我々のナローボートの旅

舞台となったのは

ウェールズとイングランドでした。

 

そのウェールズは

現在大変らしいです。

 

 

私もニュースで

聞いた限りなのですが

23日(金曜日)の夜から

ウェールズは全地域で

短期的(11月9日に解除予定)

ロックダウンを開始しました。

 

規制内容はかなり強めで

住民は基本的に

『生活必需品の購入』あるいは

『運動』を目的とした外出以外禁止。

 

飲食店の営業停止

(持ち帰り・宅配は可能)。

 

美容院も営業停止。

 

今回の規制では

『洋服』は『生活必需品』に

含まれないそうです。

 

大型スーパーなどでも

衣料品売り場は

閉鎖しているとのことで、

ウェールズ住民の一部からは

「つまり政府は我々に

裸で生活しろと」みたいな声も

出ていた模様ですが、

政府としてはこれは

「小規模小売店を助けるための

苦肉の策です!」、つまり

スーパーが服を売るのを

認めたら皆スーパーで

服を買っちゃうでしょ?

でも我々は地元密着型の

服飾品を販売する個人店舗を

支えていきたいんですよ!

 

・・・その考え方は

方向性として理解できる、

ただ・・・某Amazonなんかの

ネット販売は今回の規制対象外で・・・

 

 

私の認識が確かならば

現在英国ではコロナ対策を

英国政府(首相:

ボリス・ジョンソン氏)が

規定していくその一方で

各地域の自治政府も

独自の対策を

実施できるようになっていて、

今回のこのウェールズ地域の

ロックダウンも決定したのは

英国政府じゃなくウェールズの

自治政府なのでございます。

 

現場の人間が臨機応変に

対策を決定できる、というのは

理にかなっているとは思うのですが、

ちょっと・・・その、

わかりにくい面というか

混乱を生じさせやすい面も

あるかな、みたいな・・・

 

我々が例のナローボートの旅で

行ったり来たりした

チャーク水路橋はちょうど

イングランドとウェールズの

境界線上にあるのですが、

つまり現在橋の片側の

服飾品店・美容院は軒並み休業、

でも反対側のお店は普通に営業中。

 

 

ウェールズ側のお店の人にしたら

そりゃ顧客流出が心配ですよね・・・

 

もちろん人命および

医療機関の運営維持

(ウェールズがロックダウンに

踏み切ったのは『医療機関が

あと少しで限界だから』)は

大事なことなんですけれども!

 

 

コロナ感染拡大の危険性を

低く抑えつつ、地元経済に

貢献する方法は何なのか、

一市民としても

考えていきたいところなのです。

 

 

でもご近所住まいの

医療関係者氏と

先日立ち話をしたところ

ここらへんの医療制度も

「そろそろ限界間近」らしく

「いいかい、道を歩く時は

気を付けて、家でも

段差に気を付けて、

チェーンソーなんかを使う時は

普段以上に気を付けて・・・」

 

今、たとえば何かの拍子に

骨など折って

救急車のお世話になった場合、

コロナ以前に受けられた治療を

同じように受けられる可能性は

「ゼロとは言わない、

ゼロとは言わない・・・けど・・・

治療開始の迅速さとか

そういうものはどうしても・・・」

 

手洗い・うがい・マスクと

適度な引きこもり生活で

危機を乗り越えていきたいものです

 

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そんなわけで

私と夫(英国人)にとって

ナローボートはまさに

トラウマ体験でございまして、

一番最初に申し上げた通り

あの旅からしばらくは

遊びに行った先や何かで

ナローボートを見かけるたびに

脊髄反射的に二人して船から

目をそらしていたのでした。

 

 

いや本当、あれはぱっと見

楽しそうだし面白そうだし、

うん、確かに間違いなく

楽しく面白い乗り物では

あるんだけど、でも・・・

 

でもね・・・!

 

しかし何が恐ろしいって

人間は喉元を過ぎれば

熱さを忘れる生き物なのです。

 

 

この春、コロナのせいで

夏の旅行計画が白紙になった際に

わが夫が突然言い出したのが

「ねえ妻ちゃん、ナローボートって

コロナ的に比較的安全な

旅行手段な気がしません?」

 

うーん、それはどうかなあ、

『安全』をどう考えるかって

話な気もするけど、

でもまず何よりその前にだ、

「君はあの恐怖体験から

精神的に回復したのか」

 

「まあまだちょっと就寝時に

色々思い出すと動悸がして

寝付けなかったりもするんですが」

 

「だいたい今の我々には

犬がいるだろ。ナローボートに

犬の持ち込みは・・・あれ、

もしかして可能なのかな?」

 

調べたところなんと

一部ナローボートは

犬の乗船も問題なしで、

ただ今年の貸し出しは

コロナの影響で

全面停止だったのでした。

 

 

「じゃあ来年春の

予約を入れましょうか!」

 

運河で見かけた船の中で

私と夫が一番

気に入った船名がこちら:

 

「何なんだよその楽観主義は!」

 

「そりゃ第三波・第四波が来て

運河沿いのお店やパブが

ロックダウンされていたら

楽しみは半減しますけど、

でもナローボートを借りて

運河を移動すること自体は

あんまり危険じゃない

気がするんですよね・・・」

 

「そりゃコロナ的には

危険度は低いかもしれないが

しかし君はあの経験を経て

よくそんな勇気ある発言が

できるなあ、なんか感心した」

 

「あ、でも勿論参加するのは

僕と君だけ、両家の両親は

招待せず、借りるのも一番

船体が短い船にしましょうね。

結局前回の旅の問題は

すべてそこに

原因があったんですから!」

 

長いボートは風が強いと

舵を取るのが

本当に難しくなるのです:

 

しかしなんとわが夫としては

私の両親が希望するなら

一緒に船を借りてもいいとの話で

「おいおいおい!そんなの

それこそ朝の8時から

夜の8時まで強行軍で

ずっと船が動く旅になるぞ!」

 

「僕は思うんですけどね、

それならそれでいいんです。

僕たちだけなら君のご両親と

一緒に楽しくなんとかできます

でもうちの両親をそこに

参加させる愚策だけは

今回こそはとりません!」

 

夫側の両親が

どうしても参加したいなら

その時は船を2台借りる、

まで夫は申しております。

 

・・・夫は夫で色々あの経験から

学んでしまったんだろうなあ、と。

 

 

しかしわが愛犬アーシーを連れて

ナローボート1週間の旅。

 

目を閉じると足を滑らせて

水に落ちるアーシー、

びしょ濡れの体のまま

他の船に飛び乗って

迷惑をかけるアーシー、

船の屋根に上ろうとして

失敗してまた

水に落ちるアーシー

・・・そんな姿しか瞼の裏に

浮かんでこないのは何故かしら・・・

 

そんなわけでこのコロナ禍が

来年の夏までに無事に収束し

我々のお財布と時間に

ある程度の余裕があった場合

勇者はまた運河を目指すことに

なるのかもしれません。

 

蛮勇・・・ですかね・・・

 

 

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美しき英国運河を行く

優雅なるナローボートの旅。

 

 

旅程最終日の下船は

『昼食後』ということで

話はまとまっておりました。

 

そうなると何事も

準備は早め早めに!な

わが両親は昼前には

さっさと荷物をまとめていて

「あちらの都合のいい時に

私たちはいつでも

合わせられるからね」

 

給水を済ませてから

お昼ご飯はわが父

(イメージ武将:石田三成)の

好物のミートパイと紅茶。

 

 

ご馳走様でした、と

なったところででは

下船か、と思ったものの、

我々が船を降りた後

わが義妹夫妻が

ナローボートを動かすにあたり

「舵取りが容易な場所」に

船を停泊させて旅を終えたい、

という義父(白色シュレック)の

意向で船をもう少し進めることに。

 

 

その間にわが夫(英国人)と

義妹のご夫君が

船の貸し出し所に併設されている

駐車場に停めておいた車を動かし

その「船の舵取りが容易な場所」の

近くに持ってきてそこで落ち合うことに。

 

で、夫と義妹のご夫君が

車を移動させている間に

我々はゆるゆると船を進めて

打合せ通りの場所に船をもやって

夫と義妹のご夫君と再会して

さあじゃあ車に荷物を

詰め込みますか、となった時、

ふと気が付けばわが義理の両親が

義妹と何か話し込んでおりまして。

 

義妹は彼らのお気に入りの

末娘であるからして

そりゃ久しぶりに会えば

話したいこともたくさんあるだろう、と

我々は適当に船の周囲を歩いて

時間を潰していたのですが、

日差しが弱まってきた頃に

わが母(イメージ武将:豊臣秀吉)が

さりげない口調を必死に保ちながら

「ねえ、下船はお昼ご飯の後って

話だったわよね?今、もう、

午後の4時なんだけど・・・そりゃ

お昼ご飯の後は後だけど・・・」

 

うん・・・

 

わが嫁ぎ先は集団行動の際

割と色々なことの『開始時間』が

後ろにずれ込むことが多く、

でもほら、それは我々も

アダムス家に比べると

根本のところがせっかちだから・・・!

 

 

「おとーさんとおかーさんは

別にいいんだけど、でも

今日はこの後

シュレックさんたちの家に行って

そこで夕飯を食べて泊まるんでしょ?

ここからシュレック宅まで

どれくらいかかる?

5時間はかかるよね、きっと?」

 

「そうですね、道がかなり

空いていたとして5時間・・・いや、

6時間はかかるのでは・・・」

 

「おとーさんとおかーさんは

別にいいんだけど、そうなると

あちらが夜ご飯の準備を

したりするのが大変じゃない?

今すぐここを出ても到着が

10時を過ぎちゃうってことでしょ?」

 

そうだ、私も結婚したばかりの頃は

嫁ぎ先のこの時間感覚

かなり驚いたものだった、

「昼食の後、2時に家を出よう」

って話になっているのに

2時になってもまだ昼食が

始まっていない、

みたいなことはザラ・・・!

 

いやこれ、慣れちゃえば

「この人たちはそういう人たち」で

達観できちゃうものなんですけど

初めて巻き込まれるとかなり

驚きますよね!うんうん!

 

「ま、あの・・・私の嫁いだ先は

こういう家だった、ということで

ご理解いただければ幸いです」

 

「なるほどねえ、うん、いや

こっちは別にいいんだけどね・・・

Norizoもやっぱり最初はこう・・・

びっくりした?こういうの」

 

ええ、それはもう。

 

 

なお英国の主要道路が

もっとも混雑するのは

仕事終わりの午後5時前後。

 

「そろそろ出発しないと渋滞に

巻き込まれちゃいませんかね?」と

遠回しに出立を義父に促したところ

「そうだ、その通りだ。しかし

ここから主要道路までかかる

時間を考えると、今ここを出ると

ちょうど渋滞のピークに

はまってしまうことになる。

そうだ、いい案がある。

今日はどうやら夕食が

遅くなりそうだし今のうちに

軽く何かお腹に入れようではないか。

実はわが娘が孝行なことに

私の大好きな

チョコレートケーキを

焼いて来てくれたのだ!」

 

・・・というわけで午後5時に

チョコレートケーキと紅茶で軽食。

 

ああ、美味しかった!

 

じゃあ船を降りますか!と

なったところでわが義父が

「少し先に水路が

広がっている場所がある。

そこで船の向きを変えておくと

明日のわが娘の旅程には

都合がいいことがわかった」

 

・・・で、船を回頭しまして、

その時気が付いたのですが

わが義理の両親はまだ

荷物をまとめていらっしゃらない。

 

「・・・夫よ、わが両親は

君も知る通り早寝早起きの人でな。

君のご両親の出発準備が

整うのを待っているとその・・・

我々が先に船を降り、

アダムス家の家を目指す、という

案についてはどう思うかな?」

 

「残念ながらぼくの両親は

君のご両親を『我が家で

歓迎する』案に固執しています。

つまり彼らは家の玄関で

君のご両親を迎えたいんです。

僕らが先に動き出しては

彼らの夢が台無しになります」

 

本当に人の夢とか善意とか

おもてなし心ってものは・・・!

 

 

「わかった、もうこれこのまま

船に皆でもう1泊

しちゃうってのはどう?」

 

「そうしたらきっと明日も

僕たちは船を

降りられないと思いませんか」

 

結局我々が下船したのは

夜の8時近くになりまして。

 

え、これ、日付が変わる前に

アダムス家に着けるの?みたいな・・・

 

でもとりあえず船は降りられた!

 

こうして我々のナローボートの旅は

一人の怪我人を出すこともなく

無事終幕を迎えたのでありました。

 

(Norizoさんの『無事』の間口は

この旅でかなり広がりました)

 

以上、ナローボート物語でした。

 

 

ここまでおつきあいいただき

ありがとうございました!

 

この後の旅行道中については

また後日書こうかと思っています

 

ただナローボート

乗船中に比べると

割とありきたりな旅話に

なっちゃうような・・・

 

ともあれしばらくは

今現在のスコットランドの

話を書きたいのでございます

 

あ、その前にここまで

ブログに載せそこなった

画像をまとめてアップしたい気も

 

船話をもう少し読みたかったアナタも

そろそろ通常ネタが恋しかったアナタも

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美しき英国運河を行く

優雅なるナローボートの旅。

 

旅程最終日、私は

相反する二つの思いを

胸に抱えておりました。

 

一つはこの楽しい旅を

わが両親、特にナローボートを

『生涯の夢』まで言っていた

わが父(イメージ武将:

石田三成)にもう少し、そう、

あと2日ほど続けさせて

あげたかった、という娘心

(ボートは7日間借りたけれども

最後の2日間は義妹に

船を使う権利を譲ったので)、

そしてもう一つは

しかしこのまま旅を続けたら

重大事故はいよいよ不可避に

なるのでは、みたいな・・・

 

 

面白いことも怖いことも

色々あった旅でしたけど、

その『怖いこと』のほうを

振り返ると、その怖さの質が

だんだん『命にかかわる』方向に

近づいて行っている

気がしたのは私だけでしょうか。

 

わが母(イメージ武将:豊臣秀吉)も

この傾向には気づいていて

「気が緩んだ瞬間に

何かが起きているというか、

一日の疲れがたまった頃に

気が緩んで事故を

呼び込んでいる感じね。

しかも日を重ねるごとに

気の緩みも大きくなっているから

事故の規模も拡大しているような・・・」

 

つまり疲れが激しくなる分

緩みも激しくなり、結果として

事故の洒落にならなさに

つながっていっている、という・・・

 

そう考えると

船旅最終日の午後とか

幼いお子様を

お持ちの方がよく言う

『そろそろ事故が起きる

頃合』そのもの、みたいな・・・?

 

2泊3日の海辺の旅では

3日目のお昼後が

一番危険、とかそういう・・・?

 

しかしこの日は船の舵を

夫(英国人)が

主にとってくれていて、

風もなく日差しも素敵で、

水路も混雑はしておらず

・・・うん・・・これ以上に安全な

水路状況はないわけで・・・

 

我々の船はその時

そもそもの旅の

出発地点であった

船の貸し出し所に

向かっておりました。

 

懐かしのチャーク水路橋まで

あと少し、ということろで

私は船を降りて

運河沿いの散歩道を

歩くことにいたしました。

 

 

船の上から運河を

眺めるのもいいものですが

船を降りて少し離れたところから

運河を行く船を

眺めるのもいいものです。

 

私は船の後方

20メートルくらいのところを

船の速度に合わせて

ぶらぶらと歩いておりました。

 

船の舵を取っていたのはわが夫。

 

見ているとそこに船室から

わが父三成君が出てきて

夫と二言三言

何か言葉を交わしました。

 

で、会話を終えたらしい夫は

前方に視線を戻し、

同時にわが父はふらふらっと

船端に近寄ると、そのまま、

船が減速するのを待たずに

勢いよく陸地に飛び降りたのです。

 

 

例のマリーナでの大騒ぎの時

申し上げました通りわが父は

ちょっと足が悪くてですね、

故に今回の船旅では

父が船に乗り降りする際は

船は必ず動きを止めていて、

つまり父が船から降りたい場合は

まず船を減速させ、他の誰かが

先に陸に降りてロープなり

何なりを使って船を陸に引き寄せ、

よしもう大丈夫、となったところで

「三成さん、どうぞ」とやっていたんです。

 

別に三成さんばかりを

特別扱いしていたわけではなく、

わが義父(白色シュレック)も

わが義母(永遠の文学少女)も

基本的には動いている船からは

飛び降りたりはせず・・・

 

でも船をもやう時などは

わが義父が一番に船から

飛び降りることもありましたし、

あとわが母は時々動く船から

嬉々として陸に飛び移って

ひょこひょこ歩き回っていましたし

・・・ですから三成氏の心のどこかに

「旅が終わるまでに自分も一度

アレ(動いている船からの飛び降り)を

やってみたい」という思いが

芽生えてしまっていても

それは仕方ない・・・と

言えるかもしれませんが・・・

 

しかし・・・

 

しかし・・・!

 

 

船と陸の間には当然隙間があり

そこに落ちたら鉄と鉄にはさまれて

『きゅっ』のパターン、故にわが父は

助走こそつけねど体のばねを使って

思い切りよく陸地に対し

『横跳び』をする感じに跳躍。

 

となるとこれは物理のお勉強ですけど

体は横に流れると同時に

踏切地点である船は前進している分

そこにこう・・・後ろ方向への力が

加わるじゃありませんか。

 

わが目前約20メートルの地点で

派手にすっ転んだ三成君。

 

以前から私はわが父の風貌は

チャーリー・ブラウンに似ていると

思っていたのですが、転び方も

『ボールを蹴りそこなった

チャーリー』そのもの、つまり

・・・三成君の両足はその時

勢いよく天空に

向かって突き上げられた・・・!

 

 

個人的な話ではあるんですが

わが祖父母が晩年に

体を悪くした原因は『転倒』。

 

ですからわが父が

見事に転んだその瞬間、

私は己の

心の叫びを聞いたのです、

「Norizo、もうおうち帰る!

船旅は終わりだ終わり!」

 

しかし自分が旅を

終わらせたいからといって

思うように終わりを

迎えられない事象というものは

世の中に存在する、

これでもし三成君の

脚とか背中とか首とかの

骨にひびが入っていたら・・・!

 

なおそのまま斜め後方に

ころころ転がったわが父に

運河沿いの道を散策する

心優しい英国人が

心配をしないわけがなく、

私が父のもとに駆け寄るより先に

何人かの人々が

父のそばに集まり口々に

「大丈夫ですか?」

「痛みがあるなら動かないで!」

 

その輪の中に私も混じり

「お父さん、大丈夫?」

 

しかし私は見たのです、

その時三成君は

悪だくみを成功させた

10歳児のように

満足げにニヤニヤしていて、

言ったセリフが

「お父さん、転んじゃったよ!」

 

 

・・・ふざけんなあー!

 

(Norizo、心の絶叫)

 

「転んだのは見ればわかります。

どこか痛くしていないですか」

 

「どこも痛くしてないですよ、

大丈夫ですよ。あれ、もしかして

この人たちって僕を

心配して集まってくれている?」

 

「他に何の理由があるんですか」

 

「そうか、あ、じゃあ、

サンキューサンキュー、

ノープロブレム!サンキュー!」

 

三成君はさっさと立ち上がると

嗜みよく服についた埃を払い

胸を張ってスタスタと

船に向かって歩き出したのでした。

 

取り残されたのは

中腰姿勢になった

英国の善男善女の皆様と

地面に膝をついた娘である私。

 

「えーと・・・あの人、君の・・・?」

 

「父です。すみません」

 

「かなり派手に転んでいたけど

本当に大丈夫なのかな?」

 

「本人は大丈夫と言っています。

どうもすみません」

 

「転倒ってさ、後から問題が

起きることもあるから

気を付けたほうがいいわよ」

 

「わかります。気をつけます。

本当にすみません。

ありがとうございました」

 

そして今になって私は思うのです、

わが父はあの時転倒をこそ

したかったのだ、と・・・!

 

そうでなきゃあの笑顔の

説明はつかぬ!

 

 

しかしこの転倒は私にとって

見事な最後の一藁となりまして、

以降この日に船旅を終えることに

わが胸には一点の悔いも

なくなったのであります。

 

というか、あと2日

船に乗っていたら絶対に

三成君は命沙汰を起こしていた!

 

もう起こしていた説もあるけど!

 

とにかく終わりだ終わり!

 

続く。

 

 

ナローボートの旅、

わが夫のトラウマは

三叉路大衝突らしいのですが

私はこの日の

父の転倒なんですよね・・・

 

正直、マリーナのアレより

怖かったです・・・!

 

そんなわけでナローボート話は

明日でたぶん終わりとなります

 

たぶん・・・

 

たぶん・・・

 

あ、最後の一藁というのは

「ラクダの背骨を折るのは

最後に乗せた藁一本」という

アレでございますよ

 

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美しき英国運河を行く

優雅なるナローボートの旅。

 

4泊5日の旅程最終日、

私は両親と船の舳先にある

腰かけに座り込み

英国の初夏の日差しの素晴らしさを

これでもかと堪能しておりました。

 

 

「しかしお父さん、船の

操縦をしなくていいんですか。

今日が最後の機会ですよ」

 

「うん、もういいや。

ここまで十分楽しんだし」

 

この日は天気晴朗

なおかつ波低しな船旅日和。

 

あの大風の中の

激動の舵取り

経験した後には少し

退屈過ぎる水路状況というか・・・

 

いやいや、わが父

(イメージ武将:石田三成)は

純粋にここまでの運転量に

満足してくれただけですよ!ね!

 

 

そんなわけで船の操舵は

他の人に任せ、そうだ、

これが最後なのだから、と

私は部屋から

バグパイプを引っ張り出し

騒音に耳をふさぐ両親の前で

音合わせなどをしておりましたら

・・・すれ違う船の人々が

そんな私の姿を視認するなり

中腰気味というか前傾気味になって

「・・・あ!ねえ!君たちって

あの日本人(the Japanese)?」

 

私が知りたいのは何故

『Japanese』という固有名詞に

『The』という定冠詞が

ついているかでありまして、

いや、普通だったら

この場合の疑問文は

「君たちは日本人

(Are you Japanese)?」

でございましょう?

 

それに対応する答えは

「はい、私たちは日本人です

(Yes, we are Japanese)」で。

 

しかしそこに『The』がつくと・・・

 

彼らの意味するのは

どの日本人なのか・・・

 

 

まあこんな風に

わからないフリはしていますが

私も両親も

夫(英国人)側の同船者も

そこらへんの

理由はよくわかっていて・・・

 

過剰騒音(私のバグパイプ)や

蛇行航行(責任者:三成君)

および速度超過

(犯人:同じく三成君)に加え

某水路合流地点における

夕暮れ時の狂乱の一幕

それだけでもう

お腹いっぱいのところに

某マリーナでの入水未遂・・・

 

私だってそんな船が

同じ水路にいたら

『この船見たら110番』みたいな

張り紙を船室に貼っておきますよ。

 

しかしここで無理矢理

物事をいいように理解すれば

わが父はこれ、ナローボートを

『経験する』という意味では

問答無用の百点満点の

旅だったのではないでしょうか。

 

なかかなありませんよ、

偶然すれ違った見知らぬ同胞に

ものすごく羨ましがられるとか

台所のワイングラスが

すべて砕け飛ぶ衝突事故

当事者として目撃するとか

浮き桟橋と気づかず飛び乗った

薄い板の上で

断末魔のステップを踏むとか!

 

一般的なナローボートの

旅の醍醐味、静かな水路を

航行するですとか

地上38メートルの水路橋

自ら運転し通過するですとかも

すべて体験したわけですし。

 

ロック(水門もしくは閘門)や

跳ね橋は何度も動かしたし、

 

 

天気の悪い日もいい日も

船を動かしたし、

 

 

うん、お父さん、これはもう

旅のやり残しはゼロですよ!

 

・・・しかし私はわが父の

最後の秘かなる野望を

見落としていたのです・・・!

 

 

続く。

 

 

本日、更新時間が

いつもより遅くなりまして

申し訳ございません

 

たまには

こういうこともあるのです

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