

「そうだね。でもあの笑顔は常識ある相手にしか通じない。残念ながらそうじゃない相手には通じない。そしてそうじゃない相手は何をするかわからない。」


そんなことは分かっている。小夜子はキュッと唇を噛んで言葉を続けた。

「いざとなれば反撃もできます。護身術だってちゃんと身に着けています!」

社は疑いのまなざしを向けた。それでも、やっぱり女性だ男の力にかなうはずがない。

「相手が一人とは限らないよ?それにいくら護身術がつかえても、力じゃかなわないだろう?」

「そんなにこの容姿が問題なら特殊メイクでもして仕事をします!」

小夜子の強い調子にこの会話は打ち切りになった。






「お呼びでしょうか?」

小夜子はセバスチャンにドアを開けてもらうとローリィの座るソファの横までいき心外だというようにジロリと睨んだ。


「...座らないのか?」

「用が済めばすぐにお暇しますので...。」

ローリィは葉巻を一口含むと煙ともため息ともとれる息を深く吐き出した。


「クレームがきてるぞ。」

小夜子は右眉だけピクリとあけると静かに答えた。

「特に失態をおかした覚えはありませんが?」

「仕事じゃねぇ。お前が美しすぎるんだとさ。」

小夜子は内心で『またか』と思いウンザリとした。


「私が美しいかどうかは別として、それは私のせいではありません。それにマネージャーの仕事に関係はないはずです。」

「お前なぁ...。わかってんだろう?他人は見てくれを気にするんだ。それが芸能界なら尚更だ。本当にわからないようならこの業界で仕事はできないぞ。」


「うちのチーフはそれでも仕事をしてますよ。」

「社のことか?あれは美形だがちゃんとオーラを消してるからな。お前は消しきれてないだろう?それに男だからな、女よりは格段に危険が少ない。お前、ヤバイことが何度かあったろう?」


確かに何度かあった。どんなに気をつけていても巧妙に仕組まれることがある。小夜子は護身術を身に着けてはいたが複数でかかってこられたらどうにもならない。唇をキュッと噛んだ。


「なぜ、知っているのですか?」

ローリィは答えずにじっと小夜子の目を見ていたが徐に小夜子の腕を引いた。

「つっ!」

手首の赤黒い痣を見てローリィは顔を顰める。無理やりローリィの手を振り払い痣を隠したがもちろんもう遅い。


「チーフですね?」


社が心配して小夜子を一人にしないようにしていた。それでもどうしても一人になってしまう瞬間がある。その隙を狙われて人気のない暗がりに連れ込まれたのだ。すぐに社が気付いて大事には至らなかったのだが。


「まだ、それでも諦めないのか?」

「...はい。」


長い長い睨みあいの末に折れたのはローリィだった。


「わかった。だが、ひとつ条件がある。」

「まさか特殊メイクでもしろと?」

「それもいいな。」

「!」

ニヤリと笑うローリィに一瞬本気なのかと思ってしまう。冗談のようなことを本気でやってしまうのがローリィだから始末が悪い。


「冗談だ。気配を消せ。それができたら文句はない。」