仕事は順調だった。社と小夜子は絶妙のコンビネーションで仕事を進めていく。以心伝心、ツーといえばカー、割れ鍋に綴じ蓋…。何故だか、お互いの考えていることが手に取るようにわかってしまい、痒い所に手が届き過ぎる状態だった。いつかの控え室での一件は『悪ふざけ』で終わっており触れられることは二度となかった。


結局、9月のオーディションではこれといった人材が見つからず、小夜子は担当をもたずに社のアシスタントのようなことを続けている。このコンビがあまりに自然すぎて、今では二人でワンセットに見られている。


「チーフ、そろそろ私も担当を持たせてはいただけませんか?」


社は渋い顔をする。担当は持たせてやりたいのだが、小夜子が担当できそうな適当な人材がいないのだ。いくらそれなりに地味になったとはいえ、見る者が見ればすぐに小夜子の本質はバレてしまうだろう。つい、視線が小夜子の手首にいってしまう。もう痣は消えてしまったが、あんなことは二度とゴメンだ。


考えこんでしまった社に小夜子は言葉を重ねる。


「そんなに頼りないですか?確かにまだまだ未熟なのは承知していますが…。チーフと一緒でないとダメな半人前扱いは嫌なんです。チャンスを下さい。」


『半人前』…。小夜子は社とセットと見なされるのが嫌なのだろうが、それは勘違いだ。確かに社とセットという風には見られている。しかし、二人で一人前ではなく二人で三人前と言われている。それほど、二人だと仕事が捗るのだ。勝気な小夜子のことだ、誰かとセットだなんて我慢ならないのだろう。そんな勝気さが微笑ましいと思えるのは何故なのか…。


「半人前だなんて誰も思ってないよ。ただ、本当に適当な人材がいないんだよ。…そうだ、短期でやってみるかい?」


「短期ってどういうことですか?」


「外タレだよ。日本にいる3カ月だけのマネージメントなんだけど、どうかな?いつもなら俺がやるんだけど、宮津さんなら任せてもいいよ。」


社が直接担当するなんて、かなりの大物だ。それを新人の自分に任せてもらえるなんて、嬉しくて仕方ない。小夜子は誰かも確認せずに即答した。


「ありがとうございます。頑張ります!」


「じゃあ、これスケジュールね。来週、来日するから。いや、今回は蓮だから帰国かな。」


「えっ?蓮って。」


「敦賀蓮だよ。あぁ、宮津さんには久遠のほうが馴染み深いかな。アメリカじゃあ久遠だもんな。新開監督の映画のために来るんだ。基本的には手がかからないけど、キョーコちゃんと娘のことが絡むと少し面倒くさいから。でも、キョーコちゃんに叱られれば大概大人しくなるから、困ったことがあったら言って。」


小夜子は渡されたスケジュールを眺めた。二週間に一度くらいのペースで3日ほどの休みが入っている。それ以外はかなりタイトなスケジュールだ。3日も続けた休みを入れなければ、もっと余裕のあるものになるのに、だ。


「チーフ、このスケジュールもう少し緩やかになると思うんですけど…。」


「あぁ、連休のこと?それは必要不可欠なんだ。キョーコちゃんと娘に会わずにいられる限界がそれぐらいだよ。一旦アメリカに帰って直接会わせてやらないと仕事のクオリティに響くから。」


3日じゃ頑張って48時間ですよね?上手く行かなければ24時間もいられないのでは?」


それだけの時間しかいられないなら、何度も往復するより休みなしで撮影して早くアメリカに帰ったほうがいいのではと思ってしまう。


「蓮の娘がね…もう4歳だけど。蓮のいない隙に成長しちゃうのがすごく悔しいらしいんだよ。『初めて』を見逃した!ってね。この映画の話しだって本当は三年前にきてたのに、娘の成長が見られなくなるからって、受けなかったんだ。仕事としてはエラく魅力的だってわかってたのに。で、4歳になったから乳児のころみたいに劇的に成長しないってキョーコちゃんに説き伏せられて、やっと撮影になったんだよ。待っていてくれた監督に感謝だよな。そのくらいのスケジュールなら、蓮は余裕でこなすから心配いらない。どっちかというと宮津さんのほうが大変なんじゃない?」


「いえ、私は大丈夫です。体力には自信がありますから。」


敦賀蓮の愛妻家ぶりと親バカぶりは日本にいながらも漏れ聞こえてくるほどだ。ついでに言えばジジバカぶりやバババカぶりも伝わってきているが、遺伝といってよいのかどうか。


「よく、わかってらっしゃるんですね。」


社の語り草は呆れているようにも聞こえるが、親バカならぬマネバカとでも言えるものだった。身内に示す愛情のようなものを感じる。


「蓮のこと?まぁ、弟みたいなもんだからね。俺よりかなりデカイけどね。」


「私が担当させて頂いていいんですか?お久しぶりなんでしょう?」


「構わないよ。空き時間にでも会うから。それに、週に一回は宮津さんの代わりに現場にでるからね。大人になった男兄弟なんてそんなもんだろう。」


「男性ではないのでわかりかねますが…。そういえばチーフは、お、奥様のマネージメントをしていらしたんですよね?」


「蓮と結婚して子どもができたからね。キョーコちゃんはしばらく仕事をしないっていうから俺だけ帰ってきたんだ。蓮というか久遠のほうはもうマネージャーがいたしね。」


「彼が本名を明かした頃のお話ですね。」


「そうだね。で、大丈夫そうかな?」


「わかりました。精一杯務めさせていただきます。」



































小夜子を現場に連れていっても以前のように声をかけられることはなくなった。もしかしたら、別人だと思っている者だっているかもしれない。それ程劇的な変化だった。メガネをかけているだけで他はたいして変わっていないのに不思議で仕方なくて社は聞いてみた。ちょうど控え室には社と小夜子の二人しかいない。




「どうやってその技を習得したの?まさか、そのメガネに仕掛けでもあるの?」



しげしげと見る社に小夜子は笑いが込み上げる。普段はクールで他人のプライベートには興味を示さないのに今回はそうでもないらしい。




「わかりますか?これは社長が下さったんですが特殊な電波が出ていて人の認知能力を歪ませることができるんです。」




大真面目に話す小夜子に一瞬、社は本気にしそうになったがすぐにそんなことあるわけないと思い直した。本当にそんなものが存在したら、世の中めちゃくちゃだ。それでも社長が絡めばありえないことでもないかもしれないと思ってしまう。小夜子をよく見ると、瞳の奥にはイタズラを仕掛けている子どものようなワクワクした輝きが見える。



「あぁ、なるほど…。」


社は小夜子との間合いを詰めると壁際に追いやる。思わせ振りに小夜子の唇を見つめると壁に手をつき頭をゆっくりと傾けた。



「だから、こんな風にどうにかしたくなるんだ…。」



耳元で囁かれて小夜子はパニックになる。言い寄られたことは数え切れないほどあるが、こんな風に一言も発せず動けないのは初めてだ。今度こそ正面から近づいてくる社に瞳を見開き息をつめる。



もう少しで唇に触れると思ったところで急に社が顔を離して爆笑し始めた。



「そんな顔が見られるなんて…。宮津さんでもそんな顔するんだ…。」



なかなか笑うのをやめない社に呆然としていた小夜子だが、からかわれたことに気づくと猛然と怒り始めた。



「酷いです。チーフがこんな悪ふざけをするなんて!からかわれる方の身にもなって下さい。そんな人だなんて思ってもみませんでした。尊敬していたのに!」



「どんな人だと思っていたの?俺は至って普通の男だよ。」



「いいえ、今日からは考えを改めます。隠れ遊び人です。皆の知らない所でワルさしてるに決まってます。」



当たらずといえど遠からず。ワルさをした覚えはないが離婚後は真剣な付き合いはしていない。適当に軽い付き合いができる相手とだけ付き合っている。小夜子の言葉を鋭いと思いながらも、珍しく動揺してワタワタしている姿が年相応に見えて可愛らしくもある。まだからかい足りない社は今度は手ではなく壁に肘をつけ体全体で小夜子に近づいた。



「ふーん?なら実際に体験してみる?」



社の鼓動が直に聞こえるんじゃないかという距離にもうパニックで、息をつめるどころか本当に息ができない。社が顔を近づけていくと息を止めているために小夜子の顔がみるみる赤くなっていく。手で押さえて抵抗するぐらいすればいいものをそれすら忘れるぐらいパニクっているらしい。今まで、数多くの男達をあしらってきたのを見てきたが今日は一体どうしたことだろう。流石に部下相手に手を出すわけにもいかず社は小夜子から離れた。



「大人をからかうもんじゃないよ。次はどうなるかわからないからね。」



やっと離れてくれたことに安堵したが、頭が動き始めるとなぜだか『負けた感』が湧いてくる。何でもいいから一矢報いたい…。



「私、子どもじゃありません!もう、22歳です。」



一矢報いるには、何とも頼りないまさに子どもじみた返答だった。まだ、冷静さは戻っていないらしい。いつものキャリアウーマン然とした姿も悪くはないが素の小夜子を見たようで社は口角をあげる。



「そういうところが子どもだよ。それに俺から比べれば十分子どもでしょ?」



「そんなに変わらないと思いますけど?」



小夜子は自分でももっと気の利いたことが言えないのかと思いはしたが今は考えられない。そんな自分に腹立たしくもあり口を尖らせながら言い返した。



社は珍しいものを見たと、益々笑いを深める。



「俺、もうすぐ37だよ。それなりの人生経験もつんだしね。」



社が言う人生経験とは離婚のことだろうか。どうせみっともない姿を見られたのだ、このまま聞いてしまおうか…。誰に聞いても以前とは余りにも違ってしまったことが気にかかり、おずおずと尋ねる。



「離婚…のことですか?」



急にしおらしくなったと思ったら…。聞きにくいことをズバリと聞いてしまうところが、返って小気味良く思えるから不思議だ。



「知ってたんだ…。まぁ、それも含めてイロイロね。」



「すみません…。なんだか、離婚とかチーフから想像できなかったものですから。」



普段はあまり顔色をかえることがない社に目に見えて影がさしたのでやはり余計なことを聞いてしまったと小夜子はバツの悪さを感じた。本当は小夜子よりも社のほうがもっとばつが悪かったのだろうが軽口でかわし、一瞬見せた表情以外は何でもないことのようにしか見えなかった。



「そう?俺は隠れ遊び人でワルさしてるからね。」





゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚


なんだか改行が多いのはスマフォで書いてコピーしたからです。

読みづらくてごめんなさい。


某フェスが楽しそうでコッソリ、ドンをあげてみました。

でも、蓮キョじゃないのでかなりイレギュラーな感じです。

読み返してみたら、うちでは蓮でも久遠でもドンしてました。

かなりスキみたいです (≧▽≦)





小夜子はセバスチャンと行動を共にすることになった。


彼はローリィの執事のようなことをしている。


ローリィが過ごしやすいように先回りしてイロイロな手筈を整えているが常人の斜め上の上をいく主人なので彼は無理難題をふっかけられることも少なくない。それでもいつの間にかその手筈を整えてしまうし、あまりにも常軌を逸している場合はいさめもする。


「ねぇ、どうやって気配を消しているの?」


小夜子はセバスチャンを観察しながら不思議に思う。今回こんなことになって初めてよく見るようになったのだが、かなりの美形だ。ローリィの無理難題をこなしているのだから頭の回転はかなりイイ。物腰も優雅で文句のつけようもない。


「と、言われますと?」


「だって、どこかの王族と言ってもいいほどに見えるのに、綺麗さっぱり気配がないのだもの。もしかてその逆かしら?どこかの秘密組織にでもいたの?」


セバスチャンは口元に笑みを浮かべて(少し口角があがったので多分笑ったのだと思われる)答えた。


「それは小説や映画でのお話です。いたって平凡な出自と経歴です。」


「ふ~ん?まぁ、いいわ。で、どうやって気配を消しているの?急にいなくなったり、突然現れたり何度も驚かされたわ。その技を教えて欲しいのだけれど...。やっぱり『無の境地』ってやつかしら?」


セバスチャンはしばらく考え込んでから漸く口を開いた。


「どうご説明申し上げればよいのやら...。『無の境地』とは違うような気がいたします。私はそのような悟りの境地は習得いたしておりません。以前、デビューしたころの最上様が...今はミセスヒズリですが...素の時は誰にも気づかれないとおっしゃておられたことがございます。お芝居になるとあそこまでオーラを発せられるのにです。

それは素の時はいたってナチュラルで車でいえばニュートラル、色で言えば無色透明、味で言えば無味無臭、スポンジのように何でも吸収される方だからだと思うのです。もっとも、ご本人は芸能人としてのオーラがない、『自分』というものがないからだと嘆いておいででしたが、それこそ役者として類まれな才能ではないでしょうか。何者でもないかわりに何者にもなれるという...。おや、私としたことが、話が逸れてしまいました。実のところ、自分でも意識したことがないのでわかりかねるというのが正直なところです。」


珍しく自分のことを語ったセバスチャンだったが、小夜子は増々わからなくってしまった。自分だって別段、目立とうとしているつもりはないし素でこうなのだから仕方ない。まぁ、『無の境地です』と答えられてもどうやって覚えればいいのかわからないのは同じなのだが...。


で、結局のところセバスチャンの行動を観察することが小夜子のできることだった。



セバスチャンは「無」ではない。これは観察していてすぐにわかった。ローリィの短い指示で複雑な雑務をこなしてしまう。ローリィの突飛さを考えれば、同じことの繰り返しはあまりないから経験プラス応用プラス創造力は必須。といいうことは無ではなくきちんと「自分」があるわけで。なんとなく『無』イコール『意思がない』といったようなロボット的な印象だったのだがこれは間違いだとわかった。


では気配を消すとはどういうことなのか...。


なんとなく思ったことは、消すというより同化している感じがするということだった。複数人いるときはその中の最もオーラの強い人に同化している。なので、ほとんどの場合、ローリィに同化している。全く同じように前面に出るわけではないので波長を合わせるといったほうが正しいかもしれない。ローリィがいない場合は、その集団の最大公約数的な人たちに波長を合わせているように見える。人は同じ性別、年齢、職業や学校、趣味、食べ物や衣服の嗜好など同じものと群れる習性がある。同じ集団の中ではどんなに個性的でも目立たなくなる。考えたくはないが大勢のローリィの中にローリィがいても目立たなくなるように...。


なんとなく、出口が見えてきた気がした小夜子は同年齢の女性の平均的な服装をして眼鏡をかけると街へでかけることにした。大多数の一般的な女性の波長を習得するために...。


そして、『その他大勢』の観察の結果、4日後にはめでたく出社の許可がローリィから言い渡された。







☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


いまさらながらですが...。

マリッジピンクとつながっていたりします。(マリッジピンクは読まなくても問題ないはず)

ヤッシーはしばらくキョーコのマネジャーとしてアメリカで過ごしていましたが諸事情で数年後に帰国したという設定です。たいした事情ではないので書かないかも知れません。