前田日明が船木誠勝に対して、あの不穏試合の真相を語っている。
プロレスの裏話の場合、ファンの話を鵜呑みにすることはしない。ファンは所詮当事者ではなく、人から聞いた話だ。
やはり当事者が動画で真相を語っているというのが、一番真実に近いと思う。
UWFが経営難だったとは、UWFファンだった私も全く知らなかった。
理想を追い求める佐山聡と、現実を見る前田日明。いつしか意見の食い違いから直接会話できないほどの仲になってしまった。
第三者を通じて話し合いを持つと、伝言ゲームのように意図と違うものが相手に伝わる危険性もある。
今聞くと、佐山聡が追い求めた理想も私は間違っていないと思う。
従来のプロレスをやっていたら、アントニオ猪木の新日本プロレスには敵わない。
新日本プロレスとUWFの違いを鮮明にするとしたら、やはり格闘技色の強いプロレスだ。
ロープに飛ばしてドロップキックということはしない。キックと関節技と投げ技を主体にした格闘プロレスだ。
アントニオ猪木の過激なプロレスや、長州力VS藤波辰巳の遺恨試合は、ショー的要素が薄く、まさに「闘い」を見せるプロレスだった。
しかし、ほかの試合では、ショーアップしたプロレスがあったのも確かだ。
より真剣勝負を求めるファンにとって、UWFは一つの夢でもあった。これこそ自分が求めていたファイトスタイルだと。
だが、興行会社の運命で、とにかく会場にお客さんを集めないと経営が成り立たない。
佐山聡はルールの厳格化。ランキング制。ロープブレイクは減点にして、点数がなくなると負けなど、プロレスというよりもシューティングに変えていこうとした。
これは後にリングスで採用されたルールなので、決して間違っていたわけではないが、佐山聡の案は試合を週1ペースで開催することだった。
しかし、週1ペースだと経営が厳しくなる。この理想と現実の狭間で皆悩むことになる。
藤原喜明と木戸修と前田日明も、最初は格闘技色の強いスタイルで行こうと思っていたが、実際にスパーリングをやってみて、ひたすら関節技の攻防では、客に飽きられる危険性を感じた。
「ガチガチの格闘技」と「ショーアップしたプロレス」の間をいく「ミディアム」が理想形で、このファイトスタイルは、UWFが新日本プロレスにUターンした時に見ることができた。
もっと腹を割って話し合えば存続もあったかもしれないが、佐山聡も前田日明に負けないほど頑固な性格なのは有名だ。
妥協しないのは試合だけではなかった。
前田日明の話によると、佐山聡は「プロレスではなくてシューティング」「プロレスラーではなくシューター」「俺はカール・ゴッチよりも強い」と看過できない発言が多くなってきた。
そこで、佐山さんに目を覚ましてほしいという思いで迎えたのが、1985年9月2日、大阪府臨海スポーツセンターでの試合だった。
前田日明が始めから喧嘩腰にセメントを仕掛ける。
しかし、スーパー・タイガー(佐山聡)はセメントに応じないで普通にプロレスの試合をしようと努力した。
相手がセメントで来たからこっちもシューティングで闘うということはしなかった。
組み合う両者の殺気。真剣勝負だと互いに入り込めない。
前田日明が脚を取りに行くが、佐山聡は防御し、両脚で前田日明の腕を挟むアームロック。
離れて向き合う。前田日明が佐山聡の顔面に思い切り張り手!
佐山聡もボディにミドルキックを連打するが、前田日明は蹴られながらも前に出ていく。佐山聡はフロントヘッドロック。
前田日明のアームロック。セメントでの関節技は危険だ。折るかもしれない。佐山聡は上手く回転してロープブレイク。
佐山聡がボディにローリングソバット。倒れる佐山聡を前田日明が思い切り蹴る!
両者組み合う。前田日明がボディに膝蹴り! この時、佐山聡が金的に当たったとレフェリーにアピールし、しゃがみ込む。
レフェリーはすぐにゴングを鳴らした。前田日明の反則負けだ。佐山聡はしゃがんだまま立てない。
前田日明はさっさとロープをくぐり、リングを下りた。
このあと、ああいう試合をしたからには責任を取ると、前田日明は藤原喜明にUWFを辞めることを伝えた。
今なら、UWFといえば前田日明だが、当時の知名度では、やはり佐山聡のほうが上だと前田日明自身は考えていた。
初代タイガーマスクの人気は、アントニオ猪木にも負けないほどだった。
集客ということを考えると、佐山聡を中心にしたほうが良いと前田日明は自分が去る決心をしていた。
ところが、佐山聡も、この不穏試合をきっかけに、UWFを辞める決意を固めていた。
実際には金的には当たっていなかった。前田日明はセメントをやめそうもないので、このまま行くと危険だと察知し、佐山聡は試合を終わらせた。
前田日明はアンドレ・ザ・ジャイアント戦の前にも、プロレスでセメントをやったら試合は成立しないことを証明していた。
たまになら不穏試合も刺激的で面白いが、毎回私闘を見せられたらファンは困惑してしまう。
プロ野球でも毎試合両軍入り乱れの乱闘事件を見たいと思うファンはいないはずだ。
80年代は私も十代で、ネットもなかったし、リング上で見ているものが全てだった。裏側など知らなかった。
もしかしたらそれでいいのかもしれない。