イギリスの乗用車市場において、かつて圧倒的だった日本車が後退し、中国製EVや韓国勢にシェアを奪われている現年は、日本の現在地を物語る一例にすぎず、この傾向は、東欧、東南アジア、アフリカ、南アメリカでも急激に進行して行くのは火を見るよりも明らかだ!
かつて世界を席巻した日本の半導体、家電製品ももはや見る影はなく、数十年前は海外で「アジア系の観光客といえば日本人」だったのが、今やその8割方は中国人であり、日本人はまるで「絶滅危惧種」のようになっている。
こうした現実を肌で体感すれば、失われた国力を再び再生させることがいかに困難であるかも自ずと見えてくる。
先日の米中の首脳会談の動向からも分かるように、中国は、高市首相が屈服しない限り――いや仮に屈服したところで――本気で日本を潰しにかかっている。
素材産業などはかろうじてまだ健闘しているように見えるものの、「これから日本がAIで勝つ?」「半導体が復活する?」「重化学工業、造船などで再び世界をリードする?」といった産業政策の美辞麗句は、もはや現実味のない絵空事で、担当省庁の予算確保の アリバイ工作にすぎない。
そうした構造的・技術的な巻き返しが極めて困難である以上、不毛な延命策にすがるべきではない。
海外で暮らしたり、現地の合理的な社会システムを目の当たりにしたりすれば、そのような状況にある日本の日常がいかに「過剰な気配り」と「非効率」で成り立っているかが痛いほどよく分かる。
もはや過去の経済大国としての残像や「世界一丁寧で安全な国」というプライドにしがみつくべきではない。現実を冷徹に見据え、「いかに穏やかに、かつ尊厳を保ったまま縮小していくか」という「衰退のマネジメント(Managed Decline)」へ舵を切ることこそが、唯一の現実的な選択肢である。
1. 小売・サービスの「過剰品質」という無駄
イギリスなどのスーパーに行けば、日本の小売業のあり方がいかにオーバースペックであるかが一目瞭然となる。
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レジ係の椅子と作業効率 イギリスではレジ係は基本的に椅子に座り、ベルトコンベアに流れてくる商品を淡々とスキャンする。一方、日本ではなぜかレジ係が長時間立ちっぱなしで、カゴの中へ驚くほど綺麗に商品を詰め直す。深刻な人手不足と低賃金が続く日本において、こうした過剰なサービスに人的リソースを割く余裕などないはずだ。
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過剰包装と完璧主義 野菜一つにまでフィルムをかけ、少しの傷も許さない品質管理は、現在の日本の国力に見合わない完全な贅沢品である。「多少の不完全さは許容する」という合理的な割り切りが必要だ。
2. 社会保障とインフラの大胆な見直し
街中に溢れる清潔すぎる無料の公衆トイレの維持管理コストや、限界を迎えている国民健康保険制度など、日本には「削っても生活の質が本質的には落ちない無駄」が大量に残されている。
特に国民健康保険制度をはじめとする医療・社会保障については、高齢化と医療技術の高度化に伴い、このままでは確実に財政破綻する。
持続可能性を保つためには、窓口負担の引き上げ(応能負担の徹底)や、効果の薄い延命治療、あるいは湿布や消炎鎮痛解熱剤、花粉症薬などの軽微な処方、いわゆるOTC薬を保険適用の範囲から除外するといった、痛みを伴う大ナタを振ルわなければならない。
さらにその延長線上として、不毛な延命治療にしがみつくのではなく、個人の尊厳を守りながら人生の幕を引くための「尊厳死(あるいは安楽死)」の法制化と選択肢の確保についても、正面から議論し導入していく必要性がある。
過剰な延命によって限られた医療資源をすり潰すのではなく、本人の意思に基づいた尊厳ある死を認める社会システムへの転換こそが、国家の財政面においても人間の尊厳の面においても不可欠である。
また、国内の「聖域」とされてきた農業(特に米)についても、昨今の深刻な米騒動を見れば、その保護政策やシステムがすでに完全に破綻していることは火を見るより明らかである。時代遅れの保護や無駄な農業補助金は全面的に打ち切り、過保護な体制から脱却すべきである。
3. 幻想を捨て、軟着陸(ソフトランディング)を狙う
右肩上がりの成長や、かつての経済大国としての返り咲きという不毛な幻想を追い続けるほど、限られた国力と社会資源がすり潰されていく。
幸いなことに、日本には欧米に比べてまだまだ削れる余地(贅肉)がいくらでもある。「おもてなし」や「お客様は神様」といった悪しき同調圧力を自ら断ち切り、身の丈に合ったコンパクトで持続可能な社会へと移行すること。それこそが、日本が急激な破綻を回避して軟着陸するための唯一の道である。
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